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10話 コッペリアの柩




『ダメだ、誰もいない。臭いも消えているよ』

『分かった。すぐに戻って欲しい、今は守りを固めたい』

『りょーかい』


 大熊の狩猟に成功した直後、突然打ち上がった光球が夜空を照らして花火のように弾けた。

 続いてそれを合図にしたかの様に山向こうから幾つもの車両の排気音が聞こえてきている。いや、実際にあの光球は合図だったのだ。それを打ち上げた人物がどんな考えを持っているかは不明だが、歓迎できない事態が僕達に迫っている。これは間違いないはずだ。

 光球が打ち上がった地点目がけて突撃していった壱火からの念会話に戻って来るよう返信をして、こちらでも不測の事態に備えて装備を整える。それにしても壱火の即決即行ぶりには呆れ半分感心半分だ。余りにも即座に動いたせいで僕を含めてみんな反応出来なかった。


 まずは大仰で取り回しにくいボーイズライフルを急いでバッグにしまい、代わりにAR-10カスタムを取り出す。薬室内に弾薬が無いか確認して、各部に異常が無いか点検、それから初めて弾倉を入れて初弾を装填する。ここまでを頭で考えず体で覚える様にしている。クララさんの腕が良いのか、早くもこの銃は身体に馴染みだしている。ボルトが動く金属音が耳に心地よく、不謹慎だけどこの瞬間だけは少し楽しい。

 次いでボーイズの弾倉をバッグにしまい代わりにAR-10の弾倉を取り出して、すぐ使えるようベルトに差していく。ひとまず予備弾倉を四本も用意すれば足りるだろう。

 こうやって態勢を整えると、僕の頭の中でも態勢が整えられる。大熊を狩るときの狩人のものから、人と人の戦いに赴く兵士のものにマインドがセットされる。軽く呼気を吐いて銃のセレクターを発射位置にスイッチすれば、意識は完全に戦闘状態だ。


 準備している間にも聞こえてくる車両の排気音は大きくなって、数も増えていく。聞こえてくる車両の数は十台ほど、改造がされているのか排気音がやけに大きい。さらに何度も空吹かししている音がして、まるで暴走族みたいだ。

 山などに音が反響して位置は不明だけど、それほど遠くはない。排気音と一緒に鳴らされるクラクションも数を増やしている。閑かな夜の山林には似つかわしくない騒音が一帯に響いてきて、少しずつ不快な気分になってくる。僕は車もバイクも大好きだけど暴走族みたいな手合いは大嫌いだ。


「ブラントンさん、念のために聞きますがこの時間に誰か集落を訪ねて来る知り合いとか居ますか?」

「いる訳がない。そもそもあんなに喧しく集落に来る奴は願い下げだ」


 念を入れて後ろにいたブラントン氏に声をかけてみる。案の定結果はクロ。きな臭さが加速度的に増してきた。もう敵襲と判断して動いた方が良い状況下だ。


「ただいまー。早速だけどさ、さっき跳んでた時に集落の方向に車のヘッドライトが幾つも見えたけど、あれマズイよね」


 軽い足取りで壱火が帰ってきて、新鮮な情報を軽い口調でもたらしてくれた。常識外れの跳躍力で森の木々よりも高く跳んだお陰で集落の様子が見えたらしい。

 暴走族まがいの連中は集落の方向へ向ったか。目的は略奪だろうか? もしそうなら、おそらく彼らは元プレイヤー、そしてジアトーで暴れていた暴徒達の生き残りと推測できる。大方取り締まりが強化されて都市を追いやられてこんな土地にまで来てしまったのだろう。この推測が当たっているとしたら哀れな話ではある。同情する気が全く湧かないのは暴徒連中の自業自得だが。

 何にせよ、ここであれこれ考えているばかりなのは良くない。行動を起こし、状況を把握し、次なる行動を策定する。今必要なのはこの騒音の元へ偵察に出て、詳しい状況を知る事だ。

