第8章
この話に出てくる神や宗教や信仰はあくまでも作者の創作したオリジナルで、特定の宗教とは全く関係ありません。
私達の住むリューキの町はリューランド領の領都だが、百年ほど前までは王都だったらしい。
そう。現在のドラティス王国に併合されるまでは。
百年一昔っていう言葉は聞いたことがあったけれど、それにしたって、百歳を超えているご老人もいるわけだし、それほど大昔ってことはないわよね。
それなのにそんなに簡単に一世代前のことを忘れてしまうものなの?
私がまだ習わないだけで、上の学年になったら習うことなの?
違うわよね。両親だけではなく姉様や兄様からだってそんな話は聞いたことがなかったもの。
王都の人達はともかく、この領地に住む人達は自分の住む地域の歴史について調べないの? そんなの変だわ。
ドラティア神を唯一神としている隣国は、リューランド王国の白龍信仰を容認しなかったらしい。
それまで白龍を祀った神殿はドラティア神を拝む聖堂に変えられ、白龍関連の祭事は全て禁止された。
そして公の場で白龍の話をすることは厳禁となり、書籍は全て廃棄されたのだという。
「だからオーリス家のお墓って移動させられたのね。町中の公園墓地に。
昔墓地があった場所は国の直轄地になって入れなくなったと、お祖父様を埋葬する時に教えられたわ。
その時はお祖父様の死が悲しくて、そのことについて誰かに訊ねる余裕なんてなかったけれど、あれは国の理不尽な命令のせいだったのね」
「まあ結局は無意味な指示だったけれどね。だって龍の墓は別の場所にあったのだから」
そうルーディー君が言った。そうなのだ。
当たり前の話だが、オーリス家の人間がみんな白龍に変化したわけではなかった。
ルーディー君に教わったのだが、そもそも龍の寿命は長いと、数百年は生きるらしい。
そして、歴史書によると龍が長いこと生まれなかった時代もあったのだそうだ。
つまり、オーリス家の人間のうち、白龍姫が生まれるのは数百年に一度しかない。
そしてその白龍姫がどのような状態の時に生まれ、育ち、亡くなったのか、そのような資料は全くないのだという。
ただ白龍姫は自分の死を悟ると、龍の聖地に籠るという言い伝えがあったらしく、その事が国の極秘資料に載っていたらしい。
つまりそれは、いわば龍の墓場ということで、オーリス家のお墓とは別の場所であることを意味していのだ。
たとえ他の宗教や信仰を否定したとしても、その対象についてそもそも調べもしなかったということね。なんて文化的レベルの低い国なのかしら。
実のところ、白龍の聖地は母様の生家の屋敷のすぐ裏手にあったのだが。
母様の実家であるオーリス家の屋敷は、巨大な岩山を背に建てられていた。
その岩壁には高さ二メートルほどの穴、洞窟の入り口があった。
そしてその洞窟の奥深くにある秘密の通路の先に、周囲を巨大な岩に囲まれたぽっかり広い空間に出るのだ。
そこには天井部分がないので、太陽の日差しが降り注いでいる。
木々が覆い被さっているのでそれは優しい木漏れ日だったが。
私が始めてそこに迷い込んだのは二年ほど前。学舎に入学する直前だった。
二人の叔父の戦死報告が届いて葬儀の準備をしていた日だった。
私達一家も母様の実家のオーリス家に向かった。
私以外の人間は皆忙しそうにしていたので、その邪魔をしないように、私は年下の従兄弟のミーツとタントの面倒を見ていた。
そしてボール遊びをしていた時に、まだよちよち歩きだったタントが転がしたボールが洞窟の穴の中へ入ってしまった。
私はそれを拾おうとして洞窟に入ったのだが、中が少し下り坂だったのでボールは見当たらなかった。
そこで真っ暗な中を岩壁に手を当てながらそろりそろりと進んだ。
通路はいくつも枝分かれしている上に、天井は低く、幅も狭くなってきた。
暗闇の中の迷路。普通の子供なら怖がってそんなに先までは進まないだろう。いや、大人でも躊躇するに違いなかった。
しかし、私は暗い所も狭い所も平気だったので、そのまま進んだ。自分の選択した道に疑問も抱かずに。
今思えば不思議だと思うのだが、あの時以降も何度となくあの場所へ行ったが、一度も迷ったことはなかった。
そしてよくやく突き当たりかと思ったら、そこからまた直角に穴が続いていて、その前方からわずかに光りが差し込んでいるのが目に入った。
その小さな光に向かって進んで行くと、急に眩しくなった。
しばらく目が慣れるのを待ち、少しずつ目を開けると、その先は行き止りになってはいた。
しかし下の方に隙間があって、そこから日が漏れていることが分かった。
子供か、かなり華奢な体型の女性でないと通れないだろうな、とその時私は思ったものだ。
この間その話をしたら、ルーディー君がなるほどなと感心したように頷いていた。
なんでも王立図書館で、閲覧禁止になっている龍に関するとある書籍の中に、こういう記述があったのだという。
「白龍姫の楽園には穢れのない幼い子供か清純な乙女、あるいは羽根の生えた天使しか足を踏み入れることはできない」
ルーディー君はいつもの皮肉めいた笑顔をしてこう言った。
「魔法を使って閲覧禁止の本を読んでいる時点で、穢れのない清純な子供という枠からは外れているだろう?
だから高い位置から白龍姫の楽園を目指したんだ。その結果、僕はあそこにたどり着いたんだよ。天使なんかじゃないけどね」
そのルーディー君の発想もすごいなあ。羽根の生えた天使のことを空を飛べるもの、と理解したところが。
それに堕天使というのもいるらしいから、間違いを犯す天使がいたっておかしくはないしね。
それにしても、龍なら空を飛べるのだから、それを連想すればいいだけな話なのだろう。とは言え、普通の人間は飛べないからそんなことは思いつかないよね。
でも、空からじゃなくてもルーディー君ならあの洞窟からでも入れたんじゃないかな。
だって、嘘をついて学舎をズル休みするような私だってあの岩の洞窟を抜けられたんだから、ルーディー君もできたんじゃないかな。
今度一緒に行ってみようと思った。




