1話 ガンメタルアクション
シリンダーラッチを押してシリンダーを横に振り出すと正面に空の穴が現れる。その穴を埋めるように弾薬を差し込む。雷管を傷付けないようシリンダーを丁寧に戻し、両手で銃を構えて銃口を標的へ向けた。
今の僕『ルナ・ルクス』の身体では大きく感じる銃なのに取り回しに不自由さは感じない。親指で撃鉄を起こせばシリンダーがぐるりと左に回った。
標的のマンシルエットまでは二〇m、通常拳銃で狙うには遠い距離だ。乾期ならではの乾ききった風がレンジを横切った。
軽く息を整えてからトリガーを引く。撃鉄が落ちて弾薬が発火、手に反動を蹴りつけながら銃身から弾丸が飛び出した。反動はそれ程感じなかったが、イヤーマフ型の防音具を付けていても聞こえる大音量の銃声がマグナム弾を撃ったのだと実感させる。
弾丸は乾いた空気を切って飛び標的に突き刺さる。木の板きれなので着弾と共に木屑が散った。予想より若干ズレている。風のせいか、照準の調整がまだ甘いかだろう。
もう一度撃鉄を起こして発砲、今度は狙い通り。次に撃鉄を起こさずダブルアクションで発砲、トリガーが重くなった分狙いがズレたが許容範囲内。さらに連続発砲、シリンダー内の弾薬を撃ち尽くすまで撃った。
結果は全弾命中。着弾のまとまりは良く、照準の調整が進めばさらに良好な結果が得られるだろう。試射としては上出来な結果だ。
撃ち終わって軽く息を吐き銃を下ろす。このタイミングを見計らったように後ろから声をかけられた。
「どうかな? 新しい銃の具合は。私の自信作なんだけど」
「うん、良いと思う。思っていたよりも扱いやすい」
実際本当に扱いやすい。品質の良い銃をベースにして目の前の人物、犬人族のクララさんがカスタマイズした拳銃はしっくりと手に馴染む。
言葉少なな僕の言葉でもクララさんは好感触だと察してくれたらしく嬉しそうだ。彼女の尻尾の振れる速度が上がっている。
手にある銃を見ながら満足のいく買い物が出来たと確信して僕も嬉しい。先の戦いで壊れてしまったモーゼルの代わりとしては充分以上の代物に巡り会えた。他にもライフルとショットガンもクララさん印のカスタムガンを購入しており、これらも満足のいく物ばかりだ。
正直、クララさんには恩があり過ぎて頭が上がらない。今後は計画的に恩返しをしていこうと内心決意を固めた。
「S&W モデル629クララスペシャル。気に入ってくれたようで何より何より」
「名前はともかく、このクラスのカスタムガンをあの値段でというのは驚いた」
「今後もご贔屓にっていうお得意様価格だよ。というか、名前はともかくって何よ」
手にある銃の感触を確かめながら、身体に銃の存在を覚え込ませていく。理想は手の延長としてサイトを見なくても銃口の向きが分かるレベルだ。
クララさんも言っているようにこの銃のベースはS&Wのモデル629。映画『ダーティハリー』でクリント・イーストウッド演じるキャラハン刑事の愛銃で有名なモデル29のステンレスモデルになる。
拳銃としては強力な.44口径マグナム弾薬を使用。熊などを狩る際のバックアップ用として登場したが、一般には強烈な反動と銃声を楽しむ娯楽目的がほとんどになっている。護身用としては余りにも過剰な火力だからだ。
けれどこの世界では事情が異なって護身用になり得る。生命力がそれこそ熊以上に強い魔獣が多く、プレイヤー改め『転移者』の能力も恐るべきものだ。少ない弾数でこれらを無力化させるにはこの程度の火力は欲しい。そう考えての選択だった。
クララさんはモデル629に手を加え、6.5インチの銃身に銃身保護を目的とした覆い《シュラウド》を被せ、さらに弾薬を挿入するシリンダーに手を加えて六連発を七連発にするとんでもない改造を施した。
