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20話 深淵のデカダンス


 こちらではお久しぶりです。エタりませんよ、ええ。





 ――――意識が現実に焦点を結ぶ。目のピントが急速に像を結んで目の前の光景を認識するようになる。気が付けば僕は不思議な場所に立っていた。

 まず第一印象は暗い場所。太陽や月が照らしている様子はなく、海底や洞窟の中に居るかのような閉塞感を覚える。上を見上げれば月詠人の目でも見通せない闇が広がっていて、閉塞感を覚えるくせにどこまでも続く無限の奥行きを感じた。

 そして僕が立っている足場はもっと不思議だ。材質不明の半透明の淡く光るパネル状の足場。暗い場所なのに周囲を見渡せるのはこの足場が光っているお陰で、それ以外は闇が広がるばかり。この光る足場が闇の空間に浮かんでいると考える方が自然だろう。

 足場は動き回るのに充分な広さを持っており、うっかり足を踏み外す事はなさそうだ。ご丁寧にも足場の端には同じ材質の高い柵もある。そこから下を見てみたが、上と同じく闇が広がるだけで様子は探れない。落ちた場合はあまり愉快な事にならないだろう。

 そしてこの足場はどうも回廊とか廊下みたいな構造になっており、奥へと長く足場が続いている。


 なぜ僕はこんな不可思議な場所にいるのか分からない。ここで目を開く以前の記憶が非常に曖昧だ。だけど僕が『ルナ・ルクス』になってから突発的なアクシデントには事欠かないお陰で耐性はついており、慌てず騒がず身の安全を確保するのを主眼に頭を回し始める。

 ひとまず見える範囲に脅威になりそうな物は見当たらない。鼻で感じる臭いにも危険なものは無い。異常な音も聞こえず静か過ぎるくらいだ。

 次に自分の肉体を確認。もうすっかり見慣れた『ルナ・ルクス』の白い繊手を目の前に持ってきて、グーパーと開閉、手首を回してみたり、小指から親指まで順番に曲げて拳を作るなどして動作確認。問題なし。他にも脚や首といった重要部位を軽く動かしてみてケガやシビレといった問題がないのを確認する――うん、体調に不備はなさそうだ。


 最後に装備品の確認。現在僕が装備しているのは『ルナ』が戦闘の際に着用する黒いワンピースの戦闘衣(バトルドレス)、その上に羽織った魔獣の革ジャケット、鋼板入りブーツと定番になった装い。ジャケットの内側、左の脇下に手を入れてみると硬く重い感触。取り出してみれば案に違わず拳銃が出てきた。

 S&Wの大型リボルバー。シリンダーを開いて弾を確認すれば、44口径の弾薬がシリンダーに七発並んでいる。撃針の跡があるものはなく全部未使用。念を入れて弾を全部抜き出してみても問題はなかった。

 ナイフもバックアップの小型リボルバーも武器を収納している腰のバッグも問題なし。食料と水があればこのまま狩りに出かけても良いくらいに装備が整った状態だった。


 次に考えるのはこれから取るべきアクションについて。通常の遭難ならば安全な場所を確保してそこで救援が来るまで動かないのが普通だ。しかし、この空間に救援が来る気配は無く、むしろ探索して脱出した方が良いような気がする。

 ダメ元で念会話による仲間への呼びかけ(コール)をしてみたが案の定不通だったし、自力での脱出しかないようだ。

 そうと決まれば食糧や水が無い現状、早く行動をするべきだ。思考時間10秒ほどで素早く方針を決めてすぐに行動に移す。まずはこの不可思議な空間の探索だ。


 拳銃だけでは火力に不安がある。腰のバッグからショットガンのイサカを取り出してダブルオーのバック弾を装填する。不意の遭遇で散弾の弾幕が張れるのはショットガンの頼もしい長所だ。ポンプアクションの装填音が空間に響く。静か過ぎるこの場所ではショットガンの装填音でも大音量に聞こえる。

 全ての準備を終えてショットガンを手に探索へと踏み出す。足を進めるたびにブーツが床を叩いて音が鳴る。厚いアクリル板みたいな質感がある足場は延々と奥へと続いており、遠くに曲がり角が見えている。まるでゲームに出てくるダンジョンのような構造をしている空間だ。床や高い柵に汚れやチリはひとつも見当たらず、こうして自分の足で歩いているのに現実感がまるで無い。

