88.約束の日の朝
まだ夜も明けきらない時間に、俺は部屋のテレビをつけた。
そして去年の試合を録画した、DVDを再生する。
前半は一対一で終了し、迎えた後半は一進一退の攻防が繰り広げられる。
そしてラスト五分を切ったところで、最大のチャンスのコーナーキック。
智樹がそのボールを蹴ると、俺はヘディングを合わせて無理矢理ねじ込んだ。
キーパーを超えてゴールネットを揺らすと同時に、アナウンサーが『ゴーーーールッ!』と絶叫してる。
テレビの中の俺は吼えるように叫んで、猪みたいに突進してくる智樹とぶつかりあった。
俺達は周りの目も気にせず、馬鹿みたいに喜び合ってる。
昨日のことのように思い出せる、この日の出来事。
チームのみんなで頑張ってきたことが、実を結んだ瞬間。
三度の長いホイッスルが、試合終了を告げた。
この瞬間は、すっげー震えたっけ。
アナウンサーも興奮したように解説者と話し続ける。
『翔律高校、全国制覇ーーーーッ!! 最後のゴールを決めたのは、やはり三年の島田颯斗選手ーー!!』
『大屋智樹選手のコーナーキックも素晴らしかったですね!』
『一昨年はベストエイトに終わった翔律高校。昨年は同じ決勝カードで準優勝という苦渋を舐めた両選手ですが、高校三年最後の試合で、見事雪辱を果たしましたー!!』
最後まで見た瞬間、やっぱり俺の体はグワッと熱くなって。
当時の気持ちが蘇る。
きっと俺は、人生の節目を迎えるたびにこのDVDを見るんだろう。
大切な日には、必ず。そんな気がする。
「颯斗ー、起きてるの?! ご飯早く食べちゃいなさい」
一階から母さんの声がした。
下に降りると、和食が用意されている。朝はやっぱり、和食だよな。
「おはよ、母さん」
「まったく、自分の結婚式の日にのんびりしてるわねぇ。もっと早く起きてきなさいよ」
「早くは起きてたんだよ」
味噌汁に手を伸ばすと、ズズッとすすった。
今日は大量の鰹節で出汁を取ってくれたみたいだ。すげぇ美味しい。
「まさか、本当に十九歳で結婚するなんてなぁ」
隣でご飯を食べる父さんが、感慨深そうに声を上げた。
「別にいいだろ? プロにもなれたんだし、結婚を引き延ばしたって大した意味はないよ」
母さんには最後まで早過ぎるって反対されたけどな。
レフェリーの立会いのお陰でお互い冷静に話ができて、なんとか説得することに成功した。
今はもう、祝福してくれてると思う。
「しかし、本当にプロになって、智樹くんと一緒にアンゼルード全陸に入れるなんて……あの頃には想像もつかなかったよ」
俺が所属しているクラブチームは、アンゼルード全陸。
ここで今、俺と智樹は頑張ってる。プロの世界はやっぱり厳しいけど、ずっと夢だったプロ入りを果たせたことは嬉しい。次の夢は、ワールドカップの日本代表入りだな。
十八歳以下では日本代表に選ばれて世界も経験してるし、絶対に無理な夢なんかじゃない。
「さっすが、俺の息子だな!」
俺はもう、父さんの身長も体重も体格もとっくに超えているのに、まだ子どもの頃のようにそんな風に言ってくる。自慢の息子だって、鼻高々に。
「ふぁ〜、おはよう……もうみんな、起きてるの?」
「早くしなさい、香苗! 美容院に行かなくちゃいけないでしょ!」
小学六年になった香苗が、寝ぼけ眼で起きてきた。今でも兄ちゃん子な香苗は、結婚に反対してくるかと思ったけど、むしろ賛成してくれたんだよな。この家族の中で、唯一俺の味方だった。
「お兄ちゃん、今日は結婚式だねぇ。おめでとー!」
「ありがとな、香苗。香苗が結婚するときには、俺が父さんを説得してやるから」
「わーい、ありがとう!」
「なに言ってる、香苗は嫁には行かさんぞ!? 昔、父さんと結婚するって約束しただろ!」
「言ってないよ、お兄ちゃんと結婚するって言った覚えはあるけど」
「くうぅぅうっ」
香苗の一言が刺さった父さんは、悔しそうに声を上げてしまった。それを見て母さんが、盛大に溜め息を吐いている。
「ほら、みんないい加減にしなさい! さっさと食べて、お父さんは颯斗を結婚式の会場に連れていって! 私と香苗は美容室で着付けしてから行きますから!」
そう言って母さんと香苗は、新郎の俺よりも早く家を出ていった。
女って大変だなぁ。真奈美も今頃、準備に入ってるんだろうな。
俺はシャツだけ自前で、あとは式場で着替えることになってる。のんびり用意をした父さんの車に乗ると、真奈美の待つ結婚式場まで連れて行ってもらった。




