表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

3話 Scarborough Fair




「……それでだが、みんなこの後の身の振りとか何か考えているか?」


 レイモンドの声に僕は軽く頷いたが、他の三人の反応は芳しくない。

 今後の生活をどうしようか、といった話を顔見知り同士で話し合ってみようというのがこの集まりの主旨だ。他にもジアトー奪還の戦いを無事に切り抜けたのをささやかながらにも祝おうといった目的もあって、僕達五人が囲むテーブルには皿に盛られた焼き菓子が載っている。お祝いにしてはとても質素だけど、戦いの直後だけにこれらを調達するにはそれなりに苦労しただろう。

 そんな苦労をしただろう水鈴さんはコーヒーの入ったカップを両手で包むように持ったまま思案顔だ。今後の身の振りなら彼女が一番安定しているはずなのに、どうした訳か顔色が優れない。

 拠点の外では吹きつける風が窓を軽く揺すって小さな音を立てている。こんな音が気になるぐらいこの場は沈黙が降りていた。

 持っていたカップに口を付けると思いの外コーヒーが冷めていた。薫っていた風味も半分は飛んでおり、ぬるいコーヒーが口に当たる感触が今は酷くみじめに思える。折角良い具合に淹れたのにもったいない。義務感半分で冷めたコーヒーを飲み込んだ。


 ここにいる全員の現状を改めて見ていくと、レイモンドは壱火と共々定まった住まいはなくて根無し草、マサヨシ君もチームと拠点が壊滅して行き場が無い。水鈴さんだけは幻獣楽団関係で行き場があるはずなのだけど、なぜかこんなところに居る。そして僕自身はこの廃工場を住まいにして活動していく心算だ。

 進行役を務めるレイモンドがそれぞれの顔色を見ていって最後に僕を見る。無言のリザードマン顔は威圧感があるけど、この時は困り顔にしか見えない。かといって僕から言える言葉はない。十年以上前にアメリカ人から習った肩をすくめるジェスチャーでお茶を濁すだけだ。このせいでレイモンドの顔はさらに困り顔になってしまい、ペシリと音を立てて広い額に手を当ててしまう。


 繰り返しになるが、この集まりは僕達五人の今後の身の振りを話し合ってみようというものだ。一人例外を除きチームに所属しておらず、二人の例外を除いて身を寄せる場のない面子が、この世界でのある程度の付き合いを縁に集まっている。このように少し考えてみれば分かるが、僕達五人は烏合の衆もいいところだ。

 これまでは戦場だったり緊急時だったりで協力し合わなければ死ぬ、という場面だったので仮初めでも連帯感が持てたし保てた。だが、これからはどうだろうか? みんなそれぞれに都合があるはず。他の人にまで気を回す余裕はないと思われた。


 だからこそのこの沈黙。多分みんな自分自身の今後を思い、自然と口を閉じてしまったと思われる。人の機微にあまり聡い方ではない僕でもこの位は察せられる。察せられる位に場の雰囲気が露骨だった。

 小さく、それでも静けさの中では確かに聞こえる声が、沈黙から湧き上がったのはここだった。


「――なあ、思ったんだけどさ、オレ達バラバラに解散する必要無いんじゃないか? いっそ一緒に暮らしたりとか出来ないか、な?」


 声を上げたのはマサヨシ君。大きな体躯から小さく手を挙げて、おずおずといった風に発言する姿はいかにも自信がなさそうだった。

 しかし、この言葉がきっかけになってシェアハウスの計画が立ち上がってしまったのだ。そして僕は十数年振りに他人と衣食を共にする生活を始めるようになってしまった。

 スタートを切ったこの生活が僕にとって幸か不幸かはまだ分からない。



 ◆



 目的地についてブレーキをかけ、車体を路肩に寄せて停止。五〇〇CC単気筒エンジンがトントンと快調な音を立ててアイドリングに移行する。


「……ふむん……ふふっ」


 元気の良いバイクに乗ると自然と気分が高揚してくる。シートから伝わってくる振動が身体の芯に響く感触が心地よく、思わず口元が緩む。四輪も良いが二輪はもっと良い。二輪でないと味わえないマシンとの一体感は、得も言えない快感を僕に与えてくれる。

 エンジンの振動で細かく震えるサイドミラーに見慣れた黒いパオが映った。運転席には水鈴さんの姿がある。表情は真剣、というより緊張で固まっている。振り返って確認したらガクンと大きく車体が震えて止まった。ギアシフトをミスしてエンストしたようだ。そういえば、元の世界で彼女が取得している運転免許はオートマ限定だったと聞いた記憶がある。

