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12話 Red fraction




 その男はどこにでもいる、ごく平凡な人間だった。出身も家庭も学歴も職業も収入も平々凡々で、その欲望も人並みでしかなかった。

 社会人であった彼の毎日は、務めているそれなりに大きな企業で朝から夜遅くまで時には夜が明けるまで仕事をして、自宅に帰れば安酒で酔って寝る。ほとんどそれだけの日々だった。きっとこの先もこんな毎日がテンプレートのように続いていき、年老いてある日突然あっさりと死んでしまうのだろう。三〇歳を過ぎても孤独な身の上の男はそんな風に自身の人生というものを捉えていた。

 大異変は唐突だった。いつものように仕事に疲れて家で寝て、目が覚めたら別世界に別人として存在していた。しかもそれは自身が無聊を慰めるためにプレイしていたネットゲームで、育てていたキャラクターの容姿と能力を持って異世界の大地に立っていたのだ。


 一通り戸惑いが落ち着いた後、男が感じたのは歓喜だった。手にしたのは圧倒的暴力。デスクワークで鈍りに鈍っていた体は、オリンピック選手も真っ青な身体能力を獲得し、日本ではまず手に入らない武器の数々を手にでき、元の世界では考えられない魔法という異能力、興奮するなと言うのが無理な話だった。

 さらに歯止めをかけてくる運営という存在は無く、現地の人間は圧倒的暴力を前にひたすら無力だ。さらに転移してきた人間は男一人だけではなく、件のゲームをプレイしていた人間の多くがこの世界に転移している。男が所属していたチームのメンバーも全員がこちらに来ていた。

 圧倒的暴力と徒党を組めるだけの人数。地球とは関わりの無い異世界でそれらを与えられた人間は、ささいな切っ掛けひとつで簡単に暴徒へと化していく。男もチームメイトの誘いに軽い気持ちで乗って、ジアトーにあった銀行を襲撃して金銭を強奪、居合わせた行員、客問わず暴力を振るい、駆けつけた警官も蹴散らしてしまった。

 こうして平凡なはずの男は暴徒の一人になってしまった。


 地球では暴力なんてゲームの上でしか振るった事がない男だったが、実際に人を殴り、斬りつけ、撃ち殺しても不思議と感慨が湧かなかった。血を撒き散らして死んでいく人間を見ても気持ち悪いのと汚い程度の感想しか無いし、チームメイトが女性に暴行を加えているのを見ても次辺りに自分に回してくれないかな程度の思いしかなかった。

 他の暴徒にも言える話だが、この世界は半端にゲームとしての世界を再現しているせいで男はゲームをプレイしていた感覚をずっと引きずっていたのだ。

 止める者の居ない暴力は簡単にエスカレートしていき、ついにはジアトーの街は崩壊した。けれど男は構わなかった、何をしても咎められない自由な世界は男にとっては天国だった。

 気に食わない奴がいたらぶち殺せばいい、気に入った物があれば無理矢理にでも奪えばいい、良い女が居れば捕まえてそこらの物影で犯せばいい、平凡で抑圧的で閉塞感さえ感じていたテンプレートな毎日。そこから自由になれた解放感に男は酔いしれた。


 変化はまたしても急速にやって来る。帝国軍のジアトー侵攻だ。暴力に酔いしれていた暴徒達は、組織だった軍隊という暴力を前に次々と殺されていった。

 元プレイヤーの身体能力は確かに超人的ではあるが、銃弾を受ければ傷を負うし当たり所が悪ければ死んでしまう。完全無敵ではない以上、圧倒的火力の兵器の数々と統率の取れた兵隊を運用する軍隊を前に烏合の衆でしかない暴徒達が勝てる道理は無かった。

 暴力で他者を圧していた暴徒達は、さらなる暴力を前に蹂躙されていく。そんな分かりやすく皮肉な光景がその時のジアトーにはあった。

 男も侵攻してきた帝国軍を前にして逃げ惑った手合いだった。先日まで暴力に酔っていたところに降りかかる軍隊の火力は、過激な酔い覚ましだった。彼は訳の分からないまま逃げ惑い、訳の分からないまま隠れ潜んだ。その時五体満足でいられたのは単純に男の運が良かったに過ぎない。


 ネズミのように隠れ潜む男に手が差し伸べられたのは帝国軍侵攻から数日経ってからだ。手を差し伸ばしてきたのは『S・A・S』というプレイヤー達のチームだった。

 男はゲーム時代からそのチームは知っていた。余り良い噂を聞かないチームだったが、手を差し伸ばしてきたその時は非常に頼もしい存在に見えていた。だから男は伸ばしてきた手を躊躇うことなく握った。以降彼はチーム『S・A・S』の構成員になってチームリーダーのストライフの手足として働くようになった。

