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再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


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68.発熱

 俺の退院の日が決まった。

 三月五日だ。

 今日は三月二日だから、後三日で退院になる。


 すっごく嬉しい。

 めちゃくちゃ嬉しい。

 けど、同時に仲の良くなったみんなを置いて出ていかなきゃいけないのが、ちょっと心苦しかった。


「あ、気にしないでね。うちも退院決まったんだ」

「え、裕介も?」


 退院のことを木下さんに告げると、そんな風に言われて俺の方が驚く。


「うん。うちは三月九日にね。臍帯血移植の方が、骨髄移植よりも少し早く退院できるみたいね」

「そっかー。よかったな、 裕介!」

「うんー」


 裕介は七ヶ月近く、俺は八ヶ月も入院していたことになる。

 中学二年はほとんどど通えなかったな。退院したらすぐ学校に通っていいのかなぁ。先生に聞いてみよう。


 そんな風に考えていた日の夕方、なんだか急に頭がグラグラしてきた。

 気分が悪くなって、怖くなった俺はナースコールを押す。今の状態を話すと、すぐに園田さんが飛んできてくれた。


「気持ち悪いの? いつから?」

「一時間くらい前かなぁ……最初はそんなに酷くなかったんだけど……」


 息がしづらくて、空気を取り込もうと何度も急いで吸い込む。

 園田さんから体温計を渡されて計ってみるも、自分で確認する気力は起こらず、そのまま手渡した。


「三十八度……熱が出てるね。どこか痛むところはある?」

「別に……はぁ、ないかな……」

「先生に報告して、どうするか聞いてくるから待っててね。なんかしておいてほしいことってある?」

「ごめん、冷蔵庫のお水取って……」

「わかった」


 忙しい看護師さんに、こんな小間使いのようなことはさせたくないんだけど、園田さんは嫌な顔一つせずペットボトルを渡してくれた。


「氷枕を持ってこようか?」

「うん……ほしいかも」

「わかった、待っててね」


 そう言って園田さんが出ていった。

 熱って、マジか……入院中、一度も熱なんか出さなかったのに。

 風邪か?

 三日後に退院だってのに、なんで熱なんか出るんだよ……

 この時期に熱なんか出してしまった自分に憤りを感じて、歯を食いしばる。最近は順調だっただけに、余計悔しい。


「颯斗君、大丈夫ですか?」


 しばらくして小林先生が入ってきた。氷枕を持った園田さんも一緒だ。


「しんどい……」

「今日は血液検査の日じゃないですが、少し血をもらいいますね。熱の原因を特定するために検査に出します」


 そう言って、小林先生はカテーテルから俺の血を抜き取った。園田さんには氷枕を頭に入れてもらい、もう一度体温を計られる。

 ピピッと音が鳴ると、園田さんが少し難しい顔をした。


「三十八度五分です」

「短時間で結構上がってますね。なにかの菌が入ったかな」


 菌と聞いてガックリきた。ちゃんと気をつけてたつもりなのにな。

 プレイルームに遊びに行った時も、しっかり手洗いしてたのに。厄介な菌じゃなければいいんだけど。


「先生、俺、三日後に退院だったんだけど……」

「無理ですね。最低一週間は延ばします」

「……やっぱり」


 そうなるかな、とは思ったけど。

 退院を目前にしてダメだって言われると、なんか泣きたくなってきた。熱のせいもあって、目が勝手に潤んでくる。

 そんな俺に気付いたのか、園田さんはいつもより優しい声で慰めてくれた。


「早く出たかったよね。颯斗君が今まですっごく頑張ってきたこと、私達みんな知ってるよ。後もう少しだから、しっかり治して退院しようね」


 ……優しくされると、人間って余計泣けちゃうよな。

 俺は必死で涙を(こら)えて、「うん」と頷いた。


 先生と園田さんが出て行った後で、俺は母さんに電話を掛ける。

 三日後、仕事を休んで迎えにきてくれるはずだったのに……謝らないと。


『もしもし? 颯斗、どうしたの?』

「母さん……ごめん、退院延びた……」

『え……? な、なにかあったの!?』

「熱、出ちゃって……一週間は退院できないって……」

『熱!? 大丈夫なの!?』

「うん、なんとか今んとこは……ごめん、仕事休み取ってくれてたのに……」

『そんなkとお気にしなくていいの! お母さんより颯斗の方が大変なんだから!』


 母さんはいつもそう言ってくれる。一番大変なのは、病気と闘っている俺だって。

 でも、俺は知ってるよ。母さんもすごい頑張って、大変な思いをしてるんだってこと。父さんも香苗も、おじいちゃんもおばあちゃんもみんなみんな、負担が大きくなって大変だってこと。


「……ごめん……っ」


 俺のせいでって思うと、涙が止まらなくなった。熱を出すと、心まで弱くなっちゃうのかな。

 普段はなるべく考えないようにしていたネガティブなことが、頭を掠めていく。


『謝らなくていいから。ね? 大丈夫、今までの入院生活を思えば一週間なんてすぐすぐ! ちゃんと家に帰って来られるんだから、心配しない! わかった? 』

「……うん……っ」


 鼻をズズッとすすってしまったから、泣いてることがばれてしまったかもしれない。

 一週間後、ちゃんと退院できるのかな……できるよな?


 俺はガンガン痛み始めた頭を抱えて、気絶するように眠りに落ちた。

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