なんでもシリンダーの肉を薄くすることで大きさを変えずに七発収まるようにしたとか。当然だけど普通は撃った途端にシリンダーが破裂する。そこをゲーム時代から持ち越した非常識な金属素材を使うことで解決してしまったのだ。
後はトリガー機構を七連発用に調整して、銃の表面処理を光が反射しにくいつや消しにしてもらった。
S&W規格でいうNフレームを使った極めて大型の拳銃だ。小柄なこの身体には不相応かと思った時もあったが、こうして問題無く手に収まるのを感じると杞憂だったようだ。この辺りにもクララさんによる手が入っているのだろう。
長々と語ってしまったが総評すると実に良い物に巡り会えたと思える。そんな一挺だ。繰り返しになってしまうけど本当にクララさんには頭が上がらない。
とはいえ、気になる点は残っている。
「七連発用のスピードローダーって、流石に無いよね?」
「あるよ、作った。お安くするから多めに買ってくれると嬉しいなぁ」
「なるほど、そういう流れですか」
リボルバー拳銃の再装填を補助するスピードローダーという器具がある。色々な形状や素材があるけど、大抵は五発用か六発用がほとんどだ。地球においても七発用のスピードローダーは種類が限られており、この世界では多分クララさんのところしか存在しないと思う。
カスタムで七連発にするリボルバーは今後も出てくるかもしれない。その辺りの需要も見込んでパイオニアになるつもりのようだ。
商売上手だ。本当に感心してしまうほどに。
「では、とりあえず予備を含めて十個ほど下さい」
「毎度あり。そうだ、モーゼルの弾薬が余っているなら下取りするよ」
「そちらは人にあげる予定があるので」
「そっか、分かった。それにしても今回は結構お金使ったね。貯金とか大丈夫?」
「これから始める仕事を思えば、道具にかけるお金をケチって死にたくない」
「ああ、そういう考えなのね。確かにルナがこれからするお仕事って割と荒事よね」
クララさんは僕がさっきまで銃を撃っていたレンジの後ろ、直前まで彼女がくつろいでいたデッキチェアに手を伸ばして置いていた新聞を取った。
ジアトー奪還が成功して真っ先に復活した地元紙ジアトー・ポスト。広げられたのは広告面、ジアトーに存在する大小様々な会社の広告が紙面を埋めている。その一画に小さく見覚えのある文面が掲載されていた。
――ジアトー周辺にお住まいの皆さん魔獣の被害に悩んでいませんか? ハンターが電話一本で駆けつけます。料金は対象によって応相談、良心価格をお約束いたします。 電話××-○○△△――
僕が書いてジアトー・ポストの広告担当者に渡した文面が掲載されている。広告と言うには素っ気なく、他の広告のようにイラストやモデルもない。
これがこの世界で僕が始めた仕事、ハンター請負業の広告だ。我ながら素っ気なさ過ぎる広告とは思うが、文面を書く時に他のメンツが出払っていたので止む得なかったのだ。レイモンドか水鈴さんが書いてくれればもう少しウケが良いものが出来たはずなのに。
掲載されてしまったものは仕方ない。これからは定期的に広告を出せるよう稼いでいこう。裏事情を知っているクララさんが指を指してニヤニヤしているけど無視である。
拠点にしている廃工場の改装、武器の新調、装備品の整備、生活雑貨の購入、食料品の購入、財布から出て行くお金はもう相当な金額になっている。ゲーム時代から持ち越した金銭と貴金属はこちらでも使えるしまだまだ余裕がある。それでも今後を考えて、労働しなくてはと考えた末の行動がこれだった。
今のジアトーは、戦災の復興と『転移者』の投入する大量の金銭、様々なスキルを持った『転移者』の労働力が激烈な化学反応を起こして一種のバブル景気が巻き起こっている。
凄い勢いでガレキが撤去されて整地と建築。二週間というハイスピードで新築のビルが建つ異様な光景をこの街では見ることが出来る。その光景を例えるなら、建物の建築を定点カメラで撮影して早送りで再生する映像作品だ。それがリアルタイムで進行している。
