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再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


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87.ドナーへの最後の手紙

『俺に骨髄を提供してくれたドナーさんへ。


 これが最後のやりとりだと思うと、なるべくギリギリに書きたかったので遅くなりました。心配を掛けていたらすみません。

 俺は今、すごく元気です。

 退院後は風邪を引くこともなく、勉強もスポーツも、どっちも頑張ってやっています。


 ドナーさんからの二通の手紙は、俺の宝物になりました。

 俺の一番のサポーターだと言ってもらえて、本当に嬉しかったです!


 俺は今、サッカー選手になるために、色々な努力をしています。

 絶対にプロになるので、楽しみにしていてください!


 ドナーさんの温かい心と励ましに、どれだけ言葉を尽くしても足りません。

 俺のドナーが、あなたでよかった。

 俺はこの血に、誇りを持って生きていきます。


 ドナーさんが、骨髄を提供してよかったって思えるように。

 精一杯生きていきます!


 手紙はこれで最後になりますが、この感謝の気持ちは一生忘れません。

 本当に、ありがとうございました!!』




 勉強そっちのけで書いた手紙は、我ながら上手く書けたと思う。

 俺の気持ちを、余すところなく伝えられたはずだ。


 手紙は骨髄バンク経由で提供者(ドナー)さんの元へ送られる。

 提供者(ドナー)患者(レシピエント)の手紙は、移植から一年以内に往復二通だけという規定だ。

 これが最後だけど……最後になんか、させない。

 提供者(ドナー)さんには、俺がプロになって活躍する姿を、絶対に見てもらうんだからな。


 そのためには、まず翔律高校に受かること。

 これだけ豪語しておいて、高校に受かりませんでした、じゃあ目も当てられない。


 俺は気分転換に体力作りやサッカーの基礎練をしながら、毎日の勉強を頑張った。




 ***



 冬のつんざくような寒さが和らいで、桜の蕾が柔らかく膨らんできた三月。


『卒業生、退場』


 進行役の先生の声が、マイクで拡張されて講堂に響く。

 三年の俺たちは、有名なアーティストの桜の曲に送られた。

 今日で、中学校は卒業。

 四月からは、どうにかこうにか合格した、翔律高校に通うことになる。

 泣きじゃくって別れを惜しむ女子たちがいる教室を離れて、俺は外の柔らかい日差しを浴びていた。


「颯斗ー、高校行ってもサッカー頑張れよ!」

「おー! そっちもな!!」


 別の高校に行く部活の仲間が、声を掛けてくれる。これからはライバルになるんだろうな。

 サッカー部で翔律高校に行くのは、俺と智樹だけだ。山中市から電車で一時間かかるところだから、宿舎に入ることになってる。

 これで毎日夢のサッカー漬け生活だな。


「颯斗」


 後ろから、リンと鈴がなるような可愛い声で話しかけられる。

 俺はゆっくりと振り向くと、微笑んで見せた。


「真奈美、もうクラスの女子とはいいのか?」

「うん、仲のいい子とは同じ高校だしね」

「そっか」

「颯斗……これから毎日は、会えなくなるね」

「電車でたった一時間の距離だろ」

「そうだけど……」


 俺はサッカーの強豪翔律高校、真奈美は合唱に力の入れている地元の高校に行く。

 電車で一時間とは言っても、お互いに土日も部活があるんだから、中々会えなくなるんだろうな。それは俺も寂しいけど……。


「休みの時は戻ってくるから。デートしような」

「うん……」

「落ち込むなって。俺も寂しいからちゃんと電話するし。浮気すんなよ」

「颯斗の方こそ、浮気しないでね?」

「俺はこれから、浮気なんてしてる暇ねーし」


 そう言っても、まだ気落ちしてる真奈美の手を握る。

 目を上げた真奈美に向かって、俺はニッと笑った。


「ダイジョーブだって! 高校行って、全国大会に出場して、全国制覇! 卒業したらプロになってやるから、そしたらすぐ結婚しような!」

「……うん。えへへ」


 真奈美から、嬉しそうな恥ずかしそうな笑みが漏れる。

 それを近くで聞いていた同級生から、ヒューヒューと冷やかされたけど、「羨ましいだろ」と返しておいた。

 そう言った同級生の向こう側に、俺の母さんがいたのは……大誤算だったけど。

 聞かれたかなー、やっぱり。隣にいたスーツ姿の父さんが、頭を抱えていたのを見ると、聞こえたんだろう。まぁいいか。いつかは言うことだったし。

 ふと見ると、智樹が篠原と一緒に俺達の前までやってきた。


「颯斗、お前は昔っからビッグマウスだったけど、最近は照れがなくなってきたよなぁ〜」

「そうか? プロになるのも真奈美と結婚するのも、もう決めてることだし」

「へいへい、聞いてる俺の方が照れるっつの」


 照れがない、か。確かに前の俺は、真奈美に好きだって言うのも恥ずかしくて言えなかったな。

 今は照れないって言うよりは、当然になっただけなんだと思う。


「颯斗くん、翔律行っても頑張ってね」

「おう。篠原は真奈美と同じ高校だったよな。真奈美のこと、よろしくな!」


 篠原は俺の言葉に頷いてくれて、少し安心する。

 同級生のほとんどが、地元か電車で二十分くらいまでの高校に行くから、翔律高校に行くのは俺と智樹を含めても数えるほどだけだ。

 だから多分、俺よりも真奈美の方が心配してくれてるんだろうな。

 でも俺は、不安よりも希望の方が遥かに大きくて。

 中学最後の日を、晴れやかな気持ちで終わらせることができた。

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