11話 nowhere
暗闇にあって視界は良好、この目には星明かり程度の明かりでも充分で、眼下に見えるニスカリーの集落をくまなく見通すことができた。だからこそ言える。ニスカリーの集落が置かれている状況は極めて悪いと。
集落を襲った無法者の集団は今や我が物顔でのさばっている。家屋に集団で押し入り、住人達を外へ追い出してめぼしい品を根こそぎ奪っていくのは序の口。刃向かった住人を寄って集って惨たらしく殺し、それを見てゲラゲラ笑うのも彼らの嗜みだ。酷いケースになるとその場で女性に暴行を加え、周りがそれを面白がるなどがあるけど、流石に襲撃間もないせいかそこまでの見境無しはまだ居ないようだ。
彼らの多くは元は地球の日本で平和に日常を送ってきたはずだ。それが今やこうして盗賊や野盗にしか見えない風体になっているのを見ると、重い溜め息を吐きたくなる。
過去の職歴に国防に携わる仕事がある割に僕は故国に対する帰属心が希薄だ。けれど、こうして同じ日本人であるはずの連中が異世界の集落で盗賊行為に及んでいるのを目の当たりにすると、流石に羞恥心の一つは湧いてくるようだ。
後ろにいる現地人のブラントン氏の顔は見られない。きっと集落の様子に怒り心頭の表情をしているのは間違いなく、その顔と正対できるほど僕の神経は図太くはなかった。
「敵数は……おおおよそ四十、さっき遭遇した敵と合わせると一個小隊ぐらいが敵の規模」
「ああ、そのぐらいだな。装備はこっちの世界の正規兵の様に揃ってはいない。上は結構良い装備なのがあるが、下はかなりしょぼくて上下のバラつきが酷いな。脅威になる魔法使いは十人ほど固まっている。グレネードでも撃ち込みたいな」
「止めて下さい。今は潜伏中です」
「分かっている。軽いジョークさ」
隣にいるオータムと一緒に敵情の把握に努めている僕だったが、彼が盗賊達に戦いを仕掛けないか心配していた。
先程の戦闘は迎撃の形である上、ある程度勝算があっての事だった。しかし人数はそれだけでも力だ。武装した盗賊集団を相手取るには僕らは数が少ない。ならばジアトー政府に早く連絡を取って制圧してもらうのが一番簡単で確実な方法だ。あの四十人余りの敵を相手取る想定は、少なくとも僕はしていない。そういうヒロイックファンタジーな真似はしたくない。派手な銃撃戦はハリウッドのアクション映画だけで充分だ。
とりあえずこうして軽口を叩くのなら、オータムは勝機ありと言って敵に突撃する人間ではないようだ。軽く息を吐き少し安心した気持ちで敵情の監視を再開した。隣でオータムがドラグノフ用なのか予備のスコープを手に敵情を窺っている。普通の視力ではスコープが必要な距離だと分かり、『ルナ』の驚異的肉体スペックを再確認させられる。
眼下の集落では、住人達が民家の一つにまとめて押し込まれている。少人数でも人の監視がしやすよう一箇所にまとめるのは至極まっとうな方法だが、あの盗賊達は監視だけにとどまらず住民達を弄び始めている。暴力を振るう様子がやたらと手慣れており、それだけ多くの人間を喰い物にしてきたと分かる。
集落唯一の商店に目を移すと、多くの盗賊達が集まって商品を略奪していくのが見られる。ビンから酒をラッパ飲みして早くも酒盛りを始めた人間や、略奪した商品を奪い合っているエルフとフェルパーがいたりと騒がしく全く統制が取れていない。
ほとんどてんでバラバラな事を始めていて、誰か声の大きな人がいてそれに付いていくという形でしか集団の行動が出来ていない。少し見ただけでも分かるほど烏合の衆だった。
集落の人口の倍はいる野盗集団。しかし連携は全くとれてなく、僕達がどんな行動をするにしても付け入る隙は多いだろう。
敵情を探るのはこの位で充分と判断して、伏せていた姿勢のまま後ろに退いてからゆっくり身を起こして中腰の姿勢になる。向こうから発見されないための小技で、周囲に生えている藪を揺らさないよう気をつけて後ろにいるみんなの所に戻った。隣で一緒に敵情を見ていたオータムも同様に、しかし僕以上にスムーズな動作でみんなの所に戻っていた。