この場所、クララさんが所有している郊外の店舗兼用の屋外シューティングレンジからでも中心市街地の様子が窺え、ビルがニョキニョキと生えてくるのが見えた。
こんな異様で異常な復興を支えているのは言うまでもなくゲームのプレイヤーだった『転移者』達だ。戦いが終わった後、自分達の暮らす街を造ろうと奮起しているのが今である。ゲーム『エバーエーアデ』をプレイしていた人達は様々な職業に就いていた。その前職の技能とプレイヤーとしての身体能力とスキルを活用した結果が現れたのだ。
建築業をやっていた人はほぼ一から街を創れることに狂喜して図面を引き、医者をやっていた人は回復魔法とポーションを併用して専門外の部門にも果敢に挑戦し、商社に勤めていた人は会社を立ち上げ野心に燃え、運送業をやっていた人はトラック一台飛行船一隻から運搬業を始め、定職に就いてなかった人でもゲーム時代に修得したスキルを活かした仕事を始めている。そういう視点で見るなら僕のハンター請負業も前職を活かしていると言えるのだろう。
この世界には地球の常識を破るふざけた生態をした超常生物、魔獣が存在する。しかもどういう訳かこの世界に転移者と同時に出現したらしく、現地の人々にとって初めて見る魔獣に対抗できる戦力は少ない。
さらに現地の武器や兵器では魔獣に効果が薄く、効果的に駆除するには転移者の手を介した武器、これと転移者自身の力が必要とされる。
しかし、転移者のほとんどは元を言えば日本人。武器を使って戦い、道具を使って獲物を狩るなどという血生臭い行為とは縁が薄い人が大多数を占めている。ジアトーが崩壊した時に現れた暴徒のように理性のタガが外れた手合いがいる一方で、戦いを恐れて逃げ惑う人々も数多くいた。
ジアトー奪還が成功して治安が安定しようとしている今、戦いから離れて街の仕事を始める人が続出している。戦いを離れる人が出てきても魔獣や敵となる転移者は現れ続けるだろう。ここに需要があると僕は見込み、ハンター請負業を始めようと思い立ったのだ。
それにしても僕のこれまでの職歴を振り返ると自衛官に企業のプレイベートオフィッサー、無職期間を挟んでこの世界では魔獣退治のハンターを始めようとしている。身の施し方が鉄風雷火方面にしかないのに呆れてしまい、自嘲の笑いがこみ上げてきそうだ。
「どうしたの? 何か口元がピクピクしてるけど」
「……大した事ではないです。それよりも、もう少し試射したいのですけど」
「いいよ、納得いくまで撃ちなさい。そこに置いた分までなら弾代サービスするから。それ以上は流石にお金とるけど」
「おぉ、太っ腹です」
射台の上にある.44口径マグナム弾薬はまだ沢山残っている。このクラスの弾薬ともなると一発あたりの弾代だって馬鹿にならない金額になってしまう。使うべきところ以外では節約したいと考えてる僕にとって、クララさんの申し出は喜ぶべきものだ。
ラッチを押してシリンダーを振り出し排莢。空薬莢はエジェクターロッドを押すまでもなく銃本体を傾けるだけでポロポロとシリンダーから落ちた。シリンダーの作りが良い証拠だ。落ちた先は射台にある薬莢入れ。空薬莢は後でリロードして再利用するのでなるべく取っておく方針だ。
空になったシリンダーに弾薬を手で詰め込んで戻す。スピードローダーが無くてもそれなりの速度で弾込めが出来るようになりたいものだ。今後の要練習科目と考えつつ、また銃を構えた。
銃声が轟く。僕のではなくて隣の射台から。拳銃弾より大きく、野太い銃声は散弾銃によるものだ。
「うん。ショットガンなんてって思ったけど、これはゴキゲンだね。凄くイカす」
「そっちも気に入って貰えたようで何より。余りにもクセのある武器だから現状、使い手が激減して困ってたんだ。そっちが買うって言うならお安くしておくよ」
