16話 juice
夏の強く鋭い日差しがジアトー郊外にあるビーチに降り注ぐ。海浜リゾート地として開発され、避暑地としても歴史ある土地のためかこの辺りは富裕層の別荘が多く建ち並ぶ地区だった。
先のアードラーライヒ帝国軍のジアトー侵攻を発端とする首長国との一連の戦闘、最近では『ジアトー事変』と名付けられるようになった戦いの影響でこの地区を訪れる観光客が減り、別荘を売りに出して引き上げる富裕層も現れ始めている。独立間もない都市国家ジアトーには出だしから逆風が吹いていた。
そんな環境の中、政治首班に就いたライアを始めジアトーを再興しようと盛り上げている人々にとって、観光シーズンに入った今の時期が力の入れどころになる。
「まずはお手並み拝見だね、ライア首相」
ビーチに数多く咲くパラソルの内の一つ、一際に大きく青いパラソル下で一人の少年がそんなことを呟いてビーチを眺めている。十歳前後の幼い姿の少年、けれど彼の紫色の瞳は熟年の色合いを帯びてデッキチェアに腰掛けアイスティーを飲む所作ひとつ見ても円熟した優雅さが漂っている。
見た目はフード付きパーカーを羽織った水着姿の少年に過ぎないのに、かもし出される空気は見た目の何倍もの歳月を感じさせる。その不思議なギャップが近くを通り過ぎる人の目を惹いた。
しかし、彼を見た人はもれなくすぐに視線を逸らすだろう。彼の傍には一人、剣呑な空気を漂わせる護衛の存在があるからだ。
少年の名前はクリストフ・フェーヤ。現在は首長国の一地区、ジアトーの隣で地区長、地球で言う知事みたいな立場にある権力者で政治家な人物だ。
「それにしてもさ、せっかくの休暇なんだからリーナも少しは肩の力を抜いたらどうだい?」
「お言葉ですがクリス様、スーツ姿なのは護衛であるという意味以外に日除けという意味もあります。クリス様ならいざ知らず、私ではこんな炎天下に水着は自殺行為です」
「それは知っている。僕が言いたいのはこんな時まで気を張りつめなくても良いんじゃないか、という意味。ほら、さっき通り過ぎていった人、まるで道端でマフィアと出くわしたみたいな顔をしていたじゃないか」
「重ねてお言葉ですが、それも難しいかと思います。何しろ今はクリス様以外にも……」
「ああ、うん、不本意だけどそれも知っている。……はぁぁぁ、今週の僕は休暇だよ? 休暇を楽しむために仕事は残さず全部片付けた。転移者の造るジアトーを視察がてら楽しむ予定だってあった。あの娘に会う予定もね。なのに、なんでこうなった?」
「ご心中、お察しします」
クリストフが信頼する護衛兼秘書のエカテリーナは、自らの上司が置かれた状況に頭を下げた。その心労に幾ばくかの慰めがあればとの思いからだ。
二人は月詠人である。本来なら夜が活動時間になっていて、今みたいな炎天下のビーチは苦手な環境だった。通俗的な吸血鬼のように灰になってしまう事はないが、肉体や精神が大幅にスペックダウンしてしまい、酷いと熱中症じみた症状に陥って意識不明になってしまう場合もある。
ある程度は肉体と精神の能力向上でスペックダウン分を補い、直射日光を避ける対策で普段の活動に支障が出ないまでに動ける様になれる。クリストフは能力で、エカテリーナは服装でそれぞれ日光対策をしているからこうして昼間のビーチに出ていられる。
けれどいくら日光に対策が出来ていても積極的に陽の下に行く気にはなれないのが月詠人としての普通の感性だ。彼らは夜と共にあるのを誇りに思うのと同時に陽の光を暴力的なものだとして避ける傾向にある。クリストフとエカテリーナもその傾向に漏れない。
苦手な昼間の陽気が降り注ぐビーチに二人が来ている理由は、もちろん自主的なものではなく無理矢理連れて来られたからに他ならない。
「リーナ、もう王には黙って一緒に逃げようか? もう充分付き合った方だよ」
「クリス様……」