 集落が襲撃に遭っているのなら住民の避難を助け、ジアトーの治安部隊に連絡を取るぐらいはしておきたい。そうでないと仕事の報酬を貰えそうにないからだ。この場合一番まずいのは何もせずに逃げ帰る選択だ。身の安全は図れるけど今後の仕事に差し障りが出てくる……ああ、これもまた僕の苦手なしがらみだ。


「集落がマズイかも、てか盗賊の襲撃とかあるのか?」

「ジアトーで暴徒が暴れて、その後軍隊が占領なんて事があったんだし、そりゃあるでしょ。ほら、いつまでもぼうっとしていないで警戒、警戒」

「お、おう分かった。うあぁ、クマの血がべったりと」

「ちょっと、気をつけてよ。こっちにも血が飛んできたんだけど」

「何か拭くもんくれよ」


 水鈴さんとマサヨシ君がようやく警戒態勢になってくれたけど、大熊の返り血が付いた、飛んできたと騒ぎだしている。大熊の解体はこの件が片付いてからだ。こんな大物、警戒態勢の片手間の作業で片付くものではない。

 二人から視線をズラしてレイモンドの方向にやれば、雪さんとブラントン氏を交えて話をしている。今後の行動を話しているのだろう。僕も聞いておきたい。


 雪さんのいる方向に足を進めて、視界の隅にチラリと何かが光って見えた。森の向こうから伸びてきた車両のライトが何かに当たって反射した、そんな風に見える何か。

 捉えた何かは月詠人の視力で明確な像を結ぶ。それは銃を構える人影、光る何かは反射したスコープのレンズ、銃口はこちらを向いている。それが分かると同時に背筋に冷えた感触が奔った。今の感触は銃を通して害意が僕の体を撫でたものだ。

 今、僕は狙われた。脅威を理解したら次の行動は迅速に。あれは敵だ。


「みんな、伏せろ。山の方向、スナイパー!」

「え? 敵!?」

「うえっ、マジか!」


 みんなに一声かけ、すぐ近くにあった誰かの墓に身を寄せる。墓石を盾にして素早く身を伏せた。頭上、かなり上の部分から空気を切る擦過音がして、向こうから銃声が聞こえた。撃ってきたけど大ハズレだ。スコープの調整でもミスしたのかと思うほど狙いから逸れている。

 身を伏せながら銃を構えて敵の方向へ銃口を向けた。いた。発見した時と変わらない場所に陣取ったままだ。身を隠す様子も撃った後に移動する様子もなく、夜店の射的屋感覚だ。こちらを舐めているのか?

 距離は目算で200m弱、弾道を遮る障害物もなし。手早く素早く的確に引き金を引いた。こんな近距離、しかも隠れても動いてもいない的なんて外す道理が無い。

 狙い通り、弾丸はこちらを狙った銃のスコープに命中し、その向こうにいる敵の眼球と頭を吹っ飛ばした。敵は相手を舐めた代償を命で支払った。人型のシルエットがその場で崩れ落ちる。今も聞こえる騒音を考えると、あの敵一人がここに来たはずはない。気を緩めず次の敵を探した。

 次の銃声が轟く。僕でも敵でもなくすぐ近く、オータムのドラグノフからだ。


「もう一人スナイパーがいた。まあ、スナイパーというにはお粗末過ぎる奴だったが。他に敵は?」

「見える限りはクリア」


 僕と同じく近くの墓石の影に身を伏せていたオータムが周囲を確認しながら立ち上がる。それに倣いこちらも周辺を警戒しながら立ち上がり、ついでにオータムが仕留めたと思わしき敵の姿が見えた。

 僕が仕留めた敵からはちょうど反対の山の斜面、距離にして150m程離れた大岩の上に人が倒れている。オータムがお粗末と言ったのも納得の敵だ。射界を得るのに都合が良かったのだろうけどあれでは丸見えだ。

