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第29章 ルーディー視点④


 なぜ王都から派遣されてきた役人が、わざとこれほどの大災害を引き起こしたのか。

 それは白龍姫の祭りの人形を燃やしてしまうことで、この地域の人々の白龍姫信仰を消し去ることを狙ったようだ。

 そしてドラティス王国の唯一神であるドラティア神への信仰心をさらに強め、間違っても人々が独立などと考えなくさせるためだったらしい。

 

 王国は二十年前、土地が痩せたせいで農作物の収穫量が減り、年々税収入が減ってきたツーホーク領を旨味のない土地だとして切り捨てようとした。

 ところが同じ頃、年々北方の魔物の襲撃が激しくなってきために、度々北部の辺境伯から支援を要請されることに頭を悩ませていた。

 それ故に王家は、援助を引き換えに前メシトウ伯爵の甘言に簡単に乗ったのだ。

 白龍姫の伝説を利用し、魔力持ちを集めて騎士にすればいいという提案に。

 そしてそのために、一人のご令嬢を誘拐するという、国家として恥ずべき行為に出たのだ。

 

 しかもその後、外交の失敗で近隣諸国から侵攻されそうになると、今度はツーホーク領を防波堤にしようとした。

 そのために国は、監視や圧を加えるために役人を派遣して、独立を阻止するために動いたのだ。

 かつては見捨てようとしていたのに、見事なまでの手のひら返しだった。

 

 ところが今回その役人の一人が、領都の中心部を半焼させてしまったのだ。

 当然ドラティス王国側はその事実を揉み消したかったことだろう。

 しかし、犯人が現行犯で捕まってしまった。しかも、その後の対応が一々遅かった。その決断力のなさは国として致命傷ではないだろうか。

 災害救助並びに一応援助名目の騎士団が領都リューキに到着した時には、周辺の国々の援助隊が活動していて、彼らにはやることなどすでに何もなかった。

 しかもろくな支援物資も運んでこなかったために、何を目的にやって来たのか一目瞭然だった。

 その上、大火災を意図的に引き起こした役人の犯行はすでに公になっていて、もみ消すことなど到底できない状態になっていた。


 そのため彼らは、住民や周辺諸国の人々の批判と侮蔑の視線を全身に浴びることとなり、居た堪れなさに身の置所をなくしていた。

 そして彼らへの怒りや批判は、当然領都リューキの民だけでなくツーホーク領に住む人々へと広まって行った。

 

 この件はドラティス王国に大打撃を与えた。

 なにせ後世には、崩壊の始まりになったと歴史書に記されるようになったくらいだから。

 というのも、近隣諸国から手厚い援助を受けたことがきっかけで、領民達は彼らの協力を得て再びリューランド国として再独立しようと奮い立ったのだから。

 

 この地に住む人達にとって、この大火災による被害は甚大だった。

 領都の中央部の大通り、その反対側が一面焼け野原になってしまったのだから。

 ただ救いだったのは、領主館や役所が燃えなかったために、復興作業をスムーズに進めることができたことだろう。

 

 領主はすぐさま自宅と領主館、そして役所を全て開放して被災者を受け入れて、備蓄食料を配布した。そしてそれに並行して、領内の他の町村や近隣諸国に援助を求めた。

 そして各国はその求めに迅速に応じてくれたのだ。

 

 ツーホーク領の人々は先々代の領主を嫌っていた。

 しかし、自分達も大した抵抗もせずにメシトウ家に従ったという自覚があったので、面と向かって逆らうことはなかった。

 しかも、先代領主主導によるヒラリス嬢誘拐事件についても何も知らなかったので、国からの援助を引き出した前領主の手腕を認めていたのだ。

 それ故に、まだ四十代半ばで突然病気療養を理由に隠居した時は驚きを隠せなかった。

 その上後を継いだのが、優秀だと評判だった長男ではなく、性格に難ありと言われていた次男だったことにも皆疑問を抱いたものだった。

 