「在庫整理?」
「有り体に言うとイエス」
「壱火はそれで良いの?」
「在庫整理大いに結構、気に入ったよコレ。十挺拳銃が出来なくなった代わりとしては充分充分」
薄い板で仕切られた隣の射台から顔を出してきたのは、先日から住まいをシェアしている人狼族の女の子、壱火だ。彼女も先の戦いで武器を喪失したのでクララさんのところで新調するために一緒に来ていた。
十挺の拳銃を携行して弾をバラ撒くというB級アクション映画まがいの戦い方をしていた彼女だったけど、今度の武器選択もケレン味たっぷりだ。
ベースはレミントンM700というボルトアクションライフル。これを12番ゲージの散弾銃に改造。ここまでは日本では割と良くある改造だ。
日本の銃刀法では資格を取ってもいきなり大口径のライフルは持てない。そこでライフルの銃身や機関部を換装して散弾銃にしてしまうのだ。ライフル所持の許可が下りれば元の銃身に戻して同じ銃を使い続けられるというメリットがある、というものだ。
ただ、これは違う。散弾銃に改造したボルトアクションライフル、その銃身下部に長大なブレードがくっついていた。銃剣というには大きすぎ、剣として斬り合いが出来るほどに重厚な刃を持っている。
ここまで説明すれば分かる人には分かるだろう。『バイアネット』と呼ばれるゲーム時代に産まれたトンデモ武器だ。
射撃と斬撃を一つの武器で出来るというコンセプトだが、かなり無茶がある。四㎏以上もある本体重量にブレード、これを振り回しながら射撃と斬撃を繰り出すのは普通なら非現実的だ。これならそれぞれ別の武器を用意した方がマシである。
それをこの世界の非常識さが覆した。転移者の腕力なら問題無く重量物のバイアネットでも振り回せるし、銃床も振り回しやすい形状に手が加えられている。銃の各部も接近戦を想定してスパイクプレートやシールドで補強されており、元のレミントンの原型は全く留めていない。
だけどこうして見ると、豊富な弾種を持つ散弾銃に肉厚のブレードという組み合わせはクセはあってもこの世界ではアリなのだろう。嬉しそうにバイアネット片手にはしゃいでいる壱火を見るとそう思えてくる。
「それで、どこを?」
「うん、あの『100』の表示がある横にあった的」
「散弾銃で一〇〇m?」
小さな散弾を幾つも飛ばすショットガンは五〇mも離れれば脅威が薄れる。それが一〇〇m……一粒弾を使うスラッグを使ってもそう当たる距離ではないはず。しかし、レンジを見やればそこにあった標的のマンシルエットの頭部分が無くなっていた。
「えへんっ」と言いそうな顔をして胸を反らす壱火。このままバイアネットを使いこなせば、昔の刑事ドラマに出てくる角刈りのデカ長みたいな真似も遠からずやらかしそうだ。
妙に対抗心が湧いてきた。改めてM629を構えて、狙うは二十五m先に設置された標的。オープンサイトの拳銃で狙うには限界近い距離だ。でも僕には当てられる確信があった。さっき撃った時より銃と感覚が繋がっている。この感触は錯覚ではない。
引き金を引き、銃声が鳴る。それが七つ連なった。標的には七発分の穴が隣り合って空き、一つの大きな穴を作った。
「おぉ、ワンホールショット。早速その銃をものにするか」
「え? ワンホールショットって一つの穴に全部の弾を通す奴じゃないの?」
「いや、あれもワンホール。弾全部が一つの穴を作っているでしょ。充分凄い精密射撃だよ、アレ」
クララさんと壱火の話を横に、僕は空薬莢を出して新たな弾を込める。
出来るだろうな、と確信はあったが本当に出来てしまった。元より地球とは違う常識が幅を利かせている世界だと分かっていても、心のどこかが納得していなかった。それも最近は飲み込めるようになってきて、これはその納得の成果だ。
