9話 GONG
墓場の端、森の切れ目より目標がのっそりと姿を現した。ここに来るまでに幾つものトラップにかかって負傷しているはずなのに動きに淀みがない。ダメージは思ったより食らっていないようだ。
これは倒すのがしんどい相手になりそうだ。そう考えながら僕は準備していた大型ライフルを手に取った。ライフルの二脚を展開してその場に伏せ、バックストックに頬を付ける。意識はすでに戦闘態勢へ。
夜間に真価を発揮する月詠人としての感覚は増大。今夜は月がまだ昇っていないせいかスロースタート気味ではあるけど、僕のコンディションは万全だ。
「征くぞ、オラ!」
マサヨシ君が威勢の良い声を上げて目標、体長五mはある巨大な大熊レッドハインドベアに突撃する。その声を合図にしたのか、壱火とレイモンドは彼の後を追ってフォローするフォーメーションで動き、後衛では水鈴さんが魔法の準備、雪さんが現地住民のブラントン氏の守りに回っている。僕らのチームの動きは事前の打ち合わせ通りで問題は無い。
問題は――チラリと横目でオータムを窺うと、視線からこちらの考えている事を察したのか首を横に振って否定のジェスチャーを見せた。
「設置したトラップは余り通じなかったな。それとミナはまだ念会話に応えていない」
「そう。了解した」
地雷呪文を初め、あの巨大熊の予想進路にはオータムがトラップ型の魔法を幾つも設置していた。今も舞い上がっている爆煙からして狙い通りに引っかかったようだが、目立つダメージを与えられていない。ウィップティーゲルを仕留められる威力はあったはずだが、あの熊の耐久力を前にして足止めが精一杯のようだ。
加えてもう一人、ヴィルヘルミナがまだ来ていない。水鈴さんと一緒に魔法で火力援護してくれる予定だが、この墓場に到着してから場を外してまだ戻って来ていない。大砲役が一人欠けて火力に不安が残る。オータムが念会話で呼びかけていたが、向こうで応答を拒否している。
仕方ない。居ない人間をあてには出来ない以上、この人員で狩りに挑まなくては。
大熊にボーイズライフルの銃口を向けて初弾を装填。昼間よりも目が利く夜ならスコープは要らないため外しており、アイアンサイトの照準を熊に合わせた。
狙うのは頭、では駄目だ。熊の頭蓋骨は堅牢で丸みもあって弾を防いでしまうケースが多い。さらに大きい頭に比べて急所の脳は小さめで命中させるのも難しい。狙うべきは首か心臓、理想的としては一発で仕留めたい。
ただ、頑丈さを考慮すると理想通りにはいかないだろう。せめて一弾倉分で倒れて欲しいものだ。
大熊との距離は二〇〇m強と日本での狩りだったらやや遠めの間合い。ただ熊が規格外に大きいせいで普通の熊狩りの距離と見間違いそうになる。風は気にするほどの強さは無い。この距離と12.7㎜の超大口径ライフル弾なら多少の風でも突っ切ってしまう。射界は良し、後はマサヨシ君達が引いたタイミングで撃つ。
撃つタイミングは戦闘開始早々にやって来た。マサヨシ君が熊の突進を避けつつ斧槍で一撃を加え、追撃で壱火がバイアネットで射撃攻撃と連携攻撃を見せた。痛みと興奮からか、熊が前脚を浮かせて二本足で立ち上がる。それによって狙い目の部位が露わになった。
好機とばかりに僕は引き金を引く。肩を蹴りつける反動、耳を震わせる銃声、目を焼く銃火、お馴染みになった発砲の衝撃が身体を震わせる。夜闇を一瞬だけ赤く染めるマズルフラッシュが目を焼いた。
獲った。充分な手応えを感じた一撃だ。この世界に来て以来僕は自分の持つ銃を手の延長、目や口と同等の感覚があるように感じるようになっている。撃ち出した弾丸がどこに当たり、それを通して獲物がどうなるかが伝わってくる。