 程なく曲がり角に行き着く。慎重に曲がり角の向こう側を窺うが、その先も延々と続く回廊だった。どうやら僕は相当奇妙な場所に来てしまったようだ。



 ◆



 ―――――――――――――。

 ―――――――――――。

 ―――――――時間の感覚が狂っているのが分かる。いつも持っていたはずの銀色の懐中時計は手元に無く、一分一秒の感覚が(かし)いでいく。いくら何でもこれはおかしい。どれだけ歩いてもどこにも辿り着く気配がない。

 ずっと続く不可思議な回廊。曲がり角を交えているが基本的に単調な道のりで、トラップはなく人気もなく魔獣の気配もない。常に同じ方向へと曲がる曲がり角、しかし微妙な傾斜を感じており、下へ下へとらせん状に降りていく回廊の構造が何となく分かった。

 一応回廊の上や下を改めて見てみるが、闇が広がるばかりで降りてきた回廊やこれから向かう回廊は見えなかった。まるで僕が居る場所しか空間が存在しないような錯覚を覚える……いや、これは本当に錯覚だろうか?

 どこまでも続く回廊を前に、進む以外の選択を持たない僕は溜め息を吐いて足を進めるだけだった。


 さらにどれくらいの時間が経っただろうか。体感時間が完全におかしくなった辺りでようやく回廊に変化があった。幾度目かの曲がり角を曲がった先に広い空間が見えた。どうやら何らかのホールみたいだ。変化があっても僕は焦らず急がず歩を進める。周囲の変化があったということは危険度にも変化があって、ここまでは安全だったけどここからは違うのかもしれない、そう考えられるからだ。むしろ一層の警戒心をもってホールへと足を踏み入れた。

 入り口部分から広いと察せられたホールだったが、中に入るとその予想以上に広大な空間が広がっていた。広い屋内空間、僕が居住としている廃工場の何倍もある室内空間が目の前にあった。向こう側にある壁までの距離がとても遠く、また天井も高く一般的な住宅だったら街区単位でこの中に納まってしまうだろう。

 そんな広大な空間に数多く立ち並ぶ物体があった。慎重に近寄ってみるとそれは本棚であり、中には数多くの本が納められていた。ジャンルは様々で、娯楽小説や私小説、教養本にライトノベル、コミックに学校の教科書や聖書まであった。どれも読んだ事がある本ばかりで、ジャンルの偏り方も地球にある自宅の本棚を移してきたみたいだ。

 別の棚には本の代わりにゲームソフトのケースが並んでいて、これも僕が今までプレイしてたゲームのタイトルばかりだ。さらに別の棚はガンラックになっていて、地球の自宅に置いてきたはずの猟銃がそこに収まっていた。果ては棚と棚との間に二台の車が置かれている。スズキのジムニーとマツダのロードスター、どちらも僕が持っていた車だ。車体の色や手を加えた様子もナンバープレートもそれを指し示している。

 ロードスターに触れてみる。手に返る感触は普通に車両の外装といった感じでおかしな部分はない。軽くボンネットに腰掛けてこの空間について思考してみた。


 ここがまともな空間ではないのは回廊を歩いていた時から感じていたが、このホールに来てますます異常が際立った気がする。ここは僕に関わる物品が大量に置かれている。ところが手に取ってよく見てみると、外側だけの物だったり、ページが開かない本だったりとハリボテなものが大半だった。このロードスターにしても中身は無いのかもしれない。

 けれどここは地球での僕の事を良く知らないと出来ない空間だ。棚の一つには子供の頃に遊んだ覚えのあるおもちゃまで置かれているのだから徹底している。だからこそ警戒心がマックスにまで高まる。これは誰かに「お前のことを知っているぞ」と言われているようなものだからだ。手にあるイサカショットガンの重さがこの場で一番の精神的支柱である。

 自身にまつわる物品のレプリカの数々に心を動かされるが、探索行動に変わりはない。このホールを探索して脱出できる場所を探さなくては。それもより一層の警戒をしながらだ。

 気持ちが落ち着いた辺りで行動を再開、ホールの探索をしようとロードスターのボンネットから腰を浮かせた。このタイミングですぐ横から突発的に気配が湧いて出てきた。


「――っ!」


 気配を感じ取った瞬間から身体は勝手に反応して、自分が最適と思う行動をとる。ロードスターに腰掛けた尻をそのまま滑らせてボンネットの横に体を下ろす。同時にショットガンを構えてボンネットを盾にして銃口を気配のする方向へと向けた。

 銃口の先にはロードスターの隣に停まっているジムニーがあり、そのボンネットの上に気配の主がいた。その姿はやけに見慣れた造形をしている。具体的には毎朝身支度をする時に鏡の前で見ている姿だ。


