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13話 DAYBREAK'S BELL




 ニスカリーの集落から離れた場所にある墓地にオレ達は戻って来ていた。さっきまで大熊や盗賊の斥候と戦っていた現場だけに大熊の巨大な死骸や盗賊達の死体が転がっていて、墓石には銃弾の痕、手近な木はなぎ倒されていて、地面はえぐられるなど改めて見ると戦闘のせいで墓地はかなり荒れていた。

 本来なら大熊を狩って害獣の駆除の仕事を終えた後で、荒れた部分を元に戻す予定がオレ達にはあったが、盗賊の襲来が予定を大きく狂わせていた。

 この場にはオレと水鈴の手で救出して誘導されてきたニスカリーの人達が避難しており、戦いが終わるまでオレ達は彼らの護衛役としてここに残っている。


 ニスカリーの方向から聞こえてくる銃声や爆発音はかなり派手だ。夜の山間部だけあって音が響いているのもあるけど、電動工具みたいな耳慣れない音が聞こえた時は何事かと思ってしまった。

 そんな物騒な音も数分前からパッタリと止んで、夜の山らしく静けさが戻っている。集落の人達も盗賊がやって来ないか警戒しているため誰一人喋っている様子は見られない。この場にはオレと水鈴、集落の住人で二十人くらいの人間がいるのに聞こえるのは虫の鳴き声や草木の揺れる音だけ、時々身じろぎする音や軽く咳きこむ音がする程度だ。外にいるはずなのに息が詰まりそうな沈黙がオレには重く感じる。

 ふと自分の体を見下ろせば、着ている鎧に返り血が点々と付いているのが見えた。集落の人達を救出する時に盗賊連中を二人、戦斧で斬り倒した結果だ。返り血を浴びた範囲は小さいけれど乾燥して黒くなった血がやけに目立って見えた。


『音、聞こえなくなったけど終わったのかな?』

『どうだろ、ルナさん達からまだ念会話来てないし終わったと思うのは早いんじゃないか』


 水鈴から飛んできた念会話に応えながらオレの目線は彼女のいる方向に向いた。避難して来た住人を守る形で墓場の両端にオレと水鈴が陣取っている。山側から魔獣が来ても集落から盗賊の残党が来ても応戦出来るようにするためだ。

 集落から聞こえていた激しい戦闘音とは対照的に山側は静まりかえっていて、夜の暗さも手伝って気味が悪くなってくる。早く戦闘が終わってくれないだろうか。いつの間にか足が貧乏ゆすりをしていて脚甲がカタカタと鳴りだしていた。

 それともルナさん達に何かあったのか? だとしたらオレ達は応援に駆け付けた方が良いのかもしれない。じっとしていると悪い考えがどんどん浮かんでくる。こういう時は時間の流れが遅く感じるのがお決まりで、一分間が何倍にも感じてしまう。時間感覚がおかしくなって時間というものが軋む錯覚さえしてきた。


『マサヨシ君、水鈴さん、聞こえる? 戦闘は終了した。こちらに負傷者は無し、盗賊のほとんどを無力化した。拘束した敵も多く人手が欲しいから住人の方と一緒に戻って来て欲しい』

『りょ、了解っす』


 じれていたところに待ちに待ったルナさんからの念会話が入ってきた。オレはほとんど条件反射みたく即答して、水鈴のいる方向、墓場を挟んで反対の端に目をやった。

 見張りのために飲んだ薬のお陰で今のオレは一時的に夜目が良くなっていて、その目にはこっちに向かってくる水鈴の姿が見えていた。


「皆さん、戦闘が終わりましたので集落に戻りたいと思いますっ! 私達が先導しますので、どうか慌てず付いて来て下さい!」


 集落の住人達に大声で呼びかけながらこっちに走って来る水鈴。その表情が見える距離まで近づくと、「あんたも何か言いなさい、おっかない格好しているんだから」と怒ってきた。確かに全身甲冑の大男がむっつりと黙ったままというのも威圧感が半端ない。返り血も付いて迫力倍率ドンだ。

 言われるままに面体を上げて素顔を出して、笑顔になるよう努めながら声を上げる。声が裏返っていなければいいのだけど。


「魔獣が出ても大丈夫です、オレ達がすぐに倒します。列を作って、女性や子供、お年寄りの方は列の中央に入って下さい。異常があったらすぐに声を出して知らせて下さい!」


 目立つように手を振って存在をアピールしながら声を出すと、住人の人達が言われた通りに列を作り始めた。その動きはすごくゆっくりで、見ていてじれったい気持ちになるけどぐっと堪える。ツアー旅行の添乗員さんもきっとこれに近い気持ちなのかもしれない。

 列の先頭をオレが務めて、最後尾を水鈴、住人達を前後で護衛しながらの移動を予定しており隊列としてはオーソドックスだ。住人達の人数も二十人位なので列は程なく出来て、さあ出発という時に一人の女性がオレのところにやって来ておずおずといった態度で声をかけてきた。


「あ、あの……女の子が一人、居ないのです。マリーっていう女の子なんですけど」

「え、マジですか」

「ま、まじです。何時居なくなったかも分からなくて……気が付いたのが今なんです」


 アクシデント発生。住人の一人が行方不明だと言われてしまった。しかもその名前の女の子には心当たりがある。オレ達がここの拠点に使っている宿舎に身を寄せている子だったはずだ。

 その女性にオレが知っているマリーの特長を聞いて同一人物だと分かると、すぐに後ろで列の取りまとめを始めている水鈴にマリーの事を尋ねた。


「え、あの子居ないの? でも、私達ずっとここで見張りをしていたけど見かけなかったわよね?」

「ああ、ってことはまだ集落に居るのか?」

「そうかもしれない。ルナ達にも頼んで探してもらおう。それで駄目なら雪がパトロールを呼んで戻って来るし、それを頼ってみようか」


 オレが事情を話すとすぐに対応策を出して、すぐに念会話でルナさん達に連絡をとる水鈴がやけに頼もしく見える。

 相手が子供な上に知った顔のため、大事になっていなければという思いが強くなってきた。集落の方向に目を向けると黒い煙と燃える炎が夜空に立ち昇っていた。黒い煙に炎が赤く照り返し、毒々しく見えて訳もなく不吉な予感に襲われる。