命中部位は心臓の位置。直立したことで露わになったそこへ12.7㎜ライフル弾が食いついた。獲ったと間違いなく思った。そんな確信があっさりと覆ったのは数秒後だった。
弾丸で撃たれてユラリを後ろに傾いた熊の体が、不意に力強く前へと戻った。前脚を大地に戻した熊は力強く突進を始め、銃撃が失敗に終わったと知らしめる。
血は出ているけど、その量は少なく銃弾は心臓に達していないと思われる。丈夫な毛皮に皮下脂肪、筋肉と三重の防御で12.7㎜口径のライフル弾は防がれてしまったようだ。
地球ならある程度の装甲目標さえも貫通できるはずの銃弾が、あっさりと防がれるとは些か以上に予想外だ。
「――ちっ」
呆けてもいられない。その隙に熊は突っ込んでくるのだ。舌打ち一つしただけで気持ちを切り換えてボーイズライフルの弾倉を外して、別の弾倉を差し込んだ。
ここまで大口径のライフル弾になると弾丸内部に色々と仕込むだけのスペースが出来、そこに炸薬やら比重の重い弾芯を入れたり出来るようになって様々な弾種が存在している。僕はこの熊狩りの準備として弾倉ごとに異なる弾種を複数用意してすぐ取れる位置に置いていた。
ボルトを操作して新しい弾倉の弾薬を装填。レシーバーの下から空薬莢が落ちて、次弾が薬室に入った。最初に撃った一発目は通常弾、今度はタングステンの弾芯を使用した徹甲弾だ。当然弾代は跳ね上がるけど、命には代えられない。
再度ボーイズを構えて、しかし少し考える。いくら貫通力の強い徹甲弾を使ってもこの大熊を銃弾だけで仕留めるのは困難だ。
必要な攻撃は点ではなく面での衝撃。単純でいて極めて強い衝撃力――ちょうどマサヨシ君が持っているような斧槍みたいなのが望ましい。と、ここまで考えが及び、僕自身が熊を仕留める必要はないのだと悟った。
ボーイズを構える態勢は解かずに念会話でマサヨシ君、壱火、レイモンドにそれぞれメッセージを飛ばす。繰り返すが僕自身が大熊を仕留める必要は無い。目的を達せられるなら、出来る人に頼むのも手だったのだ。
『マサヨシ君、これから君をメインのアタッカーにしたい。今撃った銃弾が効いていない。徹甲弾に変えても効きは薄いと思う』
『え、ええ! オレがっすか――って、おわっ』
急に話を振られたせいで動きが悪くなり、そこに熊の攻撃が来たためにたたらを踏んだ格好のマサヨシ君。幸い当たらなかったけど、それでも驚き過ぎではないだろうか。
熊が距離を詰めて来ている。目測で一六〇m、巨体なだけに一歩の歩幅で詰めて来る距離は大きい。すぐにでも攻撃を再開したい。
『レイモンド、壱火、水鈴さんもフォローするし、僕もサポートに回る――壱火――レイモンド――水鈴さん――マサヨシ君をメインに攻撃した方が良いと感じるのだけど、どうだろう』
『OK、マサヨシの脇を固めるね』
『分かった、壱火とは反対の脇を任せてもらおう』
『分かったわ、前に出る人に当てないよう注意すればいいのかな』
他のみんなにも念会話で僕の提案を飛ばすと、快い返事が返ってきた。この世界に来てから戦い慣れたお陰で反応は素早く、返事が来てすぐにみんな行動を始めた。マサヨシ君もすぐに態勢を立て直して大熊に立ち向かい、その両サイドを壱火とレイモンド、後衛には水鈴さんの編成がすぐさま出来上がった。
この間も熊の攻撃はある。けれど大振りの前足はみんな見切っており、難なく回避している。