 帝国軍侵攻を仕掛けたのがこのチームだと知った最初期こそ内心怒りが込み上げていたが、やがてそれも治まりチームにいることが自分の利になると感じ取った男は積極的にチームに貢献するようになっていく。

 こちらに来た時の様に自儘に振る舞えないのは不満だったけれど、考えてみればあの生き方は長続きするようなものではなかった。いずれどこかで野垂れ死ぬのがオチだ。帝国軍やチームの後ろ盾があれば安定したそれでいてそれなりに気楽な生活ができる可能性が高い。そう踏んだ男は、彼と共に生き残った同じチームメイトと一緒に『S・A・S』に加入して、彼らの命令に従って動くようになった。


 チーム『S・A・S』の元での毎日は男にとって結構楽しめたものだった。確かに暴徒になっていた時よりも自由度は下がるが、元の地球で社会人をやっていた時に比べれば裁量権も自由度も段違いに高かった。

 チームの幹部からあれしろこれしろと命令はされるが、意外にも理不尽な命令は無いし、無茶振りもしてこなかった。着実にこなせば相応に見返りはあったし、役得めいたボーナスもあった。元の企業でいうなら極めてホワイトな優良な勤め先だったと言える。

 命令でレジスタンスの連中を殺して回るのも楽しめるようになったし、見せしめの私刑も積極的に執行して点数を稼げば美味い酒と女を回して貰える。仲間内で飲んで騒いでも咎められる事はないし、これまでよりも制限はあるものの好きに暴力を振るえるのも良かった。


 変化は三度起こった。ジアトーを奪還しようと動いた首長国が、レジスタンスと手を組んで朝早くに大規模な攻撃を仕掛けてきた。

 帝国軍の奇襲にやり返すような首長国軍とレジスタンスの早朝の奇襲。進軍の長期化とレジスタンスの抵抗活動で疲弊していた帝国軍は、これに対して碌な応戦もできずに倒れていく。規律があってないような緩みきったチーム『S・A・S』も言わずもがなだ。

 酒に酔って寝ていたところに奇襲を受け、まともな反応もしないで死んだチームメンバーも珍しくなく、中には抱いていた女が実はレジスタンスの人間で、事の最中に首を掻き斬られて死んだという話さえあった。

 男も前日に仲間内で酒を飲んで良い気分で寝ていたところに攻撃を受け、何が何やら分からないなりに逃げ出して、二日酔いに痛む頭を抑えつつジアトーの街から転げるように逃げ出した。

 ここでも男の悪運は働き、ジアトーが独立を宣言した時には大した怪我も無く街を脱出していた。


 男と同じくジアトーを脱出したチームメイトにも何人か合流に成功して、さてこれからどうしようと顔を見合わせた。

 もしかしたら、ここが男にとっての人生の分岐点だったかもしれない。街に戻って元暴徒の身元を隠して普通の市民として生活したり、あるいは手元に残った金を元手に別天地でやり直すという選択もこの時の彼にはあった。

 だが、暴力と蹂躙の味を覚えた男の感性はただの市民としての生活に我慢できなかった。とりあえず脱出に成功したメンバーと一緒にジアトーから離れて、近辺の集落に着けば暴力を持って物資を強奪、集落の住民をいたぶりつつ今後を考えながら気儘に数日過ごした。

 しばらくするとジアトーから元プレイヤーで構成された警察めいた連中がやって来た。ここでも男は捕まっていく仲間を何人か見捨てつつ逃げのびる。これ以後、集落を襲撃して物資を強奪、警察連中が来る前に逃亡というサイクルが繰り返されるようになっていく。その過程で男と同じくジアトーを脱出した暴徒連中、別の国からやって来た元プレイヤーなどが加わり、気が付けば盗賊団と呼ぶに相応しい規模の集団になっていた。そして男はいつの間にかこの集団のリーダー格になっていて、ジアトー周辺を荒らす無法者集団を率いていた。

 男自身、どうしてこうなったのか分からない。この世界に来てからというもの、男に訪れる急激な変化はいつも唐突でいきなりだ。急激な変化の流れに男は流されるままだった。正直に言えば盗賊団のリーダー格なんて欲しいとは思わない地位だ。


 そんな男に四度目の変化がやって来ようとしていた。



 ◆



「ウゼーロ、おい、ウゼーロ起きろ、大変だ起きろ」

「……ん、何だ、あ、しまった寝てたか」

「いいから目を覚ませ、敵襲だ」

「……てき、敵だと?」


 いつ眠りに落ちていたのか見当がつかない意識を仲間に呼ばれたことで男は取り戻した。

 ウゼーロというのがこの世界での男の呼び名だ。ゲーム時代に付けた名前で、名前の由来も忘れるぐらいに適当な命名だった。ただ、適当ではあっても元の地球での名前を使いたいとは思えずそのままゲーム時代の名前を通していた。盗賊団に所属する他のメンツも似たような理由からか、ゲーム時代の名前を使っている連中がほとんどだ。

