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第22章

 

「なんか、みんな忙しそうだね。もうすぐバラバラになっちゃうんだから、たまにはみんなでゆっくりしたいのに」

 

 ターリャ姉様が不満気にそう呟いた。

 家族全員が何やら忙しくなって、朝食時しか全員揃うことがなくなったので、それを寂しく感じているようだった。

 

 このところサーラ姉様とリーラ姉様は仕事に出かけると、夜遅くまで戻らない。残業というより例の人脈作りに励んでいるからだ。

 それに加えてサーラ姉様は剣の鍛錬、リーラ姉様は婚約者のトムリ=アックムさんとのデートや、嫁ぐための準備で色々とやることが多いのだ。

 兄様二人はエストラード協和国の学園の受験勉強に加えて、家業の手伝いにも励んでいるし。

 なぜこれまで嫌がっていた家業の手伝いを始めたのかはわからないけれど、姉様達に何か言われたようだった。

 

 母様は婦人服の店の仕事と家事、そして姉や兄達の引っ越し準備に忙しそうにしていた。

 父様は家族がいる時は本業に精を出していた。しかし誰もいなくなると、例のお仲間との連絡に忙しくしていたのだ。

 

「ターリャ姉様だって忙しくしているでしょう? 王都から来た年上の恋人とのデートで」

 

 私がそう指摘すると姉様は真っ赤な顔をした。まだ恋人じゃないとかアワアワしていた。

 申し訳ないけれど、あの男はいけ好かない。腹に一物を持っていると思う。

 そもそもまだ十一歳の少女に近付いてくる男なんて怪し過ぎるわ。

 国から派遣された役人の息子で、彼もまた見習いだなんて言っているけれど、まだ成人じゃないわよね。やたらと色気があるけれど。

 

 ショータン様に調べてもらったところによると、彼は本当に王宮勤めの役人だった。

 しかしもう一人の役人との親子関係ではなかった。リョーグ=バードンなんていう名は嘘っぱちだ。

 ただし私の見立て通り成人してはいなかった。二学年も飛び級で学園を卒業した秀才で、なんとまだ十六歳だった。

 五歳違いならロリコンとは言えないか。

 しかし、身元を誤魔化している時点でどう考えても、我が家の秘密を探りにきたとしか考えられない。国の上層部の指令でやって来たのだろう。

 おそらく、ターリャ姉様を次代の白龍姫だと思って接近しているのだわ。

 もし姉様が危険な目に遭ったらどうしよう。父様に相談すると、父様は大丈夫だよと言った。

 

「あの子だけじゃなく、家族に危険が及んだら、ここから(・・・・)バリヤーが発生して守ってくれるし、父様にも感知できるようになっているからな」

 

「えっ?」

 

 父様が私の左耳に触れながらそう言った。今までなぜか気付かなかったけれど、耳たぶって柔らかいはずなのに、父様の触れた所だけが硬いのがわかった。

 目には見えないけれど、そこにはピアスが付いているのだという。

 しかも家族全員が同じ物を左耳に取り付けているらしい。

 なんでもそれは白龍、つまり母様の爪からできているらしく、耳に付けてから数日で体の中に溶け込んだのだという。

 

 誘拐に遭った母様は領地に戻ってきたからも、頻繁に龍の姿になったり、人間に戻ったりを繰り返し、とても不安定になっていたらしい。

 龍の姿を人に見られたら大変だと、人里離れた小屋で暮らしていたという。

 これでは母様の精神がもたないと判断した父様が母様の両親と相談して、龍の姿の時に角と爪を切り落としたのだそうだ。

 その結果、母様は人間の姿に戻り、それ以降は龍に変化することはなかったらしい。

 

 そして後に残されたその角と爪をどうしたものかと父様は悩んだそうだ。

 魔力持ちである父様は、その切り取られた物に含まれる魔力がかなり強力だということが分かっていたからだ。

 しまっておいて誰かに悪用されては困るし、かといってどこかに捨てるのもまずいと思った。

 

 そこでショータン様に相談をしたらしい。

 すると父様の先輩は、本来ならそれらは龍の聖地に埋めるべき物なのだろうと言った。

 しかし、それがどこにあるのかは白龍姫でないと分からない。

 だから魔力を封印する箱に収納して人目に付かない所へしまっておくしかないだろう、と。

 

 そこで、口が固く信頼のあるという魔術の専門家を紹介してもらったという。

 その学者は貴重な龍の角と爪に驚き、興味を示したが、その出処を訊ねることはせず、淡々と封印する手伝いをしてくれたのだそうだ。

 やはり、角と爪にはかなりの量の魔力が溜まっているらしく、一般の人間の側には置いて置かない方がいいと。

 その上で、これでお守りを作っておいたらどうだとアドバイスをくれたのだそうだ。

 

 龍の角と爪には魔力があると同時に神聖なもので、相反する力を持っているのだそうだ。

 邪悪な者が触れると瞬く間に同じように邪悪になって、周りに禍をもたらすと言われているらしい。

 しかし、まっさらな心の持ち主が手にすれば、その者の願いが叶うというのだ。

 それが本当かどうか、その真偽は定かではないが、この際だから試してみればいいだろうと。

 怖すぎると私は思ってしまったけど。


「私の信頼している魔物専門の職人は、封印箱のような大きな物だけではなく、繊細な小物や装飾品を作るのも得意なんだ。必要があると思ったら話してみるといいよ」

 

 その学者様の言葉を聞いた父様は、合わせて十六ある爪でピアスを作って欲しいと職人に依頼したという。

 そして父様は出来上がったその龍の爪で作ったお守りのピアスを、大切な人達に贈ったらしい。

 

 まずは大切な仲間であるショータン卿とハルトン卿。

 そして母様と自分。結婚後に妻の両親と兄弟に。

 残り六つのピアスは、これから生まれてくるかも知れない子供のためにしまっておいたのだという。

 そして実際に効果は確認済みらしい。

 

 私の下に兄弟がいないのは、ピアスがもうないからだったのしらん?と一瞬思ったけれど、もし生まれていたら、きっと角で作ったのだろうなあ、なんて思った。

 それにしても、やっぱり父様は私達家族の安全を何よりも考えてくれていたのだな、と嬉しくなった。

 

 これでターリャ姉様の心配も要らなくなって、私はホッとした。

 まあ、精神的なダメージは受けるかもしれない、という不安は拭えなかったけれど、こればかりは仕方がない。

 まだ何も起きていないのに付き合うなとは言えないし、言ったら言ったで余計むきになるだろう。あの姉のことだから。

 そう思った私だった。


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