その様子に頼もしさを覚えて、ほぼ同時にそんな感情を持つ自分自身に軽く驚いた。こうもすぐに他人を頼る事が出来る時が来るとは思ってもみなかった。何でも自分独りで出来ると自惚れてはいないけど、独りの方が気楽とは考えているし、今もそう変わってはいないと思う。でも必要とあれば意地を張らずに頼れる人がいるのは大きいだろう。これも信頼とかいうのだろうか。
「オータム、マサヨシ君に攻撃のメインを任せる形になった。引き続きサポートをお願いしても?」
「了解した。まずは熊の目を潰す。そっちはその大砲で関節部分でも狙ったらどうだ」
「分かった」
近くにいるオータムにもメインアタッカーの変更を告げると、彼はドラグノフの銃口にライフルグレネードを取り付け始めた。意図する攻撃は大体分かった。だから僕は僕でサポートをキチンとこなそう。
ここまでの距離で、熊のサイズも大きいのなら動いている最中であっても目標の関節は狙える。狙いをつけるのは足の部分、人間で言う肘や膝。文字通りに足止めをするのだ。
態勢が整ったところでボーイズの銃口の狙いを変えて、熊の動きを阻害するのに適した部位に向けた。
大熊が攻撃のため振り上げた前脚。その関節部分を狙い、銃撃。
さらに体勢を崩すために後ろ脚の関節にも銃撃。
吠えるためか、苦痛の声を出すためか大きく開いた口にも銃撃、都合良く牙が何本か折れた。
攻撃に移るためなのか四肢を地面に付けて踏ん張る体勢になったところを銃撃、攻撃の出かかりを潰す。
後ろに退いて逃げようとする気配があったので銃撃、逃がすつもりなんて無い。
ボルトを引いて排莢。銃の本体下に空薬莢が落ちて、先に床に落ちていた空薬莢とぶつかって音を鳴らす。手早く空の弾倉を次の弾倉に交換して銃撃を絶やさないようにする。
銃撃を与えた部位を見るに徹甲弾はそれなりに有効だ。だけどやはり決定打にはならず、銃弾だけで仕留めきるのは無理のようだ。さらに言えば徹甲弾の単価は高く、数も多くない。持ち込んだ徹甲弾の数は残り十五発、大熊の耐久力を考えると心許ない数だ。
やはりここで頼りになるのは単純で強力な攻撃能力の持ち主か。銃撃の合間にも視界に入れていたマサヨシ君達に焦点を合わせる。一度動きを良く見てサポートの精度を上げないと。
「うらっ!」
マサヨシ君が短い声と一緒に斧槍を振り回し、遠心力が充分に乗った一撃を大熊の前脚に入れる。
バルディッシュなどの斧槍の類は重量のほとんどが頭の部分に集中している。だから使い方としては重さを活かして叩き斬る用法が多かったと知識にはある。今のマサヨシ君の様に振り回してしまうと普通は重さと遠心力で持っている人間の方が振り回されてしまうのが普通だ。けれど普通からはかけ離れた膂力のマサヨシ君は平気な顔をして重量級武器をブンブン振るっていた。あのパワーは転移者の視点で見ても凄まじい。
そんな強力なパワーで繰り出された攻撃を受ける大熊は堪ったものではない。肉が潰れて骨が折れる音がここまで届いてきた。体勢をさらに崩して地面に転がる大熊。近くにあった墓石が幾つか巻き込まれて倒れる。
苦しそうな声を上げるためかまたも大口を空けたので、僕は遠慮無く12.7㎜の銃弾をご馳走してあげた。
熊は口から血を吹き出し、声も上げられずのたうつ。まともな生き物ならもう死んでもおかしくないはずだがそこは魔獣、まともからはかけ離れた存在はまだまだ生命力を残していた。
「ちょいさー!」
今度は壱火が妙なかけ声を口にしつつ攻撃。バイアネットで鋭い刺突と斬撃を繰り出す。
ブレード付銃器という変わり種武器の一つで、地球だったら一番近いのは銃剣付きライフルか。銃剣よりもずっと巨大なブレードを付けて銃撃と斬撃を両立させるあれは、見た目よりのずっと扱いが難しく、銃にも剣にも気を割ける器用さが求められる。そうでないとどちらも活かせない中途半端な武器になってしまう。