「大体あの方は日光に対して耐性が尋常じゃなくあるせいで、他の同族に対する配慮が足りないと思うんだよ。こうして僕らを真っ昼間のビーチに連れ出すのが良い証拠だ。ああ、この辺りはあの娘にも教え込んでいかないとな。彼女も日光に対して無頓着だし」
「……あの、クリス様」
「近年は種族の王という立場がお飾りじみているとはいえ、自由人過ぎる方だしなぁ。いつも大陸のどこかをフラフラして、今回だってジアトーの件が無ければ向こう数年は放浪してたね。仕事を任される立場としてトップがフリーダム過ぎると本当に苦労するよ。だからさリーナ、僕は充分頑張った。もう王なんて放って置いてジアトーの休日を楽しもうか」
開放的な環境がクリストフの口を軽くしたのかもしれない。普段は滅多に言わない愚痴を漏らしながら、彼は待ち人であるはずの人物を放って逃げようなどと良い笑顔を秘書へと向けながら言い放っていた。もちろん冗談半分の軽口ではあるのだが、裏を返せば残りの半分は本気だ。
その秘書エカテリーナの反応はというと、困惑と恐れという二つの感情が混ざり合った表情をしている。さらに彼女の視線は奇妙なことにクリストフを飛び越えて後ろ側へと向けられていた。
秘書のこれだけの反応でクリストフは事態を悟った。悟ってしまい、悟ることが出来る自分の察しの良さを呪った。気付かなければもう数秒だけ心穏やかでいられたのに。
「……ああ、お戻りですか、王よ」
「ええ、可愛い甥っ子が私の事をどう思っているか聞こえたからね。フリーダムなのは認めるけど、配慮の一つくらいはしているわよ?」
「……」
一体どの辺りに配慮がされているのか分からない。多分、余人には理解し難い部分で配慮とやらがされているのだろう。我が親族ながら難解な性質を持った人物だと頭を痛めるクリストフだった。
音も気配も無く唐突にクリストフの背後に立っていた人物が二人の待ち人だった。ここで彼はようやく振り返って、その人物を視界に収める。
細身で長身の妙齢の美女。一言で彼女を言い表すならこういう表現が適切だろう。ただし、実際にこの人物を目の当たりにすれば適切な言葉以上の存在であると思い知らされる。
女性の平均身長を超える背丈を持った肉体は女性的な魅力に溢れており、擬音で表現するならボンキュボンとグラマラスの見本のような肉体美を持っており、その上で肌の露出が多い水着を着て肉体美を惜しげもなく衆目にさらしていた。
女性に恥ずかしがる様子はなく、堂々とその場に立っている。己の肉体に恥じる部分などどこにもないと言わんばかりだ。腰近くまで伸びたクセのない金髪、太陽の下でも映える白磁の肌、シャープな顔立ちの中に光る紫の瞳、それら全てが彼女を彩る要素だがあくまで要素でしかない。芯にあるのは見る人の目を惹きつける雰囲気だ。
何気ない所作一つ一つが絵になる雅すぎる貴人。それがクリストフの叔母に当たり彼がもっとも苦手な人物、イヴ・フェーヤという貴婦人であった。
「水着に着替えたし、せっかくの海、ちょっと泳いで来るわね。ここ一年内陸の方にいたから海が恋しくなっちゃたの」
「待って下さい伯母上。伴も連れずに行かないで下さい。リーナ、頼めるかい?」
「はっ」
「いいよ、伴はいらない。せっかく独りになれる良い機会なのに……じゃなくて、リーナちゃんを付き合わせるのは可哀想でしょ?」
「本音はそこですか。僕らはダシに使われたのですね」
「ごめんね。では、行ってきます」
先程はイヴを置いて逃げようかと軽口を言っていたクリストフだったが、もちろんあれは愚痴混じりのジョークだ。月詠人として彼女を放っておく真似は出来ない。
イヴは貴婦人に相応しく本来なら常に身辺に侍る者がいる。大陸各地を巡るために身軽ではあっても、独りになる事は滅多にない。その反動なのか、時々独りになりたがるのが彼女の習性だ。身近な人々はみんな知っている厄介な習性である。
今のように独りになれる機会があれば彼女は絶対に見逃さない。近いノリで言えば修学旅行における自由行動中の学生だろうか?
