78.念願の海
「うえーー、あっつぃーー」
ギラギラした太陽が照りつけてくる中、俺と真奈美は今、海近市のビーチにいる。
真奈美は、真奈美の水着姿は……うん、最高だな!! 来てよかった!!
「ちょっと颯斗、じろじろ見過ぎっ」
真奈美は少し怒ったようにして、自分の体を隠している。ビキニではないけど、セパレートタイプで……なんていうんだろ、タンキニ?
よくわかんないけど、ヘソが見えててスカートもかわいくて、すんげー似合ってる。
「もう、だからそんなに見ないのっ!」
「え? 俺に見せるために着たんだろ?」
「泳ぐために着てるんだってば! もう、早く海に入ろう!」
真奈美は真っ赤になりながら、俺を後ろから押し始めた。
その水着、絶対俺のために選んだに決まってるのに、素直じゃないよなー。
そういう俺は、残念ながら真奈美のためには選んでない。日焼けは絶対ダメだって言われてるから、紫外線カットの長袖長ズボンの水着だ……オバちゃんみたいですげーヤダ。顔も毎日日焼け止めを塗りまくってるからモヤシみたいに白いし。
せっかく夏の海デートなのに、カッコつかねーなぁ。
「颯斗、ちゃんと日焼け止め塗った?」
「塗ったよ」
「手の甲も、足の先にもだよ!?」
「塗ったって!」
たまに真奈美は、母さんみたいに口うるさくなるから面倒臭いけど。
「よし、じゃあいっぱい泳ごうね!」
……かわいいから、許す。
俺と真奈美は我先にと海へ飛び込んで、泳ぎまくった。
俺が退院してから五ヶ月。
体力も回復したし、髪の毛もちゃんと生えてきた。今は赤ちゃんみたいな柔らかい髪の毛だけど、一回切っちゃえば多分元に戻るだろう。
マスクもそこまで几帳面にしなくてもよくなったし、今んところ再発もなし。順調だ。
大学病院も、一週間に一回の通院が、一ヶ月に一回になった。
塚狭先生の言った通り、体は動かすたびに元に戻ってきて、今では入院前とほとんど変わりなく過ごせている。
サッカーは、中学最後の大会に少し出させてもらえたけど、全国へは行けなかった。でもこれが最後ってわけじゃないし、また高校で頑張るつもりだ。
海で目一杯遊び終えると、ザッとシャワーを浴びて着替える。
今日の夜は、このビーチで夏祭りがあるんだ。すでにたくさんの屋台が準備を始めている。
「なぁ真奈美。『うさぎ』に寄っていいか?」
「うさぎ? ああ、パン屋さんね。いいよ、またメロンパン買うの?」
「いや、今日はカレーパン」
「へぇ?」
真奈美は『珍しい』とでも言いたげな目で俺を見上げた。もちろん、カレーパンを選ぶのには理由がある。
俺が住んでいる山中市からは、バスでたった三十分ちょいの海近市だけど、中々来る機会がなかったからな。
俺たちはプールバッグを持ったまま、うさぎの絵を描いた看板を見つけて、入り口をまたぐ。
「こんちゃーっす!」
「いらっしゃ……あら、ハヤトくん!」
店のレジ前にいた池畑さんが、俺を見て嬉しそうに口角を上げてくれた。
「池畑さん、久しぶり!」
「本当に来てくれたのねー! ちょっと待ってね、リナもいるのよ。リナー、リナ!! ハヤトくんが来てくれたわよー!!」
状況が飲み込めていない真奈美に、病院にいた頃の仲間だと教えてやる。中から出てきたのが小学二年の小さな女の子だと知って、ちょっとホッとしていた。
「ハヤトお兄ちゃん!!」
「おー、リナ、大きくなったなぁ!! 体は大丈夫か?」
「うん!! お兄ちゃんは?!」
「俺も元気元気!」
飛びつくようにやってきたリナの頭を撫でてやると、リナは嬉しそうに目を細めて笑った。うん、本当に元気そうだ。
「友達できたか? 虐められてないだろうな?」
「うん、大丈夫だよ! リナ、今お友達たっくさーんいるんだから!」
「そっかぁ、よかったなあっ!!」
以前、小学校に行きたくないと嘆いていた女の子はここにはいない。
髪も伸びて、どうにかこうにかツインテールにしている姿は、どこからどう見ても元気な女の子にしか見えなかった。
「おおー、ハヤト! 来てたのか!」
そう言って、調理場の方からコックコートで出てきたのは拓真兄ちゃんだ。調理用の白衣が、でかい体に意外と似合う。
「拓真兄ちゃん!! こっちに帰ってきてたのかー!」
「ああ、今は夏休み中だし、今日は夏祭りで店も忙しいしな」
「拓真兄ちゃんは夏祭りは行かないのか?」
「夜にはリナを連れて行ってくるよ。ってかお前は彼女とか! くっそー、見せびらかしやがって!」
拓真兄ちゃんがウリウリと肘で俺を押してくる。あーもー、真奈美が恥ずかしそうにしてるじゃないか。俺の彼女を照れさせんな、かわいいから!!
「拓真兄ちゃんも、園田さんを連れてくればよかったじゃんか」
「へ? なんで園田さん?」
ぽかんとしている拓真兄ちゃん。
実は拓真兄ちゃんは、この春から園田さんが住んでいるアパートの隣に住んでいるらしい。けどこの様子じゃ、なんの進展もしてないな。
「……園田さん、祭り好きそうだしさ、拓真兄ちゃんが誘ってやったら喜んで来るんじゃないの?」
「ハハッ、鳥白市からは遠過ぎるから来ないだろー! って、なんで叩くんだよハヤト!?」
「なんとなく!!」
鈍感男め。あんまり腹が立ったから、つい手が出ちゃったよ。
園田さんは奥手なんだから、気付いてやれよなーもーー!
「まぁいいや。ハヤト、なんか買ってくか? サービスしとくぞ!」
まぁいいやで終わらされた園田さんを気の毒に感じながらも、俺はカレーパンとジュースを選んだ。タダでいいという池畑さん家族だったけど、ちゃんとお金を払ったら、俺の好きなメロンパンをサービスで付けてくれた。
「じゃーな、ハヤト! 送り狼になるんじゃないぞ!」
「うっせ!!」
「じゃーね、ハヤトお兄ちゃん! また来てね!!」
「わざわざ来てくれてありがとうね、ハヤトくん!」
池畑家の皆に送られて俺たちは『うさぎ』を出る。
日は少し傾いて、空がオレンジ色に差し代わってきていた。




