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第13章


「でも、それって私が単にオーリス家の血を引いているからじゃないの?」

 

「いや。ターリャ先輩には何の感情も湧かないよ。君の上の二人の姉上に対しては鼻がムズムズしかけたけれど」

 

「上の姉達にも会ったことがあるの?」

 

「こっちへ引っ越してきて、転居届や転校手続きをしに役場へ行った時に、上のサーラさんに対応してもらったから。

 それに学用品を買いに商店街へ行ったとき、リーラさんを見かけたんだよ。

 でも、まったくドキドキとかしなかった」

 

「まあ! でも、鼻にムズムズしたってどういうことなの?」

 

「これは僕の推測に過ぎないんだけれど、サーラさんとリーラさんは、ワントゥーリ家の方の血が強く出ているんだと思うよ」

 

 ルーディー君の言葉に私は素直に頷いた。そりゃあそうだろう。父様の子なんだから。

 

「でも兄上達やターリャ先輩には両家の特殊能力はどちらも出ていないみたいだね。

 三人とも優秀だけれど、先祖返りはしていないと思うよ」

 

「なぜそう思うの? 兄様達はともかく、ターリャ姉様は母様に瓜二つだし、頭が良くて運動神経もバツグンなのよ」

 

「僕もターリャ先輩が白龍姫様かなと一瞬思ったんだけれど、人間の匂いしかしないんだよね。

 先祖返りすると嗅覚が鋭くなるんだ。だから同類だとお互いに独特の匂いがするからすぐにわかるんだ。

 君の上の姉上君やマータン先生からはその匂いがするよ。

 君もそのうち匂いで判断できるようになると思う」

 

「マータン先生も先祖返りなの?」

 

「うん。裏切り者一族だといっても、三守護家の血筋だというのは変わらないからね」

 

「でも、本当に私も先祖返りしているの? 私はルーディー君やサーラ姉様のような特殊能力なんてないけど。

 それに私、白龍姫になんか変化したくないわ」

 

「君が白龍姫だってことは間違いないと思う。自力でこの聖地に辿り着けたんだから。

 でも、変化(へんげ)するかどうかは僕にはわからない。

 本当はそれを教えるのは親の役目なんだけど、ドラティス王国に併合になって以降、四家でも上手く次代へ引き継ぎができなかったみたいだな。

 僕自身も自分で調べるまでわからなかったから」

 

「母様に訊いた方がいいのからしら」

 

「聞くなら父上の方がいいと思うよ。君の母上はおそらく白龍姫だったことを覚えていないと思う」

 

「母様は白龍姫だったの?」

 

 私が喫驚すると、ルーディー君は急に黙り込んだ。自分が話していいのかと自問自答しているようだった。

 そんな彼の様子を見つめているうち、ふと母様が昔のことをあまり覚えていないことを思い出した。

 白龍姫に変化すると過去のことを忘れてしまうのだろうか。そう思い至ってゾッとした。

 今は両親の仲がギクシャクとして家の中には絶えず緊張感が漂っているが、以前は貧しくても仲睦まじい家族の団らんがあった。

 両親や兄姉達に愛されて幸せだった。

 そして、やっと心許せる友もできた。

 それなのに、その大切な記憶や想いがなくなるなんて絶対に嫌!

 

 私が頭を抱えてしゃがみ込むと、ルーディー君が焦ったようにオロオロし始めた。

 

「ごめん。突然自分の母親が白龍姫だったなんて聞かされたら驚くよね。

 ごめんね、デリカシーがなくて」

 

「違う! そうじゃなくて、記憶がなくなるのが怖いの。

 私、忘れたくないわ。家族との大切な思い出や、貴方とのこれまでのやり取り、全部覚えていたいの。

 そんな大切なものをなくしてしまうなら白龍姫になんてなりたくない」

 

 ルーディー君は私の横に腰を下ろして、私の肩をポンポンと優しく叩きながら落ち着くのを辛抱強く待ってくれた。そしてその後でこう言った。

 