 しかしそんな現領主であるメシトウ侯爵は、領主館を開放して被災者を受け入れ、私費を全て放出して復興を進めた。

 しかも火災の翌日には犯人の名を明きらかにし、その理由を公表した上で、国からの援助は拒否すると宣言した。

 しかしそれと同時に、国境を接している国々に援助を求めた事をいち早く発表したことで、被災者達に安心と落ち着きを与えた。

 実際に被災三日後には隣国から支援の第一陣が到着した。そのことで、領主の行動の早さと適切な指示は、領民に好意的に受け止められたのだった。

 まあ、実のところ領主は、丁度白竜姫祭りのために帰省していた兄のショータン卿の指示にただ従っていただけだったのだが。

 彼は傀儡にするにはお手頃な、都合のいいパフォーマンスの上手い人物だったのだ。

 

 隣国諸国は、自国ではなく自分達に救援を求めてきたことで、ツーホーク領が独立を望んでいることを察したのだ。

 だからこそ素早く支援の手を差し伸べたのだ。

 ツーホーク領がドラティス王国の西側の砦にはなることを回避できれば、各国にとっても都合が良かったからだ。


 この情勢に、ドラティス王国の国王並びに上層部は頭を抱えた事だろう。

 東側の国はすでに戦闘準備を整えていたし、北側の辺境伯は二十年前から静観する姿勢を変えていない。

 南側は大海原だ。逃げ出すことはできるが助けはこないだろう。

 そもそもたとえ逃げ出したとしても、建国以来、侵略を繰り返してきたこの国の人々を受け入れてくれる国があるかどうか、それはわからない。

 しかし、そんなことは、多くの国にとってはどうでもよく、知ったことではなかった。

 

 

 大災害で多くの人々が家や財産をなくした。

 しかしその割にみんなが落ち着いていたのは、領主や役所、警らの人達が迅速に救済を始めた事と、その後すぐに近隣諸国からの援助を受けられたことが大きかったのだろう。

 しかも大火災にもかかわらず、怪我人は多く出た割に、死者行方不明者が二名に留まったことで、不満を口にする者があまりいなかったからだと思う。

 いや、落ち着いていたというよりも、むしろ衝撃があまりに大きかったせいで、ずっと呆けていたのかもしれない。 

 

 その行方不明者が二名というのが、ワントゥーリ夫妻だったのだが、あの夜、多くの人々が火災現場で夫妻の姿を目撃していたのだ。

 燃え上がる建物に取り残された二人は、まず娘を逃がしてから、お互いがお互いを助けようとして、結局二人とも炎の中から逃げ出すことができなかった。

 

 しかし、建物が崩れ落ちたその瞬間に、炎の中から白く輝く巨大な龍が現れて、領都の空を舞い、泣き叫び、雨雲を呼び起こし、稲光とともに大雨を降らせた。

 人々はその奇跡の映像を目の当たりにしたのだ。

 

 オーリス家の令嬢だったワントゥーリ夫人のヒラリスは、本当に白龍姫だった。人々はその姿を目に焼き付けたのだ。

 しかしそれと同時に、その雄大で神々しい姿が、街を覆った炎が全て鎮火された直後、パッと消えた、その瞬間を目にしたのだった。

 

 人々は後悔した。

 

 白龍姫の伝説を蔑ろにしていたこと。そしてドラティア神などという他民族の邪神を信仰したことを。

 そのせいで、それまで農作物を豊かに実らせてくれていた肥沃な土地を痩せた土地へと変えてしまった。

 そして、生きて行くために必要な最低限の食料さえ収穫できなくなったのだ。

 ドラティス王国からの援助はたしかにあった。しかし、そもそも吸収合併される前は、自分達の力だけで暮らせていたのだ。だから、感謝する必要など全くなかったというのに。

 

 

 


 

 

 

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