服に付いた土や落ち葉を適当に手で払い落とし、髪に付いた小枝も手櫛で落とす。この間、乾いた土と草の匂いが鼻をくすぐる。乾期であるせいか水気は全く感じない土と草だ。
一通り汚れを落として顔を上げると、みんなの緊張した表情で固まった顔があった。
墓地で盗賊連中を撃退して、彼らが乗っていた車両を使ってここまで来る間ずっとこの表情のままだ。人の気持ちに対して察しが悪い僕でもこれは分かる。この集落を襲った不幸は、ジアトーの再現みたいなものだからだ。
弱肉強食。どう理性や言葉で繕っても力ある者が力ない者を喰い物にするのは当然だ。だけど何だかんだと言って満たされていて平和だった日本では、それを意識する機会なんてほとんどなかったはずだ。情け容赦のない露骨な世の中、それを一度ならず二度も目の当たりにすれば今のみんなのような顔になるのも納得できる。
こういう時どんな言葉をかけたら良いのか僕は全く分からない。地球にいた頃はそれでも問題がなかったが、これからは違う。同じシェアハウスに住んで、同じ仕事をしていくだろう彼ら、いつまでも人付き合いが苦手なままではいられそうにない環境になったのだ。
ひとまず、ここにいる全員の認識を共有するところから始めてみよう。シンキングタイム五秒で僕は口を開いた。
「では、確認しよう。敵は総数四十人余りの転移者。武装はまちまちで統率はとれていない。ただし火力はそれなりにあって脅威になる。対して私達は七人。武装はそれなり、火力もそれなり、連携もそれなり、つまり正面から戦える状態ではないのが現状。そもそも、自分達が戦う必要は無いと思う。外と連絡が取れればジアトーから盗賊を制圧する部隊がやって来ると思うけど……」
「念会話はジアトーまで届かないよ。さらに言うと念会話は現地人相手に使えないし、近くの別の集落には転移者は居ないんだけど」
話を切り出した僕に応えたのは雪さんだ。
「電話は?」
「当たり前だけど、携帯電話とかスマホはこの世界にないわ。有線の固定電話が集落に一個あるだけ」
「場所は?」
「あそこ、あの商店の中」
「……そうか」
集落で唯一外部への連絡手段がある場所が盗賊連中の一番集まる商店だと知って、場に重い沈黙が降りてきた。まさか電話を借りるために盗賊連中のところに突撃する訳にもいかないし、連中相手に「君達の事を当局に通報したいから電話貸して」と交渉する訳にもいかない。何だろう、この取れる手段が封じられてくる感覚は。
電話が使えないなら外部への連絡は原始的に伝令を送るという方法しか思いつかない。僕達が乗ってきた車両は集落に置いてきたが、今は盗賊連中から奪った物があるから足に不足はない。問題は墓場から集落、外へと通じる道までが一本道になっているところだ。車を使うならどこかで盗賊達の目に付いてしまう。
いっそこのまま森に潜伏して盗賊連中が立ち去るまでやり過ごすというプランも考えついた。ああいう手合いは一箇所に長居しないし出来ない。連中が腹を満たして立ち去るか、当局のパトロールが来て逃げ去るまで隠れるのも手ではないかと思ったのだ。
ただこの方法は集落にいる現地住人を見殺しにするプランで、一般的なモラルとして推奨できない。同行している現地人のブラントン氏の怒りをも買ってしまうだろうし却下だ。
やはりここは面倒でも古来よりの徒歩での伝令が一番か。なにもジアトーまで走らなくても最寄りの集落で電話を借りて通報すれば良いのだ。
ここまでザックリと考えをまとめてから一同の顔を見やる。マサヨシ君、水鈴さんは緊張とか不安を感じているのか顔が強張っている。レイモンドはリザードマン顔だと変化に気付き難いけど、真剣なのは伝わってくる。壱火は何故か口の端を上げて小さく体を震わせている。恐怖からではなく興奮しているみたいだ。オータムは一同で一番分かりにくい。ここまでずっと眉一つ動かさず、静かにこちらの様子を窺っている。