壱火はその器用さがあったみたいで、今も熊に急接近して斬撃、離れる時に銃撃を加えて牽制する芸当を見せている。既存の武器に染まっていない分、変わり種の武器を受け入れる素地があったのかもしれない。
壱火の攻撃で熊の注意が良い塩梅に散らされ、メインアタッカーのマサヨシ君への攻撃は無い。どれを攻撃するか迷っている間に命を削っていく。これはそんな戦い方だ。
「――フッ」
マサヨシ君、壱火二人が攻撃して出来た隙間を縫うようにレイモンドが大熊に肉薄して拳を振るう。五mはある大熊に拳で挑むのはいかにも無謀だ。けれど彼に限ってしまうと安心して見ていられるのはファンだった僕の贔屓目だろうか。
凸凹の多い地面でも関係なく軽快にフットワークを刻み、短い呼気を吐いて大熊の内懐に飛び込み左右のワンツー。肉を打つ重々しい音が耳に入る。打った箇所はレバー。
さらに攻撃は止まず、レイモンドは素早く移動して右のダブル、左のストレートを打ち込む。ボディ、ボディと来てみぞおち。相手の体が巨大なため体を素早く動かして狙う部位に移動する。数撃見舞ったらすぐに次の部位に移動、徹底的にヒットアンドアウェイを繰り返している。
水鈴さんに拳を魔法で強化して貰ったそうだが、それでも熊に有効な攻撃を加える手並みはレイモンド自身の技量だ。元プロボクサーの技はこの世界でさらに磨きがかかったらしい。
傷付けられた大熊はレイモンドの拳でさらに動きを悪くしていく。体の内部に届く衝撃は鈍痛に変わり肉体を壊していくのだ。
「みんな離れて、魔法いくよ!」
魔法を撃つ機会を見計らっていた水鈴さんがみんなにも聞こえるよう大きな声で警告をとばした。
すでに大熊の頭上十mに魔法陣が形成されており、照準のためか一条の細い光が熊に向って照射されている。水鈴さんが杖を振り上げると、魔法陣に青白い電気が音を立てて奔った。電撃の呪紋。森が近いので火炎呪紋は使わず、生物に強力な効果をと考えた結果の選択だろう。
彼女の警告に前衛にいた三人は素早く反応して、すぐにその場から大きく後ろへ退いた。攻撃に巻き込まない範囲を心得ている水鈴さんは、三人が熊から充分な距離をとったと見るやすぐに魔法を放つ。
振り上げた杖が振り下ろされる。あらかじめ照射されていた光をガイドに雷電が大熊目がけて落ちてきた。耳を打つ激しい破裂音と目の眩む強い光が一瞬場を支配する。大熊の絶叫が耳を打つ。視界が回復すれば、その場に崩れ落ちる大熊の姿があった。
「やった?」
「いや、まだだ」
雷に焼かれたのか毛皮からは煙を出して倒れる姿は死んだように見える。けれど獲物の生命力はまだ残っていた。四肢に力を込めて起き上がろうとする大熊。ダメージとしては充分、あと一押しで仕留められそうだ。
ただ、手負いの獣はとても危険になる。ここから怒り狂った大熊が暴れ出して予想外の真似をしでかす事だって充分考えられる。息の根を止めるまで油断はしない。狩猟でも言えるが半矢は厳禁、獲物は確実に仕留めたい。
その仕留め役はマサヨシ君。今回の僕の役どころは彼が仕留めやすいように状況を整えるサポーターだ。ここは大熊が思わぬ逆襲をしないように反撃を封じるのが上策だろう。
「オータム、頼めるか」
「諒解した。ベストタイミングだ」
オータムがドラグノフを構え、発砲。通常よりもくぐもった銃声をたてて取り付けられたライフルグレネードが撃ち出される。
撃ち出されたグレネードは大熊の顔面に着弾。破裂音とともに黄色のガスが噴き出し、熊が唸り声を上げて苦しみだした。撃った弾はガス弾のようだ。熊の様子からして催涙弾、地球だったら暴徒鎮圧に使われる非致死性の弾種だが、大熊の目を潰すにも都合が良い。