「詳細まではさすがに、わからなかったけど、二十年前、君の母上が長期間緊張と恐怖状態に置かれたことは間違いないと思う。

 そんな極限状態からご自身と同郷の者達を守るために白龍姫に変化されたんじゃないかな。

 そして思い出したくもない経験をされた。だからこそ精神を保つために記憶を手放されたのかもしれないよ。

 白龍姫に変化したら必ずそれまでの記憶を失うとはいうわけではないんじゃないかな。

 気休めかもしれないけど、僕は君がそんな辛い目に遭わないように頑張るよ。

 僕も君に忘れられたくはないもの」

 

 顔を上げてルーディー君を見ると、優しい顔で私を見つめていた。

 

「僕が君を守りたいと思ったのは絶対に先祖の血のせいだけじゃないよ。匂いなんて嗅がなくても、君とならきっと友達になりたいと思ったに決まっている」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

 ルーディー君がそう言った時、ポツポツと冷たい水滴が頭や顔に当たった。

 雨かと思ったが空は見事な晴天だった。しかしそれにも関わらず、木漏れ日と共にきらきらと光る宝石のような雨粒が降り注いでいていた。

 

「見て! 虹が出ているよ」

 

 振り返ると滝から二つの美しい虹が出て、小川が流れ落ちている辺りに小さなアーチを描いていた。

 

「白龍姫の祝福だ。白龍姫が認めた者にだけに見せるという雨と虹だよ。

 僕が君の聖龍騎士だと、この地に眠られている方々に認められたんだよ、きっと……」

 

 ルーディー君は嬉しそうにそう言った。

 先祖返りした者の中でも本当の忠誠心を持つと認められた人間だけが、その聖龍騎士の称号を授かるという。つまり天からの祝福らしい。

 

 

「父様はね、母様の聖龍騎士だったんだよ。母様のためならなんでもできると思っていたんだ。

 それなのに母様をずっと傷付けてきたことにも気付かなかった。なんて愚かだったんだろう」


 先月のことだ。

 

 私は父様の膝の上に頭を乗せて目を瞑っていた。

 父様は私が眠っていると思ったのだろう。私の頭を優しくなでながら、しんみりとこう呟いたのだ。

 母様の聖龍騎士だったなんて、父様にしては珍しくロマンティックなことを言っているなと思った。

 けれど、あれって本当のことだったのだとわかった。

 

 でも、父様ってやっぱり脳筋だったのかしら。

 母様のことを守るって、暴力をふるうような敵から腕力や剣で撃退することだ、とでも思っていたのかしらね。

 守りたいのなら仮想敵からだけじゃなくて、生活費を稼いで、それなりの暮らしをさせるべきでしょ。

 あんなに綺麗な妻を持っていたら、それなりの服装や装飾品で飾ってやるべきでしょ。

 愛する妻が子供達に教育をさせたい、娘らしくお洒落をさせたいと望むのなら、その希望を叶えてやるのが当然でしょ。

 たとえ結果的にそれを叶えられなかったとしても、前向きに努力して、せめてその心意気だけでも見せないとだめでしょうに。

 

 

 父様の生みの母は、産後の肥立ちが悪くて、出産後間もなくしてなくなったらしい。

 だからお前のせいで亡くなったと、父親や兄弟達から憎まれ、疎まれて育ったらしい。そして継母からも。

 

 赤ん坊というのは親兄弟から望まれて生まれてくるわけで、本人が望んだから生まれてきたわけではない。それなのに嫌われるなんて理不尽な話だ。

 父様は結婚するまで家族に愛されていなかった。だから妻を愛していても、大切にする方法を知らなかったのかもしれない。

 あんな血だけしか繋がっていない他人以下の身内に、何度も金を融通してやるくらいなら、母様にドレスの一枚でも買ってあげれば良かったのに。

 

 父様大好きっ子の私でも、母様の聖龍騎士だったことを知って、父の行動に納得できないものを感じたのだった。

 


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