 そんな惰性じみた理由で使っている名前のせいか、こうして呼ばれていても今一つ自分の名前だとは思えず意識を取り戻すのに少し手間取り、敵襲を知るのにさらに数秒の時間を要した。


 意識を取り戻したウゼーロがまず感じたのは五感のうち嗅覚から。濃いアルコールの臭いとタバコと血の臭い。ここ最近ではお馴染みになってきた臭いだ。襲撃した集落から奪い取った酒とタバコで憂さを晴らすのは彼らにとっては日常で、襲撃の過程で流血沙汰もあり、これらの臭いは男にとってはもうすっかり身に染み付いていた。

 次に視覚がハッキリして周囲を見渡せば、幾つかの商品棚が並ぶ商店の店内に自身がいると分かる。並んでいる商品は多種多様で一種のコンビニと言うべきなのだろうが、田舎臭さが強く雑貨屋と呼ぶべきだろう。盗賊団が襲撃したニスカリー唯一の商店で、田舎の集落に相応しい雑多ぶりが店内にはあった。幾つかある棚の中で、食品の棚と酒類、タバコの棚は空っぽになっている。盗賊団が真っ先に狙う獲物だ。

 ウゼーロは店のカウンターに背中を預けて床にあぐらをかき、奪ったソーセージの缶詰を肴にして酒盛りをしていた。そこまで思い出したところで、今度は聴覚が危機を捉えた。幾つも聞こえる銃声と爆発音に悲鳴と怒号。略奪をしていれば耳慣れる音だが悲鳴の多くは盗賊団のものだ。

 何者かに襲撃を受けている。そう思い至るのにそれほどの時間は要しなかった。


「なんだ、誰に襲撃を受けている? ジアトーのいぬか?」

「知らねぇよ、もう何人もやられてしまっているし、大部隊でも攻めてきたんじゃねえのか」

「自分で確かめろってか……はぁ」


 毎回襲撃の後でやって来るお邪魔虫かと考えて仲間に尋ねるも、返ってくる言葉は分からないの一言。あまりにも当てにならない報告に溜め息を吐いてウゼーロは立ち上がった。アルコールがまだ残っているのか若干足がふらつく。

 右腕に手をやる。そこにあるべき肉体の感触は無く、固い金属の手応えがあった。ウゼーロの右腕の肘から下は生身ではなく、金属の義手になっているのだ。ゲームを始める際にそういう設定にしたせいだ。地球の義手に比べて極めて頑丈で、精密に動くお陰で日常生活に支障はない。けれど、物に触れても感触が無い違和感は未だに付きまとっていた。

 肘のロックを外して義手を外す。それを腰に巻いたウエストポーチ型のバッグに放り込むと、代わりに愛用の武器を引っこ抜くように取り出した。

 全長1m弱の金属塊、六つの銃身を束ねた重量感あふれる重火器。セットで付属している背負うタイプの巨大な弾帯箱も含めて五〇㎏以上はある非常識な重さは、転移者の身体能力でもないと支えきれない冗談みたいなキワモノだ。

 ゼネラル・エレクトリックM134ミニガンをモデル元にしたガトリンクガン『GE・タイプ134』がこの兵器の名称だ。義手として右腕に付けられるよう改造を加えたそれを取り付け、弾帯箱を背負って帯状になった弾薬を本体にセットした。これでウゼーロの戦う体勢は整った。

 若干酔いの残る足取りのまま商店の外に出ると、ウゼーロの視界には燃え盛る車両と飛び交う曳光弾、次々と倒される盗賊団の面々、そしてその盗賊団を次々と倒していく二人の人物、それらを捉えた。


「マジかよ……」


 散々な光景を前にウゼーロは嫌そうな口調で呟く。望んで得た盗賊団のリーダーの地位ではないし、落ちぶれたという感覚しかないのが現在の立場だったが、そんな居場所さえも無くなるというのは気分の良いものではなかった。

 良い気分の酔いが一気に覚めていく。しかも軽く頭痛もしてきた。ウゼーロにとってもうこれだけで目の前で暴れる二人の人物は敵たり得た。もう地球で会社員をしていた時とは違う、遠慮や自重など放り投げているのだ。気に入った物があれば奪う、気に食わない奴がいれば殺す、動機なんてそれぐらい単純な方が分かりやすい。

 口の中で「よし、殺すか」と呟いてガトリンクガンの右腕を持ち上げて銃口を敵に認定した二人に向ける。どこの手の者かは実際に目にしても分からなかったが、攻撃してくるなら倒してしまって問題ないだろう。ウゼーロはそう結論づけてトリガーを引いた。