 この予感が当たってくれるなよ、と思わずにはいられなかった。



 ◆



 盗賊団が壊滅して戦闘が終了したニスカリーの集落は数分前までの戦闘時の騒がしさとは打って変わり、山間の集落本来の静けさが戻っていた。もちろん戦闘の爪痕までは戻らない。集落のあちこちに銃弾の痕が穿たれ、炎上していた車両からは今も黒煙が上がり続けて、ルナ達に倒された盗賊団の面々が地面に転がっていてまだ息がある者からはうめき声が漏れて戦闘後の陰惨さが増している。

 戦闘終了後、集落にいるルナ達は戦闘後の後始末をしていた。死んだ盗賊の死体を住人の目に触れにくい場所に集めて、レイモンドにノックアウトされて気絶したり、壱火やルナに急所を外して撃たれ生きていた盗賊は拘束していく。

 彼らが拘束に使う道具は車の補修用として持っていた結束バンドだ。ロープのように技術は必要とせず、一度締めると生半可なことでは切れない頑丈さに注目してのセレクトになる。転移者の身体能力も考えて、一人当たりにバンド三本使って手足を拘束していく。

 その後彼女達は、雪が呼びに行ったジアトー政府のパトロールが到着するまで周辺を警戒する。盗賊の残党、魔獣の襲来、戦いが終わっても緊張を解くにはまだ早かった。


 ルナ達がその様にして戦いの後始末を始めているのと同時刻、集落の一画にある民家の物置では小さな人影が体を丸めて身を隠していた。

 集落の少女マリーだ。彼女はルナ達が大熊を狩りに向っている時に例の宿泊施設で一人留守番をしていた。小さな集落だからこそ親を亡くした子供を集落ぐるみで保護しており、正式な身寄りが決まるまで空いていた宿泊施設で寝泊まりしていたが、ルナ達が集落に来て以降もマリーを引き取る家が決まらず現状維持のままだった。

 もちろん小さな子供を独り、宿泊施設に押し込めて放置という訳ではない。毎日のように集落の住人の内誰かが様子を見に来て、不自由がないようあれこれと世話を焼いてきたのだ。ヴィルヘルミナを始めとして転移者達も彼女を気にかけて両親を亡くした寂しさを感じずに済んでいた。


 事態が変化したのはルナ達が大熊を狩りに出てしばらくしてからだ。多数の車が出す排気音と共に襲撃を仕掛けてきた盗賊団は瞬く間に集落を蹂躙していった。次々と住居に押し入り、銃で脅しながら住人達を連れ出して一ヶ所に集めていく。抵抗する者は容赦なく殺し、商店から住居からめぼしい物資を強奪していく。その手際は手慣れていてどれだけ悪行を重ねてきたか察せられる。

 マリーが身を寄せていた宿泊施設にも盗賊が押し寄せて来て、家の食料や物資、金銭に貴重品などめぼしい物を次々と奪っていった。マリーも強引に外に連れ出されて他の住人達と同じ住居に押し込まれる。マリーが泣こうが暴れようがお構いなし、襟首を掴まれて住居に放り込まれた。

 この場面での不幸中の幸いは、マリーがまだ幼い子供だったことと彼女を見つけた盗賊が彼らの中でも大人しい性格だった事だ。そうでなかったらマリーは見つかった早々に犯されるか殺されるかで死んでいただろう。


 ルナ達が盗賊達に奇襲をかけた時、マリーは住人達の中でじっと息を潜めていた。怒声や悲鳴、銃声や爆発音に怯えながら身を縮こませ早く怖いことが終わって欲しいと願っていた。そこにマサヨシと水鈴が救出に現れたのだ。

 血を噴いて倒れる盗賊、それを斬り倒した甲冑姿のマサヨシに住人達は怯えた。けれど一緒に現れた水鈴が救助だと言い、集落の外れにある墓場まで避難するよう言った段階で住人達の様子は一転して明るくなり我先にと逃げ出した。

 逃げていく住人達の波に呑まれたマリーは、その場に取り残されてしまった。マサヨシ達も逃げる住人達の誘導に必死で気付けず、住人達は命の危機に小さな子供に構う余裕はなかったのだ。

 残されたマリーは銃声と爆音に押されるように集落を逃げ回り、手近にあった物置に転がり込んで今に至っている。


 体を丸め、銃声爆音といった怖い音をやり過ごしてどの位の時間が経ったか、いつの間にか怖い音は消えていた。マリーは静かになった雰囲気に誘われるようにして外へと出る。

 外に出たマリーの視界に映ったのは、赤い炎に照らされて陰影が濃く不気味になった集落だった。その不気味な光景にマリーは怯えて立ちすくむ。そこにある臭いがマリーの鼻を刺激して、彼女の視線を地面に向けさせた。

 その臭いは鉄サビに似て、それでいて生々しく濃い臭いだった。


「……あ、おじさん、おばさん」


 物置を出てすぐの場所でマリーの両親の友人だった若い夫婦が折り重なって地面に倒れていた。この夫婦は子供に恵まれていないのもあって、マリーを良く可愛がっていた。マリーも良く懐き、両親が亡くなった後でも世話を焼いてくれた夫婦だった。その二人が死んでいた。

 夜でも分かるほど地面には二人の血が大量に広がっていて黒く変色しており、二人の遺体からは早くも腐敗臭がし始めている。

 夫の頭はライフル弾でも撃たれたのか大穴が空いて、柔らかい脳組織が地面に零れている。妻の方はより残酷で衣服を剥がされ散々暴行を加えられた跡が見え、直接の死因は首に巻いていたスカーフで絞め殺された様だが、その前に体中を刃物で切り刻まれて肉をこそぎ落とされて白い骨まで見えていた。