「やあ、ここまでご苦労さま。そしてようこそ、ここが終点だよ」


 見慣れた姿の口から聞きなれない声が出てくる。やはりこれは性質の悪い夢ではないか、そういう考えが頭をかすめた。

 僕と同じ服装をして、僕と同じ肉体と顔を持って、それでいて僕が浮かべたこともない笑顔をこちらに向けてくる。鏡ではなく、完全な他者の視点で見る『ルナ・ルクス』がジムニーのボンネットに腰かけて微笑んでいた。

 彼女は銃口を向けられているというのに笑みを崩さず、余裕のある態度で僕と相対する。金色の猫を思わせる瞳と目が合った。


「戸惑っているのは分かるよ。でも、これを望んだのは貴女。色々と聞きたいこと、言いたいことがあるのも分かるわ。でも、今は言葉よりも先にすることがあるわ」


 まるで謡うような調子でそんな不思議な台詞を口にすると、彼女の手はスルリと下がってそこにあったホルスターの中身を握った。


「待て! 銃から手を放せ」

「イ、ヤ」


 僕が警告を発したにも関わらず、『ルナ・ルクス』の姿をしたそいつは悪戯好きな子供のような顔と口調で拒否して銃を抜く。ホルスターから現れたのは僕がジアトーの戦いで喪失したモーゼル拳銃だ。

 そこまで視認した僕はショットガンの引き金を引いた。12番ゲージの盛大な銃声が轟いてマズルフラッシュが一瞬だけ視界をふさぐ。その視界が晴れない内にフォアグリップをスライドさせて次弾装填、二発連続で散弾を撃ち放った。

 地球でならこれで大抵の相手はダウンする。12番ゲージの実包に収まったダブルオーバックの散弾は一発当たり九個、ひとつひとつの散弾の大きさは約9mm、単純に考えるなら9mmの弾丸を一度に浴びせられるのと同じ効果がある。それが二回、合計十八個の散弾が撃ち出された。避けた様子もなく、仕留められるはずだった。普通ならば。

 銃火でふさがった視界がすぐに晴れる。そこには全くの無傷でジムニーに腰かけた体勢のままでいる『ルナ』がいた。彼女の前には透明な薄いスクリーンが展開されていて、こちらが撃った散弾はそのスクリーンで防がれたのが分かった。防弾のライオットシールドに見えるそれは僕も知っている物だ。


「――シールド」

「そうだよ、これは貴女の魔法。呪紋の構成はとてもシンプルね。ほら、次は私の番」

「――ッ!」


 『ルナ』が展開したシールドの後ろで二挺のモーゼル拳銃を構えた。銃口がこっちを狙う。すぐにロードスターのボンネットに体を引っ込ませ、同時にバッグに手を突っ込んで次に打つ手を用意する。

 直後に銃声の破裂音が連続して響く。銃弾が車体を叩いて、タイヤに穴が開いたのか空気が漏れる音がする。銃弾で剥げた塗装の欠片が降ってきた。向こうの『ルナ』は随分パンパカ撃ってくるタイプだ。こういう場合のセオリーとしてはこうやって制圧射撃をしながら接近、回り込んで決着を付けるパターンと思われる。実際に気配と音はこちらに近付いて来ている。

 予想通り。ならばこちらの打つ手は仕切り直して態勢を整える。そのための一手をバッグから取り出した。一度ショットガンから手を放して、取り出した物に付属しているリングピンを引っこ抜いて安全レバーが飛んでいくのを確認した。これでもう着火している。

 心の中で数を数え、頃合いを見計らってボンネットの向こう側へ投げ、同時に僕自身も体勢を低くして移動する。移動して数歩で背後から一際大きな爆発音が轟いて、爆風が僕の背中を押した。僕が持っている柄付き手榴弾、今回は先端の爆薬部分を三個束ねた結束タイプの物を使った。七個フルに束ねるタイプよりも威力と攻撃範囲は抑え気味で、だからこそ気軽に使える高威力攻撃アイテムだ。投げ返されるのを考慮して着火してからギリギリまで粘ってみたけど、あの様子だと必要なかったかもしれない。


「ふふっ、派手な花火だね」


 ――本当に必要なかったかもしれない。爆発で生じた煙の向こうから微笑混じりの声が聞こえた。

 またシールドで防いだか、上手く爆発を回避したかは分からないけどダメージになっていないようだ。僕は振り返らずにロードスターから移動して近場の本棚の陰に隠れ、さらに別の棚の陰にと物陰伝いに移動していく。とりあえず仕切り直しの目的は果たせた。後は向こうが再びこちらを発見するまでの間に打開策を用意しないと。