 周囲に他の敵影はなし。下手な暗視装置よりも見える僕の目は夜闇でも何不自由なく周囲が見渡せ、みんなが周囲を見渡しながら立ち上がっている様子も視界にきちんと捉える。こちらがいきなり伏せろとか言ったせいで雪さんとマサヨシ君がコケている以外は問題なく、あちらは大丈夫のようだ。


 この『ルナ』の肉体もすっかり馴染んだものだ。夜でも見通せる目や異様な身体能力にも慣れて戸惑いはもうなくなっている。こうしてこっちに近付いてくる車両の排気音を耳が正確に捉えているのも慣れた感覚になっていた。

 ここで言う正確に、とは近付いてくる排気音を聞き分けてどういう車両が来るのか大まかの見当をつけられる事を指している。数は四、種別はバイクが一台、クルマが三台、その内二台がディーゼル車。音が反響する中でも近付いてくるのが分かり、この近さなら距離は300mを切った。

 ニスカリーの集落へ向う道の向こうからヘッドライトの明かりが見えた。さっきのスナイパー役を斥候にして後詰めがやって来たといったところか。


「ルナさん、向こうから!」

「見えている。敵だ。迎え撃つ」

「話し合いが通じる相手じゃないか……やるしかないな」


 マサヨシ君達も警戒から本格的な迎撃態勢をとる。大熊との戦いが終わって緩んだ気持ちが今一度張りつめた雰囲気だ。

 AR-10カスタムの二脚を展開して、墓石の上に銃本体を据えて座り撃ちの体勢になる。この体勢の方がさっきよりも安定した射撃が見込めそうだ。この墓地はそこそのの数の墓石があって、周辺の森も含めて遮蔽物に恵まれている。車両四台分の人数を相手取るには都合の良い環境だ。

 接近戦がメインのマサヨシ君、レイモンドは敵がやって来る方向に真っ先に向かい、墓石の影に入って襲いかかる機会を待つつもりらしい。


「車のヘッドライトを潰す。運転手、機関銃手を狙って、後はみんなに任せるって方針でどうだ?」

「了解」


 オータムが狙撃目標を提案してきて僕はそれを受けた。狙撃目標としてはセオリー通り。明かりを消して、足を奪い、有力な火力を黙らせる。もちろん向こうだって対応するだろうが、それに時間をかけている間に別の目標を狙えばいい。とにかく先手先手を打っていき敵に何もさせないのが理想だ。

 墓石の影に伏せたオータムはどこから取り出したのか、小さなクッションを手にすると地面に置き、その上にドラグノフを乗せて伏せ撃ちの姿勢になった。右足を曲げたエストニア型と言われる伏射姿勢だ。その姿勢に付け焼き刃感は無く、相当に手慣れていると窺わせた。ただ今は戦闘中、余計な詮索は後回しにする。


 夜でも遠くを見通す僕の目は、集落へ続く道から現れた車両を明確に捉えた。やはり耳が捉えた数に間違いはない。数は四、内訳はバイクが一台、キューベルワーゲンみたいな外見の軍用タイプ車両が一台、残る二台はピックアップトラックだ。そのトラックの内一台が、荷台に機関銃を載せてテクニカルに改造されている。人員はバイクに一人、軍用車両に四人、トラックに六人、テクニカルに三人の計十四人だ。

 敵数を近くにいたオータムに伝え、次に念会話で他のみんなにも伝える。返ってくる念会話は緊張した様子が伝わってくる程で、人数が上の敵を相手に戦う状況にプレッシャーを感じているみたいだ。

 でも、何となくだが大丈夫ではないか、と思う。僕の視力ならこっちにやってくる連中の表情も見えるのだけど、総じて緩んだものになっている。この期に及んで未だゲーム感覚と山賊感覚が抜けていない面構えだ。しかも派手にクラクションまで鳴らしている。トラックの荷台に乗っている奴など奇声を上げているし、助手席にいる敵は車の窓に腰掛けて箱乗りしている始末だ。ふとV8を讃える有名映画を思い出すが、あれと比べればケレン味が足りない。数は多くてもあんなものを相手に負ける気はしないな。


