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妻を先に行かせ、兼弘と共に残った曽根は表情を改め、預けておいた宅配便の白い包装紙をポケットから取り出す。
不穏なメッセージ付きシールを睨んだ途端、マスコミの最前線にいた者ならではの鋭さが眼差しに宿った。
「あなたの悪意を応援します、か。実に物騒で、懐かしいフレーズだ」
「……あのぉ、『財団』について、何か判りました?」
辺りに人は疎らだが、それでも兼弘は声を潜めずにいられない。つい四方を見回してしまう。
得体の知れない何者かに、何処かで話を盗み聞きされていそうな気がした。
「泊君、君が先日、いきなり電話を掛けて来た時は驚いたよ。何せ二十年前に流行った都市伝説について、今更聞きたいと言うんだからな」
「都市伝説? では、やっぱり、その組織の話に現実味は無いんですか?」
「事の起りは2002年4月、あのアメリカ同時多発テロが発生した約半年後の事だ。
アラブ系テロリストが、今度は日本を狙っているという物騒な噂が乱れ飛んだの、覚えてる?」
「ええ。今、思えば、ネット上のデマ、フェイクニュースの走りみたいな感じでしたね」
「マスコミは軽くスルーしたけど、コトはデマだけで終わらなかった。仙台、東京、大阪、福岡と広い地域で、短い期間に奇妙な事件が立て続けに起きたんだ」
曽根は愛用のスマートホンを操作し、当時の新聞紙面の画像を表示した。パソコン上のデータを転送し、持って来たらしい。
記事の見出しは様々だ。
大学生による銃の乱射事件、フリーターが興した一流企業の爆破未遂、そして普通の主婦が御近所の茶飲み友達を毒入り珈琲で病院送りにした事件等々……
全ての事件の共通点は、辛うじて死者が出るまでに至らなかった事、そして、使用された凶器の出自が警察の捜査で判明しなかった事にある。
曽根の記憶もその部分については、特に鮮明だった。
「最初は何かに怯えた様子で黙秘していた犯人達が、漸く重い口を開いた時、マスコミはその内容を派手に報道した。
俺がいた雑誌社だって例外じゃない。何しろ『財団』と名乗る何者かが、改造モデルガンだの、プラスチック爆弾だの、神経毒のアンプルだのを、宅配便で勝手に送りつけて来たってんだから」
「話題性バツグン、ですよね。で、警察はその供述を信用したんですか?」
曽根は笑って、首を横に振る。
「凶器の提供者がいたのは確かだから、宅配便の送り手について徹底的に調べてた。送り状という物的証拠が残っていたし」
「捜査の成果は?」
大きく肩を竦め、曽根は又、首を横に振る。
「……ですよね」
「存在が確認されている十七件分の凶器宅配便は、僅か十日ほどの間に東北から近畿地方まで、広い地域に分布するコンビニ各店へ持ち込まれていた。
担当した店員の記憶は曖昧な上、供述によると依頼者は男だったり、女だったり、年齢もバラバラで」
「個人じゃ成し得ない犯行に思えるけれど」
「動機も全く分からない。誰かが犯行後、使用した凶器の代金を要求した痕跡は無いから、金目当てじゃないのは確かだ」
「やったら、やりっ放しって感じ……」
「只、凶器の送り先は吟味していたらしいよ」
「どうやって?」
「SNSの普及が本格化した時期で、怒り、妬み、哀しみと言った感情を割り合い無防備に晒してしまう人達がいたからさ」
「つまり『財団』を名乗る奴らは、ネット上を徘徊し、心の闇を検索していたと?」
「おそらく」
曽根の話を聞きながら、兼弘は自分に問いかけていた。
かっての犯人と同様、自分の中にも得体の知れない連中が注目する程の闇が存在していると言うのか?
「……もしかしたら、判明してる以外にも、凶器を贈られた人間はいたかも知れませんね」
「ああ、あり得ると思う。負の感情を暴走させる手段が与えられたとして、誰もがすぐ使うとは限らないから」
無言で頷く。
過去を振り返るまでも無い。痛いほど身に覚えがある分、それしか兼弘には出来ない。
読んで頂き、ありがとうございます。
振返れば過去のどの時代にもネガティブな心のエネルギーは蓄積されていたけれど、その暴発のリスクが今ほど危惧される時期は無いように思えます。
もっと「癒し」が欲しい今日この頃、です。