 有様としては無惨の一言に尽きて、盗賊達は邪魔な夫を真っ先に殺した後で妻を面白半分で犯し、切り刻み、飽きたところで絞め殺したというのがこの場で起きた出来事だった。盗賊達にとっては飽きた玩具を投げ捨てるのと変わりない行為だったようだ。

 もちろん人の悪意をまだ知らない幼いマリーには何が起こったのか分からない。ただ分からないけれど経験はあった。突然目の前で近しい人間が死ぬのを目撃するのはこれで二回目だ。一度目は大熊で両親、二度目はこの盗賊である。短い期間の間に親しい人物が相次いで無惨に死ぬ。その出来事はマリーの幼い知性では処理し切れなかった。


 処理しきれない出来事に感情の嵩はあっという間に高さを増して堰を切る。目から涙が止めどなく溢れ出て、それでもこの夫婦の言いつけを守って声を出さずにすすり泣いた。

 この夫婦はマリーの両親とも隣近所で家族ぐるみの付き合いだった。マリーが親を亡くした時も一番親身になったのも彼らで、このまま何事も無ければ養子としてこの夫婦の子供に迎えられる未来があったはずだ。そんな未来はこれで無くなってしまった。閉ざされた未来を幼いマリーは察するはずもないが、次々に死んでしまった身近な人の死に彼女はただ涙を流した。

 戦いが終わった後の環境音にマリーのすすり泣く声が混じる。彼女の泣き声はか細く、あまりにも小さい。距離があったせいもあり、周辺探索を始めたルナ達にはマリーの泣き声は届いてはいなかった。

 誰にも届かないはずの幼い少女の泣き声。ただ一人、それを聞き届けた例外が彼女だった。


「マリーちゃん、大丈夫?」

「……ミナお姉ちゃん、おじさんとおばさんが……死んじゃった……」

「そうだね、悲しいね。大丈夫、お姉ちゃんがいるから」

「……うん」


 戦闘後の集落の空気から滲み出るかのようにその場に現れたヴィルヘルミナは、マリーの傍にやって来てすぐに信頼を獲得してしまった。人恋しさからか抱きついてくるマリーをミナはしっかりと受け止める。

 魔獣駆除の仕事のために集落にやって来た余所者。閉鎖的になりがちな僻地の集落では外来の人に対する風当たりは強く、それが転移者などという良く分からない存在だと尚更だ。魔獣の被害を何とかするために依頼と金は出すが、交流する気は集落の住人達にはなかった。しかしそれも大人達の事情に過ぎず、子供のマリーにとっては未知の存在は興味をかられるものだった。

 今日までにミナとマリーにはそれなりに交流があった。ルナ達一行が来る前には一緒に遊んだり、ご飯を作ったり、親が亡くなったマリーにミナは世話を焼き、元から素直な性格のマリーはすぐにミナに懐いた。

 こういった経緯もあり、マリーの中ではミナの信頼度は高かった。さらには親しかった近所の夫婦の死にすぐ現れたことで彼女の信頼は揺るぎないレベルになってしまう。


 ミナがマリーを抱きしめてしばらく、どこからか機械の音が聞こえてきた。プロペラが空気をかき回す音、エンジンが駆動して燃焼ガスを排気する音、浮遊機関が大気に干渉して共鳴する音、それらが混然となって空から降ってくるように聞こえてきた。

 ミナにとって聞き覚えのある音だ。ジアトー奪還作戦の時に空を飛び回っていた飛行艇が出す音で、今の時点でこの場所にやって来る飛行艇に心当たりは一つしかない。ジアトー政府所属のパトロール船だ。

 山間部に集落があるせいで音が回ってしまい、飛行艇がどこからやって来るか特定はミナには難しい。それでも十分以内にはここまでパトロールの人間が来るのは予想できる。ミナは顔を強張らせて覚悟を決めた。


「もう怖い事は無くなったから、お姉ちゃんと一緒にみんなのところに行こうか」

「うん」

「ほら、手を握って」


 無惨な遺体となった夫婦を振り返りながらマリーはミナに連れられていく。

 このタイミングで飛行船からなのか、拡声器で増幅された人の声が盗賊団に対する警告らしきものを発しだした。拡声器の具合が悪いのか音割れした声は内容が良く分からず、辛うじてジアトー政府のパトロールであることと、盗賊に対する警告だと分かる程度だ。

 戦闘後の臭いがミナの鼻を不快にさせて、拡声器の音割れした声が彼女の耳を不快にさせる。穏やかになろうと努めていた表情も思わず険しくなって、「遅すぎよ、馬鹿野郎」とマリーに聞こえない程度に小さく毒づいた。

 マリーの手を取ったミナは集落の中心地へと向う。マリーに心の内を悟られないよう努めて穏やかに、ゆっくりとルナ達のいる方向へ歩いていった。



 ◆◆



 長い夜が終わろうとしている。時刻は午前四時を回り、夏の今ならもうすぐ日の出の時刻だ。山嶺の向こう側が仄かに青みがかり、空全体がわずかに明るくなっていく。日の出前の空が濃い青色に染まる時間帯、ブルーアワー間近といったところか。

 夏とは言え山間の早朝は気温が低く、吹く風に肌寒さを感じる。冷涼な空気に森の草木の匂い、そこに血とオイルと硝煙、金属の焼ける臭いが混じって気分は下がり気味だ。

 僕の肉体は夜型な月詠人のもので、朝が近付くこの時間帯は肉体がだるさを感じて眠くなってくる。そこに徹夜の眠気も加わって思わず指で目尻を押えてしまう程度には疲労を覚えていた。

 大熊に続いて多数の転移者を相手取った戦闘はどうにか無傷で終えることが出来たが、振り返って見ると運に助けられた部分も多く、命のやり取りで張りつめていた心に精神的疲労が今になって押し寄せてきたのだ。