 束ねられた六つの銃身がモーター駆動でスピンアップ、セットされた弾帯が薬室へと引き込まれて撃発、猛烈なフルオート射撃が始まった。

 発射速度は毎分四〇〇〇発。あまりの連射速度に銃声が繋がって聞こえ、電動工具めいた音を空薬莢と一緒に撒き散らす。発射されるのは一般的な7.62×51㎜ライフル弾だが短時間で圧倒的弾数が撃ち出され転移者であっても無事では済まない威力を発揮する。

 着弾した地面が土煙を立てて爆ぜ、弾が当たった車に弾痕のラインが引かれる。小屋が弾丸で縦にスライスされて、中にあった車両用の燃料缶に命中して引火爆発を巻き起こした。一斉射しただけでこれほどの破壊を撒き散らすくらいにウゼーロの右腕は凶悪だ。

 ただそんな威力も当たればの話だ。銃口を向けられたはずの敵二人は、ウゼーロの殺気でも察知したのか銃弾が撒き散らされる前に素早く射線から逃れた。発射しながら銃口を縦に横にと振って広範囲に弾を撒いても変わらない。敵は上手く殺傷範囲から逃れてしまう。この分では近寄って来るのも時間の問題だろう。

 ガンシューティングゲームをやっている時に出てくるチョロチョロと動き回るエネミーを思い出して、ウゼーロの内心はだんだん苛立ってきた。


「おいウゼーロ、味方にも弾が当たっているぞ、バラ撒き過ぎだ」

「……うるせぇな、何が味方だよ」


 ウゼーロの撃つ弾を敵が避けている中、射撃範囲の中に居た盗賊団のメンバー達にも弾丸が飛んでいき命中してしまう。ウゼーロを起しに来た仲間がそれを見て騒いでいるが、言われたところで構うつもりなんかなかった。

 元々ジアトーの戦いの敗残連中の集まりだ。仲間意識は低く、小さな諍いは日常茶飯事、面白い事金になる事があるからツルんでいる。だから味方という意識も低いのだ。ただ敵ではないだけで、巻き添えで流れ弾に当たって死んでも間抜けが一人減っただけだ。

 ウゼーロは盗賊団のメンバーを巻き込もうがお構いなしで射撃を続行する。居場所が無くなるという気持ちと矛盾するような行動だが、彼が求めているのは腰を落ち着けられる場所だけであって盗賊団そのものには何も愛着も無い。メンバーがどれだけ死のうと、攻撃に巻き込もうと知った事ではない。


「おいっ! いい加減にしろ、味方を撃っているって言っているだろっ」

「うざってぇな……いいから黙って見て――あ、ヤベ」

「ん、どうし――」


 注意をしても射撃を止めないウゼーロにメンバーが語気を荒くして今にも飛びかかりそうな雰囲気になる。ウゼーロの方でもチョロチョロと動く敵に苛立ち、横から口を出してくるメンバーが鬱陶しくなり一発殴り飛ばして黙らせようかと思い始めていた矢先、彼は自分に迫る危機を悪寒という形で感じ取った。

 ウゼーロの経験上、背筋に悪寒が走った時は自分に危機が迫った時だ。それも全く時間の余裕がない切迫した危機だ。感じ取った危険に対して彼は慌てて射撃を止めて、これまた経験上の対処法として咄嗟にその場に身を伏せてやり過ごす方法をとった。

 目の前でウゼーロがいきなり地面に伏せたことに盗賊団メンバーが戸惑い、声を出そうと口を開き、その口に.50口径の弾丸が飛び込んで爆ぜた。首から上が血煙を噴いて無くなり、辛うじて残った下顎からは舌がベロリと飛び出す。やがて体は頭が無いのを思い出したのかその場に倒れた。

 色々と非道を働いてきたウゼーロでも中々お目にかかれない衝撃的死に様だった。しかも飛び込んできた弾丸の軌道を考えれば、本来は自分を狙ったものだと理解できる。額から嫌な汗が一筋流れた。


「やってくれるな。でも位置は分かったぞ」


 腕に装着したミニガンと背負った弾帯箱の重さをものともせず素早く起き上がり、銃弾が飛んできた方向へと射撃を再開した。ウゼーロが目に捉えていたのは、集落の外縁部にある丘陵に隠れていたトラックだ。上手く隠れていたが場数を多く踏み、撃ってきた弾が何処から飛んできたか特定するのはウゼーロの得意分野になっていた。

 ワントリガー辺り二秒の連射。それを数回やれば数百発の弾丸が敵に降りかかった計算になる。無駄弾のように見えるだろうが、ウゼーロにとって脅威に感じた敵は優先して撃破しておきたい。