 焦った顔でエンジンをかけ直してどうにか路肩に停められた彼女は運転席で疲れたようにうな垂れている。助手席にいる壱火は隣の様子にお構いなしで車から降りてこっちにやって来た。


「嬉しそうだね。そのバイクそんなにいいの」

「うん、良い物だよこれは」


 タンクを小突き、返ってくる軽い音すら小気味いい。『BSA M20』。モデル元は英国の軍用バイクだ。第二次世界大戦の時代に英国兵の足となったバイクで、ゲーム時代からルナが持っていた愛車になる。余裕が出てきたこの度、慣らしの意味もこめて転移後初の運転だ。

 WWⅡ時代のバイクなだけに全体的にクラシカルで、僕としてはそこが堪らなく好みに合致している。サドル型のシート、古めかしいエンジン周り、聞こえるエキゾーストは空冷単気筒のシンプルな音。懐古趣味と言われたらそれまでだけど、こういう古くて旧い物にどうしてか心惹かれる。

 ヘッドランプと一体化している小さなメーターを軽く撫でてからエンジンを切ると、エンジン音に遮られていた周囲の音が鮮明に耳に入ってきた。


 復興景気とでもいうのか、破壊された街を立て直している最中のジアトーは今日も活気に満ちている。休日でもないのに道行く人は多くて、行き交う車の量も比例して多い。

 この交通事情の中に運転初心者の水鈴さんが突入するのは厳しかった。何度もクラクションを鳴らされ、二度ほど罵声を浴びせられたのを見ている。その結果があの憔悴している水鈴さんだ。

 肉体は大丈夫でも、精神的にはすでにスタミナ切れかもしれない。後ろの席に押し込まれたマサヨシ君が声をかけても反応が薄い。これは少し休憩を挟まないと駄目だな。


「一度休憩しようか。買い物はそれから――」

「だい、大丈夫。大丈夫だから、すぐに動けるから」

「水鈴、大丈夫そうに見えないんだけどよ……」

「私が大丈夫って言ったら大丈夫なの。今日のマサヨシは黙って荷物持ちをやってなさい」


 僕が声をかけると水鈴さんがすぐに反応して体を起こした。マサヨシ君も心配して声をかけても強気に応えて車から出てきた。


「明日以降は出先で不自由するでしょうし、必要な物は今日の内にしっかり買っておかないと駄目。時間は有効に使わなきゃ損だし、へばっている暇はないわ」


 丸まっていた背中を伸ばし、頭の上にある三角形の耳までピンと立てて気合いを入れる水鈴さん。手には買い出し用に用意したトートバッグ型のバッグがあり買い物態勢は出来ていた。どうやら気遣う必要はないようだ。

 そうとなれば今度はこれから買う物に思考が向う。まずはジャケットのポケットから買い物メモを取り出して確認する。

 今回の依頼内容は現地へ赴いての魔獣駆除だ。その依頼期間もそれなりに長く取られているところから必要とされる物資も相応にある。現地調達もするが持ち込める物が多い方が安心できる。

 さて、買う物は弾薬に食料、替えの衣類に……ああ、すっかり忘れていたけど先の戦いでナイフも破損していたはず。今度はカランビットやトレンチナイフのような特殊な形状ではなく、もっと使いやすいナイフを買いたい。よし、ナイフも追加だ。

 などと考えつつ買い物メモを見ていると、メモを持っていた手が横から伸びてきた手に捕らえられた。肌に感じるのは相手のわずかに冷たい手の平の感触。


「ほら、メモとにらめっこしているヒマがあるなら行きましょ。ゴー、ゴー」

「……」

「わ、わわっ。ボクもなの?」


 冷たい手の主は水鈴さんだった。彼女は右手に僕、左手に壱火の手を取り、バッグを肩にかけて喧噪に湧く通りへと僕達を連れて行く。まるで親の手を引く子供みたいな無邪気さだ。

 子供みたい、だから全く殺気とか害意は無い。手を握られたのに反応できなかったのはそのせいだった。それでも不覚をとったみたいで、何となく悔しい気持ちにさせられる。それこそ子供みたいに。握られた手を振り払えないのは、それだと負けた気分になってしまうからでこれも子供じみていた。

