66.桃花とユキ
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外が徐々に寂しい色に染まってきた頃、今崎さんは帰っていった。
桃花は現在小学三年生、この四月で四年生になるそうだ。さすがにこの年になると、親が付き添いでは泊まれないらしい。
九歳っていう年齢で一人、ずっと長い時間をここで過ごさなきゃいけない。
今崎さんは中学生の俺に「よろしくお願いします」と深く頭を下げてから、病棟を出ていった。
「桃花」
「……」
名前を呼んでも、小児病棟のガラス扉の向こうを見続ける桃花。この年齢だったら自分の病気のこともある程度理解できてるだろうし、つらいよな……。
「桃花、戻ろう。俺の友達を紹介してやる」
「……はい」
桃花を連れて清潔室に戻ると、まずはユキの部屋の扉を叩く。「はい?」と声がして、田内さんが顔を出してくれた。その後ろで、ユキが靴を履いている。
「田内さん、新しく入院した子を連れてきた」
そう言うと、ユキがトテテッと田内さんの隣にやってくる。田内さんはユキの頭に手を乗せて、ポンポンと軽く叩きながら紹介を始めた。
「初めまして、田内です。この子はユキ。よろしくね」
「今崎桃花です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる桃花。二人仲良くなれればいいんだけど、どうかなぁ。そう思っていると、桃花はユキに笑顔を見せてくれた。
「ユキちゃん、かわいいですね。何年生ですか?」
「ユキはまだ幼稚園児なの。この四月から一年生のはずだったんだけどね……桃花ちゃんはいくつ?」
「九歳です。小学校三年で、次に四年生になります」
「そう、ユキより三つもお姉さんね。これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします。よろしくね、ユキちゃん」
ユキは少し、田内さんの陰に隠れるように様子を見ている。そんな不審者を見るような目で見ちゃ、失礼だぞユキ……。
「ユキちゃん、お夕飯食べた後、プレイルームに行って遊ばない?」
「……」
桃花の誘いに何も答えないユキ。
うん、ユキの声を引き出すのは結構大変だぞ。俺もまだ、面と向かっては声を聞いてないからな。
「絵本好き? 私が絵本を読んであげる」
「ほら、ユキ、絵本読んでくれるって! ご飯食べたら一緒に行こうか!」
田内さんのフォローの言葉に、ようやくユキはこくんと頷いていた。
「じゃあ、ご飯を食べたら迎えにきますね。今はこれで失礼します」
「あ、はい、ありがとうね!」
桃花の完璧な応対に田内さんの方がたじろいでいて、ちょっと笑った。コミュ力高いなー、桃花。
俺は次に、その奥の方の病室へと足を向ける。
「もう一人いるから紹介するよ。この子は今清潔室から出られないから、プレイルームには誘わないでくれな」
「はい」
「おーい、裕介ー! 起きてるか?」
コンコンと扉を叩きながら声を掛けると、中から嬉しそうな顔の裕介が出てきた。ついでに木下さんも。
「ハヤトおにちゃ、そいつだれー」
人をそいつ呼ばわりするな、裕介!
でも桃花はまったく動じていない。さすがだ。
「私は今崎桃花、九歳です」
「ユウくんねー、よんさーい」
「五歳になっただろ、裕介!」
「あー」
裕介は照れ臭そうに笑っている。せっかく心に残る誕生日をしたんだから、忘れるなよまったく。
「桃花ちゃん、よろしくね。お母さんは?」
「お母さんはまた明日来ます。その時にまた挨拶に来ます」
「そ、それはご丁寧にありがとう……」
木下さんも、桃花の子どもらしからぬ態度にたじたじしていた。
「ももかちゃ、かーいいねー」
「本当、かわいいねー」
裕介はホワホワとハートマークを撒き散らしながら、そんなことを木下さんと話している。
裕介、意外に軟派な奴だな……将来が心配だぞ、にいちゃんは!
桃花は「ありがとうございます」と少し照れながら恥ずかしそうに笑っていた。お、確かにキツイ顔じゃなくなると、かなりかわいい。
「桃花ちゃん、なにか困ったことがあったら言ってね。お母さんがそばにいないと大変でしょ。私じゃなくても、誰でも頼っていいんだからね」
「はい、恩に着ます」
いやいや、恩に着るのは早くないか? 俺、今まで生きてきて、そんな言葉を使ったことないぞ。
木下さんは「しっかりしてるねぇー」と少し苦笑いを漏らしていた。
夕食を食べた後、桃花は約束通りユキを誘ってプレイルームに行ったみたいだった。
少し様子を見にいってみると、二人はキャッキャ言いながら遊んでいる。桃花は面倒見が良いみたいで、ユキのお世話して楽しんでいるようだ。
「ユキちゃん、それをここに置くと音が鳴るよ」
「モモカちゃんがやってー」
「いいよ、貸して」
そんな声が聞こえてきて、思わずちょっと嫉妬してしまう。
ユキ……俺の前じゃ、ちっとも喋ってくれないのに、桃花とはもう打ち解けてんのか……
くっそう、俺もユキにハヤトお兄ちゃんって呼ばれたいなぁ。まぁ女の子同士、そしてこれから長く入院する者同士で仲良くできたなら、それが一番いいんだけど。
ちょっと……ほんのちょっとだけ、悔しかったりした。




