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第21章

 

 父様の話を聞いて、私達姉妹は驚愕した。

 母様が国の近衛騎士によって誘拐され、脅迫され暴力を受け、強姦されそうになっていたなんて。

 許せないと思ったし、そんな極悪人達を死に至らせたことも当然な行為だったと思った。

 

 しかし、あの心優しい母様が、身を守るためとはいえ人を殺め、夫を傷付けていたことを思い出したらきっと耐えられないに違いない。

 だからこそ父様は、母様が昔の記憶を思い出させないようにしていたのだ。

 そう、あの三人の後輩にいいように利用されても。

 父様が騎士団の後輩達に仕入れた値段で自転車部品を譲っていたのは、彼らに母様の秘密を偶然知られて脅されていたかららしい。

 父様はただ人が良くて利用されていたわけではなかったのだ。

 

 姉二人は父様に対してこれまで思うところがたくさんあったと思う。

 (くだん)の後輩のこと、弟達の進学のこと、叔父のこと、そしてハルトン=キンペリーさんに対する嫉妬……

 しかしその理由が全て明らかになって、父親に対して申し訳ないというか、切ないというか、何とも言えない気持ちになったようだった。

 

 全てが妻のためだったのだから。結局のところ自分達子供のことだって、愛する妻が産んだ、妻の宝物であるから大切なのではないだろうか。

 自分達や弟達を王都の学園へ入学させなかったのは、人質にされる恐れがあるからだろう。そう察したようだった。

 東の国との争いは一応一時休戦となっているが、いつ攻撃されるかわからない。

 もし本格的な戦争になったら、あの卑怯な輩は白龍姫である母様を再び利用しかねないのだから。

 

 叔父様達の話も聞いた。その真実にも驚いたわ。

 叔父様達が父様に憧れていたというのは本当だったらしい。けれど、父様に進められたから王都へ出て騎士になったわけではなかったのだ。

 叔父様達は軽い言い方をすればシスコンだったようだ。

 姉を守るために騎士団に入り、国に不穏な動きがないか、王城に残ったショータン=メシトウ様と情報交換をしていたらしい。

 母様の誘拐事件は王宮関係者と近衛騎士団しか関与していなかった。そのために、騎士団が叔父様達を疑惑を抱くことはなかったようだ。

 

 しかし、例のクズ後輩達に母様の秘密が知られたことで、身の危険を感じた。

 そこで叔父達は、東の国とのいざこざがあって国境線へ送られた際に、戦死した振りをして逃亡したのだという。

 つまり叔父様達は生存していて、今現在北の辺境伯領において別の名で騎士として暮らしているそうだ。

 もちろん父様と亡き祖父母も知っていたのだと聞いて、今さらだがほっとした。

 アーダ叔母様に真実を伝えなかったのは、叔母様は起伏の激しい性格をしていて、隠し事ができないからだそうだ。

 たしかにあの叔母様にその真実を告げたら、思ったことや想像した、あることないこと母様に告げてしまいそうだ。

  

 この場にターリャ姉様を連れてこなくて良かったと心底思ったわ。

 あの正義感の塊である姉のことだから、真実を知ったら領主のキンペリー侯爵家とあのクズ後輩達の家へ殴り込みに行きそうだもの。

 

   

「父様一人を悪役にしてしまってごめんなさい」

 

 サーラ姉様が父様に謝った。リーラ姉様も。しかし父様はこう言った。

 

「お前達が謝る必要なんてない。お前達に辛い思いをさせてしまったのは俺が不甲斐ないからだ。

 娘らしいことを一切させてやれず、本当に申し訳なかった。

 信実を告げれば、こんなにギクシャクすることはなかっただろうし、誤解されずに済んだかもしれない。

 それでも、母親が酷い目に遭わされた話をどうしても聞かせたくなかった。

 お前達も王都に行けばいつそんな危険にさらされるか分からない。だからそんな不安や恐怖を味あわせたくはなかったのだ。

 俺の側にいれば守ってやれると思っていたし。しかし、それは思い上がりだったな」

 

「そんなことはないわ。父様の足は今は古傷で歩き難くなってしまったけれど、二十年前は一応完治して騎士に戻ることもできたのでしょう?

 それなのに、母様のためにここに戻ってきたのよね?

 騎士の身分を捨てて一から自転車の組み立てや修理を覚えて、今の店を開いたのでしょう?

 そして子供を六人も立派に育ててくれたわ。

 父様には感謝しかないわ」

 

「サーラ姉様の言うとおりよ。父様がハルトンさんと争って勝ち抜いてくれたからこそ、私達はこうして生まれてこられたのですもの。

 勝ち抜いてくれてありがとう。さすが最強の守り神だわ」

 

「何言っているの、リーラ姉様。

 ハルトンさんが負けたのはまだ学生だったから王都に残らなきゃならなかったせいでしょ」

 

「それを言ったらお父様が卑怯者に聞こえるでしょ!

 ターリャみたいなことを発言しないで」

 

 リーラ姉様にそう叱られてしまった。父様は困った顔をしていた。

 私達がそんな馬鹿馬鹿しい話をして少しでも暗い雰囲気を払拭しようとしていたら、それまで黙って話を聞いていたルーディー君が口を開いた。

 

「お聞きしたいことがあります。

 ワントゥーリ卿以外の守り人であるショータン=メシトウ卿は王都に残り、私の父(ハルトン)がここと王都の二箇所を行き来して二重生活を送るようになりましたよね?

 そして夫人のお二人の弟さんが北方に残った。その意図は何ですか?」

 

 しかし父様は何も答えなかった。するとルーディー君が再びこう訊ねた。

 

「もちろん第一の目的は夫人をお守りすることだったのでしょう。しかしそれ以外にも目的があったのではないですか?

 たとえば、ドラティス王国からツーホーク領を独立させるための準備をするためとか?」

 

 それは私も同じように感じた。もちろん姉達もそうだったのだろう。

 黙ったままの父様に向かって、サーラ姉様がにっこりと微笑んだ。

 そしてこう告げたのだ。

 

「父様。私達も今ね、四家の血を引く者達を見つけて連絡を取り合おうとしている最中なの。

 それはヨアンナを守るためだったわ。けれど、それだけではなく、ツーホーク領の領民や周辺国の人々のためにもなるのだと分かって、余計にやる気が出てきたわ。

 本格的に独立運動を起こしましょうよ。

 叔父様やハルトン様、そしてショータン様達に連絡をして下さい。

 各自が勝手に事を進めるより、きちんと連携を取った方がいいでしょ。

 私はエストラード協和国で騎士になって、リーラと共に仲間を集めるわ」

  

 と。

 父様は瞠目した後で、真剣な眼差しで確認するようにこう訊ねた。

 

「本気か?」

 

「「「はい」」」

 

 姉様達と一緒に、私も大きくそう返事をしたのだった。

 

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