 『ルナ』の武装は僕がジアトーの戦いで喪失したモーゼル拳銃だ。腰にはバッグが見えたから他の武装も持っていると考えられる。僕の武装が反映されているなら他の武装もライフルやショットガンが中心で、大破壊をもたらすような武器は無かったはず。攻撃範囲の広い手榴弾には注意が必要だが、棚が多く林立するこの環境ではやり過ごしやすいだろう。こちらの武器は取り回しを考えてショットガンかハンドガンがこの場ではベストか。

 手はショットガンに実包を補充し、目は周囲を見張って、思考は次の手を探るために回転する。割と問答無用で戦闘をしかけてきた『ルナ』だけど、こちらがそれに付き合う道理は無い。戦闘を避けてこの場からさっさと撤退する方が被害は少ない。僕の目的はこの不可思議な空間からの脱出であって『ルナ』との戦闘ではないからだ。だが、そうすると背中を追ってくる敵にさらす危険がある。やはり、戦闘は避けられないか。


 棚の物陰から別の物陰へと移動しつつ手榴弾とワイヤーを使った物理的トラップを仕掛けて、それとは別に魔法で罠となる呪紋を仕掛ける。仕掛け終わったら別の場所へ移動してまた仕掛ける作業を繰り返す。このトラップで仕留められたら御の字だけど、足止めや位置が分かれば充分だ。向こうの動きが読めない以上、打てる手は多いほど良い。

 ある程度通過地点を予測しつつ罠を設置して十か所目。ここまでで『ルナ』がいるであろう場所からは物音が聞こえてこない。トラップが作動した音も同様で、自分がトラップ設置で出す微かな音だけがいやに大きく聞こえる。不気味なくらいに静かだ。

 まさか『ルナ』は最初の場所から動いていないのだろうか。そういう考えが浮かんだが、浮かんだ直後に聞こえてきた音で否定された。

 軽く、跳ねるような音が、やけに間隔を空けながら近づいてくる。場所は……上から!


「ばあっ!」

「チッ!」


 ふざけた調子は変わらず棚の上から奇襲をかけてきた『ルナ』。手にはモーゼル拳銃に代わってウィンチェスターショットガンが握られて、銃口がこちらに向けられている。

 舌打ちしながら銃口から逃れる。一瞬前までいた場所が散弾で削られ、床と棚が抉られる。『ルナ』は軽い足取りで棚から棚へと跳びながら空中でスピンコック、次弾を装填して再度発砲。こちらの反撃を封じてきた。

 相手の射線から逃れながら僕は再び棚から棚へと素早く駆け抜けて身を隠した。身を隠すまでに二度ほど撃たれて散弾が身をかすめる。恐怖を感じる暇なんてない。背筋を凍らせている時間があるなら足を動かす。今度は気配ばかりではなく、音にも注意を払う必要があるようだ。


 地球の一般的な銃撃戦のセオリーが通用しないのは頭では理解したつもりだったけど、いざああいう非常識な動きをされると戸惑ってしまう。僕に弱点があるとしたらこういう部分だ。ここまで仕掛けたトラップも床が中心なので、あんな風に棚の上を跳び回られると全くの無意味になる。僕自身の頭の固さに思わず二回目の舌打ちしてしまった。

 とにかく思考を切り替えないと。敵が上を跳び回りながら襲ってくるとなると、僕はどう対処すべきか。『ルナ』と同じく棚の上に昇って戦う? 却下、この身体はそれをするだけのスペックはあってもアクロバットな動きをするだけの経験が足りない。向こうの土俵で戦っても勝ち目は無い。僕は今すぐ、現状の装備で出来る方法で確実性の高い方法を素早く考える。

 向こうの土俵で戦うのが駄目なら、土俵を破壊してしまえば良い。つまり相手が跳びまわる足場の棚を壊してしまうのだ。幸いトラップとして手榴弾や呪紋が設置済みだ。棚の強度も散弾で撃たれた痕を見る限り破壊可能で、壊すだけだったら今すぐに始められる。


「もう、隠れてばかりだと詰まらないわよ。出てきなさい」


 幾つかの棚を挟んでそんな声が聞こえてきた。奇襲が失敗したので床に下りてきたらしい。向こうも月詠人らしくこちらの気配を読んである程度居場所が分かるようだが、あくまでもある程度に過ぎず、再び隠れた僕を捕捉した様子は見られない。

 こういう時はアサルトライフルやマシンガンで怪しい場所を探り撃ちしたり、装備や余裕があるなら爆発物で怪しい箇所を範囲ごと吹き飛ばす方法もある。この世界なら広域に効果のある魔法を使ってもいいかもしれない。けれど向こうはそんな考えにいまだ及んでいないらしく、隠れた僕を探しているようだ。