イヴがこの街に来訪するに当たり、クリストフが彼女にまつわる面倒事を負うという仕事を一族から任命されてしまった。予定していた彼の休暇が潰れてしまい、イヴに引っ張られて日中のビーチに出る羽目になったのがここまでの経緯である。さらにこれから起こり得るあれこれを想像すれば、軽く頭痛を覚えてしまうクリストフとエカテリーナの主従だった。
「クリス様、結局私はイヴ様について行かなくて良いのですか?」
「いいさ。王も独りになりたがるとはいえ、こちらの感知の外に出る事はない。大抵はすぐに発見できる場所にいるよ。この辺りが彼女流の配慮なのかもね。それに今日は王の目的がハッキリしている。僕はあの娘と王は会っておいて欲しいと考えるよ。だから無粋な横槍は控えよう」
泳いで来ると言って駆け出し、イヴの背中があっという間にビーチの向こうへと遠ざかっていく。そこだけを見るなら年頃の少女が海ではしゃいでいるように見えて非常に絵になっている。
それを見送った主従は自らの感覚にイヴの気配がしっかりと捕捉されているのを確認している。二人の前に現れた時とは違い、存在をアピールするような明確さだ。その気配が向う先には別の大きな気配。それは二人の知っている相手のものだ。
「なるほど。しかし今更ですが、あの金眼の娘はクリス様の期待に応えられる器でしょうか?」
「正直まだ分からないな。人ってそう簡単に評価が下せるものじゃない。ジアトーの事変で見所はあると分かったけど、まだ色々と試してみたい。そうだね、少なくとも育てたいと思わせてくれる娘かな。何、時間はたっぷりあるよ」
「イヴ様もその試しに使われると?」
「結果的にそうなるね。ただ王もその辺り承知していると思うよ」
話が一段落した辺りでクリストフが傍に置いてたグラスを手に取ってアイスティーを口にする。グラスには微弱ながら熱を奪う術式がかけられているため、この炎天下でも温くならずに冷涼なままの口当たりだ。
少し前までならこういった魔法仕込みの生活の小技は魔術が扱える種族だけのものだった。それが転移者が現れて以降、ガラリと事情が変わっている。
転移者が振るう見たことのない強力な魔法、魔法仕込みの道具類の数々、その他魔法を使った技術、それらが転移者を通じて現地の人々に広まりだしているのだ。現にクリストフが持っている魔法仕込みのグラスも、ビーチに建てられていた海の家で転移者が製作販売していたのを買ってきた物だ。
彼ら転移者の多くは何気なく無造作にそれらを使ってやっているが、それがどれだけの利益を生むのか理解している様子は見られなかった。対して現地の人々の動きは早く、一時の恐怖が過ぎた目ざとい人間ならすでにアクションを起こしているはずだ。
転移者が多く集まるジアトーの街は、莫大な富と権力を生み出す宝の山である。その事実に多くの人が気付くのにそれほど時間はかからないだろう。
そのような宝の街から気になる人物が現れた。クリストフにとっては何とも都合の良い話だった。
「当分、この街に飽きることはなさそうだ。頑張ってこれからも面白くしてくれよ、転移者諸君。お手並み拝見だ」
傍に控えるエカテリーナ以外には聞こえない程度の声を出すクリストフは、グラスに残ったアイスティーを飲み干すとデッキチェアーに身を預けて午睡の体勢になる。本来夜行性の彼にとって今が一番眠い時間帯だ。イヴの存在があるため熟睡は出来ないが、仮眠ぐらいはとるつもりらしい。
折から吹いた海風がクリストフの肌を心地よく撫でる。その風に誘われるかのように彼は浅い眠りに就いた。
ビーチに照りつける太陽は中天にさしかかり、夏の空気は一層熱を帯びていく。独りこの場で護衛をしているエカテリーナの口から「……暑い」と声が漏れたが、それを聞いた人間はいなかった。
◆
