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第24章

 

 年が開け、二月になり、リーラ姉様がトムリ=アックム様と結婚式を挙げた。

 あちらのご両親とお兄様夫妻が式に参加するためにわざわざこちらまで来て下さった。


 リーラ姉様の着た純白のウェディングドレスは、二十年に母様が身に着けたものだったが、黄ばみや汚れも全くなく、まるで仕立てたばかりのように美しく輝いていた。

 やっぱりあの宝石箱にしまっておいたから、聖なる白龍の力のおかげなのかしらん?

 

 ほとんど手直しをしなくても、リーラ姉様の体にぴったりと合っていた。

 まるで白龍姫の人形のようだと、姉様を見た人々は口を揃えて言った。

 義兄となったトムリ=アックム様も、姉様の姿に見惚れて暫くポカンと口を開けていたくらいだ。

 

 ルーディー君が私の耳元で

 

「いつか君も僕のためにあのドレスを着てくれるんだろう? さぞかし綺麗な花嫁さんになるだろうね。すっごく楽しみだ」

 

 と囁いたので、私の心臓は爆発するのではないかと怖くなるほどカンカンカンと早鐘を打った。

 ねぇ、今のって、プロポーズ?

 そう訊ねたかったけれど、口がパクパクと動くだけで言葉は出てこなかった。

 ルーディー君はそんな酸欠の金魚みたいな私を見て、いつもの天使のスマイルを浮かべていたのだった。

 

 

 リーラ姉様達は簡単な披露宴をにこちらで済ませた後、エストラード協和国の首都へ向かった。あちらでも盛大な披露宴を開いて下さったそうだ。

 足の悪い父様と仕事を長期休めない母様は参加できなかったが、あちらに移住予定のサーラ姉様と、学園の入学試験を受ける予定の兄様達が参加した。

 エストラード協和国でも有数な商会の次男の結婚披露宴ということで、かなり大掛かりなパーティーだったようだ。

 

 まさか他国の女性、しかも平民に奪われるなんてと、怒り心頭だったご令嬢方も、サーラ姉様の圧倒的な美しいさと、凛とした佇まいに臆して、戦闘意欲をなくしたようだったと、サーラ姉様の手紙には書いてあった。

 平民とはいえ、ツーホーク領で最も古い家柄の、元伯爵家の出だと知って、その後姉様達を見下すような態度を取る者はほとんどいなくなったらしい。

 良かったと、残された私達家族はほっと胸を撫で下ろしたのだった。 

 

 

 

 そして白龍姫祭りが近付いてきた。私はターリャ姉様と一緒に、客室の三段棚に人形を飾り付けた。

 この領地の家の客室には、必ずといってよいほど三段棚が取り付けられている。

 そこに季節によって飾るものを替えるのが一般的だった。

 そして三月の頭には白龍姫祭りがあるので、二月の半ばになると一番上の段には白龍姫、二段目には三人の護衛騎士、そして三段目にはやんちゃな少年の人形をお好みで飾るのが習慣となっている。

 

 ドラティス王国に併合される前に飾っていたのは、人間の形をした人形ではなかった。

 一番上の段には水の神である龍、二段目には火の神であるフェニクス、緑の神であるユニコーン、智の神グリフォンの木彫りを飾っていたのだ。

 ちなみに三段目の人形は魔物だった。四神が魔物を押さえつけて暴走させないようにしているという構造を具象化したものだった。

 

 しかし王国が白龍姫信仰を禁じたので、人々は神の形から人型の人形にして護摩化し、自分達の信仰を守ろうとしたのだ。

 つまり白龍姫祭りは自分達の民族意識、信念、独自性を貫こうとする意識の表れだった。

 それ故に、白龍姫祭りは新年の祭り、収穫の祭りと同等に重要視されていた。

 国で四大祭りとされている建国祭は、私達にとっては吸収合併された屈辱の日として、むしろ忌むべき日だったのだ。

 

 男の子が生まれると、親は二段目の人形のどれか一つ。女の子が生まれると一段目の人形を買うのがしきたりになっていた。

 それ故に我が家の飾り棚には一段目には、母様の分を含めて五つの白龍姫、二段目には父様と兄様の分の三つの護衛騎士、そして七つのやんちゃな男の子の人形を飾っていた。

 でも、今年はリーラ姉様の分の人形がなくなった。

 サーラ姉様がエストラード協和国に本当に移住することになったら、我が家の人形の中でも最も美しい白龍姫の人形は、この棚から消えてしまうだろう。

 兄様達の人形はどうなるのだろうか。それは卒業したらこの国戻ってくるかどうかで決まるのだ。

 

 この人形はお守りだ。結婚した場合は嫁ぎ先や新居に一緒に持っていくのものなのだ。

 少しセンチな気持ちになった私とターリャ姉様は、飾り終えた人形達を見つめた。

 そしてしばらくしんみりとしていたのだが、姉様が突然嬉しそうにこう言った。

 

「ねぇ、これまで父様と母様にリョーグ様を紹介する機会がなかったから、白龍姫祭りにご招待したいと思っているの。

 ほら、白龍姫祭りは王都にはないでしょ。たしか、あっちではその代わりに女神誕生祭りというのがあるのよね?

 リョーグ様は学生時代から民俗学に興味があるのですって。

 あなたもルーディー君を招待するのでしょ?

 今年は姉様も兄様もいないから寂しくなると思うから、ちょうどいいと思わない?」

 

 思わないよ、ターリャ姉様。

 彼は女神を唯一神として崇めている人なんだよ。白龍姫を信仰、というか本家本元の我が家に招待するなんて自殺行為だわ。

 でも、それをどうやって姉様に怪しまれないように阻止すればいいのか分からない。

 だから、父様達に了承を得てから招待した方がいいよ、とは言っておいた。

 そして、ルーディー君を招待することはないことも。

 だってルーディー君だって家族で祝うと思うから。

 彼は去年まで王都で暮らしていたのだもの、ハルトン様が張り切ってお祝いをするに違いないわ。

 キンペリー家は三守護家であり、ルーディー君はその主役の一人の次期守り人なのだから。

 

 案の定父様や母様から、白龍姫祭りは家族で祝うものだから、婚約者にでもならないと招待はできないと言われて、姉様はがっかりしていた。

 そして

 

「それじゃあ、私はいくつになったら婚約できるのかしら?」

 

 なんて言い出したものだから父様達は慌てていた。

 そりゃあそうだろうな。リーラ姉様が結婚したばかりだし、もしかしたらサーラ姉様だって近いうちに結婚してしまうかもしれないのだから。

 それなのに、ターリャ姉様まで婚約なんてことになったら寂しくて仕方ないだろう。

 

「どんなに早くても学舎を卒業してからじゃないと婚約はさせられないな」

 

 そう父様は答えた。つまりあと四年は無理ってことよ。でも私よりは二年も短いのだからいいじゃない。

 大体サーラ姉様のことで父様はかなりショックを受けているのだから、ターリャ姉様も空気を読んでよね、と私は思った。

 というのも、サーラ姉様がエストラード協和国へ向かった後、なんとマータン=メシトウ先生が、その姉の後を追ったのだ。

 学舎の教師の職を辞して、新妻とは離縁をして。

 

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