第25章
そもそも事の始まりは、リーラ姉様の結婚式の直後だった。
ターリャ姉様と私が登校すると、マータン先生が真っ青な顔で昇降口で待ち受けていた。
「昨日役所へ所用で行ったらサーラが仕事を辞めたと聞いたんだが、どうして辞めたんだ。この辺りじゃ女性として最高の職場なのに」
「もっとお金になる仕事が見つかったんですよ」
ターリャ姉様がそう答えると、先生はさらに顔色を悪くした。そして震えるような声で
「もしかして結婚するのか?」
と小さな声で訊いてきた。何を今さら言っているの?と姉様は思ったのだろう。その大きな目で睨み付けるようにこう言った。
「そうだったらどうだって言うのですか?
サーラ姉様はずっと王都へ行きたがっていたんです。先生と奥さんの仲睦まじい姿を見るのが辛いからって。
でも父様が許してくれなくて、ずっと我慢していたんです。
でも、二番目の姉がエストラード協和国へ嫁ぐことになったので、サーラ姉様も一緒に行くことにしたんです。
義兄様のご家族が良い話を紹介して下さるというので」
その紹介とは住まいと、騎士の採用試験に落ちた場合の仕事のことだったのだが、わざと勘違いさせるようにターリャ姉様は言った。
直情型の姉様にしては珍しくわざと意味深な物言いをした。
自分も恋をしたことで、姉のことを不憫に思い、先生に対して思うところがあったのだろう。
でも清廉潔白というか謹厳実直過ぎる姉は、自分が発したこの言葉がもたらした結果について、この後ずいぶんと心悩ますこととなった。
先生の奥さんに対する申し訳なさと、そんな不誠実な男を姉の夫だと認めなくてはならなくなったことに。
私からすれば、四人全員好きな人と結婚できたのだから万々歳、おめでたいことなのだから、後悔する必要なんて何もないじゃない、と思ったのだが。
先生の奥さんには先生同様に想い人がいたのに、親の命令で引き裂かれて政略結婚させられたのだ。
そんな経緯から、お互い似た者同士ということで、傍目からは仲睦まじく見えていたが、実際は白い結婚だったらしい。
離婚した後に彼女は故郷に帰り、身分違いで許されなかった両思いの人と再婚できて幸せになったそうだ。
再婚でなければ到底許してはもらえなかったらしいので、あちらは感謝こそしていても怒ったりはしてはいないと思うわ。慰謝料だってもらったわけだし。
もっとも、それを知ったのはずいぶんと後になってからだったけれど。
それに、領主のメシトウ伯爵も領内ではお嫁さんの来てがないだろうと、他の領地の令嬢と結婚させただけだったそうだ。
だから我が家の許可が出るならば、サーラ姉様との結婚は反対するどころか大歓迎だったらしい。
なにせ母様の誘拐を提案をしたのは前メシトウ伯爵だったわけだから、絶対に許されるわけがないと思っていたようだ。
でも母様には記憶がないので、メシトウ伯爵家に大して恨みや憎しみの心なんて持っていなかったみたいだ。
父様も伯爵の兄であるショータン=メシトウ卿とは今でも親密に付き合っているくらいだから、彼に似たその甥のことはそもそも嫌ってはいなかった。
そのため、もし最初から本人達に頭を下げられていたら二人の交際を認めていただろうと言っていた。
白龍姫祭りの人形を飾った翌日、前日の姉様との会話をルーディー君に話すと、珍しく彼が困惑するような顔をした。
なんとキンペリー家でも似たような会話がなされたのだという。
彼の母親違いの姉であるヒルデが、自分の家の白龍姫の祭りにリョーグ=バードンを招待したいと言い出したのだという。
つまり、彼女もリョーグに好意を持っているらしいのだ。
「ターリャ先輩からは罪悪感で色々と聞き出しにくくなって、その代わりにヒルデに接触してきたみたいなんだ。
全く気付かなかったよ。ノーマークだった。
けれど考えてみれば、都会から来たあのオシャレで格好のいいイケメンなら、あの姉のことなんて簡単に言いなりにさせられるよな」
「それって、私みたいにって言いたいの?」
「えっ? どういう意味?」
「だって私も都会から来たオシャレで格好のいいイケメン、いえ美貌の天使のあなたのことをあっという間に好きになっちゃったんだもの。
私もヒルデさんと同じくらい安っぽくて軽い女の子だと、あなたや周りから思われているのでしょうね」
ヒルデのことは嫌いだけれど、ターリャ姉様や私、恋した女の子を馬鹿にするような言い方には腹が立った。
もちろん夢中になり過ぎて、周りが何も見えなくなる状態になったら人迷惑だし、怖いとは思う。
けれど、ルーディー君みたいに、誰に対しても等しく表情が変わらないのもいかがなものかと思った。
ところがだ。
私が怒っていたというのに、彼の方は満面の笑みを浮かべていた。いつもの嘘くさい作り物の笑顔などではない、初めて目にする嬉しそうな笑顔だった。
そしてこう言ったのだ。
「僕のことをあっという間に好きになったって、それは一目惚れってことかな?
うわぁ〜。僕の片思いかと思っていたんだけれど両思いだったんだね。
しかも僕と同じく一目惚れだったなんて最高に嬉しいよ。
やっぱり僕達は真実の愛で結ばれた運命の恋人達だったんだね。
大好きだよ、ヨアンナ!」
大好きだと初めて言われて、私は飛び上がるほど嬉しかったのは否定しない。
けれど、信じられない言葉を連発されたので、その驚きの方がもしかしたら大きかったかもしれない。
真実の愛とか、運命の恋人だなんてまるで小説の中の台詞だわ。ルーディー君には一番似合わないというか、無縁の言葉だと思ったからだった。
でも近頃の私は、彼の見せる笑顔で彼の気持ちがわかるようになっていた。
だから、さっきまで腹を立てていたというのに、そんなことはきれいさっぱり忘れていたのだった。
こうして私達は思いが通じ合った。
それなのにその数日後、私達は離れ離れになってしまったのだ。
それはヒルデと彼の弟マルクス、そしてリョーグ=バードンと、王都から派遣されていた一人の役人のせいだった。