そして現地人のブラントン氏は、と視界を巡らせて彼の姿が見当たらない事にここで初めて気が付いた。
「ブラントンさんは?」
「え、あ、そういえば居ない」
「――お、おい、あそこにいるぞ!」
ブラントン氏の姿が無いのに気付いてみんなして周囲をあちこち見回して、レイモンドが声を上げる。
彼が指差した先にブラントン氏はいた。目を離していた短時間でかなり移動したらしく、猟銃を背負ったシルエットが民家のすぐ傍まで近寄っていた。向う方向は住人達が押し込まれている家屋。どうやら救出を試みようと動いているみたいだ。
はっきり言って彼の行動は無謀だ。転移者と現地人との間には身体能力でかなりの開きがある上、四十人程の数を相手に一人なのも頂けない。あっという間に蜂の巣にされるのが目に見えている。
さらに彼一人だけが犠牲になるならまだしも、こっちの所在までバレてしまう。先程連中の一派を撃滅したけど、集落の様子からしてまだ露見していないと思われる。このまま最寄りの集落まで通報しに行ければ上出来だったのだが、早くも脳内で立てたプランが崩れた。
最悪だ。と口の中だけでぼやいてしまったけれど、さらに悪いことが次の瞬間には起こっていた。
「よし、ボクが行ってくる! ついでに囮になるから集落の人達の救出よろしく!」
「――は?」
「とうっ!」
「――え?」
不幸なことに、僕の想定を超えるバカが身近にいた。とても軽い調子で僕らに一声かけて、気合の入った掛け声とともにひとっ跳びする人影が一つ。その名は壱火。
彼女の体は助走なしのジャンプのはずなのに驚異的な高さと距離を跳び、呆気にとられている僕達の頭上を越えて近くにあった木の太い枝に着地。すぐに枝をしならせて二回目のジャンプ、着地した場所はブラントン氏のすぐそばに降り立っていた。転移者の水準から見ても並外れた身体能力だ。全身がバネどころかスーパーボールみたいで冗談にしか見えない。
あんな派手なアクションをすれば派手な音が立つし、当たり前のように盗賊連中にも気付かれる。近場にいた盗賊が五人ほど壱火の姿を見かけ、彼女の方へと駆け寄って来る。それに対し壱火は両の腕を閃かせ、腰のホルスターから二挺の拳銃を抜き放つ。
集落に銃声が鳴り響いた。壱火に撃たれた盗賊たちが倒れて、一瞬だけ空気が凍ったように静まり返る。
さっき壱火が口の端を上げて変に興奮していた理由がようやく分かった。暴れたかったのだ。レッドハインドベア戦で程よく身体が温まったところに盗賊のご一行だ。暴力方向に身体がうずいて暴れだす寸前だったのだのだろう。その証拠に二挺のCz52を構える彼女の顔は喜色満面で、朱が差して興奮しているのがこの距離であっても分かる。とんだトリガーハッピーだ。
戦端を開く心配をする相手を間違った。オータムではなく壱火の方に気を向けていれば良かったのだ。後悔先に立たず、重大なミスをしたと感じた頭が痛くなってくる。
当初の思惑は完全に崩れ去った。静まった空気が解けると、盗賊団の怒号と銃声、住民たちの悲鳴と叫び声に集落は包まれる。こうなったら決着をつけるまで場は収まらない。覚悟はすでにマインドセットの段階で済ませている。後は速やかな実行あるのみ。
「マサヨシ君!」
「うぇっ! はいっ、なんスか」
「壱火が暴れている最中にブラントン氏と住人の保護をして。水鈴さんも一緒に。保護した後は墓場へ向って。あそこならトラップも残っているし、地形的にも守りやすい」
「ええ、分かったわ」
「レイモンド、壱火のサポートを。終わったら壱火を連れて墓場に」
「分かった。あの馬鹿娘放っておくと何処までも突っ込みそうだ」
「雪さんは盗賊連中の注意が逸れたところで車を使って外へ救援を求めに出て下さい。乗ってきた車は私が使うので、集落にあるもので」
