第1章
ジャンルがよく分かりません。魔物や騎士が出てきますが、冒険者とか英雄とか出て来ません。ダンジョンとかも攻略しませんし、魔王も討伐登場しません。魔物とは戦いますが。
恋愛や家族愛の要素は強いけど、大した悪女も婚約破棄もないからいつもの異世界恋愛って感じでもない。
微ざまぁがモットーなので、その辺はご理解下さい。
「この家の娘は下へ行くほど別嬪になるな」
客のその一言で我が家の居間は氷付いた。
一番上のサーラ姉様の両腕がブルブルと震えていた。
二番目のリーラお姉様は真っ赤な顔をして俯向いた。
三番目のターリャ姉様は顔色を赤を通り越して赤黒く変色させてそのお客さんの顔を睨んでいた。
ツーリィーとタント、二人の兄様達は真っ青になって父様と姉様達の顔を何度も行き来していた。
そして末っ子の私ヨアンナはといえば、まあ、ただ唖然としていただけだった。
客のおじさんの言葉からすると、ワントゥーリ家で一番の別嬪さんは私ということになるので、本来なら喜ぶべき所なのかもしれない。
しかし当時僅か九歳の子供でもその場の空気は読めた。それに大好きな姉様達を貶されて、喜べるはずがなかった。
ちょうどその時、母様がお茶を持って部屋に入って来た。そして紅茶の入ったティーカップをお客さんの前に差し出そうとした瞬間に、父様が立ち上がり
「そんな奴に茶など要らない。お客様のお帰りだ」
こう怒鳴ると、お客さんの背広の衿の後ろあたりを掴んで無理矢理に立たせると、その背中をドンと押した。
「君のところとはもう取り引きはしない。二度と我が家に来るな!」
「待って下さい。今日は自転車の部品を売ってくれるという約束でしたよね」
「ああ、友人だと思っていたから、これまで原価同然で融通してやっていたが、それももう終いだ。
これまでもその図々しさと、妻にちょっかいを出してることにも腹に据えかねていたのだが、娘まで傷付けられたのではもう限界だ。
出で行け! 二度とその顔を見せるな!」
父様が杖を振り上げると、お客さんは真っ青になって外へ逃げて行った。
父様は今でこそ杖を使っているが、昔は王都で騎士様をしていて、剣の達人だったのだ。そりゃあ怖いわよね。
それにしてもあのお客さん、もう長い付き合いだというのに、父様にとって家族が何よりも大切だってこと知らなかったのかしら。
地位よりも名誉よりも金よりも、家族が大切。
そんな父様が娘を傷付けられて怒らないはずがなのに。
「どうしたの? 何があったの?」
怒り狂っている夫と、泣きそうな顔をしている娘達を見て、母様が戸惑っていた。
すると、タント兄様が母様の耳元でなにやら囁いた。
それを聞いた母様は元々大きめな目をさらに見開き、その美しい顔を歪ませると、サーラ姉様とリーラ姉様を背後から抱きしめた。
すると姉達は声を上げて泣き出した。
サーラ姉様とリーラ姉様はこの町一の才媛と呼ばれるくらい優秀だったが、父様が体調を悪くされて家計が苦しくなったために進学せずに、働きに出ていた。
サーラ姉様は役所、リーラ姉様は町一番の商店に。
そして働いて得た賃金のほとんどを家に入れていたために、おしゃれなど一切できずにいたのだ。
特にサーラ姉様は冬になると、父様の厚手のオーバーコートを自分で手直しをして着ていた。
そして自転車通勤をするにはドレスだと運転し難いし寒いからと、これまた父様のお古の厚手のスラックスの裾を直してはいていた。
そう。遠目や夜目ではまるで男のような格好だ。
サーラ姉様は、母様のお古のドレスはリーラ姉様に譲っていた。
まさかお客様の相手をしている妹に男物を着せるわけにはいかないからと。
サーラ姉様だってあの時はまだ十八歳で、本来なら一番オシャレをしたい年ごろだっただろうに。
