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曽根は正体不明の爆弾を抑止力と言ったが……
そもそも抑止力の本質とは、使用しない建前と裏腹に、果てしなくエスカレートしていく点にある。
志津子の冷たい視線を無視し、城の模型を居間へ飾った時には、それだけで兼弘の胸を満足感が満たした。
気持に余裕が出、志津子との会話も前より楽になる。皮肉に怯まず、笑顔で返せるようになる。
例えば夕食時、毎度おなじみ必要以上にコッテリした料理を食べる間も……
「アラ、あなた、今日は一段と食欲が旺盛なのね」
「最近、体調が良くて」
「次の血液検査が楽しみ。きっと血糖値も中性脂肪も凄い事になってるわ」
「良いさ」
「早死にしたいの?」
「そうかもな。お前の料理は最高だからさ。楽しめないより、ずっとマシだ」
と、前は言えなかったおだての一言を投げ、妻の様子を伺う。
いつもの憎まれ口を叩く寸前、ほんの一瞬だが、はにかみ、微笑んだ様に思えた。
ウン、悪くない。
定年退職して関係がこじれて以来、兼弘には滅多に見せない表情だ。
もしかしたらこのまま、こじれかけた夫婦の絆を修復できるかもしれない。そんな淡い期待を抱いたものの、良い流れは長く続かないものだ。
12月も半ばを過ぎたある日、いきなり志津子は、残酷な申し出を夫へ切り出してきた。
「あなた、お城の模型、二、三日中に処分して下さい」
「え~っ!? 何で、急に……唐突過ぎンだろ」
「急にじゃありません。前から考えていたんです。アレ、一つでもかさばるのに、家中にトータル何個あると思う?」
「9個」
「二桁にリーチ掛かってますよね」
「……ハイ」
「確か去年の今頃も、少しずつ捨てるなり、誰かへ差し上げるなりして下さいって頼みましたよね」
「……そうだっけ?」
「あ~、やっぱり、あなた、私のお願いなんて根っから聞く耳無いのよ」
冷やかな視線が兼弘に突き刺さる。
多分、これは反動だ。夫婦の距離が僅かに縮まった結果、却って激しい拒否反応が引き出されたに違いない。
「なあ……せめて、この姫路城だけは家に残しても良いよな?」
「いえ、それ、私がいただきます」
「はぁ!? お前が?」
「陶芸教室のお友達、和田さんって知ってるでしょ。あの人が姫路市の出なの。お城の模型について話したら、子供に見せたいって言われて」
「……クリスマスのプレゼント代わりか!? 俺の模型は子供の玩具じゃないぞ」
「フン、これが玩具以外のなんだって言うんですか!?」
横に振った志津子の左手が模型の天守閣に当り、衝撃で少しずれる。中の隙間に彼女が気付いた瞬間、兼弘は模型を抱きかかえて自室へ駆け込んだ。
多分、『爆弾』は見られていない。いや、見られても、それが何か志津子には判らないだろう。
問題は、一向に治まらない兼弘の腹の虫だった。
いざとなったらあいつを吹っ飛ばす、そんな程度の気休めでは、最早足りない。
弱体化した抑止力の効果を取り戻すには、刺激をもう一段エスカレートさせる必要がある。
どうせ城の模型を取り上げられたら、仕掛ける機会は永遠に失われるのだし、この際、一度位は……
イイよな?
イイじゃん?
「あなたの悪意を応援します」
陰湿な『財団』の囁きが、耳の奥で響いた気がした。
兼弘はクロゼットの隅に押し込んでおいた段ボール箱から粘土状の塊を二つ出し、一つ深呼吸して、入念に混ぜ合せる。
後は城の中に仕込み、信管を埋め込んで、タイマーをセットするだけだ。
それでこいつは、本物の時限爆弾になる。
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