「ええ、いいわ。というか私が乗ってきた車があるからそれでね」
「オータムさんは遠距離からのサポートをお願いします。私もそれに参加しますので」
「おう、良いぜ。乗ってきた車を使うってことは、載せているM2を使うのか」
「そのつもりです。壱火にはあのまま暴れ続けるよう念会話で伝えておくから、みんな不用意に近付かないように。じゃあ、行動開始」
僕が一人一人に声をかけて指示を出すと、呆気に取られていたみんなが一時停止を解かれて動き出す。ただ一人呆けていなかったオータムはニヤリと妙に男臭い笑みを浮かべてこちらを見ているが、構っている暇なんて無いので綺麗に無視だ。
戦いを始めてしまった以上、奇襲効果が効いている間に全ての盗賊達を無力化するつもりで動く。そのためには何よりスピードが命だ。
念会話で壱火に通信を繋ぐと、やたらとハイになっている壱火の返事がやって来た。
『ウイッス! ルナ! ただ今絶賛暴走中の壱火だぜ』
『……言いたい事はあるけど、後にしておく。君はそのまま暴れ回って盗賊連中の気を引いて欲しい。私達はその間に住人の救出と外への通報をしておく。レイモンドがサポートに行くから間違っても撃たないように』
『OK、OK、壱火さんにお任せだ。素敵なパーティーを始めようか!』
こんな具合だ。彼女のハイテンションな念会話を聞いていると本当に大丈夫なのか疑わしい。かといって見捨てるのも拙いのでサポートとして僕とオータムが出張るのだ。
他のみんなが動き出して、集落の各方向へと散って動き出すのを横目で確認しつつ僕自身は墓場からここまで乗ってきた車両へと駆け寄る。元はただのピックアップトラックだったが、盗賊団が改造したのか改造されていたのを盗賊団が奪ったのか、荷台に銃架が取り付けられて一挺の重機関銃が搭載されている。地球ではテクニカルと呼ばれている武装トラックだ。
走ってきた勢いをそのままに荷台に飛び乗り、重機関銃に取り付く。載せられているものはM2重機関銃。車載火器の定番で、この場に置いては僕が使える最大級の火力源になる。
まずはざっと状態を確認。墓場で盗賊達が派手に撃っていたけど、弾はまだ残っている。本体横に取り付けられた弾薬箱を覗けば.50口径の巨大な弾薬がリンクで繋がって幅広のベルトになっていた。弾種は夜戦を意識してか曳光弾の割合が多い。
車を使うときにも軽く点検して異常は見つからなかったけれど、改めて見ても使用に問題はないようだ。
ここで遅れて来たオータムがトラックの運転席に乗り込み、「移動するかい?」と訊いてきた。僕は首を横に振る。射界は充分取れている。多少距離があるように感じられても.50口径のパワフルな弾薬が解決してしまうだろう。さて、ランボーの真似事でもしようか。
M2後端にある二本のハンドルグリップを握って、銃口を集落の方向へ。ボルトを一回引いて半装填、二回引いて全装填。巨大な弾薬が薬室に送り込まれるのが手に伝わる。本来だったら恐ろしく固く重いはずのM2のチャージングボルトも『ルナ』にとっては軽々と引ける。
ここですぐ傍から発砲音。音の出所は運転席にいるオータムからだ。窓からドラグノフを突き出して射撃、ドアに銃をのせて二発、三発と調子よく撃ちだした。弾丸が向う先には壱火の奇襲で慌てている盗賊達の姿。それらが二人、三人と撃ち倒される。
銃撃が終わるとオータムは顔をこちらに向けて片目をつむってみせた。
「援護は任せてくれ。こっちに近付く敵を優先して撃てば良いんだろ」
「頼む」
オータムの声に応えて銃口を敵へ向けた。壱火の援護をするなら彼女が危険になるような相手を優先的に排除しよう。まずは重火器を備えている車両が標的だ。
集落周辺に無造作に停めている盗賊連中の車両の内、ロケット弾を積んでいるものを発見。距離は三〇〇m弱、有効射程内。ハンドルグリップの間にあるトリガーを押して、撃発、銃撃を開始した。