「バイクの後ろ、キューベルワーゲンの足を止める」

「分かった。攻撃順は任せる。こちらは車のライトから撃つ」


 最初に狙う標的は先頭車両。ここの道は狭いので先頭を止めれば後がつかえる。一番前のバイクは後に回し、次のキューベルワーゲンが狙い目だ。運転手は若いロン毛の男。口にタバコを咥えて緊張感の無い顔でハンドルを握っている。その緩んだ顔目がけて僕は弾丸を撃ち放った。

 大当たり。額から血を吹き出して崩れ落ちる男。直後に制御を失った車が大きく曲がって、路肩へ突っ込んだ。同乗していた仲間が何とかしようとしたが、無駄に終わった。都合の良いことに路肩に突っ込んだ車は横転して、続く二台の進路を妨害した。幸先が良い戦闘開始だ。

 オータムが続いて発砲、宣言通り後続車のライトを手早く潰していく。敵の周囲の明かりが急に消えた事で向こうがより一層騒ぎだした。ただし、さっきまでの奇声とは違って悲鳴が主成分ではあるが。


「くそっ、ライト消された。夜目が利かねぇ奴はオウルアイを飲め!」

「どっから撃ってきたんだよ、発砲した時の火が見えないぞ」

「前が邪魔だ。トラックで突っ込んでどけろ! ドッジ、敵が居そうなところに撃ちまくれ」


 敵のやかましい声がした直後に重々しい銃声が連続してトラックから轟いた。荷台に載っている機関銃はM2重機関銃だったようだ。地球ではアメリカ発の有名機関銃になり、世界各国で使われている傑作銃だ。僕の使っているボーイズライフルと同じ.50口径の強力な弾薬をバラ撒くいかにもアメリカ好みの代物で、一発でも当たろうものなら人体などひとたまりもない威力を持っている。

 ただし当たればという但し書きが付くが。確かにM2は傑作重機関銃で、汎用性も信頼性も高く、狙撃に転用出来るくらいに精度も高い。そんな機関銃でも射手の腕が悪ければお話にならない。

 撃ち出される銃弾はことごとくあさっての方向に飛んでいき、光の尾を引いた曳光弾があっちこっちへと飛び散る様子が見えた。オータムからは「あーあ、馬鹿だわ」などと呟く声が聞こえて呆れているのが分かる。ドラグノフが再度吠えて、M2を黙らせるのはその数秒後だった。


 僕は射手が倒されたM2に飛びつこうとする別の敵を一人仕留めると、トラックの運転手を始末にかかった。

 車両はすでに止まっているから難易度はさっきよりも下がる。いきなり戦闘に突入したせいか戸惑った顔を運転席で曝している男の顔を二人分を銃弾で吹き飛ばした。これで敵は車両をすぐには動かせない状態になった。

 射殺した運転手以外にも車両を運転できる奴がいても、狙われると分かれば運転を躊躇う。足止め効果は充分だ。

 次の標的はバイク。機動力で場をかき回されるのは避けたい。動き回られる前に仕留めないと。


 敵バイクに銃口を向ける。けれど、こちらの狙いを察知したのかバイクは道から大きく外れて森の中へと突入した。見えたバイクの形状はオフロードなので多少無茶な運転をしても平気のようだ。

 これは、森の中を走ってこちらの後ろに回り込むつもりか。森の木が邪魔をして射線が取れない。敵ライダーは結構判断が早い。バイクのヘッドライトが木々の間から見え隠れしながら僕達がいる墓地に近付いてくる。この敵の行動は悪くない。ただ、運が悪かった。

