第一話「ジャック死す! バスの中の死闘!」
:前回までのあらすじ:
高層ビルに立てこもった自爆テロリスト、ビルジャックの手によって、ジャックが死んでしまった! 今日は葬式だ!
先日、親友のジャックが死んだ。
国際テロリストの自爆テロに巻き込まれたのだ。
ジャックは勇敢だった。
崩れ落ちんとするビルに残された二人の子供を救い出し、
さぁ、自分も脱出だ、と思った所、瓦礫の下敷きになったのだ。
発見された死体は原型を留めてはいなかった。
他の死体との見分けも付かない。
そもそも、ビルにはジャック以外残っていなかったのだ。
それに、ジャックの母親は間違いなく自分の息子だと泣き、縋り付いて泣いた。
実の親が見たのだから、間違いないだろう。
ジャックの葬式は盛大に行われた。
助け出した二人の子供の親が国会議員だったのだ。
汚職にまみれた彼だったが、どうやら子供には弱いらしい。
ジャックの葬式は五千万ドルもの資金が費やされた。
フロリダの片隅に立派な古墳が建築され、3つの宗教団体から祈祷の電報も届いた。
ジャックも安らかに眠る事だろう。
さて、 私は現在、ジャックの葬式の帰り、バスの中にいる。
バスの乗客は、皆ジャックの知り合いであるらしい。
まだすすり泣く声が聞こえる。
私も泣きたい気分であった。
ジャックはいいやつだった。
誰からも好かれ、人気者であった。
しかし、私は泣かない。
ジャックは暢気な男だ。
今にも、ひょっこりと顔を見せるんじゃないかという気すらしてくる。
窓に映る自分の目には涙が浮かんでいた。
違う、これは涙ではない。
汗なのだ。
そう言い聞かせつつ、私は窓の外を見る。
鬱蒼とした森が続いている。
暗がりに化け物でも潜んでいるのでは。
そんな気配すらする、不気味な森だ。
もっとも、ここはバスの中。
化け物が出てきた所で、鋼鉄に守られた私には指一本触れられまい。
ふと、景色が切れた。
長いトンネルに突入したのだ。
トンネル。
そういえば、葬式に来る前に、こんな話を聞いた。
このトンネルを掘る時に、何度も落盤事故が起こり、何人もの作業員が命を落としたと。
不気味に思った現場監督は、ジャパンの和尚に連絡を取り、念仏を唱えてもらったらしい。
オショウは念仏を唱え終わると、工事現場の片隅に小さな神社を立て、悪霊を祀ったのだとか。
それ以来、事故はピタリとやんだ。
しかし、このトンネルを丑三つ時に通ると、死んだ作業員の霊が化けて出てくるらしい。
私はその話を聞いた時、馬鹿馬鹿しいと一笑に付した。
このサイエンシティな時代に幽霊など。
きっとゆらゆらと揺れ動く柳でも見間違えたに違いない。
しかし、今は丑三つ時。
葬式のあとでこうして移動していると、何やら不安な気持ちになってくる。
まさか、ジャックの霊が化けて出るのではないか……。
その時である。
「キャアアァァァァ!」
バスの前方より悲鳴が聞こえた。
何事か、もしや幽霊が。
そう思って前を見ると、スカジャンを来た頭の薄い男が、ショットガンを運転手に向けて立っていたのだ!
「バスジャックだ!」
誰かが叫んだ。
ジャックはジャックでも、来てほしくないジャックだった。
男は叫んだ。
「このバスは俺が占拠した!
乗客を皆殺しにされたくなきゃ空港に向かいやがれ!」
そう言って、ショットガンをブッパなす。
天井には大きな穴が開いた。
その音を聞いて、運転手は震え上がった。
「ひぃぃ、今はトンネルです、無理ですよぅ!」
「うるせぇ!」
バスジャックはガンガンと引き金を惹く。
ガオンガオンという耳障りな爆音と共に、どんどん天井に穴が大きくなっていく。
「いいから空港に向かえばいいんだ!」
「ひぃぃ、わかりました!」
運転手は震えながら、ハンドルを空港に向けてきった。
絶体絶命。
と、その時である。
「まてぃ!」
天井の穴から、一人の男が飛び込んできた。
男は熟練のバリツで男の手首を打つ、ショットガンは暴発しつつも、バスの床を転がった。
男はバスジャックを打ちのめし、いとも簡単に組み伏せた。
「皆大丈夫か!」
男の姿を見た瞬間、私の目から涙がこぼれ落ちた。
ジャックだ。
ジャックは生きていたのだ!