 目蓋から指を離して周囲を見渡すと、雪さんが呼んできたジアトー政府の治安維持のパトロール隊がニスカリーの集落周辺の警戒を始めていた。集落の近くに飛行艇が着陸しており、その周りではパトロール隊の面々が忙しく動き回っている。

 個人が所有するような小型クルーザーに見える白い飛行艇の側面には『ジアトー警察軍』と黒地でペイントされている。あれが治安維持のパトロール隊の正式名称のようだ。そういえば街の広報誌にも小さく載っていた記憶がある。

 警察軍といっても構成員は元々がプレイヤーだった転移者の集まりで装備も服装もバラバラだ。人相が悪い人もおり、事情を知らなければ盗賊達の増援に見えてしまう。もっとも、その人相が悪い人が保護した子供に泣かれてオロオロしている様子は微笑ましいが。


 警察軍に混じってレイモンドの姿も見えた。彼はやって来たパトロール隊の隊長格らしき人物と立ち話をしており、軽く話し合いをしている。お互いの認識のすり合わせは大切だ。下手を打つと盗賊の一味に間違われてしまうことだって可能性としてゼロじゃない。

 ただ、話し合いは上手くいっているらしく、レイモンドと隊長らしき人物どちらも穏やかな表情をしている。何を話しているかは距離があるので聞き取れないが、あの様子なら最悪の事態は無いようだ。

 僕達のここでの仕事は拘束した盗賊達の身柄の引き渡しをすればほぼ終わり、後は雪さんが魔獣駆除完了を確認して一緒にジアトーの市役所に報告をしてから報酬を受け取るだけだ。盗賊退治の報酬ももしかしたら期待できるかもれない。

 ただし人との会話が苦手な僕としては、そういった交渉はレイモンドに任せようと決めている。なので自分の出来る事として周辺の警戒に専念する。まだ盗賊の残党が潜んでいるかもしれないし、最後まで気は抜かずにいきたい。


 今立っている場所はニスカリーの集落を見渡せる丘の稜線の上、僕がテクニカルの重機関銃を撃っていた場所だ。すぐ傍には敵の銃撃を受けて撃破、炎上した黒コゲのトラックの残骸が転がっている。まだ煙を噴いているこれを見ると、良く無事だったものだと感心半分呆れ半分に思ってしまう。

 この位置なら集落全体を見渡せて近付く脅威があればいち早く発見、上手くいけば狙撃で脅威を排除できる。そう思って哨戒用に肩から提げているのはAR-10カスタム、バックアップにハンドガンといった武装内容だ。

 今回の仕事では結構な弾数を撃った。なので帰ったらキチンとメンテナンスをしなくては。それと着ているジャケットも調子を見ておきたい。

 実は盗賊達との戦闘で、あのミニガンを義手にしていた男に一発撃たれている。ナイフピストルでの不意打ちをしっかり受けて胸の辺りに被弾していた。

 後でその部分を見てみたが弾丸はジャケットで弾かれており、軽く着弾した跡を残した程度で体は無傷だった。僕がゲーム時代から愛用しているジャケットだけど、自分の装備の防御力がこれほど高いとは予想外だ。いくら小口径の拳銃弾とはいえ弾丸を弾いているのだから。

 今まで被弾しない動き方を心がけていたし、敵を撃つときも極力肌が露出していたり薄着の部分を狙うようにしていたのでプレイヤー用装備の防御力を今一つ実感できなかったのだ。実はかなり優秀な防具かもしれない。

 こうなると防具の補修も考えないと駄目だ。マサヨシ君が愛用している鎧のように自己修復できるような出鱈目な物は別として、防具は基本的に消耗品だったりする。見た目は小さな被弾跡でも、中でどうなっているかまでは分からない。クララさんは武器を専門にする職人で防具は門外漢だと聞くので、これの補修は別の誰かを頼らなくてはならないか。

 集落を眺めつつ、次々と湧いて出る思考を横に警戒を続行する。眠気を噛みしめながら朝の空気を深く吸い込んで目覚ましにしても物足りない。やはりここは熱々のコーヒーが欲しい場面だ。

 次から次へと浮かんでは弾ける思考の泡を弄んで無聊を慰めていると、低く響く声が脳に伝わってきた。念会話、相手はオータムだ。


『みんな、探していた女の子がいたぞ。ヴィルヘルミナも一緒だ。お手々繋いで仲良く歩いている』


 オータムは僕と同じく集落周辺の警戒役を買って出ており、こちらから見て10時方向に見える山の斜面で哨戒している。僕の射界も勘案して広い範囲を哨戒できるような位置取りだ。何気なくやっているが、こんな事ひとつ取り上げても相当な経験を窺わせるオータムは地球では何をやっていた人物なのだろうか。

 彼に対する尽きない疑問はあるけどひとまずは棚に上げて言われた方向に目を向けた。集落の一画から現れた人影が二つ並んで警察軍の飛行艇が停泊している方へと歩いている。

 月詠人の視力でそれが探していた少女と、先の熊狩りと盗賊との戦闘でも姿を見せなかった女性の二人だとすぐに分かった。オータムが言うように二人は手を繋いで、ヴィルヘルミナが先導するようにマリーの手を引いている。

 避難し損ねてはぐれたマリーをヴィルヘルミナが見つけて保護、警察軍が来たところで助けを求めて出てきた、といった風に見える。けれどなぜか二人、特にヴィルヘルミナの様子に根拠もなく警戒心が湧いてくる。首筋から背中にかけて寒気にも似た感触がせり上がってくる。これは体感として現れる警告だ。

 こちらの世界に来てから妙に勘が良くなったと思う。この勘働きのお陰で何度も命を拾っている経験上、自分の勘を信じて体に警戒態勢をとらせた。肩に担いだAR-10を手に持って、身を低くして何時でも膝射の体勢になれるようその場に膝を着いた。