野太い銃声と激しい振動が乗っているトラックの荷台を揺する。派手に噴き出す銃火、レシーバーから吐き出されるメタルリンクと空薬莢。連続して撃ち出される銃弾は、吸い込まれるようにして狙った車両へと飛んでいく。それら一瞬で起きた全てが僕には知覚できた。
狙いは外さず、.50口径の重量級の弾丸は車両に積んでいるロケット弾、そしておそらくは手榴弾でも入れていたのか『爆発物』の焼き印がされた木箱へと命中する。ロケット弾か木箱か、どちらが最初に爆発したかは分からないけど派手に爆発が起こったのは言うまでもない。
視界を灼く閃光と物理的な衝撃を伴う大きな音が轟いて、集落の夜を一瞬で赤く焼いた。盗賊達は突如起こった爆発と火災に右往左往している。立ち昇った炎を囲んで呆然としている姿はキャンプファイアーを囲んでダンスを踊る学校祭を思い起こさせる。もちろん現実はそんなロマンある代物ではない。
さらに機動力を削ぐため、次々と車両を狙い撃つ。先のように爆発物でも積んでいなければ映画のように車が爆発するのはまず無い。タイヤとエンジングリルに短連射で数発撃てば装甲されていない車では深刻なダメージだ。これで連中の足は封じた。
炎に照らされて集落の様子がより鮮明に見える。敵が混乱している中心部に壱火が二挺拳銃とバイアネットを振り回して暴れている姿があった。
壱火は踊るように撃って、斬って、打ち倒す。着ているジャケットの裾と髪、そして尻尾が翻る。地面に屋根にと飛び跳ねて弾む身体は敵を惑わし、飛んでくる銃弾はまるで彼女を避けるようにすり抜けていく。戦いの定石は完全に無視、なのにあの無双ぶり。見ているとあそこだけ別世界のような気すらしてきた。次々と撃ち倒されていく盗賊達。四十人程はいる敵数を警戒して取るべき行動を考えていたのが馬鹿馬鹿しくなってくる光景だ。
「……あ、僕のバイク。勝手に乗るんじゃない」
視界にバイクに跨った盗賊が現れて、乗っているバイクが僕のM20だと分かった。集落に停めていたのを盗んだようだ。当然そのままにしておく道理なんてないためM2の銃口を向けて短連射、胴体を狙った銃撃は狙い通りに命中。盗賊の頭が弾けて、腕が千切れて血が噴き出すスプラッタシーンになってけれどバイクは無事だ。後で回収しよう。
集落の盗賊連中の様子は奇襲で混乱中、ただ中には混乱から立ち直って反撃しようとしたり、逃走しようとしている者が出てきた。この場所は射界が取れているとは言え、幾つか死角があって集落全てを狙撃範囲に出来ない。それにM2の派手なマズルフラッシュは狙撃地点を特定されやすい。移動する頃合いだ。
「オータムさん、射撃位置を変えます」
「そうだな、それが良い。あっちに丘の稜線越しに撃てる場所がある。そこにしよう」
「任せます」
「おう、飛ばすから何かに掴まってくれ」
オータムに声をかけると彼からすぐに射撃地点の提案が出て来た。運転席の窓から伸びた指が指す方向に目を向けると、集落方向へ銃弾を撃つのに適した地形になっている。すでに僕はオータムが専門的な知識を持ってそれを実践する人間だと理解しているので、彼の提案をすぐに受け入れた。
トラックのギアが入れられ、車体が軋む音を立てながら発進する。メンテナンスをロクにしていないのか、トラックの挙動は若干怪しい。揺れる荷台の上、僕は身を低くしてM2を固定している銃架のポールに掴まった。
視線は集落から離れない。燃料に引火し派手に燃える車両を中心にして集落の盗賊達の慌てる姿が良く見える。その端では雪さんがマイカーの小さな四輪駆動車に乗って集落を脱出し始めているのが見えて、マサヨシ君と水鈴さんも住人が閉じ込められた家に向っているのも見えた。
想像以上にスムーズに奇襲が出来ている。盗賊達の対応が余りにも酷かったのもあり、僕の心配は一体なんだったのかと思ってしまう位だ。