「ヘッ、ちょっと故郷に戻ってくればこの有様とはな。
うちの近所も治安が悪くなったもんだぜ!」
ジャックはバスジャックの首筋に手刀を一発、バスジャックは絶命した!
「何にせよ、危ない所だったな、俺がいなきゃ、危うく空港に連れて行かれる所だったぜ?」
「そんな事よりジャック! 君はどうして生きているんだい! 死体も見つかったのに!」
ジャックは鼻の下をこすりつつ、ヘヘッと笑った。
「あのビルが崩れたのは、ビルジャックの仕業だったのさ! 俺はビルジャックとの戦いの後、奴が脱出用に残しておいたダストシュートから地下水路に飛び込んで、ギリギリ助かったってわけよ!」
そんな事があったとは!
さすがジャックだ、我らのジャックだ!
こうしてはいられない、今すぐにでも戻って、彼の生還を皆に伝えなくては!
と、その時である!
ガクンとバスが揺れた。
窓の外を見ると、凄まじい勢いでバスが加速している。
「おい、運転手、何やって……死んでる!」
なんと、ジャックがバスジャックに襲いかかった時に暴発したショットガン。
あの流れ弾が運転手の頭部を撃ちぬいていたのだ!
「ちぃっ!」
ジャックがハンドルに取りついた。
しかし、すでに運転手の体は死後硬直でガチガチに固まっていた。
ハンドルも固定され、アクセルはべた踏みになっている。
「これはまずい、皆は先に脱出するんだ!」
「脱出って! どうやって!」
「いちにのさんで皆一緒に飛び降りるんだ! 何大丈夫、皆で飛べば怖くない!」
そうだ、皆でやれば怖くないのだ!
ほんの少し、勇気を出せば助かるのだ。
なけなしの勇気を皆でかき集めるだけ、ジャックはいつも僕らに当たり前の事を教えてくれる!
「わかった! でもジャック、君はどうするんだ!」
「このバスは核融合エンジンで動いている!
そして、バスの向かう先には幼稚園がある、そこに突っ込ませるわけにはいかない!」
「ジャック! 君はまさか……!」
「ああ、俺が残って何とかしてみせる!」
ジャックの決意。ジャックの意志。
私達はそれ以上なにも言うことは無かった。
ただ、この場をジャックに任せ、バスから飛び降りることしか出来ないのだ。
「必ず、必ず生きて帰れよ!」
「ああ、もちろんさ、約束だ!」
私達は全てをジャックに任せ、皆で手をつないでバスから飛び降りた。
時速200キロを超えるスピードで走るバスから!
もちろん、普通ならバラバラになる。
しかし、勇気のおかげでなんとかなった!
私達は超スピードで走りゆくバスを見送る。
あの中にはまだジャックが。
せめて脱出してくれ。
そんな望みは…………絶たれた。
バスはトンネルを抜けると同時に天高く跳躍。
空中で巨大な爆炎球となって爆発四散!
深夜の夜空に真っ赤な太陽が発生した。
「ジャック……ジャックゥゥゥ!」
あの爆発では、いかなジャックとて生きていまい。
彼は、己の命と引き換えに、私達と、そして幼稚園を守ったのだ。
幼稚園に通う子供たちの生活の場と、保育士の職場を守ったのだ!
☆
私はあの日の事を忘れないだろう。
もしかすると、あのジャックは、ピンチの私達を助けるため、
霊となったジャックが現れてくれたのかもしれない。
ジャックの死を無駄にしないためにも、私達は生きなければならない。
ジャックの葬式は、盛大に行われるだろう。
あのバスには、アラブの石油王の娘が乗っていたのだ。
6千万ドルもの葬式費用が支払われ、ジャックの亡骸は巨大なピラミッドに葬られるという。
しかし、私は、どうしてもジャックが死んだとは思えないのだ。
あのジャックが、タフでヤンチャでカッコよくてタフガイで体力があってマッシヴでタフなジャックが。
死んだとは、どうしても思えないのだった。
きっと、ジャックはケロッとした顔で再び現れるに違いない。
そう思い、私は死体に縋り付いて泣き叫ぶジャックの母親の肩に手を置いた。
(第一話「ジャック死す! バスの中の死闘! ジャック死す!」完)
:次回予告:
ジャックの葬式の帰りの飛行機の中で私はハイジャックに遭遇する! 助けてくれ! ジャック! このピンチを救えるのはお前しかいないんだ! ジャック!