それでも、私達のために文句の一つも言わず、ずっと我慢していたのだ。
そんな姉様の前で、あの客は姉様の乙女心を抉るようなことをさらっと言い放ったのだ。
「この家の娘は下へ行くほど別嬪になるな」
言い換えれば、一番上の娘は別嬪じゃないと。
以前四人姉妹だけで話をしていた時、ふとサーラ姉様がこう漏らしたことがあった。
「貴女達はいいわね。領地一美人と言われた母様に似ていて。何故私だけ父様に似てしまったのかしら?」
そう。一番上の姉のサーラは四人姉妹の中で唯一父様に似ていた。
父様の名誉のために言うと、父様だって決して醜男というわけじゃない。むしろ凛々しく精悍な顔付きをしていて、若い頃は女性から非常にもてていたという。
その証拠に、下のモーリ兄様は父様によく似ていると言われるが、男らしくてかっこいいと女の人にもてていた。
たしかに、もし男性だったらその凛々しくた精悍な顔付きはモテ要素になっただろう。
けれども女性としては、いささか女らしさに欠けてしまう。
サーラ姉様は、お芝居に出てくる格好のいい男役のような容姿なのだ。
肌黒で背は高いし。私から見たら凄く格好が良くて憧れてしまうのだけれど。
二番目のリーラ姉様に言わせると、父様は第一子で自分によく似ているサーラ姉様を溺愛しているらしい。
他の子供も皆愛しているし可愛がってはいるけれど、その中でもサーラ姉様は特別なのだと。
子供の頃、リーラ姉様はいつもサーラ姉様を羨んで愚痴をこぼしていた。
いつも自分は姉のお古ばかりで、新しいものを買ってもらった覚えが無いと。
けれど、それって当たり前よね。お貴族様やお金持ちの家じゃないんだから。
だけど、かつては我が家も羽振りがよいときがあったらしい。私の記憶にはないけれど。だから、その頃のことを根に持っているみたいだ。
何せ当時自転車店と言えば最先端の商売だからね。
戦争なんか起きないで、父様の体調が悪くならなかったら、きっと今もお店は繁盛して我が家は裕福だったんだろうな。人もたくさん雇っていたらしいし。
でもそれは昔の話。
モーリ兄様だって、ツーリィー兄様のお古ばかりだったけれど、それほど不満そうじゃなかった。
ターリャ姉様と私なんて、反対にお古だろうと服がたくさんあって、良かったなと思っていたくらいだ。つまり物は考えようなのだろう。
つまり、六人兄弟のうち下の三人は、裕福だったことを知らず貧乏が当たり前だったため、不満を持ちようもなかったのだろう。
それにサーラ姉様は惣領娘なのだから、父様が姉様に期待するのは当然だったと思う。
体の調子の悪い父様にとって、サーラ姉様は唯一頼りになる人間だったに違いないから。
サーラ姉様はかしましい三人の妹達と違って無口で冷静で頭が良かった。
正直いくら嫡男で頭が良くても、臆病で気の小さいツーリィー兄様により信頼できたのだろう。
その上姉様は運動神経が良くて、剣の腕前もかなりのものらしい。
父様は何も言わなかったが、周りの人々はサーラ姉様が男だったら王都で騎士になれたんじゃないかと噂していた。
何せ白龍姫と三守護神の末裔なのだからと。
白龍姫とはこの辺りに残っている伝説の白龍のお姫様のことだ。
その子孫が母様なのだ。その母様はかつて絶世の美人と呼ばれた旧家お嬢様だ。
いや、六人子供を産んだ今でもその美しさは変わらない。魔女か妖精か? と噂されていたくらいだ。
まあ本人にその自覚はなく、育ちの良さのためかのんびり、のほほんとしているな……と私達兄弟はずっとそう思っていた。
ところが、あの日を境に母様に対する認識は、ガラリと変わってしまったのだった。
読んでくださってありがとうございます。書き始めて二年。ようやく完結させたので投稿します。次章も読んでもらえると嬉しいです。