 敵のバイクが森の一画にさしかかった時、爆炎が噴き上がって悲鳴が尾を引いて遠ざかっていく。大熊狩りにオータムが用意したトラップにかかってしまったのだ。

 これで目に見える最大火力と機動力は殺した。後は援軍と魔法を警戒しつつ残る敵を掃討してしまえばいい。


『脅威になる敵は倒した。引き続き援護する。攻撃を』

『OK。いっくよ~』

『ちょ、ちょっと待って。オウルアイを飲むから十秒ぐらい待ってくれ』

「よし、飛んでくる銃弾と魔法に気をつけながら行くぞ!」


 僕が念会話を飛ばしたら、壱火が真っ先に身を伏せていていた墓石から飛び出て敵に向っていった。バイアネットを背中に背負い、両手に二挺のCz52を握って低い姿勢で突撃する彼女の姿は獲物に襲いかかる獣のそれだ。

 遅れてレイモンドが、さらに遅れてマサヨシ君が飛び出して前衛を形成していく。水鈴さんはすでに魔法で支援を始めていて、バフを飛び出す前衛組にかけていく。今までの戦いの経験がみんなの動きを良くしているようだ。

 動いている敵数は五。統率が取れている様子はなく、前衛組の突撃にもロクに反応出来ていない。趨勢はすぐにでも決しそうだ。


 壱火の体が弾み、墓石の影から影にステップを踏んで間合いを詰める。敵の脇を通り抜けて、抜きざまに二挺拳銃を横に振って発砲。成果を確認せずに跳んで正面の敵にドロップキックしながら銃撃。敵を下敷きにして地面に着地するとすぐに横に跳んで敵を牽制する乱れ撃ち。こんな具合に壱火は一瞬も動きを止めない。激しい動きで敵を翻弄して場をかき回す。

 それをフォローするのがレイモンドとマサヨシ君だ。壱火が突っ込んだ敵を両サイドから挟んで、壱火が撃ち漏らしたり、傷が浅くて反撃に出そうな敵を優先して無力化する。レイモンドが拳で、マサヨシ君が斧槍の柄で殴りつけて次々と黙らせていく。

 思ったよりもあの三人の連携は取れていて安定している。こちらが無理に援護する必要はない。敵が脆かったのも手伝ってここの戦闘は早くも収束しそうな気配だ。

 前衛組の周囲に残存する敵は程なく無くなった。念を入れて周辺に敵がいないか確かめようと墓石の影から立ち上がったタイミングで突発的な接敵は起こった。その距離、2m未満。


「死ねぇぇッ!」

「――っ」


 横合いからの叫び声と振り上げられる手斧が最初に感知される。こんな近距離になるまで敵の接近が感知出来なかったのに驚き、刹那以下の時間でクールダウンした。驚く暇があるなら敵の攻撃に対処しないと。

 脳が必要な情報を拾い上げ、不要な情報を切り捨てるのが感覚として分かる。大上段から振り下ろされる小ぶりな手斧ハンドアクスが敵の攻撃。刃の軌道は肩口に向っていて、このままなら肩から胸にかけてバッサリいくコースだ。

 僕の今手に持っている武器はAR-10カスタム。狙撃用にカスタマイズされたライフルだが、それで接近戦をやってはいけないルールやシステムはない。ここもゲーム時代とは違うところだ。

 わずかにある間合い、敵との2m未満の距離はそのままわずかな時間が許されている意味でもあった。その時間で僕は敵と正面から相対する体勢をとって、一歩前へと踏み込んだ。

 機するのはカウンター。何の工夫もスキルもなく力任せに振り下ろされる手斧。それを握っている敵の腕を目がけてAR-10の銃床を繰り出す。勢いに乗った敵の刃を止めるのは難しくても、敵の腕を止めるのは割と出来る。攻撃を止める結果が同じなら簡単な方を選ぶ。


「――がぁっ!」


 腕を銃床で強打された敵が痛みからうめくけど無視。敵はいち早く無力化しないと。敵の腕を打ったAR-10、そこから銃を勢い良く半回転させる。すると今度は銃の銃倉マガジン部分が敵の鼻面に突き刺さる。軽量なアルミ素材の銃倉とはいえ、硬い物を勢い良く叩き込まれた敵は鼻から血を吹き出しながらのけ反った。

