第28章 ルーディー視点③
この章には火事の場面が出てきます。
この話の要になりますが、苦手な方は読むのを避けて下さい。
ツーホーク領でもっとも大切な行事は白龍姫の祭りだそうだ。
知る者は少なくなったらしいが、リューランド国と呼ばれていた頃は、建国記念日と、子供の成長を祈るための祭りを兼ねていたらしい。
二月の中旬頃、父が自ら飾り棚に人形を並べた。
一番上の段には、現夫人と姉ヒルデの人形、二段目には父と兄マルクス、そして僕のだという金髪に空色の瞳の人形、三段目にはそれぞれ皆違ういたずらっ子を模した人形を五体ほど飾られた。
僕に似た人形は僕が生まれた年に作られて、僕がいないときも毎年ここに飾られてあったらしい。
僕の存在は秘匿されていたわけではなかったのだ。それを知って嬉しかった。僕はずっとキンペリー家の人間だったのだと。
振り返ってみると、たしかにこの祭りの頃、父はいつも王都の屋敷にはいなかったような気がする。
この祭りは家族で過ごすことになっているというから。
姉と兄はきちんと両親に大切に育てられたみたいなのに、どうしてあんなに底意地が悪いのだろうか。
その姉はこの白龍姫の祭りにリョーグ=バードンを招待したいと言い出した。
しかしそれを父に許可してもらえなかったため、非常に腹を立ててハンストを始めた。
しかし、祭りは家族だけで祝うものだとして、父は頑として認めなかった。
そりゃあそうだろう。あの男は国のスパイなのだから。
しかし、頭や性格が悪い姉にその事実を教えたら、すぐにあの男に喋るに違いない。
そうなったら我が家だけでなく、関連する他の三家の人間が全員、即、幽閉されてしまうだろう。
それにしても、姉の好みがあの都会から来たおしゃれでキザな軟弱男のリョーグ=バードンだったとは驚きだった。
僕のことは、田舎を馬鹿にするようなその喋り方や仕草が気に食わないとか、キザっぽいところが気持ち悪いとか散々罵っていたのに。
それとも、好きじゃないけれど、ライバル視しているターリャ先輩からマウントを取りたいから必死に媚びようとしているのか、僕には最後まで判断がつかなかった。
いくら前世で成人していたとしても、多くの女性と付き合っていたわけではなかったから。
恐竜オタクだったので、同じ趣味嗜好の人間としか付き合っていなかったので、女心などよく分からなかったし。
結局兄から食べ物をこっそりともらって食べていたから、姉の覚悟なんて大したものじゃないと父は高を括っていた。
しかし、姉は愚かにも真剣にあの男の気を引きたかったようだ。
その姉のせいで、僕は僕にとっては初めての白龍姫の祭りを迎えることはできなかった。
いや、僕だけじゃない。祭りのその前日は、僕や僕の家族だけではなく、この都市に住む多くの人々にとって、決して忘れられない最悪の日となったのだ。
姉ヒルデはターリャ先輩まで自宅の庭に呼び出して、リョーグ=バードンに対していかに自分には価値がある人間なのかを示そうとしたらしい……
両の掌から炎を出し、枯れ葉に火を点けて焚き火をしようとしたらしい。
実につまらないパフォーマンスだ。
しかしそんな下らない行為のせいで、領都リューキの中心街の半分が燃え落ちてしまったのだった。
とはいえ、姉を庇う気はさらさらないのだが、姉の持つ魔力なんて大したことはないし、実際蝋燭の火より小さな炎しか出せなかったはずだ。
枯れ葉に燃え移っても、用意しておいた水をかければすぐに消える程度のものだったらしい。
ところが、リョーグ=バードンの父親役を演じていた王都から派遣されて来ていた役人が、風魔法を使って煽ったせいで火が周辺に燃え移り、あっという間に拡がったのだという。
そう証言したのが最初に炎を発生させたヒルデの弟であるマルクスだけだったら、言い逃れをしているとしか世間からは思われなかっただろう。
そもそも、風が強い日に焚き火をしようとすること自体非常識だったのだから。
しかし、この大火災の最大の被害者であるワントゥーリ家の娘も同じ証言をしたことで、最大の加害者がその役人であることが証明されたのだ。
✽✽✽
あの日、父と僕は、ターリャ先輩と姉の悲鳴で屋敷から飛び出した。
先輩が「あの人が犯人です、風魔法を使いました」と言ったので、父が手にしていた剣を逃げようとしていた男の足に向かって投げつけた。
そして必死に消火を試みながら、兄にあの男を捕まえておけて命じた。
火はあっという間に屋敷や厩舎に燃え移り、手の施しようがなくなっていた。
父は厩舎から馬を解き放して、それに跨ったので、僕もその後ろに乗った。
父は声の限りに「火事だ!」と叫び続けた。
僕は火の見櫓の前で飛び降りと、体力強化魔法を使って一気に階段を上り、力一杯半鐘を鳴らした。
その鐘の音に気付いてくれた人達が、あちらこちらで別の半鐘を鳴らし始めたので、僕は高い火の見櫓から飛び降りて、聖堂がある方角に向かって走った。
強風で火の粉が一定方向に飛び散り、広がり続けていた。そしてその風向きの先にはワントゥーリ家があったのだ。
「ヨアンナ、逃げてくれ! どうか無事でいてくれ!」
心の中で叫びながら僕は必死に走った。
僕はヨアンナの守り人なんだ。だから絶対に彼女を守るんだ。
しかし近付く前からワントゥーリ家が炎上しているのが見えた。
嘘だろう! こんなに早く火が回るなんて!
「娘を受け止めてくれ!」
頭上から声が聞こえて見上げると、二階からワントゥーリ卿がヨアンナを持ち上げていた。
「投げて下さい。僕が絶対に受け止めますから!」
目が合った。彼は僕を見てホッとした顔をした。そして僕に向かってヨアンナを放り投げ、僕は無事に彼女を受け止めた。
周りからは驚嘆する声が上がったが、それどころではなかった。
「中にまだ誰かいるのなら早く飛び降りて下さい。僕が受け止めますから」
「妻を頼む!」
ワントゥーリ卿の声が聞こえた。しかし、それを拒む夫人の声が聞こえた。
「あなたが先に飛び降りて。あなたの足では一人では無理です。私が支えますから早く!」
「何を言う。私は君の守り人、聖なる騎士だ。君を守らないでどうする!」
「そんな伝説を真に受けてどうするんですか!
夫婦は助け合うもので、どちらか一方が守るというものではないでしょう。
男の意地なんてどうでもいいから早くして!」
「意地で言っているわけじゃない。俺は君を誰よりも何よりも愛している。君を守るために生きてきたんだ。
君がいない人生などありえない。どうか君は僕達の子供のためにも生きてくれ!
早く飛び降りろ!」
「いやよ。だって、私も同じだもの。あなたがいないと生きてはいけない。
・・・・・・・
思い出したわ。全て!
愛してるわ、ケント!」
夫人の叫びのような愛の告白が聞こえた直後、建物の二階部分が崩れ始めた。
「母様、父様!」
僕の腕の中でヨアンナが悲鳴のような叫び声を上げた。
その時だ。
バリバリバリという物凄い破壊音と共に、炎がさらに上空に向かって勢いよく舞い上がった。
しかしそれとほぼ同時に「グォォォ〜」という咆哮と同時に、真っ白で美しい龍が現れたのだった。




