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「あなた、小包が届いたわよ」
自室の机に向い、アレコレ煩悩を巡らす内、いきなり志津子がドアを開け、中へ踏み込んで来た。
「オイ、ノックくらいしろ」
「ア~ラ、ご機嫌斜め? 折角、お待ちかねの品を運んであげたのに」
見ると、志津子は胸に大小四つの段ボール箱を抱えている。
その一番大きな奴の包装紙に兼弘ご用達・大手ホビーショップのロゴマークが印刷されていた。
「あ、遂に来たか! 我が憧れの姫路城!!」
飛びつく勢いで志津子から受け取る。
ずっしり重い箱から包装紙をはぎ取ると、高級感溢れる姫路城・150分の1模型キットが現れた。
模型と言っても、素材はプラスティックではなく、木製のパーツを組み合わせ、城の構造そのものを再現する代物だ。できあがれば相当なサイズになるし、今、抱えている箱の重量だけでも3キロ以上あるだろう。
兼弘が幼き日から現在に至るまで、手放さなかった唯一の趣味こそ、この名城の模型作りなのだ。
「……また、随分と高そうなのを買ったわね」
「お前が先月買った革のバッグ、あれの三分の一しかしないぞ」
「あら、じゃあ5万円くらい?」
「ホントは9万の奴が欲しかった」
「勿体ない。どうせ作っても、置く場所なんか無いのに」
「い~や、こいつは居間に置くゾ。テレビ台の右横、一番目立つ所へド~ンと盛大に飾ってやる!」
「アラアラ……」
珍しく口答えした夫を面白そうに眺め、志津子は残りの箱を、無造作に足元の床へ放り出した。
慌ててスライディングし、間一髪で兼弘が受け止める。
箱の一つは塗料、一つは地面や植え込み部分を再現する為のジオラマセット。イメージ通り、模型を完成させる為には欠かせない品だ。
だが、縦幅30センチ、横幅20センチ程度の最後の箱は、ネットでオーダーした記憶が無かった。
包装紙は白一色。
送り元の表示は、ただ『財団』とあるだけ。
送り先は確かに兼弘となっているのだが、『財団』なんてネットショップは効いた事が無いし、住所だって書かれていない。
志津子が部屋を出た後、兼弘は包装紙を破り、中の箱を取り出してみた。危険な要素があるなんて考えもしない。
そもそも、さして金もない隠居のオッサンを傷つけた所で、誰がどんな得をすると言うのか?
取出した箱も飾り気のない無地で、表面に1枚、色褪せたシールが貼り付けてある。
「あなたの悪意を応援します」
書かれたメッセージはこの一文だけ。
「あなたのやる気を応援」とか「あなたの未来を応援」だったら良くあるキャッチコピーだが、「悪意を応援」とは、一体どういう意味だろう?
馬鹿馬鹿しい。やはり悪戯。
そう決めつけつつも、このメッセージ、兼弘には微かな聞き覚えがあった。
確か20年ちょっと前、派手に巷を騒がした愉快犯の類が、こんな言葉を使っていたような……
箱を開くと、中には粘土に似た真っ白い長方形の塊二つと、小さな信管を含む幾つかの電子部品、それにシンプルなマニュアルが入っている。
マニュアルのタイトルを見ると、「猿でもできる時限爆弾の作り方」とあった。
「爆弾!? この白いのが?」
流石に息を呑み、妻に相談すべきか数分迷った後、兼弘はパソコンを起動。ネットへ繋いで『財団』を検索してみる。
胸の中には、恐怖や動揺と共に、奇妙な高揚感が湧き上がっていた。こんなスリルと背徳の匂いは、平凡極まる兼弘の人生で初めての経験である。
「悪意」だろうが、誰かの悪戯だろうが、今にも押しつぶされそうな日常の閉塞感よりマシな気がした。
それに本当に危険なら、すぐトンヅラする。その時点で全て放り出し、知らぬ顔をすれば良い。
無責任に振舞う事については、現役のサラリーマンだった時代から、兼弘には少々自信があるのだ。
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