 ついでに置いてけぼりを食らったマサヨシ君はというと、微笑ましいものを見るような表情をしながら僕達をゆっくり追いかけて来ている。

 考えること成すべきことは沢山あるのに、為す術なく僕の身体は水鈴さんに引っ張られてしまいそのまま買い物へと突入するのだった。



 ◆◆



 突入から一時間が経過。僕達は――主に壱火とマサヨシ君は――戸惑いとか困惑とか、羞恥やら興味とかがごった煮になった中に身を置いていた。感情面で説明すると意味不明だけど、現在地がジアトー中心市街地にある衣料品店と説明すればすぐに理解出来ると思う。より具体的に説明すると婦人服売り場だ。もっと言えばランジェリーを扱うコーナーである。

 さっきの憔悴ぶりからすっかり元気になった水鈴さんに手を引かれ、ここにやって来た僕達の目的は仕事期間中の着替えを購入することだった。この世界に転移してまだ日の浅い僕達『転移者』達は戦いのために着込む戦闘服こそあるものの、日常的に着る服は下着すら不足している。

 僕としては着回せる服が何着かと下着さえあれば充分と考えていたが水鈴さんは違ったらしい。矢絣やがすりの小袖と袴の大正時代風といった服装に身を包んだ彼女は、色とりどりの下着を次々と手に持ってあーでもない、こーでもないと物色している。ん? よく見ればあの袴姿はゲーム時代の防具のひとつではないか。衣装にこだわりがあるのは前から窺えたが、ここまでとはな。

 生粋の女性の嗜好とはこういうものなのか? それとも水鈴さんのこだわりが人一倍強いからなのか?


「何考え込んでいるの? よほど重要な案件じゃなければこっち優先。ほら、このチェックのブラなんだけど、似合うと思うよ。同じ柄のショーツと合わせるとより良いカンジになる」

「……ああ、うん…………いささか派手に見える」

「冒険心が足りない。何日か貴女と一緒に暮らしてみたけど、ルナって着ている下着は白か黒の無地しか見たことがない。しかもブラはスポーツブラだけ」

「下着としての機能を満たしてコスパが見合えば文句はないので」

「う……わあ。女子としてそれはどうなのよ?」


 僕からの回答が予想の斜め下を行っていたのか、水鈴さんが持って来た下着を片手に、空いた手で頭を抱えて呆れた顔をしてみせた。

 この世界に転移するまでは成人男性だった僕に女子云々を言われても困ってしまう。とはいえこの先何年も、と先を見越してみれば確かにこのままでは駄目だ。以前少しだけ考えた水鈴さんを教師役として女子のあれこれを教わる案、それを本格的に検討する必要があるかもしれない。

 水鈴さんの持って来た黒と赤のチェックが特徴的なブラジャーを見ながら、今後の展望に少し思いをはせていた。ああ、それはそれとして赤黒のチェックはやはり派手だな。隣にあった黒地に白い水玉の方がまだ好みに合う。


「じゃじゃーーん。どうよ、これ。結構キマったと自画自賛の嵐なんだけどさ」

「へぇ。いいじゃない、可愛いよ。壱火あなたセンスあるわ。ルナにも見習って欲しいくらい」

「すまない、不出来で。こんな僕が言っても評価にならないけど、似合っている」

「ふふふー、そうか似合っているし、センスあるか。ふふふー」


 試着室から飛び出てきた壱火が下着姿のままポーズを決めてみせた。獣を思わせるしなやかでスレンダー、それでいて力強い肢体。それが身に纏うのは真っ赤な下着の上下だ。普通の人なら派手過ぎる下着も賑やかな気性の彼女が着るとよく調和しており、お世辞抜きでよく似合っている。

 褒められたのが嬉しいのか、フサフサの尻尾と耳が激しくパタパタ動いている。人狼族であるはずの壱火だけど、この姿は狼というより完全にわんこだ。

 壱火も転移前は男子だったはずなのに、この場では一番ノリが良い。水鈴さんも元気がいいし、この場で一番フラットな気持ちなのは僕だけだろう。


「『壱火』だったら似合うと思って選んだんだけど、大正解だな。って、マサヨシは? あいつからも感想欲しいんだけど」

「マサヨシ君なら君が試着室に入った直後に店を出た。荷物持ちはやるから終わったら念会話で呼んで欲しいそうだ」

「えー、折角ギャルゲーみたいな展開だからマサヨシからかい倒してやろうと思ったのに」

「壱火、あなたね……マサヨシも可哀想に」


 壱火の割と酷い予定を聞いた水鈴さんが頭痛を堪えるようなポーズをとる横で、僕はマサヨシ君の危機察知能力を評価する。良いセンスだ、というフレーズはこういう時に使うのかもしれない。