装填を済ませた銃を構え、再度射撃。同じ標的、先程着弾した部分より一〇㎝上を狙い七連射。狙いと確信は全く外れず、期待したとおりの場所に七つの弾痕が出来た。
このM629ならこの距離までなら弾道に自信が持てる。これ以上の距離は長物が欲しい。それが分かっただけでも今日は充分な収穫になる。
パワフルな火力を持つこの拳銃に早くも愛着が持てそうだ。
「よっしゃーっ、ボクもやってやる。目指せ団長」
「壱火、それ知っているって何歳さ」
「フツーの十六歳、だけど親父がドラマの円盤をボックスで持っている」
「レイの意外な趣味発見か」
「うん、親父って石○軍団が出ているドラマが好きみたいなんだ」
レイモンドの趣味に話が盛り上がりだしていると、こちらを見る視線を感じとった。その方向を見やると、レンジの後ろにあるクラブハウス兼店舗に鎧を着た大男の影が見えた。
一緒にここに着ていたマサヨシ君だ。彼も鎧や武器の修繕でクララさんを頼っており、まとめて面倒を見て貰っていたのだ。そんな彼が建物の影に隠れてこちらを窺っている。全身鎧を着た人間が隠密に向くはずもなく、物影に隠れていても鎧がはみ出していた。
どこかコミカルな光景なのでそのまま放っておこうかと思うも、僕が見ているのに気付いたマサヨシ君はさらに体を引っ込めてしまった。
これは、声をかけた方が良いのだろうか?
「お……ヨッシー、何をやっているの? そんなところに隠れて」
「う……」
迷っていたら壱火が先に声をあげた。声をかけられたマサヨシ君は、しばらく固まってから覚悟を決めたようにゆっくりと物影から出てくる。
あの戦いでマサヨシ君が着ている全身鎧『城塞甲冑・ギガント』もかなりのダメージを受けていたが、今こうして見る限りはすっかり元通りだ。これもクララさんの手で修繕されたらしいのだが、彼女の話によるとこちらはほとんど手を加えてないらしい。
確かにこうして見る限り全く変わりが無い。いや、変わりが無さ過ぎる。クララさんの方に顔を向けて「どういう事?」と疑問をぶつけてみた。
すると彼女はさっきまで陽気だった顔から些か以上に渋いに表情を変えて、への字にした口を開く。
「マサヨシの鎧ってさ、持ち込まれた時はボロボロだったけど時間置いたら自動的に修復したの。工房の隅に置いて目を離していたらいつの間にか直っていたんだもの、ビックリしたわよ。だから私がやったのは簡単な接合と汚れを落とした程度。手を入れるところがなくて不満だった。しかも鎧だけじゃなくて武器も自動修復だよ? ……改造したかったなぁ」
「自動修復。ゲーム由来の武器にそんな能力が」
「そ。ただし、素材に魔獣の骨や皮、もしくわゲーム由来の金属素材が使用されているものに限るという注釈がつくけど。だからルナの前の武装一式は対象外」
「それは残念」
「それに自動修復といっても何でもかんでも元通りという訳でもないみたいで、法則も今一つ分かっていないの。マサヨシの場合は鎧に盾に斧って単純な代物だから良いけど、複雑な機構をしていると修復も難しいみたいだし」
「ふむん……」
職人方面は門外漢な僕だが、こうしてクララさんの話を軽く聞くだけでもその試行錯誤が窺える。ゲーム時代とこの世界のすり合わせがこんなところでも為されているようだ。
こんなクララさんみたいな人達が集まりに集まって街の異常スピード復興を支えている。世界が変わってしまっても、力強く生きていこうとするバイタリティにはただ感心するばかりだ。
目線を横にズラせばじゃれ合っているマサヨシ君と壱火の姿。あの二人も状況に素直に順応するタイプみたいだし、こんな世界でも図太くやっていけそうな気がする。
見習わなくてはな、などと周囲の人達のたくましさを少し羨ましく思う。
「――何にせよ、まずは依頼が来ないと」
「ん? 仕事の話? まあ、そうねぇ」