ただこうスムーズだと最後辺りに大きな障害があるのがここ最近のジンクスだ。それだけが今の懸念事項だった。
◆
体の内側から湧き上がる熱いエネルギーに任せてボクは戦う。エネルギーは筋肉を動かして、感覚を研ぎ澄ませ、体の全部のリソースが戦いのために振り向けられる。
血が湧き立つ。際限なく胸の中から高揚感が湧き上がってくる。今のボクは肌を撫でる血風さえも心地良く感じた。
視界が猛スピードで流れても研ぎ澄まされた感覚はキチンと敵を捉えている。ショットガンを手にしてボクを撃とうとしている不潔そうな男だ。さらにその男とは逆方向にサブマシンガンを撃とうとしている男もいる。どちらもまだ銃口はこちらを向いていない。遅い、遅すぎる。
ボクは両腕を鳥の翼のように広げて、銃を撃とうとしている二人よりも早く二挺の銃を向けた。引き金を引けばお馴染みになった銃声と反動が手に返ってきて、二人の敵を倒した。
と、ここで手にした二挺拳銃が二つともスライドを後退させたままの形になった。弾切れ、ホールドオープンって奴だ。
最初に五人、次に牽制で何発か、その後でさっきの二人だから弾切れになる計算だ。このCz52という拳銃は装弾数が八発と少なめだ。小ぶりで握りやすく威力も結構あるけれど、この少なめな弾数が不満に感じるところだ。
素早く周囲の状況を見て、マガジンを交換する余裕はあると感じた。二挺拳銃を握っている左右の親指でそれぞれのマガジンストップボタンを押してマガジンを出す、空のマガジンが二つ重力に引かれて落ちるのを『念動』の魔法でキャッチしてバッグに放り込み、新しく弾の込められたマガジンを『念動』で二つ同時に銃に差し込む。
小さく、でも確かに差し込まれた音を聞き、両方の人差し指でそれぞれのスライドストップを解除する。バネの力で勢い良くスライドが前進すれば、弾はもう装填されていて撃てるようになった。
これが『念動』の魔法とクララのカスタムで出来るようになったボクの二挺拳銃での給弾方法だ。ある程度自由に物を浮かせて動かせる『念動』と、クララが二挺拳銃用にと改造したCz52で給弾に不安はなくなっていた。
快調、そのものだ。左腕を大きく後ろに回して、背中越しに給弾したばかりの銃を撃つ。目を向ける必要は感じない。また一人敵が倒れただけだ。
仲間が立て続けに倒されるのを見て、騒ぎ出す盗賊ども。人からは平気で奪えるのに、奪われそうになると喧しくなるというのもおかしな話だ。
でも良いよ、もっと騒げばいい。ルナからは暴れ回って注目を集めろって言われているし、ボクも今夜は無性に暴れたい気分だ。喉の奥から犬のような低い唸り声が鳴った。
軽く膝を沈めて、大き目に跳ぶ。手近にあった民家の屋根に跳び移って、数歩屋根を駆けてから跳び降りる。着地地点には驚いた顔をしたヒゲ面の男。どうしてこの手の無法者連中って不潔そうな野郎しかいないんだろう。そんなどうでもいい事を考えながら、その不潔な顔目がけて跳び蹴りをかましてやった。
靴底に伝わってくる骨の折れる感触を感じつつ、止めとばかりに二挺拳銃で胸板を撃ち抜いてやった。盗賊の体が崩れ落ちる。その前にコイツの顔を足場にしてまた跳び上がる。次の目標はすぐ近くで大剣を持ったまま戸惑っている野郎だ。
空中でクルリと縦に一回転。目に見える風景がダイナミックに回転する。それでも相手がどこにいるか見失わず、ジャストの位置につけた。一回転した勢いのまま大剣野郎に浴びせ蹴りを喰らわせた。蹴りがヒットした肩は骨が砕けたと思う。
大剣野郎が肩に感じる痛みで剣を落とし、地面に膝をつくのに合わせてボクの両足も着地。すかさず大剣野郎を前蹴りで蹴りつけて止めを刺した。
でもって両腕を交差させて左右にいた別の敵を銃撃。倒したのを確認した。ここまで十秒未満、それで四人を倒した。我ながらなかなかにスタイリッシュに決まったと思うけど、どうか?
