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第30章


 今年の春はいつもりより早かった。

 桜が例年より早く蕾を開花させた時は焦ってしまった。

 満開の桜の下で結婚式を挙げたい、というのがターリャ姉様の子供の頃からの夢だったからだ。

 しかし、私達の願いが天に届いたのか、その後また寒さが戻ってきて、桜の蕾の多くが再び眠りについたようで、姉が結婚式を挙げる前日に満開になった。

 

 聖堂の桜を見上げていた私は、その視線を高い煉瓦の塀に向けた。その塀は七年前の大火から建物を守った。

 それは聖堂だけではなく、延焼を防いでくれた有り難い塀だ。

 黒い煤は未だにそのまま残っている。これも歴史の一つだからと、管理人さんは言っている。

 以前聖堂だった建物は、今も「聖堂」という通り名で呼ばれているが、今は宗教施設ではない。

 

 三年前に独立を果たしてから、多くの国民はドラティア神への信仰を捨てたからだ。

 まあ、あの国に吸収される以前の白龍姫を称える場所に戻ったとも言える。結局は宗教施設に近い気もするが、個人がそれぞれ思うまま祈っているだけで強制力はない。

 管轄は国で、主にセレモニー会場として利用されているが、宗教関係者はいない。

 サーラ姉様や二人の兄様達もここで結婚式を挙げていた。

 

 あの火災の二日後、サーラ姉様とマータン先生は、たくさんの支援物資と共に現れた。

 二人ともエストラード協和国の騎士団試験に見事合格していたが、母国の災害を知って職を辞退して帰国しようとしたらしい。

 しかし、騎士団はエストラード協和国の騎士として、救援隊に参加すればいいと言ってくれたそうだ。

 姉達が指示をした方が無駄なくスムーズに動けるだろうと。

 実際姉は役所勤めをしていたので、地域住人や公共施設などについても詳しかった。すぐに避難先を特定し、無駄なく支援物資を支給したり、人々の要望を集約することができた。

 

 ちなみに、その支援物資を短時間で用意して一緒に運んで来てくれたのは、リーラ姉様の旦那様のトムリ=アックム様の商会だった。

 もちろん、無事に編入試験と奨学金授与試験に合格していた、ツーリィー兄様とモーリ兄様もそれを手伝っていた。

 


 私はあの火災の夜、ルーディー君と二人、燃えずに残った聖堂の中で抱き合って過ごした。

 急用ができたといって外出していたターリャ姉様のことが心配だったが、無事な姿を見たから安心していいとルーディー君に言われてホッとした。

 火災鎮火後、ターリャ姉様と、ルーディー君を含むキンペリー家は大変なことになったのだが、その時はまだ何も知らなかった。

 

「君も見ただろう?

 白龍姫様の背には聖龍騎士が乗っていた。

 だから二人は無事だ。亡くなってなどいない。ただし、傷を負っている可能性がある。おそらく、その傷を癒やすために消えたんだと思う。

 心配しなくても回復したら戻ってくる。それまで諦めないで一緒に待っていよう」

 

 ルーディー君にそう言われて頷いた。確かに私も見たのだ。白龍姫様の背に乗った父様の姿を。

 他の人達には見えなかったみたいだけれど。

 

「一緒に待っていよう」

 

 その言葉があったからこそ、私はこの七年、愛する両親や兄弟、そしてルーディー君と離れ離れになっても耐えてこられたのだ。

 距離は離れてしまっても、愛するルーディー君の心はいつも私と共にあって、一緒に両親を待ち続けてくれているのだと。

 


 あの火災が起きた時、好きだった人がヒルデにまで気を持たせるような態度を取っていとことを知り、ターリャ姉様は大きな衝撃を受けてしまった。

 それでも、年下のルーディー君が必死に周囲に火事を知らせるために行動している姿を目の当たりにして、必死に消火活動を行ったのだと人づてに聞いた。

 そして鎮火した後、ルーディー君を除くキンペリー一家と共に、警ら隊や領主から火災の原因について取り調べられたそうだ。

 

 姉はそこでリョーグ=バードンの正体と目的を知らされたらしい。

 男は騙すつもりはなかった。本当に君を好きだったと姉に宣ったらしいが、父親と言っていた火付け犯人とは赤の他人で、彼が名乗っていた名前も本当の名じゃなかった。

 しかも、今回の火災に自分は全く関係ないと言い張っている姿を見て、あんな情けない男を好きだったのかと情けなくなって、姉は号泣したそうだ。

 

 そこへ両親の行方不明を知らされ、姉はショックを受けて倒れてしまった。

 父様と母様は死んでなどいない。空を舞っていたあの白龍が母様なのだと、私は目を覚ました姉様に必死に告げたが、それは信じてはもらえなかった。

 