この世界で糧を得るために働き、暮らす。それがここで生きていくための第一歩だと捉えるようになった僕にとって、スタートラインはまだ切れていない。
スタート位置に着くまでが今までの戦い、これからはこの街を中心にして活動して生活していく。それでスタートラインが切れたと僕は思っている。だから今は『待ち』に入った釣り人みたいな気分だった。準備は万端、細工は隆々、釣り糸を垂れて後は依頼がかかるのを待つ姿勢、あるいは山で獲物を待ち伏せるハンターの気分だろうか。ともかく僕に焦りはない。
それにある種の予感があった。間もなく待っていた『獲物/依頼』がやって来ると。
◆
『霹靂軒さん? 三丁目通りの工事現場に出前お願いします。ラーメン二丁にチャーシュー麺のチャーシュー抜き一丁、後ギョーザのニンニク抜きを三丁ね。急いでね』
電話の相手は一方的にこんな事をまくし立てて通話を切った。なぁに、コレ。
「……チャーシュー麺のチャーシュー抜きって、それただのラーメンじゃないの」
「姐さん、突っ込むところはそこなんすか」
「キツネうどんの揚げ抜きと同レベルの無意味な注文じゃない。素うどんならぬ素ラーメン?」
「いや、姐さんウチらそもそもラーメン屋じゃないっす」
「知ってる」
脱力しながら手にした受話器を本体に戻した私は、デスクに突っ伏して精神的疲労を味わった。弾みで何枚か請求書や領収書が床に落ちてしまったけど、優秀な使役獣が拾ってくれる。
借金とかは今のところないけど、今の私達の生活はゲーム時代に築いた蓄えを切り崩して成り立っていると思えば余裕はないのかもしれない。気のせいか身が削られる錯覚がした。
溜め息一つで何とか立て直し、体勢を戻せば視界に入るのは出来たばかりのオフィス。スチール製のデスクが五つに、戸棚、仕切りの向こうはソファとテーブルの応接セットがある。どこかの中小企業の事務室みたいな部屋。ルナの住み処の廃工場を改装した際に作られた一室がここになる。
ルナの発案で魔獣駆除を主要業務にした便利屋を開業した訳だけど、宣伝不足なのかかかってくる電話はさっきのような間違い電話だけだった。
ルナとマサヨシ、壱火は武器の刷新のためにクララさんのところへ、レイモンドさんは臨時雇いの事務員として市庁舎に行っている。そして私『水鈴』は使役獣三匹と一緒に留守番をやっていた。
「ところで姐さん、昼食はどうしやしょう? それこそラーメンの出前でも……」
「こんな街外れに出前なんて来ないよ。ああ、そう言えば冷蔵庫に昨日作ったいなり寿司の残りがあったはず」
「おぉ、あれまだあったんすか」
「やったーっ! さっそく取ってきます」
いなり寿司と聞いてキツネ型の使役獣達が三匹揃ってはしゃぎだす。街の復興の一環でここまで電気と電話、上下水道が来るようになった。お陰で冷蔵庫とか電話とかも使えるようになって不便は感じない。買い物も車で行ってまとめ買いすれば良いし、出前は来ないだろうけど、新聞は来る。
だけど、一応客商売なので街外れにあるのは不利なところだと思う。今のところの収入源がレイモンドさんだけなのは何とかしたい。新聞に広告を載せる時だってルナだけに任せず真面目にやっておけば良かったと後悔している。
自身の素っ気ない文面が広告に載った時のルナの渋い顔を思い出して、今でも笑いそうになってくる。同時に四人もの他人を住み処に受け入れてくれた彼女に感謝と申し訳なさもこみ上げてくる。
あの戦いの後、五人が集まって今後の事を話し合った。街はガレキだらけなので無事だったルナの住み処に場所を移し、ルナの淹れてくれたコーヒー片手にみんなこれからどうする? って顔を突き合わせた。
ルナは住まいが無事だったので何かの生計を立てつつ独りでやっていくつもりだったらしい。けれどマサヨシは拠点になるチームは壊滅、レイモンドさんと壱火は根無し草だった。だから住む場所の提供をしようという話になる。
