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城跡巡りを早々に切り上げ、曽根夫婦に別れを告げて、兼弘は、その日の夕方に自宅へ帰りついた。
志津子は家にいない。
毎週火曜日と木曜日には陶芸教室へ通っており、教室終了後は主婦仲間とカラオケの懐メロ・メドレーで盛り上がって、夕飯時まで帰らない。
兼弘と一緒に行田へ行かなかったのは、言うまでも無く、この予定を優先した為だ。
「お腹が空いたら、冷蔵庫のピザをチンして下さい」
居間のテーブルに走り書きした志津子のメモがあった。
行田名物B級グルメでお好み焼きに似た「フライ」とか言う代物をたらふく食ってきた後だから、小麦粉とコレステロールの過剰摂取はスルー。
すぐさま自室へ直行し、机の上の白布を取り払う。
150分の1スケールの姫路城は、この時、既に九割がた出来あがっていた。
模型キットの精密さも然る事ながら、兼弘の丹念な作り込みで、それまで手掛けたどの城にも勝る会心の出来栄えだ。
そして、その天守閣部分を両手で挟んで持ちあげると、二分された模型の中心部には小さなプラスチックの箱が隠されている。
指先で触ると、冷たい感触と、組み込んだタイマーの振動が伝わって来た。
『財団』のマニュアル通りに作り上げた『時限爆弾』と思しき代物だ。
勿論、始めはこんなものを模型内に仕込むつもりなど毛頭なかった。
だが、ふと考えてしまったのだ。
こいつを居間のド真ん中に置き、何も知らない志津子の呑気な顔を横目に見ながら、嫌味の一つでも言い返してやりゃ、どれほど気が晴れるか。
いつもの小言が降ってきた日にゃ、目を閉じて心の奥で爆弾へ点火、ドカンと吹っ飛ぶ志津子を想像する。
マンガによくあるあの絵面、黒い煤だらけの顔で焦げた髪はチリヂリ、口からポッカリ煙の輪っかを吐き出す志津子の顔が目に浮かび……
実にバカげた妄想だが、その誘惑に兼弘は勝てなかった。
絶対に使わない。
使う筈がない。
そう信じる事こそ、抑止力の大前提じゃないか?
それに、『爆弾』の仕上げとなる部分、粘土状の爆薬本体を未だ仕込んでいないから危険は無い。
2個のプラスチック状の塊として送られてきた爆薬は、二つを混ぜて良く練り、信管から電流を直接流す事で爆発する。
逆に言えば、その過程を得ない限り安全。
兼弘はあくまで悪戯だと自分の行動を解釈していた。
志津子への殺意は無い。傷つける気持ちも無い。ただ、ちょっとだけ秘密の憂さ晴らしをしたいだけ。
曽根との会話の中で、彼にも似た願望を見出した事は、兼弘に勢いをつけていた。
実際、曽根の語った情報はある程度、兼弘もネット検索で知っていたのだが、むしろ胸中の「微かな悪意」を共有できた事実の方が重要に思える。
これぞ、天のお導きって奴?
兼弘は口の中で呟き、模型の製作に熱中、志津子が帰宅した夜の8時過ぎには、見事に姫路城の雄姿を完成させていた。
今回も読んで頂き、ありがとうございます。
相変わらずの自転車操業で書き続けておりますが、おかげさまで何とか予定の半分へ到達。
自分なりのベストを目指して、最後まで進めていきたいと思います。