またも二挺拳銃が弾切れでホールドオープン。やっぱり弾数が少ないよ、コレ。今回の仕事が終わったらクララに相談しよう。そう心のメモ帳に記入して、手は素早く次の得物を用意していた。
大型ブレード付きショットガン、バイアネットだ。バッグから出してすぐにボルトを操作してショットシェルを装填、右手一本でバトンのようにグルリと回し肩に担いだ。斬って良し、撃って良しのゲテモノ武器はここ最近のボクのお気に入りだ。
新たな得物を手にして次の獲物を見定める。いた。建物の影に隠れて魔法を使おうとしている十人ぐらいの連中だ。さっきルナとオータムが集落を偵察していた時に見つけた連中があいつらなのだろう。いかにも後衛職専門でござい、な格好をして目立たないよう建物に隠れてコソコソと魔法を準備しているのが分かる。あいつらを見たオータムはグレネードを撃ち込もうとか言っていた。ボクもそれに賛成だ。
ボルトを操作して一発分弾を抜く。代わりに腰に巻いたバッグから別の種類のショットシェルを取り出して装填した。ショットガンは色々な種類の弾丸を撃てるのが特徴で、今装填したのは小型の爆弾を撃ち出すミニグレネード弾だ。
固まっている連中の真ん中あたりを狙ってミニグレネードを撃つ。狙い通りのところで小さな爆発が起こって、何人かが倒れ、何人かが体勢を崩してよろめく。本式のグレネード弾に比べると弾自体が小さくて爆発の威力が低い。転移者のように防具の能力や身体能力が高いと、体に直接弾を撃ち込まないと大したダメージにならないだろう。だけど今はこれで必要充分。体勢を崩した奴らが持ち直しても、もうボクは距離を詰めてバイアネットを振りかぶっているからだ。
振り下ろしたバイアネットのブレードでバッサリと敵を斬りつける。肉厚の刃が大した抵抗もなく敵の体を斬り分けて、血が盛大に噴き出す。斬りつけられた敵は目と口を大きく開けて断末魔の表情をしている。それを一瞥しただけで捨て置いて次の敵の間合いにステップを踏む。
今度は敵の懐に入っているからバイアネットを短く持ってコンパクトに振るって腹を切り裂いた。斬られた敵は大きく目を見開いて何かを叫ぼうとして、その前にボクがバイアネットの銃床でアゴをアッパーカットで殴りつけて沈んだ。
隣にいた敵を無造作に斬りつけ、後ろにいた敵に銃を撃つ、一瞬でも同じ場所にいなくて、敵から敵へと間合いを潰して敵を斬りつけ銃を撃つ。
魔法使い連中をあらかた制圧したところで背後から人が近付いてくる気配を感じた。バイアネットは弾切れ。空いた手でハードボーラーをホルスターから抜いて銃口を向ける。
標的は深緑色の鱗をしたリザードマン、って標的じゃない親父だ。慌ててハードボーラーを上に跳ね上げて銃口を親父から外した。ルナからサポートとして来るって聞いていたけど、こんな近距離になるまで気が付かなかった。
「父さん、いきなり後ろに立たないでっ撃つところだったよ」
「おっと、そいつは悪かった。だが……」
親父がおもむろにボクに近付いて来て、ボクの頭めがけて上から下に拳を振り下ろしてきた。唐突な事だったのと腕がブレる位に速い拳だったのでボクは反応できず、頭全体に衝撃が走って視界に一瞬星のようなものが見えた。痛いと感じるよりも精神的なショックの方が大きくて、体が固まってしまう。
「つうぅ……何するんだよ」
「何、じゃない。俺がいちいち言うまでもないだろう。みんな隠れて居る時に何で飛び出したりするんだ。お前一人だけじゃなく、みんなも危険にさらされるんだぞ。軽率過ぎる」
「ちょ、今戦闘中なのにお説教? 周り敵がいるのに」
「大丈夫だ。周りにいる連中は俺が黙らせた。近寄ってくる奴もルナの嬢ちゃんがやってくれている」
「あ、ホントだ。凄い」
戦闘中にお説教を始めた親父に非難の声を出してみたけど、親父はとっくに周囲の敵を黙らせていた。彼の後ろには地面に倒れて伸びている敵の姿がちらほらと見える。正しく拳でノックアウトされたようだ。
