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第12章


 民の祈りが消えたことで白龍姫のからの庇護を失ったツーホーク領は荒れ果てて、領民の生活は悪化の一途をたどった。

 彼らの不満は日毎高まり、今から二十年ほど前、領民が暴動を起こす寸前にまでになったらしい。

 

 そんな状況になってようやく国はツーホーク領に支援を始め、領民の怒りを押さえたという。

 国からすればツーホーク領などすでにろくに税も納められない荒廃した領地であり、支援するメリットなど無きに等しいはずだった。

 それなのになぜ援助することになったのか。

 それが領主のメシトウ家が懇願したおかげだとは、ルーディー君には到底思えなかったらしい。

 たしかに表面上の結果だけ見ればそれはメシトウ家のおかげであった。

 

 しかし怪しいと考えたルーディー君は、当時のドラティス王国の歴史的背景を調べてみたのだという。

 まずは図書館の歴史コーナーにある書籍を一通り読破し、次に例の閲覧禁止コーナーの書籍に目を通した。

 そして当時ドラティス王国が危機的状況に陥っていたという事実を突き止めたという。

 

 なんと三十数年前からこの国では魔物の数が増えていき、その対策に追われていたというのだ。

 北の辺境騎士団が必死に王都に侵入させないように戦っていたが、防戦一方で相手を叩きのめすことは至らなかった。国も騎士団を派遣したが、魔物相手では歯が立たず、焼け石に水状態だったという。

 そんな時、ツーホーク領の領主の当時のメシトウ侯爵がこう進言してきたらしい。

 

「魔物を完璧に倒せるのはやはり魔力を持った者でないと無理です。

 しかしこの国にいる魔力保持者の半数近くは、我がツーホーク領の民です。

 何故我が領内に魔力持ちが多いのかと言えば、あなた達は信じたくはないのでしょうが、私達が四神と呼ばれる、龍、フェニックス、ユニコーン、グリフォンの子孫だからです」

 

「しかし、魔力持ちが多いという割に騎士団の中にツーホーク領の出身者はほとんどいないそうだが。これはどうしてかな?」

 

「魔力持ちだとわかれば、異質な人間だとしてあなた達に目を付けられて、どんな目に遭うか分からないからですよ。自ら名乗り出る者なんているわけないでしょう」

 

「それならば、なおさらそちらの領民を王国の騎士にするのは難しいだろう」

 

 国王は至極真っ当なことを言ったが、メシトウ侯爵はなんとこう言ったそうだ。

 

「あなたが頑なに信じないと言い張っても、本当に我が領地は四神が築いた土地なのですよ。

 古代から白龍姫が守ってきたからこそ豊かな土地だったのです。

 そしてその白龍姫を守り支えてきたのが、我が家を含む三守護家です。

 オーリス家以外はすでに神の姿に変形できる者は現れなくなりました。

 それでも、白龍姫を守る力だけは脈々と引き継がれてきたのですよ」

 

「それが魔力持ちだというのか?」

 

「その通りです。それ故にオーリス家の娘を王都に連れて来て人質にとれば、三家並びにその一族の魔力持ちが、娘を取り返えそうとやって来ることでしょう。

 そしてそこで、魔物退治をすれば人質を解放すると言えばいいのです。

 もちろん我が家からも魔力持ちを行かせますよ」

 

「それは誘拐監禁……大罪だな」

 

「今さら何をおっしゃっているのですか? 

 このまま手をこまねいていたら、数か月後には王都、いや王城は魔物に破壊されますよ。

 自分達だけ民を置いて逃げ出すつもりですか? 

 国民を見殺しにした貴方方王族を受け入れてくれる地があると思われるのですか?

 

 そもそも誘拐監禁なんて貴方達はお手の物でしょう?

