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兼弘が城を抱えて居間に戻った時、志津子はまだそこにいた。
「あなた、その模型を又ここへ持ってきたって事は、私のお願い、聞いて下さるんですね?」
「俺が逆らったとしても、最後は好きにするんだろうが!」
「あら、私、そんなに横暴じゃないわよ」
余裕の笑みを浮かべる志津子から目を背け、兼弘はそっと城を飾り台の上へ置いた。
どんなに妻が挑発しても、今は大丈夫。万全の抑止力が、我が愛する姫路城の内部で息づいている。
「俺、少し外の風に当ってくるわ」
そう言い、兼弘は志津子に余裕の笑みを返した。
爆弾に仕掛けたタイマーは一時間後にセットしてある。つまり、一時間以内に彼が家へ戻り、タイマーを止めなければ志津子の命は無い。
キョトンと見返す妻の顔が、妙に間の抜けた表情に思え、兼弘は吹き出しそうになるのを堪えねばならなかった。
それから20分間、どこをどう散歩したか、兼弘には確かな記憶が無い。
年の瀬の到来を告げる寒風が色褪せた皮ジャンへ吹き付けているにも関わらず、胸の内は熱く、足元が浮ついている。
志津子の命は今、確かに彼の掌の上に乗っていた。
その優越感が、『悪意』が、想像以上の快感と化し、兼弘の心を満たす。
何処かの国のお偉いさんが、おっかない爆弾やミサイルを開発し続けるのも、この瀬戸際を行き交う快感を味わいたいが為なのだろうか?
人知れず、誰かの命を弄んで己の優越を誇示する事こそ、権力を握った独裁者が憑りつかれていく定番の遊戯なのだと、何かの本で読んだ。
純粋な『悪意』と歪んだ承認欲求。
兼弘のような凡人が普通に生きていたら、まず味わえない感覚であり、『財団』が何者だろうと感謝を捧げたい気分になって辺りをうろつく内、時が無為に過ぎていく。
あと30分……
携帯電話にセットしておいたタイマーのアラーム音がなり、兼弘は我に返った。
少々早いが、戻らねば……
志津子がどうなるかと言うより、自身が逮捕され、刑務所行きになるのが恐ろしい。秘密の遊びはここまでとし、日常生活に戻ろうと急ぎ足で兼弘は自宅へ向った。
あと、およそ25分。
余裕を持ってセーフだと思った時、車庫から志津子が運転するワインレッドのセダンが出ていくのが見える。
やれやれ、爆弾がどうなるにせよ、外に出るアイツは無事だった訳か?
苦笑いして居間に入る。だが、そこで兼弘は思いもよらぬ事態に直面する羽目となった。
居間中央の壁際、飾り台の上に姫路城の模型が無いのだ。
慌てて周囲を引っかき回し、テーブルの上に「和田さんの所へ行ってきます」との志津子からの伝言を見つける。
あいつ、俺の模型を持っていったのか? 本気でガキの玩具にする気なんだな!
志津子の冷笑を思い浮べ、兼弘の血圧が一気に上る。
でも、今は爆弾の停止が先だ。
携帯電話を取出し、苛立ちを指先に込めて、志津子の番号を押した。
出ない。
いくら待っても出ない。
耳を凝らすと、ソファへ置きっぱなしになっている志津子愛用のポーチから、二時間サスペンスのオープニング曲が流れだした。
スマホの着メロだ。
あ~、あのバカ、よりにもよってこんな時、携帯電話を家へ忘れていきやがった!
連絡する手段は断たれ、爆発まで後20分と知らせるアラーム音が虚しく鳴り響く。
今回も読んで頂き、ありがとうございます。
あと三話。
一気に駆け抜けたいと思います。