 それにしても……周囲を見渡しながら少し考えが脇に逸れる。あんな戦闘があった後だというのに店内は随分と小綺麗になっている。中心街は暴徒達が暴れていた時から激しい戦闘に巻き込まれていた場所だ。銃弾の跡とか、爆撃で壊れた部分とかあって然るべきなのだが、ここまでそれらは見あたらない。

 それに加えて手にしている下着を初めここの品揃えはなかなかに充実している。日本のそれと比べると貧弱だろうが、戦闘後の街と考えると豊富な品揃えだ。

 ジアトーの街が急速に復興しているのに関連して、これらの事柄にもプレイヤー達が絡んでいるのかもしれない。


「なあなあルナ! これ! これ着てみてくれないか。似合うと思うんだよ」

「…………断る」


 壱火が突き出してきた物は色が揃った上下のブラとショーツのセット。僕はそれがどういう物か分かるのにしばらく時間がかかり、分かってからは断る意思が一瞬で固まった。確かに『ルナ』が着ると似合うだろうが、それを僕が着る気になれない。

 ブラはカップ部分が無く着用しても乳首が丸出し、ショーツは前部分の面積が小さく後ろは細いデザイン。どちらも露出度が極めて高く、フリルやレースも多用されていてセクシーランジェリーという分類に入る品だ。僕が着れる訳がない、と言うより着たくない。

 もしかしてマサヨシをからかい損ねた分、僕をからかうつもりだろうか?


「じゃあじゃあ、コレ! これなんかルナが着れば可愛いと思うんだけど」

「戦闘を考えれば無理だ。論外」

「あ、そうか。動きやすい物じゃないと駄目だよな。ならこれならどうだ!」

「なぜお尻の部分が開いている。アウト」

「だったら、これ!」

「着ない」


 からかっているのは確定だ。次々と出される下着はどれもきわどい物ばかり、壱火の表情も笑顔で固定されている。普段から着回せる下着を買いに来ただけなのに何故にこうなったのだか。

 水鈴さんの方に目をやっても助けてくれる気配はない。それどころか手に壱火が持ってくるもの以上にきわどそうな代物を持って、「これなんてどうかなー、なんて」などと呟いている。ストッパーはおらずアクセル役しかこの場にはいないらしい。

 恐ろしい。何が恐ろしいかと言うと、どこに恐怖を感じているのか不明なのが恐ろしい。市街戦で狙撃手が潜んでいる通りを歩かなくてはいけかった時よりも背筋に冷たいものが走っている。一体何なのだ、この状況は。


 このまま昼近くになるまでの数時間、下着を初めとして普段着、おしゃれ着と見ていくことになった。終始テンションが高い二人に引っ張られた僕は憔悴してしまい、反対に憔悴していたはずの水鈴さんは目に見えて活き活きとしている。

 買い物は女性を変える、などというのは創作物に見られるフィクションとばかり思い込んでいたけど、引っ張り回されてみると実話なのだと思い知らされた。荷物持ちで紙袋を両手に持ったマサヨシ君は諦め顔をしている。きっと今の僕も同じ顔をしていると思う。

 カラリと晴れ渡った空、真っ白に輝く太陽が中天に差し掛かって気温はいよいよピークを迎える。そんな空の下で平和に賑やかに買い物をしている。あの戦いに意味があったのだと実感出来るのが嬉しい。

 ただ欲を言えば、君達二人はもう少し自重してくれると大変嬉しいのだが。マサヨシ君が抱える買い物袋にセクシーランジェリーが何枚かあるのを見て、僕はそう思わずにはいられなかった。



 ◆◆◆



「いや~、買った買った。良い買い物だったわ。こんな爽快な気持ちなれたのって、こっちに来てから初めてじゃないかしら?」

「そうなのか、それは良かったな。ボクもだんだん楽しくなってきている。女子がこういう時何で騒いでいたのか、ちょっと分かってきた気がする」

「ふふふ、女の子の世界にようこそ壱火ちゃん。先輩として歓迎するよ~」


 昼時の太陽が真上から強烈な光を投げつけて、まぶしさから周囲の風景が一瞬だけ霞む。額から噴き出した汗が流れて目に入って今度は視界がぼやける。服飾店の紙袋を握る両手も汗ばみ感覚が鈍くなっている。身体が頑丈なお陰で辛くはないが、精神の方がキリキリと締め上げられている。