 勘違いだったらそれで良い、後で笑い話になるだけだ。ただこの勘が当たっていたら全く笑えない。そして、僕の勘は悪い方向のものほど良く当たる。


 程なく悪い予感は的中した。二人が警察軍の飛行艇に保護を求めて近付いていく最中、連行されていく盗賊の一人の近くを通りかかる。その時だ、盗賊が何かを口にしてヴィルヘルミナの歩みが止まる。盗賊を連行していた警察軍のメンバーが驚いたような表情を浮かべて彼女を見る。

 そこからは一瞬だった。ヴィルヘルミナの手が閃いて腰から短剣が引き抜かれる。その刃が向う先はマリーの首筋だ。


「来ないで! 動かないで!」


 ここまで聞こえる大声で叫ぶヴィルヘルミナは、マリーの首に刃物を当てて盾にするようにみんなの前に突き出す。一目で良く分かる人質の光景になってしまった。その場にいた警察軍の一同は動けず、近くにいたレイモンドや水鈴さん、マサヨシ君も同じく動けない。離れた場所にいた壱火は様子の変化を嗅ぎ取ったのか大急ぎで現場に向っている。

 また独断専行してくれるなよ、などと思いつつ僕はライフルを構えて照準をヴィルヘルミナに合せた。まだ撃つタイミングではない。このまま撃ってもマリーに弾が当たってしまう。もう少し射界が欲しい。

 どういう経緯があったとしても凶行に及んだなら速やかに対処しないと。昨日まで仕事仲間だった相手に銃口を向けているはずだけど、不思議と抵抗感はない。これは人を撃っている内に慣れてしまったのだろうか? だとしたら嫌な慣れ方だ。


 出来れば僕に撃たせないで欲しい。まだ嫌な予感が消えないまま、照準の向こうに見えるヴィルヘルミナの必死な表情を見てそう願った。



 ◆◆◆



「来ないで! 動かないで!」


 不吉な予感が的中してしまった。大声で叫ぶミナは必死な形相をして刃物をマリーに当てて人質にしている。

 この場に居る警察軍のパトロール連中もオレやレイモンドのおっさん、水鈴も動けなくなる。下手に動いてマリーが傷つくのを恐れたからだ。どうするんだよコレ、って意味を込めて警察軍連中を見やったけど彼らもどうしたら良いのか分からない様子で、武器は構えていても戸惑って動けないみたいだ。

 警察軍だって元はプレイヤー、武器や能力はあっても警察活動の経験なんて無いだろうし自警団に毛が生えたような連中だろう。魔獣とは戦えてもこんな人質事件なんて対応出来ないと思う。

 となると、どうやって収拾をつけるんだコレ。着込んだ鎧の中で嫌な汗が流れた。


「ハハハッ! ザマぁねえなミナ、最高にかっこ悪いぜ!」

「黙りなさい! 私は捕まる訳にはいかないんだから」


 人質をとって刺激するのも拙い状況なのにミナを嘲笑う奴がいた。それは盗賊の一人で、レイモンドのおっさんにノックアウトされて警察軍が来るまでのびていた男だ。オレ達で拘束して、警察軍で連行していく最中にこいつはやらかしてくれた。

 探していた迷子のマリーをミナが連れてきてくれた時は感謝の気持ちで一杯だった。そりゃあ、大熊の時や盗賊との戦闘の時に現れなかったことに不満はあったけれど誰だって怖いものはあるって思えば強く言えない。オレだって人間相手に戦うのは苦手だし怖いものだ。

 だから気まずそうにやって来るミナをオレは暖かく出迎えるつもりだった。そこに口を出してきたのがコイツ。連行途中にミナの姿を見かけて、彼女が盗賊の仲間だと大声でバラした。この襲撃もミナを下見に出した上で合図を出させて襲ったことを言いだし、周囲にいた警察軍の目もミナに集まった。

 この盗賊が言っている事は本当か嘘か? 周囲の人間がそんな考えに囚われたとき、もうミナは行動に移っていた。腰から刃物を引き抜いて連れていたマリーを盾にして今の状態になってしまった、というのがここまでの流れだ。

 振り返ってみても不手際が多すぎるよな。もう最高に最悪だ。最悪過ぎて鼻血も出ないや。


『マサヨシ君、ヴィルヘルミナの周囲にいる人達をもう少し下げるようお願いしてくれないか』

『る、ルナさんっ! 何とかなるんすか!?』

『彼女を刺激しないために人との距離を取るのと、最悪の場合に私かオータムさんの狙撃で射殺するため射界を取っておきたい』

『……殺すんすか』

『他に手が無ければ』


 ルナさんからの念会話に一瞬だけ助かった、と思ったけど内容はシビアだった。

 最近分かってきたけど、ルナさんが自分の事を『私』と言っている時は対外用の時か戦闘モードの時が多い。さらに言えば、一度敵と認定すれば容赦無く仕留めにかかるのも彼女の基本スタンスだ。きっともうこの段階で銃を構えて、ミナの頭に照準を合わせているんだろうと想像できる。

 ミナの頭部が弾け飛ぶ幻を一瞬見た気がして、それは駄目だという気持ちがすぐに出た。そんな決着で終わるのは納得がいかない。だからオレは一歩前に出て、ミナと正面から対面した。


「こ、来ないで。この子がどうなってもいいの!」

「……ふ……ふぇぇ……」

「ああ、オレ以外は近付かない。おっさん、みんなを下がらせてくれ」

「分かった、みんな聞いたな? 相手を刺激しないようゆっくり退いてくれ」


 オレの頼みをレイモンドのおっさんは引き受けて、周囲にいた警察軍や集落の住人をミナの周りから退かせていく。彼らの顔は一様に緊張していて、視線の先には刃物を当てられて泣き顔になっているマリーがいた。早くなんとかしないと。オレの中で焦る気持ちが増していくのが自覚できる。

 周りにいる人はみんなゆっくりと後ろに下がった。レイモンドのおっさんや水鈴、騒ぎを聞きつけて駆けつけて来た壱火もミナから距離を取って、オレだけがミナの近くにいる。さて、ここからどうしよう?