 当たり所がクリティカルだったのか、弾丸を浴びせたトラックが程なく火を噴いた。これまでだったらこれで終了、犠牲が出て後味は悪くなっても無法者連中は後を絶たずに増えて盗賊団に合流してくるから補充員に事欠かない。すぐに元の規模になって略奪の日々を再開するだけだ。

 だが今回は違う。まだ敵は仕留めていない。そんな不確かな予感がウゼーロにはあった。それに少し目を離していたらチョロチョロ動いていた敵の姿も無い。逃げたのだろうか? いや、これも不確かな予感だけど違う気がした。ジアトーでレジスタンスを相手に戦っていた時を思い出す。居なくなったと思って気を緩めた瞬間が一番危ない。


「どこから、来る?」


 ウゼーロは姿の見えない敵を前にしてミニガンの義手を構えた。



 ◆◆



 衝撃から立ち直って真っ先に感じたのは土の臭いと油が焼けた不快な臭い。地面に這いつくばっていた顔を上げると、さっきまで荷台に乗っていたトラックが火を噴き上げて燃えている様子が見えた。

 あの銃撃を受けたトラックは前後に千切られ、運悪く曳光弾が燃料タンクに命中、引火して火を噴いたところで慌てて飛び降りたのが直前の記憶だった。衝撃で軽く気を失っていたようだが、それほど時間は経っていないはず。燃え上がるトラックから目を外して周囲に視線を巡らせる。

 接近してくる敵影は無し、飛び降りるときにほとんど無意識の内に握っていた拳銃を手に素早く立ち上がる。レイモンドと壱火の二人は健在、一緒にトラックに乗っていたオータムは――


「無事のようだな。いやはや、デタラメな野郎だ」


 問題無く脱出できていたようだ。ドラグノフを肩に担ぎ、飄々とした態度で視線を敵へと向ける。僕もその視線を追って、そのデタラメな敵に目を向けた。

 敵は成人男性、筋骨隆々とした大男でマサヨシ君よりも分厚い筋肉の鎧を持っている。さらにまるで冗談みたいな武器を振り回して前にいるレイモンドと壱火を攻め立てている。

 敵の右腕に義手代わりに装着されているのはミニガンだ。『ミニ』と聞けば大した物じゃないように思えるが、航空機に搭載する20㎜ヴァルカンに比べてミニというだけで、本体に弾薬、動力用のバッテリーも含めると50㎏以上になる兵器だ。主に車載用かヘリのドアガンが使用用途であって、間違ってもあんな風に個人が手に持ってぶっ放すものではない。

 そんなデタラメが僕達の敵になっているのは中々に恐ろしい。魔獣を相手取る時とは違う確かな殺気が身に刺さる感触などは特にだ。ターミネーターやチャック・ノリス、ランボーを敵に回したらきっとこんな気分になるのだろう。


「それで、どうする? 突発的におっ始まってしまった戦闘だが、まだ逃げようと思えば逃げられるぞ」

「当然倒します。魔獣がいなくなっても集落の住人も居なくなれば、この仕事に意味は無いですから」

「だよな。OK、ひとつ頑張りますか」


 オータムの言うように逃げるのも選択として捨ててはいない。そもそも僕達はここに魔獣を駆除しに来たのであって、盗賊を倒すために来たのではない。魔獣の駆除にある程度目処が立ったらそれ以上は余分な行動だ。

 けれど魔獣を駆除する目的を考えれば盗賊を相手取るのも無駄ではないと考える。このニスカリーに暮らす住民の安定した生活のために魔獣駆除の仕事が出来たのだ。魔獣を駆除しても盗賊を撃退しなければ、この仕事は完遂したとは言えないのではないだろうか。

 だから逃げるのは最後の選択に取っておいて、今は出来る事を出来るだけやっておきたい。オータムも僕に同意してくれて、肩に担いだドラグノフを手に戦闘の続行する姿勢を見せた。

 僕もバッグからAR-10カスタムを取り出そうとしたけど、一瞬敵の様子を見て考え、ライフルではなくショットガンを手に取った。


「接近して仕掛けます。オータムさん援護をお願いします」

「それは構わんが、大丈夫か?」

「この距離から狙っても避けられました。近距離から不意を打った方がまだ目がある気がします」

「確かにな。殺気でも感知しているのかね、アレは。それにあの馬鹿と冗談がコラボしている武器は重さのせいで振り回し難い……理には適っているか。分かった援護は任せてくれ」


 取り出したショットガン、イサカのフォアエンドを手に持ってポンピング、金属音を立ててショットシェルが装填される。この音が頼もしさを感じさせる一挺だ。手持ちの中ではコレが接近戦で一番頼りになる。