 前を歩く水鈴と壱火が賑やかな声も今だけは恨めしい。ああ、なんでこいつら服選びだけで何時間も粘れるんだよ、とか。壱火って元は男だったはずなのに何でそこまではしゃげるんだよ、とか。あれ? バッグがあるからそもそも荷物持ちって必要なくね? とか。脳内から泡のように次々と雑多な考えが浮かんでは弾ける。


「大丈夫か? マサヨシ君」

「う、うっす。あ、その帽子似合ってるっすね」

「ああ、ありがとう」


 横を歩いてオレを見上げてくるルナさんだけが清涼剤だ。黒のシャツと黒のデニムパンツに何時も着ている革ジャケを羽織るシンプルな出で立ち。拠点を出てきた時との違いは頭の上に黒いカウボーイハットが載っているところだ。前から思っていたけど、この人は黒い色が相当好きなのかもしれない。

 しばらくオレの顔を見て問題無いと判断したらしく、ルナさんは軽く一度頷いて正面に向き直った。そうするとカウボーイハットのツバに隠れて彼女の表情は見えなくなってしまった。

 そして沈黙が降りる。オレはこういう静かな状態というのが落ち着かない。対してルナさんは静かな方を好むのはここまでの付き合いで分かっている。お喋りで場を和ますとか、愉快なジョークを飛ばすといったトーク方面の期待はできない人だ。この辺の感性はオレと正反対らしい。


 時間はお昼時、この辺りで昼飯を食った後、買い物を再開するのが今日の予定だ。だからオレの目はどこか適当に飯を食えるところを探し始めている。

 この辺りの通りに並ぶ店は服飾店、雑貨店、靴屋、そして武器屋が見えた。刀剣や銃器が平然と店の中に陳列されている様子は、日本の専門のホビーショップみたいだ。違うところは陳列されている商品は紛れもない本物という点だけ。後は盗難を防ぐためなのか、陳列ケースが鉄格子に覆われている。

 鉄格子に覆われているのは陳列ケースばかりじゃない。店の出入り口にカウンター、ショーウィンドウにも頑丈な鉄格子がはめられていた。これは武器屋だけの光景でもない。あっちの雑貨店は頑丈なシャッターが備え付けられているし、服飾店でもショーウィンドウが鉄格子に覆われていて、まるで動物園の一画にいるみたいな気分になってくる。


 オレがこの世界に転移して来た初日、ジアトーがまだ平和だった時に少しだけ街を歩いていた記憶を掘り起こしてみた。

 街の様子を窺うためにココットさんと、今は亡きダチのタカの三人でジアトーを歩き回った。その時の街の印象はココットさんが綺麗とか観光したいとか言って感激していたのを覚えている。

 レンガで舗装された歩道に、並ぶ店舗は趣味が良く見ていて飽きなかった。瀟洒っていう単語はああいうものに使うのだろう。対して現在のジアトーは、店がフェンスと鉄格子で守りを固めていて、記憶の中にあるジアトーよりも数段物々しい雰囲気を感じてしまう。

 まるで街の住人が何かを恐れているような……いや、本当に何かに怯えている印象を受けた。


「周辺の警戒をしているのか?」

「え? いや、何か帝国に占領されている時よりピリピリした感じがして」

「その感覚は正しいと思う。警戒してくれ」


 オレが辺りをキョロキョロしているのを見ていたのか、ルナさんが声をかけてきて警戒するように言ってきた。角度の関係でカウボーイハットで顔は見えないが、どことなく緊張しているのが分かる。

 彼女の手が軽く自身の脇の下を叩き、ジャケットの下にある何かを確認した。それが何かは知っている。新調したばかりのルナさんの新しい得物、ゴツくてデカいリボルバー拳銃だ。銃にそれほど詳しくないオレでも.44マグナムとかは知っている。ハリー・キャラハンがぶっ放す奴だ。

 そんな凄そうな銃をいつでも抜けるよう体勢をとっているルナさん。警戒といわれて、オレの脳みそは再びこっちにきた初日を思い出す。平和に街を歩いていたオレ達がいきなり命のやり取りの場面に放り込まれた瞬間だ。その時にタカは死んでしまい、ココットさんも重症を負った。