ここで改めてイヴ・フェーヤという女性について言及しておこう。まず外見だけならスタイル抜群、水着姿の今なら世の男どもを興奮させて止まない妙齢の美女である。
その美貌のために周囲の男性達は声をかけることもできず、呆けた表情で彼女を見送るばかりだ。ナンパとかされるのでは? とお思いの人もいるだろう。しかし実態としてナンパする人間が声をかけるのは声をかけやすそうな相手になる。そこそこ男心を満足させられる程度に可愛い容姿で、ある程度ノリの良い雰囲気を持っているそんな相手を見極めて声をかけるのだ。
イヴのような目の覚めるような美女かつ、目が惹きつけられても近寄りがたいオーラが放たれる女性の場合は逆に声をかけられる事は無い。ナンパする側が気後れして最初から声をかける気にならないからだ。
ビーチの様子を描いたフィクションで度々見られるナンパ師に声をかけられる美女という図式は実はほとんど見られない。もしもごく希少な機会を得て、その光景が見られたらそのナンパ師を勇者と内心で讃えてあげよう。
話を戻そう。ナンパなどに声をかけられる事もなくビーチを軽い足取りで進むイヴ。先も言ったように外見だけなら妙齢の美女ではあるが、クリストフの母親の姉、伯母に当たる人物になる。当然年齢も相応のはずだが、外見からは全く窺い知れない。
この世界では、月詠人の年齢を外見から推し量るのはまず無理というのが一般常識だ。実年齢から外見の年齢が10も20も離れているのは当たり前、クリストフみたく外見を変化させられるともうお手上げだ。
ただ、精神の成熟は歳月に比例する。外見年齢に見合わない落ち着いた所作、完成された言動などが月詠人には見られる。イヴも例外ではなく、一見楽しげにビーチを見渡しているだけだが、紫色の瞳は目的の気配を求めて走査していた。
「ん……と、彼じゃないわね。移動した、か」
イヴの視線の先には、パラソルとレジャーシートが設置された陣地があった。これからバーベキューでもするつもりなのか、コンロと焼く前の具材が刺さった串が山積みになっている。
何より目に付いたのは、パラソルの下で膝を抱えて座り込んでいる大柄な男の姿だ。海パン一つで筋骨隆々な肉体を周囲に見せておきながら、なぜか身を縮ませて呆然とした顔で青空を見上げている。その姿からは覇気とか活気と呼べるようなものは全く見受けられず、例えるならバーベキュー後のコンロの底に溜まっている灰のような印象が見受けられる。
そんな燃え尽きた雰囲気の男がイヴの目を引いた理由は、彼女が求めている気配が彼の周辺から濃く感じられたからだ。一瞬だけこの男がそうなのかと考えたが、相手の詳細についてはクリストフから報告を受けているので違うと断じて、移動した気配も感じたのでイヴの興味はすぐにそちらへと移った。
目当てとしている気配を追ってイヴは優雅な所作でビーチを移動していく。
彼女はただ歩いているだけだが、周囲の人の視線を自然と惹きつけている。視線を受けるイヴはそれらを当然のように受け止めており、それが近寄りがたい触れがたい空気を形成していた。
どこかの王侯貴族かセレブかが、戯れに庶民のビーチに繰り出してきたのだろうか? 彼女を見る人達の間で急速にそんな話が出来上がっていく。当人はもちろんそんな話を知る由もなく、次のポイントに行き当たった。
「おりゃぁぁぁっ! 必殺っ! ヒグマ落としーッ!」
「なんの! 伝統の回転レシーブ」
「なん……だと……」
「これでフィニッシュ! イナズマアタック!」
「ぐはぁぁっ」
砂浜に立てられた二本のポールにネットを張り、それを挟んで二組のチームがボールを相手陣地に落とすゲーム。要するにビーチバレーをプレイしている場所がイヴの行き当たった地点だった。
