79.夏祭り
俺たちは『うさぎ』を出た後、防波堤の上に座って落ちる夕日を見ながらカレーパンをかじる。
真奈美も俺と同じカレーパンを選んでたみたいだ。真奈美も一口食べるだけで、目をキラキラさせ始めた。
「へぇ、カレーパンなんてあんまり食べないけど、すっごく美味しいね!」
「だろ? って言っても、俺もうさぎのカレーパンは初めて食べるんだけどな!」
目玉商品だけあって、カリふわっとしたパンも、ボリューミーでそんなに辛くない中のカレーも、ほっぺが落ちるほど美味しい。
いつもはすぐ売り切れるらしいけど、今日は祭りというのもあってたくさん作ってたんだそうだ。リナのお勧めを食べることができてよかった。
暗くなると人が増えてきて、本格的に祭りが始まった。
海近市の灯篭祭りは規模が大きくて、綺麗な灯籠が歩道にずらっと並んでいるのは結構壮観だ。
屋台もたくさん出ていて、七時半からは少しだけど花火が上がる。
「屋台でも見て回るか?」
「うん、パン食べちゃったから、そんなにお腹は空いてないけどね」
「俺はまだ食べたりないなー」
「二つも食べたのに?」
「育ち盛りなんだよ」
そう言って俺は、左手を差し出した。真奈美は戸惑うことなく、俺の手を握ってくれる。
「プールバッグが邪魔だね」
「そーだなー。来年は夏祭りにだけくるか?」
「じゃあその時は、浴衣を着るね!」
ちらりと真奈美の顔を確認する。来年も、当然のように俺の隣にいてくれるんだ。
そう思うと、その笑顔がとても愛おしく感じた。
「うん……真奈美の浴衣姿、楽しみ。今日の水着も最高だったし」
「も、もう……ばか」
屋台の灯りで、真奈美の顔が赤くなっているのがわかる。
ああもう今すぐ抱きしめたい。キスしてやりたい。
すげぇ人混みだから、残念ながら無理だけど。
来年も再来年も、その先もずっと。
真奈美と一緒にいられたらいいな。
俺たちは手を繋いで歩き、金魚すくいやくじ引きや射的なんかをして遊んだ。
去年の病院での秋祭りを思い出すな。そういや、綿菓子も食べたっけ。
まだ一年も経ってないのに、もう遠い昔のことのように感じる。
「あ、花火始まるみたいだよ」
俺たちは足を止め、夜空を見上げた。
そこに大きな光の花が、ドッパーンという空気の振動と共に咲き誇る。
綺麗だなぁ。
今年は花火を見ることができてよかった。
真奈美と一緒に、夏祭りに来られてよかった。
「颯斗? もう終わっちゃったみたいだよ?」
「うん……」
俺はまだ空から目を離せずに返事する。
花火が終わったということは、もう七時半は過ぎているってことだ。
女の子を連れてあんまり遅くなるなって、母さんにうるさく言われてる。
ここから家までバスで三十分はかかるし、そろそろバス停に向かわなきゃいけないだろう。
「……颯斗? どうしたの?」
「なぁ、旅行に行きたくないか?」
急な俺の発言に、当然ながら真奈美は目をパチクリさせていた。
「そりゃ、行きたいけど……」
「俺、修学旅行にも行けなかったしさ。なんとか父さんと母さんを説得してみるから、智樹とかも誘って行こうよ」
「ええ? でも行くってどこに? 広島?」
「いや、石川県」
「えええ??」
真奈美は明らかに『なんで?』という顔をしている。
俺も唐突に思い立ったから、実際に行けるかどうかはわからないけど。
「兼六園っていう、有名な観光地があるんだってさ。俺が元気になったら絶対会おうって、約束してたんだ」
そう言うと、真奈美は誰のことを言っているのか気付いたようでハッとしていた。
俺が移植しないと言い出した理由を、真奈美は母さんから聞いて知ってたみたいだ。
「うん……私もご挨拶したいな。私も旅行できるように、親に頼んでみるね」
優しく微笑む真奈美に、俺はコクっと頷いてみせる。
中学生で旅行なんて、難しいかもしれない。特に母さんは大反対するだろう。
それでも俺は行きたかった。友達と一緒に旅行に。
そして、あいつとの約束を守るために。
「そろそろ帰ろう」
俺は真奈美の手を引いた。
真奈美はそれからなにも言わない俺に合わすように静かになり、そしてそのままお互い帰路に着いた。