 これは好都合。さっそく仕掛けたトラップの呪紋を起爆させよう。連鎖的に手榴弾も誘爆しやすいようにしているから棚が幾つも破壊できるし、上手くいけば床に下りてきた『ルナ』も巻き込める。

 脳裏にある呪紋の起爆スイッチを押そうとする僕。この戦闘三回目の危機が鼻先を掠めたのがその時だった。


「おっと、そこにいたんだ」


 拳銃ともショットガンともちがう野太い銃声に混じって『ルナ』の声がこちらを見つけたと言っている。

 僕が隠れていた棚を貫通して弾丸が鼻先を掠めた。そう状況を理解出来たけど、弾丸の威力が余りにも大きく掠めただけでも僕が感じたショックは強力だった。

 ショックで空白になりそうな頭に活を入れて無理にでも動く。掠めた鼻先に手をやってみると結構な血が出ているらしく、手が鮮血で赤く染まった。痛みはほとんど無いけど、妙にむず痒い。

 ライフルでも使ったか? それでも棚を幾つも貫通するほどだろうか? 貫通した棚には本も詰まっている。ある程度の厚みがある本は弾丸もストップするほどだ。そんな疑問を持った僕だったが、その疑問を脇に置いて移動しなくては。いや、その前にトラップを起爆して目くらまし兼破壊活動した方が良い。罠の存在を察知される前に起爆してしまおう。

 爆風が来ると予想される方向から身を隠し、脳裏に待機状態でいる呪紋のスイッチを押した。


 スイッチを押して一秒後、爆轟、衝撃、振動のフルコーラスが棚を隔てて響き渡る。マインスペル10個が一斉に起爆し、結束手榴弾5個が誘爆する爆発は仕掛けた範囲一帯を薙ぎ払った。

 ここまでの経験からすると仕留められたとは思えない。感じる気配に揺らぎはなく、爆風で舞い上がる粉塵や破片が視界を遮っている。しまったな、思ったよりも視界が悪くなった。ショットガンを油断なく構え、どの方向からでも対応できるよう全方位に警戒の網を張る。その矢先に足元からの音を耳が拾った。硬く、重量のある物体が床を叩いて、転がる音。視線を落とすと、そこには見慣れた柄付きの手榴弾が転がっていた。


「――くそっ」


 シンキングタイム一秒未満。身体は素早く行動に移った。足を振り上げてサッカーボールのように思い切り手榴弾を蹴りつけた。

 勢いよく蹴り飛ばされた手榴弾が粉塵の向こう側に消える。その行方を見届けずに僕は再度別の棚の物陰に身を隠した。すぐに爆音と爆風が巻き起こる。向こうが手榴弾の延焼時間を短縮する手間を挟まなかったお陰で蹴り飛ばせたが、賭けの要素が多くて冷や汗が流れる。下手したら蹴りつけた瞬間に爆発して足が吹っ飛ぶ。けれど賭けに勝ったおかげで勝機がやって来た。

 手榴弾を蹴り返されたのは予想外だったらしく、『ルナ』が近くの物陰から飛び出てきた。爆風で舞い上がった粉塵は吹き飛んで、距離もショットガンで仕留められる近さだ。この機を逃さない。

 ショットガンを素早く構え銃口を『ルナ』に。自分と同じ顔の相手を撃つのに今更のように複雑な気分になってくるが今は戦闘中。余計な思考を切り離して指はトリガーを引いた。


 銃声、銃火、いつも通りの見慣れた過程を踏んで散弾が『ルナ』に襲いかかる。このタイミングならシールドで防御する暇もない――はずが、裏切られた。

 散弾が当たったと思った瞬間、『ルナ』の姿が歪んで空間に溶けるようにして消えた。不可思議な消滅。撃った散弾は『ルナ』の向こう側にあった棚の残骸に当たって、破片が弾けとんだ。つまり今の『ルナ』には実体がない。

 目の前で起こった不可思議な現象、それに思い当たるまで一拍の空白が生まれてしまった。これが致命的な隙だった。

 動きが止まってしまった僕の後頭部に硬い感触の物が押しつけられた。それが何かは言うまでもない。


「……シルエットスペル」

「正解。勉強になったね。じゃ、おしまい」


 振り返らずに消えた『ルナ』のトリックのタネを口にすると、『ルナ』から軽い調子で言葉が返ってきた。冗談めかした口調は終始変わらない。

 そして、彼女の言葉が終わるなり頭に衝撃が走り、僕の意識はテレビの電源を切るよりもあっけなく消し飛んだ。それは走馬灯や死への恐怖も味わう暇のない強引な強制終了であった。




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