 さらに敵の側頭部をAR-10のハンドガードで引っかけるように押して、同時に敵の足を払って地面に引き倒した。ここまでを一挙動、三秒程の工程だ。ブランクがあるせいでテンポが悪いけど、僕の技量では元々こんなものだ。

 銃口を向けて見下ろす敵の表情は、何が起こったのか分からないという顔と顔面に走る痛みに耐える顔と死の恐怖に怯える顔が混じり合った混成物だ。全体的に薄汚れて不潔な印象の男だ。着ているデニムの上下も伸ばした髪やアゴ髭もワイルドさよりも無精さが前面に出ており、粗野としか良い様がない。


「お前達は何者だ? どうして私達を襲ってきた」

「痛てぇ……何者でも良いだろうが、クソが。村の入り口で見た時は大したことない風だったのに、詐欺臭せえぜ畜生」

「……分かった、もういい」


 襲撃者に所属と襲撃理由を聞いてみたら素敵な返事を貰った。少し考えてみれば襲撃者達が何者であれ、僕達の対応は変わらない。どこの誰かなんて尋ねるだけ無意味だった。

 ついでに、ニスカリーにやって来た時に感じた害意はコイツが犯人だったらしい。随分とあっけなく正体が割れたものだけど、もう些末な話だ。

 何者であれ無法でもって襲い来るなら撃滅するだけだ。向こうがシンプルに来るならシンプルに返せばいい、ただそれだけの単純な理屈だ。法と秩序と道徳を語るのは全部が終わった後でだ。この世界に来てから僕はそうやって生きている。その在り方を改めて確認したような気分になった。


 このワイルドさと下品さを履き違えている男に返礼として銃弾三発をみまって止めを刺した。頭に弾を受けた男の体は一度大きく痙攣して永遠に動かなくなる。爆ぜた頭が血を吹いて、脳組織の一部がこぼれ落ちる。血の匂いが鼻をくすぐるけれど、意思の力で簡単に振り切れる程度だ。

 作業のように敵に止めを刺し終え、改めて周囲を確認すると今ので戦闘終了だったらしい。後はこちらに向かって走って来る人影がひとつ。それが水鈴さんだと分かった時にはもう目の前に飛び込んでいた。襲撃者達の何倍も恐るべき速さと迫力だ。


「ルナっ! 大丈夫、怪我はない? 回復魔法はいる?」

「……あ、ああ。大丈夫」


 余りにも勢い良く近づいて来るので、僕は思わず身を反らした。水鈴さんの方が上背があるため詰め寄られると自然とこういう形になる。

 水鈴さんは僕の言葉だけでは納得していないのか、僕の体をあちこち触ろうとしてくる。心配してくれるのはありがたいけど、人との接触が苦手な身としては遠慮願いたい。彼女から距離を取って周囲の様子を見ることにした。

 この場での戦闘は完全に収束している。敵は全員無力化されて、生きている敵も気絶している。これは後ほど拘束するなどの処置が必要だ。逃げられるだけならまだしも、戦っている最中に後ろから刺されたくない。

 それと、集落の方向から聞こえる暴走族まがいの騒音は止む様子がない。ニスカリーへの襲撃はまだ続いているようだ。


「面倒なことになったものだ」


 魔獣の狩猟に来たら暴徒達と戦うはめになった。ニスカリーの住民達は不幸だろうが、こちらも初仕事が人間同士の戦闘になってしまうのも充分不幸ではあるまいか?

 こちらの様子が心配だったのか、駆け足で戻ってくるマサヨシ君に手を振りつつ、自分だけに聞こえる声でそんな偽りの無い本音を漏らした。

 今夜は長い夜になりそうだ。今からそんな予感がしていた。




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