前脚で顔を押えて苦しむ大熊。そこに僕は追撃を仕掛ける。ボーイズのアイアンサイト上に熊の後脚を捉えた。トリガーを引き、撃鉄を落とす。弾薬が撃発して弾丸が銃身より蹴り出される。弾は狙い通りに命中、肉と血が弾けて、大熊の体勢は完全に崩れた。
完全に地面に倒れ込む大熊。その頭部は人間が近接武器で攻撃するにはちょうど良い高さまで降りている。
『マサヨシ君、止めだ』
「うおおおおおっ!」
念会話でマサヨシ君に一声かけると、それを合図に彼は雄叫びを上げて熊へと突貫した。
一度退いて空いた距離をあっという間に詰め、斧槍を振り上げて跳躍。鎧を着ているとは思えない高さまで跳ぶと大上段から斧槍を打ち落とした。
爆薬が爆発したかのような衝撃が起こった。地面が揺れて大熊の血が周囲に飛び散る。マサヨシ君の背中が邪魔になって良く見えないが、斧槍が叩き付けられた大熊の頭は潰れてミンチになってしまったらしい。あの頑丈な熊の頭を潰すとは呆れた威力だ。
マサヨシ君はアタッカーとして充分に役割を全うした。頭をああも潰されて生きている生き物は存在しない。いくら常識から外れた魔獣であってもそこに例外はない。止めを刺された大熊の体はピクリとも動かず、この仕事最大の獲物を狩り取ったのだと確信できた。
「ふぅ……」
「終わったか」
「そうみたいだ」
吐いた息が思ったよりも深く、ボーイズライフルの構えを解いて伏せた体勢から立ち上がる。隣のオータムも仕留めた獲物の様子を見ようとしてか立ち上がっていた。
僕ら二人よりも熊に近い位置の壱火は熊をバイアネットで突いて動かないか確認していて、レイモンドも周辺の様子を窺いながら熊の状態を確かめ、止めを刺したマサヨシ君はその場に座り込んで力が抜けたようになっていた。水鈴さんも肉体面はともかく精神的には疲れたようで、手に持った杖に体を預けて息を吐いている。後ろに控えている雪さん、ブラントン氏も緊張した表情を崩していないけれど心身共に問題無い様子だ。
損害はゼロ。一瞬でも気を抜けば全滅もあり得た狩りだったものの、終わってみれば大熊の攻撃を完全に押さえ込んだ完封勝利だった。
「よっっしゃあああー! 勝ったどー」
大熊を討伐した実感が湧いてきたのか、座り込んでいたマサヨシ君が急に立ち上がって拳を振り上げて盛大にガッツポーズをとった。返り血が鎧にべっとりと付いているのはご愛敬か。壱火もそれに同調して一緒にガッツポーズをしだし、変な踊りまでやり始めた。
レイモンドがふとこちらを見て、サムズアップして見せて『やったな』と念会話を飛ばしてきた。僕も軽く手を振って応えると、隣ではオータムも「お疲れさん」と声をかけてきた。
「大熊の肉や皮の取り分は事前に決めていた通りでいいよな?」
「ああ、詳しい事はレイモンドに聞いてくれ。彼がリーダーだから」
「うん? そうなのか、こちらはてっきり君がリーダーかと思っていた」
「よしてくれ、私は器ではない」
僕をリーダーだと勘違いしていたオータムに手を振って否定してみせ、周囲の警戒を始めた。血の臭いに誘われて他の魔獣が近寄って来る事だってあるからだ。
墓地周辺の森に異常なし。大熊の襲来で作動したトラップ型の魔法の影響でまだ土煙が薄く残っているけれど、狩りが終わった直後から森は静まりかえって撃った銃声も森の中に吸い込まれてしまったみたいだ。