 オータムに援護を頼むと、物影から物影へ移動してあの大男へと向った。暗い夜の山の中でも良好な視界の中、木々の間を縫うように走る。ある程度走った辺りでオータムが射撃を開始した。ドラグノフの銃声の後で、何倍にもなって撃ち返されるミニガンの銃声。暗闇を裂くマズルフラッシュが炎の様に噴き出て、銃声の連なった音が響いてオータムがいる辺りに弾丸が雨のように降り注ぐのが見える。制圧射撃を受けて頭を抑えられたようだ。

 やはりあの距離で撃ち合いをしても弾数で負ける。戦うならもっと距離を取るか、距離を詰めるかしないとだ。

 オータムが気を引いてくれている間に僕は物影から距離を素早く詰めていく。ショットガンの射程距離は50m、あの大男を仕留めるならさらに近くに寄って10m以内までは詰め寄りたい。

 木々の合間を通り抜けて下草の上を素早く這い進む。土と草の濃い臭いが鼻を刺激する。その臭いに混ざって油の燃える臭い、血の匂いも感じ取れる。総じて戦場の臭いだ。この空気の中にいるとどんどん感覚が鋭くなっていくのが分かる。敵がどの位置にいるのか、次に身を隠せる場所がどこにあるか、自身の状態はどの程度把握しているか、などごく自然に情報が頭に入ってくる。

 他にも、あと少し進むと身を隠しているレイモンドと壱火のいる場所に到着するとかも分かった。


「二人とも無事?」

「おわっビックリ、驚かすなよルナー、撃っちゃうところだったよ」

「すまない。それで、怪我はない? さっき派手に銃撃を受けていたところは見えたけど」

「ああ、大丈夫だ。運が良いのか、向こうの腕が悪いのか俺も壱火も一発も喰らってはいない」

「腕が悪い方に一万ペリカ賭けるね。あれだけ撃っておいて一発も当たらないのは笑うわ」


 急に姿を現したせいでこちらに一瞬銃口を向けた壱火だったけど、すぐに僕だと分かって銃口を外してくれた。銃を握って日は浅いはずだけど随分銃の扱いが上手くなったものだ。内心そんな小さな事に感心しながらレイモンドも交えて現状と敵状を話し合う。

 弾をバラ撒きまくるミニガンはまだオータムの居る方向に注意が向いているので、少し余裕を持てる。改めて周辺状況を確認すれば、他の盗賊達は反撃している様子は無い。大半はすでに無力化済みか逃げたようだ。となればあのミニガンを撃っている大男が盗賊達の最大で最後の抵抗だろう。

 僕達三人が潜んでいる大木の影からあの大男までの距離は三〇m。一応ショットガンの射程内ではあるけど、確実を期すためもう少し距離を縮めたい。敵との間には家屋や樹木といった隠れる場所は多くあり、接近するのは難しくないはず。ただ、あの敵が陣取っている場所が商店の前にある広場で、敵の周囲約十mに遮蔽物が無いのが問題だ。

 十m内なら充分殺傷は見込めるけど、隠れる場所が少ないのが問題だ。下手な場所に隠れてもあの高火力で遮蔽物ごと穴あきチーズにされてしまう。可能な限り迅速に接近、気取られる前に倒してしまうのが理想形だろう。


「で、どうする? ルナの嬢ちゃん、なんか策はあるか?」

「敵へのアプローチ手段としてなら。僕達三人でそれぞれ別方向から同時に襲いかかるのが望ましい。敵は一人、敵主力火器も一つ、一度に対応できる範囲だって限られる。確実性は高いと踏んでいる」

「おお、確かによさげだね。うん、それで行こう」

「そうだな、俺も異存はない。オータムさんが敵さんの気を引いているうちに仕掛けよう」


 レイモンドに促されて出せる方策を提案してみたけど受け入れられたようだ。同時多方向からの攻撃は一つの標的に対して有効だ。せっかくの人数の有利を活かさない手はない。

 敵はまだオータムの相手に集中したままだ。彼が散発的に撃ち返しているお陰で敵の大男の注意はこちらに来ていない。ドラグノフの特徴的な金属音混じりの銃声とミニガンの連射音が今だに鳴っている。好機だ。

 レイモンド、壱火に目配せをして合図をすると頷き返してくる。行動開始。少しでも見つからないよう身を低くして走り出した。


「ボクは上から行くよ、お先!」

「あ、おいっ!」

「いや、悪くない手だ。僕は回り込んで反対方向から仕掛けますので、レイモンドはこのままこの方向からお願いする」

「分かった」


 壱火が唐突に一声かけてきて、さっきと同じく軽やかに飛び跳ねた。助走がついた跳躍は彼女を民家の屋根まで跳び上がらせる。屋根の上から敵に仕掛けるつもりだ。転移者としての身体能力、感覚は凄くはあっても人間である以上は死角や盲点は存在する。そこから考えると頭上からの攻撃は効くだろう。

