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再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


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84.審判

「と、父さん……」


 いつからいたのか、父さんは少し恨めしげにこっちを睨んでいる。


「真奈美ちゃん、さとりちゃんは女子部屋に戻したよ。真奈美ちゃんも部屋に戻りなさい」

「あ……は、はい。ごめんなさい……」


 真奈美はどうしようとでも言うように振り返って、不安そうな顔で俺に訴えてくる。俺は『いいよ、行って』と手でジェスチャーし、真奈美を部屋に帰した。

 真奈美がいなくなった後で、父さんは思いっきり溜め息をついている。


「まったく……あれっだけ母さんに、他所様(よそさま)の女の子に手を出すなって言われてたっていうのに」

「ごめん、父さん。でもキスだけだし」

「そういう問題じゃない。母さんに大見栄切ったっていうのに、俺の面目が丸つぶれじゃないか。この旅行中にキスなんかするんじゃない!」


 その言葉と同時に軽いゲンコツを頭にもらう。その後で、父さんはまた息を吐きながら言った。


「まぁ、もうしてしまったものは仕方ない。この件、父さんは見なかったことにする」

「それって母さんに知られたら怒られるからだろ?」

「わかってるならちょっとは自重しろ! まったく……っ」


 父さんに悪いことをしたって感覚は、少しはある。でも俺は気持ちが高ぶっていたのもあって、ちっとも後悔していない。


「で? 颯斗は本当に真奈美ちゃんと結婚するのか?」

「どっから聞いてたんだよ、父さん……」

「ちょうど『結婚しよう』って言ったとこ」


 ニヤニヤとする父さんを見て、さすがにちょっと照れ臭くなった。


「うん、でも俺はマジだよ。冗談でこんなこと、言えっこない」

「ああ、まぁ……そうだろうな」

「反対しないのか?」

「うーん、先の話だし、ピンとこないなぁ正直。実際、颯斗はいくつくらいで結婚したいんだ?」

「早ければ早い方がいいよ。十八か、遅くても二十歳までには結婚したいと思ってる」

「二十歳かぁ……若いなぁ」


 父さんは自販機の方を向きながらも、どこか遠い目をして言った。

 確か、未成年の結婚には親の承諾がいるはずだ。未成年じゃなかったとしても、親にはできるだけ祝福してもらいたい。


「それは、前々から考えてたのか?」

「いや、今日いきなりだったけど、そう決めた」

「……理由、聞いてもいいか」


 そう聞かれて、俺は自分の胸の内を正直に話した。

 病気だからって、今後どうなるかわからないからって、結婚に対して二の足を踏むようなことはしたくない。

 サッカーって夢を諦めないのと同じように。

 やりたいこと、欲しい物をすべてを全身全霊で掴み取りにいくって。


 俺の決意を聞いた父さんは、少し笑って俺の頭を撫でた。


「そうか……わかった。お前の思う通りにやれ。何事も全力でやるって言うなら……」

「言うなら?」

「父さんは、お前のレフェリーになってやろう」

「……レフェリー?」


 いきなり出てきた謎の言葉に首を捻らせる。すると父さんはさらに少し笑った。


「やりたいことや欲しい物を、全力で取りに行くことは悪くない。けどそれは時として、人に大きな迷惑をかけたり、ただのエゴとなる場合も有り得る」


 そう教えられて、初めてその可能性に気付いた。確かに、自分のやりたいことばかりを優先していたら、周りを傷つけることもあるかもしれない。

 少し顔色が変わったであろう俺に、父さんは優しい顔になり。


「だから、父さんが審判(レフェリー)になろう。颯斗が暴走していたら、父さんがイエローカードだ、レッドカードだって教えてやる。だから颯斗は、遠慮なく自分のやりたいことに全力で挑んでいけ」

「……うん!」


 さすがは俺の父さんだ。

 いつも俺の気持ちを汲んでくれて、サポートしてくれる。


「でも母さんにはこのこと、まだ言わない方がいいぞ」

「なんで?」

「二十歳までに結婚なんて、母さんが賛成するわけないだろ。言っておくがゴールキーパーは、鉄壁の母さんだぞ?」

「うっへー、手強ぇえ!」


 俺は母さんがゴール前で構えているところを想像して、ちょっと笑ってしまった。

 鉄壁の母さん相手にシュートを決められるんだろうか。いや、なんとしても二十歳までに決めないと。


「さぁ、戻ろう。智樹くんが一人で暇してるぞ」

「うん」


 俺はようやく立ち上がると、父さんと一緒に元いた部屋に戻った。

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