 そう、実は深い考えがあってこんな真似をした訳じゃない。オレが囮になってミナの気を引いている間に誰か良いプランを出してくれないか、などという他力本願な願望からやってしまった行動だったりする。でもって、やってすぐに後悔した。

 とりあえず武器は地面に捨てて、敵意が無いことを示してミナの顔を正面から見据えた。誰が見ても怯えているようにしか見えない。


「あ、あなたも下がりなさいよ」

「いや待てよ、話をしよう。なんでそんなに捕まりたくないんだ?」

「誰だって捕まりたくないでしょ!? 第一あなたには関係ないわ、下がりなさい!」

「だから待ってくれ! 確かに関係ないかもしれないが、ここを逃げられたとしてどうする気だ? 何処行こうっていうんだ」

「……妹よ。私には妹がいるの。こいつらに捕まっているの。だからやりたくもない事して従っていたけど、こうなったら関係ないわ。後詰めの連中がいるところに行ってヒバリを取り返すの」

「そりゃまた、その、わりぃ」


 ミナと押し問答しながらどうにか話をしてみたけど、出てきたのはかなり重たい話だった。妹を人質に取られて盗賊の手下にってかなり酷い。さらに聞き逃せないのは、後詰め、残党がいるという点だ。

 後ろにいるレイモンドのオッサンに目をやると大きく頷いて、「お手柄だボウズ、警察軍に周囲を再度探索するよう話す」と頼もしい言葉を返してくれた。

 要はミナの妹の身柄が大丈夫なら問題ないってことだ。ミナも後ろで盗賊の残党を捜索しようとしている警察軍の様子は見えていて、少しだけど緊張が緩んだ気がする。よし、いい傾向だ。


「だったらさ、正直に最初から話せば良かったんじゃないか? その子を人質にしなくても、盗賊の残党っていうなら人は動くだろうし、妹の救出だってしてくれると思うぞ?」

「……そう、だね」

「妹のことで頭一杯だろうと思うけど、誰かに相談するなりすれば良かったんじゃないか? ほら、まだ間に合う」

「うん……」


 よっしゃ、説得成功。オレの下手な言葉でも彼女は納得してくれたのか、最初の勢いは完全に削がれてミナは力なくナイフを下ろしてくれた。我ながら勢いで突っ走ってしまったけど、何とかなるもんだ。

 後は刺激しないよう彼女に近付いてマリーを保護すればミッション成功だ。周りの空気も一息ついた感じに緊張が解けた具合になって、オレが近付いてもミナは過剰に反応しなくなっている。最後にどうなるかと思ったけど、何とか無事に終わりそうだ。

 そんな考えがすでにフラグだったようだ。


「アッハハハハハハハハハハッハハハハハハアッハハハハアアハハーッ! バッカでーおかしーおかしー、笑わせるわーコレ!」


 先程の盗賊がいきなり笑い出した。両手を後ろで縛られているくせに地面に転がりながら大笑いをかましている。笑いを表現するのに手を叩くタイプの人間だったらしく、しきりに縛られた手を動かそうとしている。しまいには手の代わりに足同士を打ち合わせるまで大笑は続いた。

 今気付いたけど、ハプニングがあったせいでコイツは後ろに下がり損ねたらしくオレやミナとの距離が近い。調子の外れた馬鹿笑いがやけに耳障りだ。


「何がそんなに可笑しい。まさか三文芝居だとか言い出すんじゃないだろうな」

「はー、はー、ああ、笑い過ぎて息が苦しい……何がって、まあお涙ちょうだいな下手な説得とそれに応じちゃうチョロインなビッチにもだけど、一番はそのチョロインビッチが何も知らないと分かったからさ。ここで残酷な真実を伝えるとどんな顔をするのか楽しみだなぁ」

「もったいぶるな」

「何だよ、むかつくブリキ野郎だな。お前が言ったまだ間に合う、って言葉全くダメダメだぜ。もうとっくの昔に手遅れだ」


 ニヤニヤと嫌な笑い方をしながら盗賊が口にする「手遅れ」にオレは過敏に反応して周囲を慌てて確認する。周りにいる警察軍やレイモンドのオッサン達も同じく警戒の目を周囲に飛ばすけど、盗賊の残党らしき影は見当たらない。ルナさんにも確認をとってみたけどこちらも空振り、怪しい人影は見当たらないそうだ。

 でまかせ、ハッタリか? そう考えて盗賊を見てもニヤニヤ顔は変わらない。


「大丈夫、手遅れっていったのはそういう意味じゃない。オレ達はここにいるので全員で、後詰めなんていない。パシリ兼肉奴隷にされているこのビッチは知らんだろうがな。ジアトーの戦いでオレ達をまとめていた『S・A・S』の連中が潰れたせいで、下にいるオレ達は気心知れた連中とツルむ程度さ。

 ――こっちが言いたいのは、この肉奴隷の妹の命が手遅れってことだ。残念だったな」

「……嘘……うそよ」

「こんな時に下手なウソ言う意味ないだろ、徒労乙」

「……」


 ニヤニヤと笑ったまま妹が死んでいると言い出す盗賊に対してミナは呆然と立ち尽くす。オレも周りにいる人達もこの話の展開に動けずにいた。けれど、これはかなりマズイ流れだというのだけは分かる。

 だから話を切り上げさせようと盗賊の方へと足を向けたけれど文字通り一歩遅く、盗賊の口は更なる残酷な言葉を吐き出した。


「おいおい、この程度でショック受けんなよここからが面白くなるところだ。ミナ、お前がこの村に潜り込む前の日にオレ達豪華なバーベキューをしたよな? 直前までロクな飯も無くて腹空かしていたオレ達なのに、不思議に思わなかったか?」

「……え? アレって、魔獣や獣を狩ってきたんじゃないの?」

「バーカ、そんな訳ないだろ。少しオツム働かせろよ、ここにいる警察軍連中に追い回されて山の中をコソコソして、ロクにサバイバルも出来ないオレ達だぞ。あの時点でなけなしの食料も水も切らしてヘロヘロだったんだよ。狩りなんて出来るかよ。