 レイモンドにはこの方向からの攻撃を頼み、僕は敵の居る広場への向う進路を横に逸れる。茂みや民家の影に隠れながら広場を回り込んで敵の側面へ。

 走りながら周囲の様子を見回す。すでに集落には人気は無くなり、マサヨシ君と水鈴さんが住民の救出と避難が間に合ったのが分かる。地面に倒れ伏しているのは全部盗賊達で、避難する住民に被害は出ていないのも分かる。物的損害はどうしようもないが、人的被害は気にしなくて良いのはありがたい。これで遠慮無く戦える。


『ルナ、位置に着いたよ』

『嬢ちゃん聞こえるか、位置に着いた』

『聞こえている。こちらも準備できた。後はタイミングを見計らって仕掛ける』

『分かった、嬢ちゃんタイミングは任せて良いか?』

『……分かった。1、2の3で行く』

『なあ、3で行くの? 3と言ってから行くの?』

『……普通に合図する。合わせて』

『りょーかい』


 敵までの距離は走ればあっという間に詰まり、広場に面した石塀の物影に飛び込んで身を伏せる。すぐに念会話で二人からの通信が入って仕掛ける位置に着いたことを伝えてきた。後は敵の様子を見て仕掛けるタイミングを見極めるだけだ。

 大男はまだこちらに気が付いていない。気が付いていないフリをしている様子もない。オータムが援護射撃をしている方向に集中したまま、広場に陣取ってミニガンを構えている。まだ好機は続いている。こちらに気付かれる前に仕掛けなくては。

 仕掛けるとなれば接近戦だ。バッグから銃剣バヨネットを取り出してイサカに着剣、着剣装置からカチリと音が鳴る。屋根の上に目をやれば壱火が両手に二挺の拳銃を持って今か今かとスタンバイしている。レイモンドも民家の影で拳を構えて機を窺っている。準備は整った。


『オータムさん、これから仕掛けます』

『分かった、誤射に気をつければ良いんだな』


 オータムにも念会話を入れる。みなまで言わずとも伝わる辺りありがたい。

 バッグから柄付きのグレネードを一個取り出す。これが奇襲を仕掛けるきっかけだ。ジアトーの戦いで高レベル転移者と戦った経験上これだけで仕留め切れるとは思わないが、目を眩ませるには役立つはずだ。

 片手が銃でふさがっているので歯でピンを引き抜く。安全レバーが外れて撃鉄が雷管を叩いて点火、そのまま心の中で2カウントを取ってから投げつけた。このグレネードの延期信管が約四秒、このカウントで二秒程は短縮できた。手榴弾の近接投擲に使われるテクニックで、相手の頭上で爆発させたい時や投げ返されるのを防ぐ効果が見込める。

 オータムからの射撃に集中していた大男は、投げつけたグレネードにロクに反応出来なかった。彼の足元に落ちて音を立てたことで初めて気が付いたらしく、慌てて動こうとしても遅かった。強烈な破裂音が巻き起こり、爆圧に吹き飛ばされた大男はもんどりを打ってひっくり返る。


『行くぞっ、今っ!』

『なあ、アレもう倒したんじゃないか?』

『油断するな、行くぞ』


 二人に合図を飛ばして自身も石塀から銃を手に飛び出る。確かに不意打ちで出鼻をくじくのに成功はしたけど無力化はまだだ。レイモンドが言っているように最後まで油断はしない。

 爆発で舞い上がった土煙の中で、大男が身じろぎするのが見える。やはり仕留め切れていない。大男の義手、ミニガンの銃口が持ち上がる。その向う先は僕だ。束ねられた銃身が僕の前で回り出すのが見えた。

 ほとんど反射的行動で体を横に跳ばす。直後、僕がいた空間に銃弾のラインが引かれる。


「ふっざけんなぁぁぁっ! 死ねぇ!」


 ミニガンの盛大な銃声に勝る大声で大男が吠えた。

 銃口と一緒に上げた大男の顔は憤怒の表情と血に塗れているせいで壮絶になっている。ダメージは与えているが無力化までは至っていない。まだ後数手は必要とする。銃弾が通過する音を耳元で聞きながらそう判断した。


「ふざけているのはそっちだバカヤロー!」

「ちいっ!」


 壱火が二挺拳銃を乱射しながら屋根から飛びかかる。銃弾は敵に命中しているが、着ているツナギ風の防具に弾が止められているようで致命傷は与えられない。肌が露出している頭はミニガンを盾にして防いでいる。良く見ればオリジナルのミニガンにはないプレートが取り付けられており、防御にも使えるよう改造されているのが分かる。

