第26章 ルーディー視点①
ヨアンナと両思いだということが分かって僕は浮かれていた。
最初に逢った時にきっとこの子と恋に落ちることが分かった。
でもそれは決してご先祖様の血とかそんなものは関係ない。
真実の愛とか、運命とかいう脳内お花畑な奴らよく使うフレーズは吐き気がするほど嫌いだったはずなのに、まるで天啓を受けたような気がした。
それは出逢った場所が聖地だったからだろうか。
一年前の僕は、死期の迫った母親のために何か出来ることはないかと手当たり次第に試していた。
母親の病名は分かっていた。この世界とは比べようがないくらいに医療技術の進んでいた前世でも、完治するのは難しいと言われていた病だった。
この世界では到底救えないことくらいは理解していた。
しかし、文化は低いがここには前世ではおとぎ話とされていた摩訶不思議な力がまだ残っている世界だった。
その証拠に僕には魔力があった。誰にも知られないようにしていたけれど。
前世の記憶があったために、物心が付いた頃には、僕はかなり早熟な子供だった。
前世では恐竜が好きで大学の地球科学科で学ぶ学生だったが、フィールワーク中に崖から落下して二十二歳の時に死んだ。
この世界に恐竜はもちろん、その痕跡もなかったが、そのかわりにまだ魔物が生存していたので、幼い頃から図書館に通って魔物の書籍を読み漁った。
そしてそれらを全部制覇した頃、僕は自分には魔力があり、しかもそれを使いこなすことができるようになっていた。
そこでその魔法を使って、こっそりと王室の図書館に忍び込んで禁書を読み漁っているうちに、僕はこの世界での自分のルーツを知ったのだ。
だから母が病気になり、もう手の施しようがないと医師から宣告された時、気休めにしかならないと理解しながらも、必死に白龍姫の聖地を探したのだ。
そしてようやく辿り着いたその場所は、信じられないほど澄み切った清らかな場所だった。
こんな自分がよく入り込めたものだと不思議な感覚になった。
前世の桃源郷ってこんな所だったのかな。
季節を無視した様々な果物の成った木々を見ながらそう思った。
エセヨーロッパの世界観なのに楽園ではなく桃源郷だと感じたのは、やはり前世の感覚が残っていたからだろうか。
まあ、楽園の方も地理的に見ればアジア圏内と言えないこともなかったが。
前世では化石発掘をするためによく地層を掘り起こしていたが、その時は当然墓場荒らしをしているなんて考えは一切なかった。
他人の土地に勝手に入って行う盗掘とは違う。高尚とまではいかないが、文化的で学術的な作業をしていると誇らしい気持ちさえあった。
しかし、白龍姫の聖地に立った瞬間、その地面を掘り起こしてまで白龍姫の骨や爪、鱗を手に入れたいとは到底思えなくなっていた。
それは化石や遺跡発掘などではなく、正しくかつて忌み嫌っていた盗掘と同じ行為だ。
それでも未練がましく、岩壁に囲まれてまるで深鍋の底のようなその土地の中を一通り歩き回った。
そして小さな滝の所で足を止めると、、思わず両手で水を汲んで飲んだ。喉がカラカラだったのだ。
その水は冷たく清らかで、スゥーッと体全身に沁み入ったような気がした。
なかなか飲食物を口にできない母親もこの水なら飲めそうな気がして、持参していた水筒を流れる滝の中に差し込んで水を汲んだ。
その後で、最も大きな石碑の前に蹲って無断で侵入したことを謝罪した。
そして図々しいとは思いながらも、母の痛みや苦しみが少しでも和らぐようにと祈った。
食べられないだけでなく、痛みで夜もろくに眠れない母親を見ているのが辛かったからだ。少しでも楽にしてあげたい。
その時、ポトン、ポトンと足下に何か落ちたと思ったら、それは無花果の実だった。
見上げると頭上に無花果の木の枝が伸びていた。
これを頂いてもいいのだろうか? 僕は戸惑いながらもその無花果を拾った。
その時、人の気配がして振り向くと、同じ年頃に見える女の子の姿が目に入った。
どうやってここに来たのだろう。僕は体力強化魔法をかけてジャンプして岩山を飛び越えて来たのだが。
ここは岩壁に囲まれていて出入り口などないはずなのに。
ここに住んでいるのかな? もしかして彼女が白龍姫なのか?