 そんなオレ達が手にできる手近な肉って言ったら、限られるよな? もう分かるだろ?」

「……そ、そんな……うっ! ぅぇぇぇ……」

「あははっ! そういや、お前も結構肉食っていたよな、どうだった妹ちゃんのお味は? ははははははあははは……食べちゃった妹をまーだ生きていると思っているんだから愉快、愉快! 可笑しい可笑しいぜ、最高に笑えるぜ! あははははははっ!」


 こいつ最悪だ。いや、最悪という言葉さえ生温い外道だ。盗賊の言葉にショックを受けたミナが吐き気を覚えたのか口を手で押えてうずくまる。

 マリーが自由になって取り押さえるには今がチャンスなんだろうが、盗賊の口から飛び出てきたショッキング過ぎる話にオレも周囲の人達も動けなくなってしまった。

 オレ自身、カニバなんて日本の戦中の話かフィクションの中かと思ってしまい、耳を疑って盗賊とミナ両方に忙しなく目をやる。ここで盗賊が「冗談に決まっているだろ」と言ってくれるのを待ってみたけど、当の盗賊はゲラゲラと笑い転げるばかりだ。

 マリーを人質にとるミナを刺激しないようみんなが距離をとったのに、これで全くの無意味になってしまった。とにかくこれ以上ミナを刺激しないよう盗賊を取り押さえるか、この好機にミナを取り押さえるか決めないと。

 そう思っていた時点ですでにオレ達は手遅れだった。笑い転げる盗賊、吐き気を感じてうずくまるミナ、さっきからその場を動けないでミナの傍で立ち尽くすマリー、そして近くでどうしたら良いか分からず戸惑っているオレ。太陽がうっすらと顔を出し始めて明るくなっていく中で、ミナの影がうずくまった姿勢からすっくと立ち上がった。

 その手がおもむろに持ち上がって笑い転げる盗賊に向けられた。手には魔法らしい超常の光が灯っている。「待て」と誰かの声が聞こえたけど、彼女は止まらなかった。

 空気を裂いて魔法が発射される音が耳を打って、馬鹿笑いする外道の声が唐突に途切れた。笑おうにも笑うための頭が消し飛んだせいだ。

 盗賊の体が一度だけ大きく痙攣して、すぐに手足を力なく地面に投げ出して動かなくなった。吹き飛んだ頭があった場所からは真っ赤な血と、幾つかの肉片と小さな骨の欠片がこぼれ出る。

 かなり衝撃的な光景だけど、戦いの中で嫌でも見慣れてしまったオレは盗賊の死体よりも、殺害したミナの方に目が向う。立ち上がった彼女の顔。それを見たとき、オレの中で彼女にかけるべき言葉は全部消えてしまった。


 透明な感情と言うのだろうか、無理矢理に言葉を作ってそう表現するしかない表情をミナはしていた。

 無表情とは違う。目にはさっきまで無かった涙が浮かんでいるし、呼吸もここまで聞こえるくらいに荒い。なら悲しんでいるんだろうが、どうもそう単純な風には見えない。オレの少ないボキャブラリーでは上手い言葉が見当たらない。それでもあえて言えば悲しみとか感情の針が振り切れてしまった、そんな風にオレの目には見えた。

 喜怒哀楽の向こう側に行ってしまった彼女に当たり前の感情なんて見当たらない。


「もう、どうでもいいや……みんな、消えてしまえ」


 オレ達全員がまだショックから立ち直っていない中で、ミナの口からポツリと言葉がこぼれた。ミナの両手が持ち上がって、手の平が空を受け止めるように開かれる。その手から雷が奔った。

 魔法だ。それもかなりの威力の。魔法の知識が少ないオレでもヤバイと分かるくらいの迫力と圧力と電力がそこにはあった。


「なっ! あ、あれはマズイ!」

「ダメっ! あの魔法の威力だとこの周辺一帯更地になっちゃう!」

「誰か止めろ! ここにいる全員死ぬぞ!」


 後ろから聞こえる警察軍連中が騒ぎだし、レイモンドのオッサンや水鈴に壱火まで慌てて、しかし誰もが行動に移せないでいる。ミナの両手から溢れ出てくる何本もの青白い雷。それがかなりヤバイ攻撃魔法なのは分かっても、それを止める手段がとっさに頭に浮かばない。かく言うオレもそうで、間近でバチバチしている極太の稲妻にビビりまくって足が止まっていた。

 止めなくちゃマズイ。それは分かる。でもどうすればいいのかが咄嗟には分からない。思考の真空状態になるオレの脳みそに念会話が飛んできた。


『マサヨシ君、その場で地面に伏せろ。私がヴィルヘルミナを無力化する』

『え? あ、は……』


 はい、と答えて言われるままにオレは身を伏せようとしたが、無力化という単語に引っかかりを覚えてルナさんに確認をとった。


『あの、ルナさん無力化って何をする気っすか?』

『ここから彼女を狙撃で仕留めて殺害、行動を無力化する』

『さ、殺害って、何も殺さなくても』

『今回のメインの仕事は害獣駆除だった。だから対人用の非致死性の弾は持ってきていない。手足を狙って撃つのも駄目だ。中途半端に傷付けても興奮させて破滅を早めるのがオチ。なら一発で仕留めて無力化するのが理想的』

『そんな、理想的って、ミナは昨日まで一緒に仕事していた仲間っすよ』

『だが今は周囲一帯を破壊しようとしている生きた爆弾だ。早く処理をしないと君を含めてみんなが死ぬ。マサヨシ君、早く伏せろ。君は私の射線を塞いでいる』

『……そんな……』


 ハスキーな声で淡々と冷たい現実を突きつけてくるルナさん。完全に戦闘モードで、ミナを殺して止める気満々だ。もう彼女の中ではミナは敵と認識されているようだ。

 でも、オレはミナを簡単に敵だと言って片付けられるほど割り切れなかった。妹を人質に取られて、暴力や暴行を受けても盗賊の一味として振る舞い、挙げ句騙されて妹の肉を食わされたこの人が、オレには助けるべき人にしか見えない。なのにここで彼女の意識を失わせないと、周囲一帯が吹き飛んでみんなが死んでしまうのも現実。