 またそんな事が起きてしまうのか? 戦いが終わったと思って緩んでいた気持ちは間違いだったのか? 頭の中身がゴタつきだしても、オレの体は腰の裏に吊したハンドアクスに自然と手が伸びていた。


「またどっかの馬鹿が暴れ出すんスか?」

「いいや、馬鹿が暴れるといった類じゃない。これは至極当然の感情からだと思う。現地の人だ」

「え、現地……?」

「出来るだけキョロキョロせずに周囲を見てみるといい」


 言われた通りにオレは目だけを動かして辺りを見回してみた。するとどうか、この緊張した雰囲気はこの街の住人達からだったのだ。

 道行く人の大半は武装していて、ショットガンやライフル、ハルバート、果てはバズーカなどという代物を持っている人もいた。暴徒が動き出す前にも武器を携行している人はいたけど、剣呑さは今の方がずっと上だ。

 何より、気になったのは彼らの目だ。連中の目はオレ達の様子を監視しているとしか思えない。こちらの様子をチラチラと見やり、時に近くにいる仲間内で声を潜めて話をしている。

 こう言うと自意識過剰な人間の台詞みたいだが、目が合った現地の人が素早く目線を外して、足早にその場を離れていくのを見ると気のせいではないみたいだ。


「街の人から警戒されて、いる?」

「ああ」

「どうして……って、深く考えるまでもないよな。前みたいに暴れないか警戒している、と」

「そうだね」


 一度そうと分かってしまうと、街中の人間がオレ達に警戒していると感じてしまいそうだ。賑やかな通りに居るはずなのに奇妙なほど孤独感を覚えるし、良く晴れた空の下にいるはずなのに背中から冷たい汗が流れ始めている。

 なんか、前を行く水鈴と壱火の二人が非常に危なっかしく見えてきた。一応二人とも銃やら魔法やらで武装はしている。だけど、不意打ちかけられたら対応出来るのだろうか? そこまで考えて、はたと気付いた。ルナさん、あの二人を見守っているのか。

 素人考えだけど、こうやって二人からあえて距離をとって視界を広くとり、どの方向から襲撃があっても対応できるようにしているのだと思う。ルナさんは何も言わないけど、色々と考えているんだなと感心させられた。

 そんな彼女から「警戒して」と言われたのだ。オレも張り切ってみんなを守ってみせようじゃないか。


「よっしゃ、オレも――「おーい、皆の衆! 見つけたぞ」――って、おっさん」


 護衛宣言と意気込もうとした矢先、通りの前の方からおっさんが大きな声でオレ達に呼びかけてきた。

 レイモンドのおっさんは今のオレの身体より身長がやや低い程度、それでも180㎝はいっているはずだ。そんな大きな図体のリザードマンが大げさな動作で手を振って呼びかけてくれば目立ちまくりだった。周囲の人達も何事かとおっさんを見ている。

 おっさんの呼びかけに一番に反応したのは壱火だ。すぐにおっさんのところに駆け寄っていく様子などは、ボールを取ってくるワンコの姿そのままだ。


「おや、じゃない父さん、市庁舎での用事はもう終わったの?」

「おう。雪さんの名前と依頼の話を向こうに出すと、とんとん拍子に進んだな。依頼受理の書類にサインして、後はもう現地に向うだけだ」

「役所の仕事が早いね」

「まあな。それよりお前達の方はどうなんだ? ボウズが色々と持たされているようだが」

「あー、まだ服だけ。なんか良い感じの服をあれこれ見てたら昼になってた」

「……そうか。だったらまずは飯にしようか。こっちに来る途中にな、良い飯屋を見つけたんだ。で、午後からは俺も買い物に付き合おう」


 レイモンドのおっさんは率先してみんなの前に立って、その飯屋へ案内を始めた。後、一瞬だけオレに同情の目を向けたのは多分気のせいじゃない。オッサンの目は大変だったな、と語っているのもだ。

 ガタイの良いおっさんが前に立ったことで、周りの人達のトゲトゲした空気がいくらかは緩んだ。みんな彼に怯んだのだろう。さっきまでオレがそうしようと思っていたのにと思っても、オレにはおっさんのようには出来ないと分かってしまう。伊達に歳は喰ってないのだ。気が付けば悔しいという思いと、何時かはそうなってやるという決意が湧いていた。

 とりあえず、今日オレの出来る事は荷物持ちだけみたいだ。チラチラ見える中身から目を逸らして袋を持ち直すと、足に力を込めて地面を蹴り先を行くみんなに追いつこうと駆け足になった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