89.教会
式場に着くと、俺も着替えを済ませる。
髪を整えて鏡に自分の姿を映すと、ちょっとだけドキドキしてきた。
結婚、するんだな。
俺は先週、誕生日を迎えて十九歳になった。
骨髄移植をしてから、そろそろ五年になる。
再発が五年なければ、完治と言っていいらしいから、もう少し。もう少しだな。
きっと大丈夫だって、鏡の向こうの自分に言い聞かせる。
治療してた時は、結婚なんて考えもしてなかったけど。十代で結婚しようと思えたのは、あの日々があったお陰だ。
物思いに耽っていると、ノックの音の後で扉が開かれた。
「新婦様の着替えが終わったようですので、会いに行かれますか?」
ホテルマンにそう言われて、俺は「はい」と答えた。
やべぇ、やっぱドキドキするな。サッカーの試合よりもする。
緊張には結構慣れてるはずだけど、それとは質が違った。
ホテルマンの後について行くと、〝新婦様控え室〟と書かれた扉をノックしている。中から入室承諾の声が聞こえると、ホテルマンは「どうぞ」と言って扉を開けてくれた。その中に、俺だけ足を踏み入れる。
「真奈美……」
「颯斗……!」
目の前には、純白のドレスを来た真奈美。
このウエディングドレス、試着する時に悩んで悩んで悩みまくって決めてたっけ。
絶対にプリンセスラインのドレスにするんだって息巻いてたけど、最終的に真奈美が選んだのはAラインのドレスだった。俺には正直、二つの違いがよくわからなかったけど。
でも、今着ているのは一時間以上悩んだだけあって、確かに一番似合ってる。
やべぇな……俺の嫁さん、超かわいい。
「あらー、颯斗くんったらさらに男前になってるわね!」
隣にいた真奈美の母親が、俺の姿を見てニコニコ笑っている。
「ありがとうございます、おばさ……お、お義母さん」
うわぁああ、言い馴れねぇ!! 俺今、顔引きつってねーだろうな?!
おばさん……じゃなかった、お義母さんはやっぱりニコニコ笑っていて、俺はちょっとだけホッと息を吐く。
真奈美が、そっと目を細めて俺を見る。
「颯斗、本当にカッコいい。見惚れちゃう」
「サンキュー。真奈美もめっちゃかわいいよ。すげー似合ってる」
そう褒めると、真奈美は俺に世界一の笑顔を見せてくれた。
俺今、超幸せかも。
「ふふ、これだけ化けるのに、朝五時に起きてるからね」
「俺はもっと早く起きたけどな」
「え、本当に?」
「ずっとテレビ見てたけど」
「もうっ」
ちょっと怒った顔も、すげぇかわいい。
結婚式は地毛でしたいからって、高校三年の頃からずっと髪を伸ばしてくれてたもんな。
ゆるくふわっとした編みおろしスタイルは、某アニメーションの雪の女王みたいだな。花が編み込まれてて、文字通り華やかだ。
そうして少し話をしていると、時間だと呼ばれた。
いよいよ、だ。
ホテル内にある教会に、俺だけ先に入って祭壇前で花嫁を待つ。
その中には見知った顔が何人もいて、手を振ってくれた。
智樹や篠原、仲のいい友人達。親戚やサッカーの関係者。
それに……
「ハヤトお兄ちゃん!」
手を振ってくれたのは、リナと池畑さん。
それに、木下さん、祐介に、斎藤さんと守。田内さんとユキ。今崎さんと桃花。
五年後、完治した頃に集まろうって約束してたもんな。どうせならってみんな呼んでしまった。俺の招待客の方がすげー多くなったけど、もちろん真奈美は快諾してくれて。サッカー関係者が多いんだから、それも当然だと真奈美の両親も納得してくれた。
それと、後ろの方には拓真兄ちゃんと園田さんが座ってる。
この二人、付き合うまではすげー長かったけど、付き合い始めてからはポロッと結婚しちゃってたな。
拓真兄ちゃんには、あの日の約束を果たしてもらうために呼んだ。俺もどんなのが出来上がってるか知らないから、今から楽しみだ。
牧師が祭壇に立って開式の宣言をすると、いよいよ結婚式が始まった。パイプオルガンの演奏が始まったかと思うと、扉が開かれる。そこには真奈美と真奈美の父親がいて、ゆっくりとヴァージンロードを歩いてきた。
祝福を示すたくさんの拍手が、雨のような音となって降り注ぐ。
ベールダウンしていても、幸せいっぱいの顔をした真奈美はちゃんと見えて。俺の胸はグッとなった。
そして二人が目の前に来た時、エスコート役は俺に引き継がれる。
真奈美の父親が、「真奈美を頼むよ」と穏やかに言って、席に着いた。
俺は真奈美と手を組み、そして牧師の前に一歩踏み出す。
真奈美は少し緊張した面持ちで。でも、俺と目が合うと、ニッコリ笑ってくれた。
教会内に参列者の賛美歌が響く。
真奈美の友達には合唱仲間が多いから、圧巻だ。即興でハモってくれてる。
けどその中で、相変わらずでかい声の、智樹の音痴っぷりには笑いそうになってしまった。まぁ上手い下手はどうあれ、一生懸命歌ってくれるのは嬉しいよな。
賛美歌が終わった後、俺達は誓いの言葉を交わした。
病める時も。
健やかなる時も。
富める時も、貧しき時も。
俺は妻として真奈美を愛し、敬い、慈しむ。
俺が病気になった時、真奈美はそうしてくれた。
だから俺も誓うよ。
たとえなにがあったとしても、ずっと愛し、敬い、慈しむって。
牧師の「誓いますか?」の問いに、俺はしっかりと声を上げて答える。
「はい、誓います」
次に真奈美にも同じ問いをし、真奈美はよく通る声で「はい、誓います」と宣言してくれた。
やばいな、ちょっと泣きそうかも。すげぇなんかが込み上げてきた。
用意された指輪を取ると、真奈美の薬指につけてやる。その次は俺が真奈美につけてもらった。
結婚指輪が自分の指にある。それだけで、身の引き締まる思いだ。
牧師に誓いのキスを促され、真奈美の顔の前のベールを上げる。
少し照れ臭そうに目だけで見上げられると……俺の頰は緩んでしまう。
けど、真奈美の両親の前でキスとか……ちょっと緊張するな。
場所は、ほっぺでもおでこでも、どこでもいいって言われてる。真奈美にどうするか聞いたら、『颯斗に任せる』と言われてしまった。
おでこにするにはティアラに邪魔されて上手くできなさそうだ。まぁ、するならここ以外の選択肢はないよな。
俺は指で真奈美の顎をクイと持ち上げると。
少し戸惑うその唇に、俺の唇を乗せてやった。
その瞬間、割れんばかりの拍手が降り注いで。
唇を離すと、真奈美の顔は赤くなりながら微笑んでいた。