それが二転三転に側転、バック転で今のようなシェアハウスの形になったのは、マサヨシが上げた一声があるからだった。
「みんなで一緒に暮らしてしまおう、か。よくもまあ大胆なことを」
「マサヨシさんの話っすか?」
「うん、あれがなければ私は幻獣楽団に戻って、今頃は街の市庁舎で事務でもやっていたかも」
「後悔しているんすか?」
「……いいえ、もう私の知っている楽団は無くなっちゃったし、ここは居心地もいいし、転職に後悔はないわ」
不安そうに見上げてきた使役獣の一匹ロクの頭を撫でながら、自身の選択は間違っていないと確認する。
戦いが終わった後、ジアトー解放の中心的存在だった幻獣楽団は事実上の解散、構成員は街の様々な仕事に就いた。リーダーのライアさんの都市長を筆頭に都市運営に携わる人がいる一方で屋台を引っ張っている人までいると聞いた。だから私も居場所が無くなったといえる。
ライアさんは職を斡旋すると言ってくれたけど、こうしてルナ達と一緒にやっていく方に魅力を感じて丁重に断った経緯があった。
思い返してもやっぱり後悔はない。落ち込むことはあるかもだけど、この選択は間違っていない。
「とりあえず、出来る事といったら請求書と領収書を整理するところからかな」
「お手伝いしやす」
「お稲荷さん、持って来ました」
「ありがとう。みんな食べよっか」
使役獣三匹が一斉に「おー」と声を揃えて、いなり寿司に群がる。これだけを見れば完全に小学校低学年の子供みたいだ。でも留守番中の細かい事を色々とこなしてくれるし、家事も覚えようとしている。今後遠くへ仕事に行く機会だってあるはず。その時に住まいの留守を任せられるのがこの三匹と思う。
留守番役でも出来ることはそれなりにある。昼食が終わったら家計簿でもつけようか――電話のベルが鳴ったのはそんな風に考えながらいなり寿司に手を着けようとした時だった。
「……誰よ、食事中に。ラーメンの出前だったら住所聞き出して、いなり寿司ぶつけに行くわ」
「止めて下さい姐さん、オレらの昼飯が無くなります」
「冗談よ」
「なぁ、今の姐さんマジの目だったよな」
「ああ。皿ごと相手にぶつける勢いだった」
失礼なことをのたまう使役獣を横目に受話器を取った。相手はまだ不明、客商売である以上は愛想良くしないと。
「はい。どちら様でしょう?」
実は便利屋を開業したのは良いけれど、肝心の屋号はまだ決まっていない。開業の届けはすでに役所で受理されたけど、屋号無しなのは不便なので後日でもいいから届け出るよう言われている。だからさっきのラーメン出前のような事が起きてしまう。
屋号無しも私達にある問題だった。一応全員あれこれ案は出ているけど、どれも却下か保留止まり。良いと思うんだけどなぁ、『魔獣ぬっころし隊』。まさか四人全員に却下されるとは。
そのような理由で屋号抜きで電話に出た。返ってきた声は女声、それも聞き覚えのある声だった。
『あ、もしかして水鈴? あたし、雪よ』
「雪。どうしたの? いつもだったら念会話で通信入れてくるのに」
『その理由は簡単。あたしは今ジアトーに居ません。念会話の範囲外』
元幻獣楽団のチームメイトの中、今でも付き合いがある雪が電話を入れてきた。戦いの後でも良く念会話で話をしていたし、実際に会っていたりした。
彼女は現在ジアトーの都市運営に携わっていて、ライアさんの副官とか秘書みたいな立場になっている。だから忙しい立場のはずだけど、息抜きと称して良くお喋りに付き合っている仲になっていた。
そんな雪がジアトーの外から電話で連絡。何かあるのだろうか?
『水鈴のところってさ、魔獣の退治を仕事にしているのよね? 仕事、お願いしたいんだけど』
これが私達の初仕事の始まりを告げる合図だった。




