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第32章

最終話になります。


 毎年白龍姫祭りに帰省する度に、ルーディー君は私と一緒に聖地参りをしてくれていた。

 だから彼だけは知っているのだが、なんと父様は三年前に目を覚ましていた。

 その時の父様は、足の古傷が完治していただけでなく、体全体がすっかり若返って元気になっていた。

 どうやら、聖地は龍だけでなく人までメンテナンスをしてくれるようだ。時間はかなりかかるみたいだけれど。

 もっともそれは、父様のような聖龍騎士限定なのかもしれないけれど。

 

 しかし母様はというとまだ白龍の姿のままだった。心や体の傷が完治しない限り、人間の姿には戻れないらしい。

 母様はあの大火災の時に大きな火傷を負っていたのだ。

 父様はいっときも離れずに、くるんと丸まって横たわる母様を優しく撫でながら愛を語り続けている。目覚めてからもう三年も。

 せめて父様だけでもみんなの前に姿を現したら、姉様達も喜ぶと思うのだけれど。

 私が側に付いているからと言ってもきいてもらえなかった。

 これまでは父様の気持ちも分かっていたので強くは言えなかった。でも、そろそろ私も我慢の限界だった。

 だからこの頃は、母様の耳元でこう囁いていた。

 

「いい加減目を覚まして」


 って。

 だって、あんなに辛い思いをしたターリャ姉様がようやく立ち直って、今度こそ本当に素敵な人と巡り逢って結婚するのだから。

 新しく義兄となってくれる人は、サーラ姉様達と共に救援に来てくれた隣国の騎士様で、そりゃあ優しくて強くて、姉様を大切にしてくれる人だ。二人はとても仲が良くて、素敵なカップルなの。

 だから父様と母様にも祝福して欲しいのよ。

 きっとターリャ姉様とって最高のサプライズになると思うわ。

 もちろん、サーラ姉様、リーラ姉様、ツーリィー兄様、モーリ兄様、そして私にとってもね。

 みんなが一堂に集まる機会なんて、もうそうそうないのよ。だから、絶対に目を覚まして欲しい。

 

 

 

 にぎやかな繁華街を過ぎ、住宅街を通り抜けて郊外に出ると、段々と木々が多くなって行く。

 

「やっぱりこの国は暖かくていいね。いろんな花がすでに満開になっている。

 北方はまだ蕾もついていない木ばっかりだったよ」

 

 ルーディー君はサクラやモモやウメ、ハクモクレンにムラサキモクレン、レンギョウと、色とりどりの花を見上げながらそう言った。

 

「でも、少しずつ順番に咲いて行くのも楽しみが続いていいんじゃない?

 この国は一斉に花が咲いてしまうから、たしかに華やかだけど、その後少し淋しいわ」

 

「なるほど。そういう考えもあるんだね。

 でも、これからの僕は季節に関係なく、いつも明るくて可愛い君という花を愛でることができるんだ。最高に幸せ者だね」

 

 キザ、キザ過ぎる!

 しかもそのキザな台詞が似合っていて少しも浮いていないところが驚きだわ。

 私が似たような事を言ったら、きっとふざけているのかと思われるわよね。

 それでも、今それを言わないと後悔すると思った。だから羞恥を堪えて私はこう口を開いた。

 

「私も最高に幸せ者だわ。こんな神々しい花を見つめていられるんだもの」

 

 するとルーディー君は、そんな返しがくるとは思わなかったか目を丸くした。

 しかし、嬉しそうに目を細めると、私のおでこに優しくキスをしてくれたのだった。

 

 そして幸せ気分で聖地近くの岩山の前まで辿り着くと、ルーディー君は周りに誰もいないことを確認した後で私を横抱きにした。

 そして一度深く腰を下ろすと、勢いよく飛び上がった。

 近頃、成長した私達はあの洞窟の最後の穴を通り抜けるのがしんどくなってきた。強引に通るので、その度に服が汚れたり擦り切れたりする。

 そこで、一人の時はともかく、ルーディー君と一緒の時は上空から向かうのだが、何度経験してもこれがかなり怖い。

 

 私はぎゅっと目を瞑り

 

「きゃあ~」

 

 という悲鳴を上げかけたが、彼はすぐに地面に着地して私を柔らかな草地に下ろした。

 この浮遊感に慣れる方法はないのかしら、と思っていると、私の耳元でルーディー君が囁いた。

 

「ゆっくりと目を開けてごらん」

   

 私は言われた通りにゆっくりと目を開けた。そして絶句した。

 なぜなら、満開の美しい花々が咲き乱れるその中に、なんと、人間の姿に戻った若く美しい母様が父様と寄り添って立っていたからだ。

 

 

「長いこと待たせてごめんね、愛しいヨアンナ。あなたの声はずっと聞こえていたのよ。今までありがとう」

 

 私の願いは届いたのね。

 私は母様の胸に勢い良く飛び込んだ。

 懐かしい母様の匂いがして、私の瞳からは涙が溢れ出したのだった。

 



 ✽✽✽✽✽✽✽



 

 翌日、三女のターリャ姉様は、ようやく目覚めた両親と兄弟、そしてその家族に見守られながら、幸せ一杯の結婚式を挙げたわ。

 因みに、その時参列していたワントゥーリ家の子供達は下記のとおり。

 

 二人目を妊娠中の長女サーラ姉様とその旦那様で、新たにできた学園の教師になったマータン=メシトウ卿。そして長男。


 次女のリーラ姉様と旦那様で隣国エストラード協和国の商人トムリ=アックム卿。そして男男と次男。


 隣国の学園を卒業後、自国に戻り役場に勤めている長男ツーリィー兄様と奥さん。そして長男。


 隣国の学園を卒業したら、自国に戻って自転車店を再建予定の次男モーリ兄様と恋人。


 三女ターリャ姉様は次女のリーラ姉様と同じ隣国エストラード協和国の騎士と結婚式を挙げている真最中。

 結婚後は隣国で暮らすことになっている。


 そして四女である私ヨアンナと婚約者のルーディー=キンペリー卿。


 間もなく上司にもなる彼と私は、一年後にやはりこの場所で結婚式をする予定である。

 その日も桜が満開だったらいいなあ。

 私はルーディー君の隣で、満開の桜の花の下で幸せそうに微笑む両親を見つめながらそう思ったのだった。

 


 ✽ おまけの情報 ✽


 ドラティス王国がどうなったのかというと、周辺国から徐々に追い詰められ、衰退の一途を辿りました。

 平民はともかく、王族や貴族達は逃げ出したくても、受け入れてくれる国はありませんでした。


✽✽✽✽✽✽✽



 2023年10月に構想を始めたこのお話。年内中に完結させるのが今年の抱負でした。

 年末になってしまいましたが、目標が達成できてほっとしました。


 ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。

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