 ルナさんの指示に従って伏せるべきと言う声、それを拒否する気持ち、自分を含めてみんなが死んでしまうという恐怖、何か有効な手はと空回る思考、頭の中がごちゃごちゃし始めて、オレの体は立ちすくんでしまった。


『拙い、マサヨシ君が固まった。オータムさん、そちらから狙えますか?』

『あー……それなんだが、すまん初歩的なミスを犯した。逆光になって狙えない。顔を出してきた太陽が眩しくて弾道に自信が持てない』

『そうですか、なら位置取りを変えます』

『こちらもそうする。間に合うか分からんけどな!』


 念会話が繋がったままなのか、ルナさんとオータムの会話も聞こえて向こうも対処が出来ないというのが分かってしまった。

 そうこうしている間に目の前で雷がさらに一段階大きくなる。空気中を強力な電気が無理矢理通ることでバチバチという音が鳴る、と言うのを昔学校の教師から教えて貰った記憶がある。空から降ってくる時の雷の通り道は約二万℃に達するという。その熱で急速に暖められた空気が膨張して激しい振動を起こすのが原因だと記憶している。

 なら、目の前で眩しく輝く雷には果たしてどれほどの威力になるのか。こんな風に軽く現実逃避して過去に思いを巡らしてしまう程度に考えたくない想像だ。

 頭ではこうして色々と考えられるのに体が追いつかない。ミナの手から溢れ出てくる雷はもう撃発寸前だ。


「みんな、まとめて死んじゃえ……」


 雷の音にかき聞けそうな声でミナが呟いて、雷を抱えた両手が振り落とされる。止められる人間はもうこの場にはいない――いいや、それが出来る人物はそこにてもうとっくに行動を起こしていた。

 ミナの手から雷が落とされる直前に、彼女の胸から血が噴き出した。同時に雷の音とは違う音が耳を叩く。火薬が弾ける音、銃声だ。

 まさかルナさんが撃った? と一瞬考えて、すぐに違うと分かった。銃弾は撃たれたところよりも抜けていったところの方が大きな穴になる。それを知っているオレはすぐにミナの背後に誰かがいると分かった。


「……え……そ、んな」


 遅れて撃たれたと気付いたミナの両手から雷が消えて、それを合図にしたように急速に体から力が抜けていき、膝を着いてそこから前のめりに地面に倒れた。

 ミナが倒れたことで彼女の背中を撃った人物の姿が見えた。それはブラントンだった。猟銃を構えた姿勢のまま倒れたミナを睨みつけ、銃口は彼女にピタリと向けられている。


「はっ……う、うあ……なんで?」


 倒れたミナはまだ生きていた。猟銃で胸に大穴を開けられたけど元プレイヤーの肉体が彼女の死までの時間を引き延ばしていていた。

 文字通り血を吐いて出てきた言葉は「なんで」という疑問。なんでこんな目に遭うのか、なんで撃たれるのか、なんで妹は死ななければいけないのか、何に対する疑問かは分からない。


「黙れ、バケモノ」


 二度目の銃声。止める間もなくブラントンの猟銃が火を噴いて、ミナの頭が弾けた。誰が見ても死んだと分かる死に様だ。

 流れ出る血に肉の欠片、脳の破片に骨の破片、それらを地面にぶちまけてミナは死んでしまった。それをやったブラントンはというと、ミナが死んだのを確認すると呆然と立ち尽くしたままでいるマリーへと駆け寄って猟銃を放り捨てるなり抱きしめた。


「マリー、怪我はないか? もう大丈夫だ」

「……おじさん」

「すまなかった。死んだ妻の事で頭が一杯で、お前の事をちゃんと考えてやれなかった。でももう大丈夫だ。今日から俺がお前の父さん代わりになる」

「もう誰も死なない?」

「ああ、もう誰も死なない。誰も死なせはしないさ」


 ブラントンはマリーを強く抱きしめる。この二人の間にどんな事情があったかは知らない。けれど無関係の他人であるオレから見ても深い愛情が伝わってくる光景だ。だからこそこの場の誰もが話しかけにくい雰囲気になっている。

 二人が抱き合ってしばらく、ブラントンの顔が上がって近くにいたオレを睨みつけた。彼の表情にはただ一つの感情しか見えなかった。怒り。それもとてつもなく深くて熱い激情をこめた怒りだ。


「出て行け……ここは俺達の土地だ。新政府だか何だか知らないが、俺達の先祖が切り開いてきた土地に踏み入るんじゃない。出て行け! もう用は済んだだろう! もう来るなバケモノども!」


 怒りそのものを吐き出すようなブラントンの怒声。オレの体は気が付けば一歩後退っていた。

 見ればマリーも怯えた顔でこちらを見ている。周囲にいる集落の住人達も不審、怒り、悲しみ、どれもマイナスの感情がこもった目でこの場にいる転移者達を見ていた。

 違う、と言いたかった。オレ達はただ魔獣に苦しんでいるここの住人達を助けたかっただけだ、と言いたかった。でも彼らの視線にさらされると、途端に勢いが無くなって口をパクパクと動かすだけが精一杯だった。


『マサヨシ君、それに他のみなさん。撤収しましょう。これ以上はここの住民を敵に回します』


 ルナさんから届いた念会話がオレの中にあった最後の抵抗心を折った。ああ畜生、どうしてこうなったんだ。

 諦めの心境で空を仰ぐ。オレの内心なんて知ったことじゃない、と言わんばかりに夜明けの空は晴れ渡っていて、生きている奴死んだ奴関係なく平等に太陽の光が降り注いでいた。


 ――こうしてオレ達の初めての仕事は成功はしたものの、苦い終わり方で幕を閉じたのだった。




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