 私の祖母や叔母達を誘拐して人質にして、祖父にオーリス家や祖国を裏切らせたのですから。

 おかげで我が一族は裏切り者の烙印を押されて、主や仲間だけでなく、領民からも侮蔑され憎まれているんですよ。

 父や叔父達だけでなく、それ以降同じ領地から結婚相手を見つけることができなくなったほど嫌われているのです。

 侯爵だ領主といっても名ばかり。四面楚歌状態で、心が落ち着く場所がどこにもないんです。

 貴方方も綺麗事を言っていると、我々のように永久に心の平安を得られなくなりますよ。

 ただし魔物退治をした暁には、きちんとツーホーク領に支援して下さいよ。

 そうしないとこの国が我が主達に何をしたか、領民に暴露しますよ。きっと民達は白龍姫を思い出して祈りを捧げることでしょう。

 領民の祈りの声が聞こえたら白龍姫が現れて、この王城を攻撃することになりますよ。

 まあ、貴方方にはドラティア神が付いていられるから我らの手など必要ないというのなら、それはそれでも構わないですが」

 

 メシトウ侯爵の言葉に国王や宰相は何も反論できなかった。

 そして後ろめたさを覚えつつもその提案に乗り、それを実行したのだ。

 そう。王家と宰相はオーリス家の第一子であるヒラリス=オーリスを誘拐したのだ。

 まだ彼女が白龍姫だと確信を持っていたわけでもないのに、ただ利用するために。

 

 そこまで話を聞いて私はぶるぶると身を震わせた。母様がこの国に誘拐された? そんな! 

 周りには噂好きな人が多い。それなのにこれまでそんな話は聞いたことがない。

 ということは誘拐はされたものの、秘密裏に母様は救出されたということなのだろうか。

 

「私の父様は王都で騎士だったの。それは母様を助け出すためだったの?

 そういえば、あなたのお父様のキンペリーさんも、マータン先生の伯父さんも騎士をしていて戦死したのだと聞いたことがあったわ。

 つまりそれは、母様を助け出すためだったということ?」

 

 私の問にルーディー君は少し困ったような顔をした。

 

「その話は正確じゃないね。それは後で説明するね。

 最初はね、その記述を読んでも素直に信じられなかったんだ。

 たしかに三守護家は白龍姫を守る存在だっていうけれど、ドラティス王国に併合されてからは、付き合いはそれほどなかったはずなんだ。

 白龍姫信仰は禁じられていたから、三家ともオーリス家とは距離を取っていたみたいだから。

 もちろん、メシトウ家以外は裏では連絡取り合っていたのかもしれないけれど。

 でも、ヒラリス様が誘拐されたと思われる直後、三家の一族の人間が数人、まるで図ったかのように王都へ向かったみたいだ。

 今ならそれが事実だったと分かるよ」

 

「なぜ?」

 

 ルーディー君は私の顔をじっと見つめた。今日の空のように透き通った美しい青い瞳に、自分の姿が映っていた。

 胸が信じられないくらい激しく波打った。

 

「ここで君を初めて見た瞬間にわかったんだ。君が僕の守るべき人なんだって。

 僕の魔力も君を守るために授かったものなんだって」

 

「えっ!」

 

 ルーディー君が言うには、半年前、私の両親の仲が悪くなった頃、王都にいた彼は胸騒ぎがして落ち着かなかったらしい。

 ただし、それは母親の体調が思わしくないないからだと思っていたそうだ。

 だから龍の鱗か爪を探そうと、ツーホーク領の領都リューキへ向かったという。

 しかしそう簡単に白龍姫の聖地を見つけられるわけがないと頭の中ではそう考えていた。

 それなのに、オーリス家の土地に入った途端、体が勝手に動いていたのだという。

 まるで白龍姫の聖地へ行け!という天からの指令を受けて、体が勝手に動いている、そんな感じだったと彼は言った。

 

「ああ、これが三守護家の血による守り人の本能なのだ、と僕は悟ったんだ」

 

 その頃の私は両親の別居騒動で酷く苦しんでいた。ルーディー君はそれを察知して胸をざわつかせていたらしい。

 生死に関わることでも無かったのに? これからはむやみに悩んではいけないわ。ルーディー君に余計な心配させちゃうもの。

 深刻な話をしていた最中だったのに、そんな場違いなことを考えてしまった私だった。

 


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