しかし、チョコレート色のふんわりヘアーに、こぼれ落ちそうな大きくて薄茶の瞳をした愛らしい少女は、私を見てこう呟いたのだ。
「天使様……」
白龍姫から天使と呼ばれてしまい、僕は居た堪れない気分になった。だって自分は不法侵入者のようなものだったから。
彼女に蔑まれる前に天使として消えた方が良さそうだと悟った。
僕は彼女に微笑みながら、全身に魔力を込めて思い切り足を蹴って飛び上がった。
そして岩壁の頂に足をかけると、再び彼女に笑みを浮かべた後で後ろ向きで反対側へ降り立ったのだった。
急いで王都に戻って母親に汲んできた水を口に含ませた。冷静になって考えれば、汲んでから数日経った水を飲ませるなんてとんでもないことだった。
しかしやはり聖水だったのだろう。母親の体調は悪くなるどころか、少し精気を取り戻した。
そして持ち帰った無花果を食べることができた。
「美味しいわ。この季節にどうやって手に入れたの?
私が一番好きな食べ物なのよ。ありがとう」
母は久しぶりに笑顔を見せてくれた。
そして数日前から痛みが消えて、夜もぐっすり眠ることができるようになったのよと言った。
ああ、やはりあの滝の水は聖水だったのだと思った。自分もあそこへたどり着くまでに魔力を使い過ぎて、かなり疲労困憊だったのに、あの水を飲んで再び活力が湧いたのだから。
あの聖地へ行って本当に良かった。
十日間だけだったが、僕は母と色んな話ができたし、母は痛みが取れて、穏やかな時間を過ごすことができたのだから。
「ありがとう。あなたの母親になれて幸せだったわ。これからもあなたの側であなたの幸せを祈っているわ」
母はそう言って、安らかに永遠の眠りについたのだった。
父は母の死に目には会えなかった。いつも肝心な時にいないのだ。
しかし号泣する父を見て、多少なりと母に情があったのだと分かって少しはホッとしたのだった。
葬儀が終わった後、王都の学園に入学して寮に入るか、自分と一緒に行くかと父に訊ねられた。
「後妻は優しい人柄だからお前の面倒を見てくれるだろう。しかし、腹違いの姉と兄は性格があまり良くないので、虐められるかもしれない。
守ってやりたいとは思うが、ずっと側にいてやれるわけではないから完璧にはできないと思う」
父が誤魔化すことなく、あまりにも正直に現実を告げてきたことに僕は驚いた。
てっきり父はもっと狡猾な人間だと思っていたからだ。
父は大きな商会を経営していて、平民だというのに高位貴族とも広い交流を持ち、社交界でも結構幅を利かせていた。
社交界の華と呼ばれていた子爵令嬢だった母親を借金のかたに愛人にしたのも、全て商会を大きくするためのものだと思っていたからだ。
僕は父の故郷へ行くと即答した。
今さら学園の初等部に入っても新しく得るものなどないことは分かっていた。それに中等部にならないとスキップもできないと知っていたからだ。
そんな所で無駄な時間を過ごすよりも、白龍姫の伝説を現地で調査する方がよっぽど有意義だと思ったのだ。
正直、姉と兄がどんなに意地悪だろうと構わなかった。これまでだって、散々愛人の子だと虐められてきたのだから今さらだった。
それに自分の身を守る術くらい、とっくに身に付けていたからだった。




