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第16章

 

 サーラ姉様によると、嗅覚が突然鋭くなったのは三年前だったという。

 ある日突然職場の一部の人達の匂いが気になりだしたらしい。

 それは決して臭いとか不快に思う匂いではなかった。むしろ親しみを覚えるような懐かしい匂いなのだという。

 しかしそれと同時に警戒音のようなものが頭の中で鳴り響いて、無意識に接触を避けようと体が反応していたらしい。

 しかも、そのうちに相手も自分と同じような反応を示していることがわかったという。

 

 そしてそれは、窓口業務で一般市民を相手にしている時も同じように、その匂いのする人がちらほら存在していたのだという。

 

「今思えば、自分の定めから無意識に目を反らしたかったのだと思うわ。

 ああ、あの人達は自分と同じ守り人達だったのか。そのことにようやく気付くことができてホッとしたし、ようやく自分の役割を全うする覚悟ができたわ、とサーラ姉様は微笑んだ。

 

 リーラ姉様も自分も同じだと言った。

 そして姉達に言うには、匂いにはそれぞれ強弱があって、そのほとんどが微かな匂いなのだそうだ。

 つまりそれは、自分達が発している匂いも微かなものだと。

 それに比べてルーディー君の匂いはかなり強烈で、守り人としての格の違いがはっきりわかると言った。

 

 そして私の匂いはというと、ルーディー君と同じくらい強力な匂いにも関わらず、甘くて切ない気持ちになるのだという。

 側で愛でたくなるというか、守ってやりたい気分になるらしい。

 

「でも、ヨアンナを可愛いと思うのはそんな先祖の血とは関係ないわ。

 だって、あんな愛想のない弟達や気の強いターリャのことだってに可愛いと思っているよ。素直で優しいあなたのことを愛おしいと思わないわけがないじゃない」

 

 リーラ姉様らしい少しばかり屈折した言葉に、サーラ姉様も頷いたので、私は嬉しくなった。

 

 

 それからというもの、サーラ姉様は仕事の合間に剣の鍛錬に励んだ。そしてそれだけでなく、例の匂いのする人達に声をかけて、少しずつ交流を図っていった。

 そしてリーラ姉様も結婚の準備をしつつ、商店街で働く人や客の中で守り人だと思われる人達を見つけると、密かに声をかけて親睦を深めていった。

 

 ところか、姉様が男性客と懇意そうに話しているところを婚約者のトムリ=アックムさんに見られて、嫉妬されることも度々あったそうだ。


「ここに残る妹やこの領地を守るためよ」


 姉がそう説明しても彼が信じていないような気がして私は慌てた。けれど、なんとルーディー君がきちんと彼に説明してくれた。

 

 いくら姉様の旦那様になる人とはいえ、他国の人にそんな秘密を教えてしまっていいのかしらと私は不安に思った。

 けれど、エストラード協和国にも守り人がいるかもしれない。だから、将来的にはトムリ=アックムさんにも協力してほしいから打ち明けたのだとルーディー君は言った。

 

「ずっと観察していたけど、あの人本当にリーラさんを愛しているし、大切に思っているのが分かったから大丈夫だよ。

 それに、彼にとってもこちらの協力者になることは悪いことじゃないと思うし」

 

 と意味深なことを言っていた。聞いてもきっと今は教えてくれないんだろうなと予想がついたので、私は聞かなかった。

 この半年ちょっとの付き合いで私は悟ったのだ。彼は必要だと思ったことしか絶対に話さないと。

 時期が来れば話してくれるでしょう。

 それにしてもまだ九歳だというのに、ルーディー君の精神年齢及び思考は成人並みだ。いや、父様よりしっかりしている気がする。

 もしや二度目の人生なんじゃないかしら?と疑いたくなるわ。

 

 だって彼ったらトムリ=アックムさんだけじゃなくて、父様にもきちんと話をつけてくれたんだもの。


「僕は守り人に選ばれました。つまりそれは、白龍姫になる可能性者が現れたという証です。

 そしてその白龍姫が貴方の末娘のヨアンナさんであることが判明しました。それ故にこれから僕が彼女をしっかり守っていくのでどうか安心してください」


 ってね。

 でも、そんな事を言ってもすぐに信じてもらえるわけがないでしょ。

 そう思ったルーディー君は唖然としていた父様を安心させるために、自分の能力をその場で披露したの。

 

 認識阻害魔法と防音魔法、体力強化魔法。

 そしてとどめはそれこそご先祖のフェニクスの先祖返りの証とばかりに、爆裂した火というか業火と呼べる炎攻撃……

 いや、父様だげじゃなく私も腰が抜けた。まあそこは雑木林に囲まれた畑で、元々焼き畑にするつもりだったので焼けても構わなかったんだけれど。きっと母様も喜ぶし。

 

 因みにその火を消したのは、ユニコーンをご先祖様に持つ父様だった。

 父様には植物の成長を早める力がある。それを発動させ、植物にとって適温になるように土が冷却された。そのせいで火が一気に消えたのだ。

 もちろんそれは、ルーディー君の指示によるもので、父様は一瞬ボウーっとしていたけれど。

 

 もし母様がその力を使うとしたら本来は水なのだろう。龍は水の神だから。

 まあ母様は自分が白龍姫だったことを覚えていないのだから、そんな事を考えても結局意味ないんだけれど。

 父様は母様がそのことを思い出さないようにしているから。

 そしてそれを知っていたからこそ、私は散歩へ行くと言って無理矢理に父様を家から連れ出したのよ。


 怪しむ父様を母様が借りている畑に着くと、そこにはサーラ姉様とリーラ姉様、そしてルーディー君が待ってくれていた。

 そして前回のように広範囲に結界というシールドを張り、外からは姿も見えず音声も聞こえない状態にしてくれていたというわけだ。

 そうじゃなきゃ、いくら林の中だって火事だって大騒ぎになってたわ。

 

 おそらくだけれど、ルーディー君は同じ聖龍騎士でも父様より強いんじゃないかしら。

 だって、あの文句の付けどころもなさそうなトムリ=アックムさんに対しても不満たらたらだった父様が、すんなりと娘をよろしく頼みますと頭を下げたのだから。

 そして初めて自分の心情を語ったのだ。


「白龍姫の一族と、守り人の一族が結ばれること自体は特に禁忌にされていたわけではない。

 だから、長い歴史上それがなかったとは言えない。しかし、実際にあったという話も聞かなかった。

 だから、実際自分の子供達がどちらの血を引いているのかはわからなかったんだ。

 というよりか、正直なことを言えば、次世代の白龍姫は現オーリス家の当主のアーダの娘だろうと油断していたんだ。

 もし俺に子供ができたなら、優れた治癒力か体力、または植物を育てる力、それのどれかを持つ守り人なのだろうってね。

 もっとも、結婚当初は子供を持つ気なんてなかったのだが。娘達の前で話すことではないが」

 

 父様が苦しい顔をしてそう言った。

 私は人伝に父様の育った境遇を知っている。しかし、それが実際に本当かどうかはわからなかった。

 だから本人の口から聞きたかった。それはきっとこの先祖の血に翻弄されてきたものに違いないと思ったからだ。

 もしそうだとしたら、私も知っておくべきだと感じたのだ。だから私はこう懇願した。

 

「父様がこれまでどんな思いをしてきたのか、どうかそれを私に話して下さい。

 私が将来母様と同じ白龍姫になるのだとしたら、知らないと困ると思うのです」

 

 と。

 

 

 

 

 

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