遠くにいる敵も連続して聞こえてくる重い銃声と一緒に飛んでくる弾丸で撃ち倒されている。あれはルナがやっているんだろう。これなら確かに大丈夫だ。
周りがひとまず安全だと分かったところで話が戻る。なんで飛び出したか、って言われてもほとんど衝動的な行動としか言い様がなかったりする。赤熊相手に戦っていた延長みたいな感覚で、暴れ足りなかったからというのもある。
我ながらバトルジャンキーで脳筋な答えだ。実際、こうやって戦っている最中は気分が高揚してアガる感じが堪らない。――だけど、同時にこの盗賊連中を許しちゃ駄目だって感情も強く持っている。
「何て言うか、コイツらって元は同じ日本人だったし、同じゲームをやっていたプレイヤーでもあったよね。それが境遇が悪いからってガチの盗賊やって集落の人を襲っているのが我慢できなかったんだ。異世界に来てまで恥をさらすな、と言うのかな?」
「……なるほど。良く分かったし納得できた。俺も同じ気持ちだから強く言えんな。コイツら見ていると日本の恥をこっちの世界に曝しているようで、気分が悪くなってくる。分かった、俺からは以上だ。ただし、次からは行動する前に一言言ってからにしろ」
「はーい」
「返事だけは良いな。俺からの説教は以上だが、俺以外からは知らないぞ。これが終わったらキチンと謝っておけ、いいな?」
「……はーい」
姿が変わっても親父は親父だった。この人のやり方は、まず一発拳骨を喰らわせてから短く要点だけを言って叱るのだ。だらだらと長い説教をしない点は好ましいけれど、拳骨だけは勘弁して欲しい。特にこの世界に来てからは親父がリザードマンの格闘家ビルドなので、拳がやたらと硬くて重い。殴られた頭のてっぺんがまだズキズキと痛むよ。
ただ、さっき親父に言ったことは間違いなくボクの本音だ。戦いに興奮して楽しんでいるのもホントだけど、この盗賊連中が許せないというのもホントだ。もしボクがルナと出会うことなく、親父とも会えなかったらこうなっていたかもしれない。そう思ってしまうのだ。暴力だけを頼みにその日暮しをしていく自分。あり得た可能性にボクは怒りと同時に嫌悪感を抱いていた。
だからコイツらは徹底的に叩きのめしたい。奇襲でまだ浮き足立っている連中を横目にバイアネットとCz52に弾を補充する。――よし、これで撃てる。
親父に目を向けると、ボクが体勢を整えたのを見て軽く頷いた。
「ルナの嬢ちゃんは墓場まで退避しろって言っていたが、盗賊どもを蹴散らすな、とは言っていなかったな。このまま戦い続けるか?」
「当然、じゃないと飛び出したりしないって」
「よし、だったら片付けてしまおう」
「うんっ」
ボクの返事を聞いた親父は一瞬だけ、嬉しそうな悲しそうな変な顔をして、それからもう一度軽く頷いてから背中を向けて拳を固めた。
親父の視線の先を見ると、まだ無事な盗賊連中が集まりだして武器を手にこっちを睨んでいた。ようやく反撃しようってところかな? あいつらだってボクと同じ転移者だし、さっきまでみたいな無双状態にはなれないだろうな。
でも親父の背中を見ていると不安が無くなる。あの拳を構える姿はボクが小さかった頃、まだ現役ボクサーだった時の親父を思い出して無条件で頼もしさを感じさせる。面と向って言うわけないけど、あの頃の親父は小さかったボクにとって無敵のスーパーヒーローだったのだ。
親父がボクサーを引退して、ボクが世の中というものを知って世間擦れをしてしまうと距離が出来てしまい、こっちの世界に来るまではずっと没交渉だった。親父は仕事に、ボクは学業とゲームにとそれぞれの世界に没頭して交わることなんて今後なくなると思っていた。
それが今はコレだ。少し前までは親父と背中を預け合って盗賊どもと戦っているなんて想像も出来ない話だった。人生ってどう転ぶか分からないわぁ、二十歳にもなっていないボクだけど、しみじみとそんな感想を抱いてしまうのだ。
「来るぞっ」
「うん、どんと来い」
親父の一声にボクが応えて、盗賊どもが襲いかかって来て戦いが再開された。




