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再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


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88/92

88.約束の日の朝

 まだ夜も明けきらない時間に、俺は部屋のテレビをつけた。

 そして去年の試合を録画した、DVDを再生する。


 前半は一対一で終了し、迎えた後半は一進一退の攻防が繰り広げられる。

 そしてラスト五分を切ったところで、最大のチャンスのコーナーキック。

 智樹がそのボールを蹴ると、俺はヘディングを合わせて無理矢理ねじ込んだ。

 キーパーを超えてゴールネットを揺らすと同時に、アナウンサーが『ゴーーーールッ!』と絶叫してる。

 テレビの中の俺は吼えるように叫んで、猪みたいに突進してくる智樹とぶつかりあった。

 俺達は周りの目も気にせず、馬鹿みたいに喜び合ってる。


 昨日のことのように思い出せる、この日の出来事。

 チームのみんなで頑張ってきたことが、実を結んだ瞬間。


 三度の長いホイッスルが、試合終了を告げた。

 この瞬間は、すっげー震えたっけ。


 アナウンサーも興奮したように解説者と話し続ける。


『翔律高校、全国制覇ーーーーッ!! 最後のゴールを決めたのは、やはり三年の島田颯斗選手ーー!!』

『大屋智樹選手のコーナーキックも素晴らしかったですね!』

『一昨年はベストエイトに終わった翔律高校。昨年は同じ決勝カードで準優勝という苦渋を舐めた両選手ですが、高校三年最後の試合で、見事雪辱を果たしましたー!!』


 最後まで見た瞬間、やっぱり俺の体はグワッと熱くなって。

 当時の気持ちが蘇る。

 きっと俺は、人生の節目を迎えるたびにこのDVDを見るんだろう。

 大切な日には、必ず。そんな気がする。



「颯斗ー、起きてるの?! ご飯早く食べちゃいなさい」


 一階から母さんの声がした。

 下に降りると、和食が用意されている。朝はやっぱり、和食だよな。


「おはよ、母さん」

「まったく、自分の結婚式の日にのんびりしてるわねぇ。もっと早く起きてきなさいよ」

「早くは起きてたんだよ」

 

 味噌汁に手を伸ばすと、ズズッとすすった。

 今日は大量の鰹節で出汁を取ってくれたみたいだ。すげぇ美味しい。


「まさか、本当に十九歳で結婚するなんてなぁ」


 隣でご飯を食べる父さんが、感慨深そうに声を上げた。


「別にいいだろ? プロにもなれたんだし、結婚を引き延ばしたって大した意味はないよ」


 母さんには最後まで早過ぎるって反対されたけどな。

 レフェリー(父さん)の立会いのお陰でお互い冷静に話ができて、なんとか説得することに成功した。

 今はもう、祝福してくれてると思う。


「しかし、本当にプロになって、智樹くんと一緒にアンゼルード全陸に入れるなんて……あの頃には想像もつかなかったよ」


 俺が所属しているクラブチームは、アンゼルード全陸。

 ここで今、俺と智樹は頑張ってる。プロの世界はやっぱり厳しいけど、ずっと夢だったプロ入りを果たせたことは嬉しい。次の夢は、ワールドカップの日本代表入りだな。

 十八歳以下では日本代表に選ばれて世界も経験してるし、絶対に無理な夢なんかじゃない。


「さっすが、俺の息子だな!」


 俺はもう、父さんの身長も体重も体格もとっくに超えているのに、まだ子どもの頃のようにそんな風に言ってくる。自慢の息子だって、鼻高々に。


「ふぁ〜、おはよう……もうみんな、起きてるの?」

「早くしなさい、香苗! 美容院に行かなくちゃいけないでしょ!」


 小学六年になった香苗が、寝ぼけ眼で起きてきた。今でも兄ちゃん子な香苗は、結婚に反対してくるかと思ったけど、むしろ賛成してくれたんだよな。この家族の中で、唯一俺の味方だった。


「お兄ちゃん、今日は結婚式だねぇ。おめでとー!」

「ありがとな、香苗。香苗が結婚するときには、俺が父さんを説得してやるから」

「わーい、ありがとう!」

「なに言ってる、香苗は嫁には行かさんぞ!? 昔、父さんと結婚するって約束しただろ!」

「言ってないよ、お兄ちゃんと結婚するって言った覚えはあるけど」

「くうぅぅうっ」


 香苗の一言が刺さった父さんは、悔しそうに声を上げてしまった。それを見て母さんが、盛大に溜め息を吐いている。


「ほら、みんないい加減にしなさい! さっさと食べて、お父さんは颯斗を結婚式の会場に連れていって! 私と香苗は美容室で着付けしてから行きますから!」


 そう言って母さんと香苗は、新郎の俺よりも早く家を出ていった。

 女って大変だなぁ。真奈美も今頃、準備に入ってるんだろうな。

 俺はシャツだけ自前で、あとは式場で着替えることになってる。のんびり用意をした父さんの車に乗ると、真奈美の待つ結婚式場まで連れて行ってもらった。

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