 大男の着ている防具は存外に出来が良く、壱火のCz52の弾丸を近距離で受けてもビクともしない。着弾の衝撃も敵の筋肉で防がれて大したものではないだろう。ダメージを与えるには肌が露出している部分を狙うしかない。

 壱火もそれを理解したらしく、素早く地面に着地すると銃を乱射しつつ大男の周囲を回る。銃弾を撃ち込む隙を見出そうという心算のようだ。ただ間合いの取り方が甘かったようだ。


「舐めんな」

「うがっ」


 不用意に距離を詰めたのが拙かった。敵はミニガンを盾にしつつ突進、大柄な体に似合わない素早さで壱火との距離をゼロにすると蹴りを放った。

 蹴りは壱火に当たり、彼女はかなりの勢いで蹴り飛ばされる。距離の離れた壱火に止めとばかりにミニガンの銃口を向ける敵。当然、それは果たせない。


「――シッ」

「ぐぅ」


 僕と壱火に気を取られている間にレイモンドが跳び込んできた。壱火に向けたミニガンをショートアッパーで打ち上げると、続いてボディにフックを叩き入れる。堪らずくの字になって頭が下がったところに、アゴめがけてロングアッパー。ミニガン込みで相当な体重があるはずの大男が軽く宙に浮いた。

 地面にダウンする敵を見てもしかしたら殺すことなく無力化できるか、と思ったが敵は頑丈だった。倒れながらも大男のミニガンが持ち上がる。


「レイモンドっ、避けろ」

「どわっ」


 ミニガンが発砲され銃弾のシャワーが放たれるのをレイモンドはとっさに回避。僕は彼に追撃がいかないようイサカを敵に向けて発砲。壱火の撃った弾が防がれたのだからダブルオーの鹿撃ち散弾でも貫通はできない。でも牽制には充分だ。


「うぐっ、くそくそっ!」


 射撃を中断してミニガンを盾にして顔を守り防御の姿勢に入る敵。構わずフォアエンドを前後に動かして排莢装填、次弾発砲。さらに近付きつつ発砲、制圧しながら距離を縮めて行く。

 程なくイサカの弾が切れる。けれどこれもお構いなしで大男へ距離を詰める。すでに倒れた姿勢の敵とはほぼゼロ距離、一歩足を伸ばせば大男の体を踏めてしまえる。実際に足で敵のミニガンを踏んで攻撃手段を封じる。後はイサカの銃剣を突き入れれば終わりだ。

 イサカを振りかぶって銃剣の切っ先を敵の首に向ける。当然大男もただやられるつもりはないようで、生身の左腕が腰に回って武器を引き抜いた。大振りのナイフだ。けれど敵がナイフを突き刺すより先に僕が銃剣を敵に突き立てる方が早い。

 でも、少し違和感がある。敵のナイフの持ち方が少し変で、そのナイフのグリップ部分に四つほど不自然な穴が空いている。あ、これは――


 直後にその穴から銃火が噴き出て、破裂音が耳を叩いて、小さく鋭い衝撃が僕の体を叩いた。瞬間の判断でイサカを横に払って敵の持つナイフを弾き飛ばす。

 ナイフピストル。地球では旧ソ連や中国が製造していた武器で、グリップに小口径の銃を仕込んだナイフだ。今のように近距離での不意打ちが主な使用方法で、このタイミングで使ってきた敵の判断は見事と言える。

 だけど、今度こそこれで終わりだ。イサカは片手に持ったまま、空いた手で拳銃をホルスターから引き出して銃口を敵へ。撃鉄を起こしシリンダーが回る。七発の銃弾が号令を待っている。


「くそ……なんでだよ、何で俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ」

「そんなの私が知るわけないだろう」


 銃口を向けた先にある敵の表情は、血に塗れ、泥に塗れ、目には涙が浮かんで、表情は歪んでいた。

 非情のようだが同情はしない。こうして今まで散々暴れてきたのだ、いつか殺される立場になっても文句は言えない。この敵が今までどんな経験の上でこんな事をやっているのか僕は知らないし、知るつもりもない。敵として現れた以上、僕は殺すだけだ。

 そして止め。頭に三発、開いた胸元目がけて四発。頑丈な転移者だと考えて全弾を使って止めを刺した。ミニガンを踏んでいる足に感じていた抵抗する力が消えて、敵の体からは急速に命が消え失せる。


「ふぅ……とんだ初仕事だ」


 敵が全て無力化されたのを見て、息を大きく吐いた。害獣駆除の仕事がどうしてか盗賊退治になってしまった。これは運が悪いのか間が悪いのか、神とやらの意地悪なのか、判別のつかない状況に胸の内側から得も言えない感情が湧き上がる。

 湧き上がる感情で胸の内圧が上がった気がして排気するようにもう一度大きく息を吐いた。ともあれ、これで一段落だ。




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