少し考えてみればこの大熊は森の生態系の頂点だったはずだ。それが血を流して死んだと思われれば、周辺に近付こうとはしないだろう。熊が死んだ原因がその近くにいて、自分達も被害に遭うからだ。だから近寄ってくる獣の気配は皆無、静か過ぎる夜の森が広がっていた。
魔獣の追加とかお代わりとかが無いのは良い事だ。この大熊の狩猟が今回の仕事の山場だろう。依頼内容の魔獣の駆除は充分に果たしただろうし、後は現地住人の手で何とか出来るはずだ。
この仕事も終わりが見えた。初めての土地で初めての仕事、何もかもが不慣れな中でこうまで成果が出たのは喜ばしい。目を森から空へと向けると綺麗に輝く無数の星が空を埋めていた。大熊討伐で余裕のなかった時と打って変わり、緊張が緩んで見上げる空は何時になく輝いて見えた。
その星空を、地上から打ち上がった魔法の光が強く照らすのはこの直後だった。
◆
レッドハインドベアが討伐される様子をヴェルヘルミナは離れた斜面の上から見ていた。
彼女が過去に動物園で見たゾウほどもある大きな熊が現れて襲ってくる様子は恐ろしく、その熊をルナ達が連携して倒してしまう場面は他人事ながら手に汗握る光景だった。そうして大熊が倒された瞬間を見て、ヴィルヘルミナはとうとう時が来てしまったと、諦め半分悔しさ半分の思いを胸に抱える。ここ数日を一緒に過ごしてきた人達を裏切る後ろめたさも心を苛む。それでも妹の無事には代えられないと自分に言い聞かせて、彼女は動いた。
手の平を空へとかざし呪紋を編む。術式に導かれるままに魔法が急速に構築され、かざした手に光が生まれて輝き周囲の闇を払う。閃光呪紋を照明として改造した光球、ゲームでは手頃な明かりとして使われていた魔法だ。
熱を持たない超常の明かりをヴィルヘルミナは軽く上へと放り上げる。放り上げられた光球は重さを感じさせない動きで緩やかに上昇していく。まるで風船のようだ。フワフワとゆっくり空に上がった光球はヴィルヘルミナが設定した高度に達すると風船のように弾けた。
弾ける光球は光の強さを何百倍にも増し、夜の山をほんの数秒だけ強く照らし出しすぐに燃え尽きる。信号弾。これを合図にして盗賊団がニスカリーの集落を遅う手筈になっていた。
それほど間を置かず、ヴィルヘルミナの耳に複数のエンジン音が聞こえてきた。山や谷で反響しているせいで位置は掴めないけれど、わざと空吹かししている排気音とかけたたましいクラクションが響いているから間違いなく盗賊団の連中だと分かる。
まるで暴走族だ。ミナはこの音を聞く度にそんな所感を持つ。ただし、彼らがやっている犯罪行為は地球の暴走族よりも数段性質が悪い。
計画性とか後先とか一切考えず、目先の欲を求めてただ奪い、犯し、殺すだけの集団。それがあの盗賊団だ。一応犯行する前準備や仕込みをする程度の知恵はあっても未来を見据えた行動するだけの知能は無い。腹が減ったら近くにいる人間から奪い取る、それだけの頭しか持っていない馬鹿の集団だ。
そんな馬鹿の集まりに良いようにされている私は世界トップクラスの馬鹿なんでしょうね。ミナは反響して聞こえる排気音を聞きながらそう自嘲した。
「……ごめんなさい、みんな」
こんな事をここで言っても、何の意味もないと分かってはいても言わずにはいられない。見下ろした先にいるルナ達にミナは謝罪の言葉を小さく呟いた。
彼らは突然空に上がった光球と聞こえてきた排気音に驚いた様子だったが、すぐに立て直し行動を取ろうとしているようだった。光球を打ち上げたここもすぐに察知されるだろう。ミナはそう考えてすぐに移動を始めた。
ミナが場を去り夜の森に姿を消して数秒後、壱火が空からダイブするように跳び込んで来て現れたが、その時にはミナの影も臭いも無くなっていた。




