76.学校
少し緊張しながら教室に入ると、中にいた全員が俺に注目してきた。
「颯斗ーーーーッ」
真っ先に飛びついてきたのは、親友の智樹だ。朝練が終わった後のせいか、ちょっと汗臭い。ハグすんな。
「お前、汗くせーよ!!」
「教室に来て、第一声がそれかよ!?」
「相変わらず声もデカイしッ」
俺が小突くと、智樹はやっぱり大きな声でアハハハと笑っていた。
「颯斗くん、おかえり!」
クラスの女子が、俺に目を向けてそう言ってくれたのを皮切りに、全員が俺の周りに集まり始める。
「颯斗、おかえり!」
「島田くん、おかえりなさい!」
「よくぞ帰ってきたー」
「本当によかった!!」
次々に浴びせられる温かな言葉。
俺の見た目は今までと違っているにも関わらず、今までと変わらずに接してくれていることが嬉しい。
「みんな、ありがとな! 大地賛頌を歌ってくれた時、めっちゃ嬉しかった!!」
あの時、みんなが歌いに来ていなければ。
もしかしたら俺は、本当に骨髄移植を拒否してしまっていたかもしれない。
だから、みんなが俺の命の恩人だ。後でちゃんとサッカー部と合唱部にもお礼に行かないとな。
久々の学校は、嬉しくて楽しくて。
ようやく日常に戻れたことを実感できた。
友達とくだらない話でバカ笑いできるって、幸せだよな。
その放課後、サッカー部に顔を出そうと思っていたんだけど、担任の西岡先生に呼び出されてしまった。
なぜか母さんも呼び出されたようで、いきなり三者面談が始まる。
西岡先生は、俺の現在の病状を母さんから色々聞き取りをして、やれること、やってはいけないことなどを細かくノートに記入している。
ひとしきり俺の病気の話をした後、西岡先生はこんなことを言い出した。
「颯斗くんの進級のことなんですが」
……進級?
今はもう三月で、四月からは三年生になる。はずだ。
だよな?
俺が首を捻らせていると、西岡先生は真面目な顔で話を続けた。
「島田くんは、中学二年の授業をほとんど受けていません。今後、学力不足で三年の授業についていけないことも考えられます」
まぁ俺は頭のいい方じゃないしね。それは確かに俺も不安がある。
「本人やご家族の意向次第では、原級留置という措置も取れます」
「げん……え、なに?」
耳慣れない言葉にさらに首を傾げると、西岡先生は真っ直ぐに俺を見て言った。
「要は、留年のことだよ。もう一度、中学二年生をやってもいいってことだ」
中学二年生をもう一度やる。そのことを考えて、俺は顔を顰めてしまった。
確かに学力をしっかり身につけるなら、そうすべきかもしれない。修学旅行にだって行けるだろう。
でも。それは智樹や真奈美と一緒に行くんじゃない。一つ年下の、今まであまり関わりのない奴らと行かなきゃ行けないってことだ。
俺はできれば……みんなと一緒に卒業したい。俺を温かく迎え入れてくれた、今の学年の奴らと一緒に。
「先生、俺、留年はしたくない。勉強は、病院でも頑張ってやってきたし大丈夫!」
山チョー先生の鬼のようなプリントを、ずっとこなしてきたんだ。そりゃあ、毎日ちゃんとできてたわけじゃないけど。なにもしてこなかったわけじゃない。
「そうか……まぁ学校としては原級留置を取る手続きが大変なので、それでいいならいいんですが……どうでしょう、お母さん?」
西岡先生が母さんの方を見ると、母さんは晴れやかな顔をしている。
「颯斗が望むことをさせてあげたいと思っています」
「そうですか。では、そのようにさせていただきます」
母さんが俺の希望を聞いてくれてホッとする。母さんのことだから、もう一回二年生で勉強しろって言うかと思ったけど。
先生に礼を言って教室を出てから、「ありがとう」と母さんに礼を言った。すると母さんは意地悪に笑って、「どうせ留年しても部活ばかりして、勉強に身は入らないでしょ」と言われた。
失礼だな。まぁ確かにそうなる可能性の方が高いけど。
「じゃ、俺、サッカー部に顔出してくから」
「言うと思った。あんまり無茶しないで、適当に帰ってくるのよ」
「うん、わかってる」
母さんとは玄関で別れて、俺はサッカー部の更衣室に向かった。すでにみんなはグラウンドにいるから、誰もいない。相変わらず汗と泥臭い部室で、自分のロッカーを開けて着替えた。
なんか、ドキドキする。ただのジャージに着替えただけなのに。
久しぶりにサッカーができる。
そう思うだけで、もうワクワクが止まらなかった。