ただし、聞こえてくる轟音や爆音は通常のビーチバレーでは絶対に出ない類だ。プレイヤーの二人二組の人物が、常人では絶対に出来ない動きをしており、その間をビーチボールが超高速で行き交っていた。
ボールが砂浜に着弾して砂煙が上がり、プレイヤーの高速移動で残像が見え、レシーブする手に紫電が奔り、オーラが可視できるほどになり、等々色々とトンデモな光景が繰り広げられている。
この光景を見ているイヴはビーチバレーというものを知っているしプレイしたこともある。だが、目の前で繰り広げられている超常現象と同じものとは思えなかった。多分、ビーチバレーに似た『ビーチバレーのようなもの』だろう。そう考える。
ざっと見渡してここにも目的とする人物は居ないと判断したイヴは、爆風吹く試合会場を背にしてその場から移動した。
イヴが改めて走査すると、気配は浜辺から海へと伸びて沖にポツンと浮いて見える岩場まで続いている。
この『気配』という感覚を誰かに説明する時に嗅覚を引き合いに出す月詠人が多い。形として見るわけではなく、音として聴くわけでもなく、あえて言うなら不可視で何となく匂うような何か。それが月詠人の言い分だ。
しかし実際にある臭いのように水を始めとした何かの物質で遮断されるものではないし、ある程度の技術があれば気配を断つことも強調してアピールすることもできる。気配を見分けて個人を識別することも可能だ。
五感のいずれでもなく、しかして第六感と呼ぶにも違和感がある。そんな不可思議な感覚が月詠人がいうところの気配であった。
イヴが感知するこの気配、甥のクリストフが最近目をかけるようになったという人物の気配、大きな力を持っていると察せられるのに色々と拙いとすぐに分かるアンバランスな気配、気配を感じるだけで興味が湧く相手というのは彼女にとって初めての経験だ。
今回のジアトー行きで普段護衛を務めている同胞や、厄介になる甥に無茶を言ってしまったがその分の価値はある、と良いな。イヴの頭の中ではそういった考えを浮かべ、体は軽く柔軟体操をしてほぐし泳ぐ準備をしている。岩場まで大した距離ではないので泳ぐつもりだ。
ビーチから波打ち際、浅瀬へと移動していくに従い海水がイヴの体を少しずつ飲み込み、程なく全身が海に浸る。浮遊感と息苦しさ、水圧の圧迫感、それらをはね除けるようにして手足を動かして彼女は泳ぐ。
水の中に身を躍らせて、手足で水を掻いて進む。そんなごく当たり前の泳ぐ動作さえイヴは優雅にこなしてしまう。もしこの場に水中カメラを持った人がいれば、彼女の水泳姿を思わず撮影していただろう。それはイルカやシャチ、架空生物のマーメイドをも想起させる優雅で滑らかな泳ぎだ。その滑らかさに違わず、イヴの体はグングン水中を進んで岩場へと向かう。距離が近付いている、気配はすぐそこだ。
水中から岩場へと滑らかに上陸したイヴ。水の中から跳ねて岩場に着地する様子は見る人が見ればペンギンの上陸風景を思い起こすだろう。
そしてその見る人はその場に存在した。突然水中から飛び出してきたイヴに驚き、手に持っていたナイフを反射的に構えて彼女に向けてきた。その人物が手に持っているのはナイフと大量の貝が入った網カゴ。どうやら貝の採取をしていたようだ。
驚きで見開いていた金色の瞳はすぐに細まり、いきなり現れたイヴを見定めるように見詰めてくる。流石にナイフはすぐに下ろしたが、体勢はいつでも動ける状態で保たれている。黒い水着に黒い髪、対照的に白い肌とモノトーンを思わせる身体。まるで警戒心むき出しの黒猫のようだ。イヴの印象はそんな所感から始まった。
――では、最初は挨拶から。話に聞いた甥っ子よりも優雅に、それでいて遊び心は忘れずに。
「初めまして可愛い黒猫さん。私はイヴ・フェーヤ、貴女とお友達になりに来たの。よろしくね」