 しばらく静養が必要だと医者に言われたターリャ姉様を、サーラ姉様がエストラード協和国へ戻る際に、一緒に連れて行ってしまった。

 私ももちろん誘ってもらったのだが、私はここに残って父様と母様が復活するのを待つからと告げた。

 姉達は痛々しそうな目で私を見たが、私がその意思を曲げないとわかると、後ろ髪を引かれるようにしてこの地を離れて行った。



 

 ルーディー君とはあの大火災の翌日に離れ離れになってしまった。

 火災について聞きたいことがあるからと、警らの人達が彼を連れて行ってしまったのだ。

 そしてその後、彼を含むキンペリー一家は全員、この土地から姿を消してしまった。

 ヒルデはまだ十一歳の子供だったので、罰を受けることはなかった。主犯は火付け男だったし。

 だからと言って、彼女や家族にお咎めが全く無しというわけにはいかなかったのだ。

 

 ヒルデは矯正施設に入った。強制的に入れられたのではなく、本人の希望だった。

 彼女は姉のターリャの証言のおかげで自分の主張が信じてもらえたことに非常に感謝し、感銘を受けたという。

 そしてこれまで自分がしてきた様々な虐めや嫌がらせについて、自ら全て吐露し、反省して謝罪したそうだ。

 心をすでに入れ替えたのなら、今さら施設に入る必要はないと私は思った。

 しかし、姉の精神に状態を知った彼女は、自ら進んで施設に入りたいと願ったらしい。

 

 そして他のキンペリーの家族も領都に残るのは無理な状態だった。

 あの火災の日、キンペリー卿とルーディー君の活躍は目覚ましものがあった。それを皆知っていたから表立って物申す者はいなかった。

 彼らの家も全焼していたし。

 しかし、家や財産、そして大切な思い出を奪われた多くの人達の気持ちを考えると、図々しくこのままこの地に留まることはできなかったようだ。

 キンペリー夫人も家や思い出の品を失った上に、火付け犯の家族だと噂されて、精神的にかなり追い込まれていたというし。

 

 しかし、王都の別宅に住むのも躊躇われたようだ。国から命を狙われる恐れもあったからだ。

 そこで一家は、ドラティス王国の北部辺境地へ向かった。

 そこはかつて魔物の襲撃を何度も受けた土地で、住民は長期に渡って国からの支援を受けられなかったことに恨みを抱いていた。

 そのために、国からの独立を目指していた土地だった。

 しかも、二十年前に救ってもらってからというもの、多くの住民が隠れて白龍姫を信仰していた。

 それ故に、三守護家の三人とはあの日以来ずっと交流を続けてきたらしく、キンペリー一家と王都から避難してきたマータン=メシトウ卿一家を、彼らは快く受け入れてくれたのだそうだ。

 



 ルーディー君が遠くへ行ってしまったことは寂しく悲しかったが、手紙のやり取りはずっと続いた。

 そして、年に一度、白龍姫の祭りの日には必ず会いに来てくれていた。だから私は耐えることができたのだろう。

 もっとも、年々美しさに加えて凛々しさ、逞しさを増していくルーディー君を目にする度に、近くにいられないことが不安になった。

 去年、思わずそのことを口にしたら


「僕も同じだよ」


 と切ない顔をされてしまった。それがまた色っぽくてくらっとしてしまった。

 私はルーディー君一筋だ。だから他の男の人に目が向くわけがないわと言ったら、またしても


「僕もだよ」


 と返された。 


「でも、私とルーディー君では心配度合いが全然違うと思うわ」


 さらにこう言い募ったら、彼はいつものようにコテッと首を曲げた。毎回本当に不思議そうな顔するのだが、それが却って不思議だわ。何故分からないの?

 今回も彼は冗談ではなく至って真面目な顔でこう言った。


「いつ君が誰かに奪われるんじゃないかと心配で堪らないよ」


 と言っていた。

 たしかに白龍姫の娘と知られてしまったので、そう意味で狙われる可能性はあるかもしれないわ。

 でも、三年前に私にも魔力が使えるようになったので、自分の身は自分である程度守れるようになった。

 母様譲りの水魔法と、父様譲りの緑の魔法。特に緑の魔法は私向きで結構役に立つの。

 だってあっという間に周辺の植物を最長させて身を隠せるんですもの。

 


 私は去年学舎を卒業して、役所の中でも一番人目につかない歴史資料館で、資料係りをしている。

 自分の先祖や、魔物に関する資料の整理も多いので、なかなか興味深い。

 魔物研究をしているルーディー君の役にも立てるし、やり甲斐がある。

 そしてこれからは二人で一緒に昔のように調査ができると思うと、私は数か月前から顔がニヤついて仕方がなかった。

 でも幸いなことに、周りには誰もいない職場環境だったので、それを誰かに指摘されることもなく済んでいたのだった。

 


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