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再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


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65.新しい仲間

 いつものように朝の回診に来ていた小林先生が、珍しくニッコリと笑った。

 こんな笑みを向けられると逆に怖いんだけど。なんだろう。


「なに、先生……」

「順調ですし、来月の上旬くらいに退院しましょうか」

「むえっ!?」


 予期せぬことを言われて、口から変な言葉が飛び出してきた。

 退院……退院!?

 病院に長く居過ぎて、退院っていうのが嘘みたいに思えてくる。

 今日は二月二十日。三月の上旬っていうと、再来週の話だ。はやっ!


「おや、嬉しくないですか?」

「嬉しいよ!! 嬉しいに決まってるって!!」

「じゃあ、そのつもりをしておいてください。それまでになにかあれば、退院は伸びてしまいますけど」

「うん、わかった!」

「あ、そうそう、今日から清潔室を出てもいいですよ」

「ホント!?」

「でも小児病棟を出るのはなしでお願いしますね」

「わかってるっ!!」


 そう返事をすると、小林先生は最後にやっぱりニヤリ顔で病室を出ていった。誰もいなくなった病室で、俺は拳を天井に向けて突き上げる。


「っよっっっっしゃっ!!!!」


 ようやく、ようやく! やっと退院できる!

 七月の半ばから入院して、今まで長かった。

 あと、二週間……。

 その二週間が長い気がして、今すぐ退院したい気持ちにかられた。と同時に、少し物寂しい気持ちも、俺の中から湧いて出てくる。


「ちょっと歩いてくるか」


 点滴ポールと一緒にカラカラと移動をしながら、清潔室の扉に手を掛けた。

 うわぁ、久々だ。たった『清潔室を出る』ってだけのことなのに、なにかの偉業を達成したかのように胸が高鳴って耳元で感じる。

 廊下を真っ直ぐに移動しながら、チラチラと各病室の入院患者の名前を確認してみた。だけど俺が清潔室から出られなくなる前にあった患者の名前は、一人も見つけられなくて。本当に長い間、清潔室から出られなかったことがわかる。


「お、颯斗君、出られるようになったんだ」


 廊下を進んでいると、後ろの病室から出てきた仲本さんに声を掛けられて振り返った。


「今日からね」

「そっか、よかったね」

「うん。ところでさ」


 俺は少し気になって、病室のネームプレートの横にある、青い表示を指差した。


「これってなに? 青の人と黄色の人がいるけど、何が違うんだ?」


 確か俺や裕介、ユキは黄色の表示だった。何の色分けだろう。


「ああ、これ? 介助の度合いだよ。もし火事とかになって逃げなきゃいけなくなった時、点滴ポールを持ったまま逃げるのは大変だろ? そういう人には黄色の表示、寝たきりで自力じゃ動けない人には赤い表示なんだ」

「なるほど、青い表示は介助がなくても大丈夫ってことか」


 特に表示を気にした事なかったけど、細かいところにも意味はあるんだな。この表示が役立たないことを心から祈る。火事とかホント、冗談じゃないからな。

 こういうデカイ病院ならスプリンクラーも付いてるし大丈夫だろうけど、地震・雷・火事・親父って言うしなぁ……。うちの場合、地震・雷・火事・お袋、だけど。

 俺は仲本さんにお礼を言って、プレイルームに向かった。すると志保美先生と沙知先生が飛んできて点滴ポールを持ってくれる。


「うわぁ、清潔室出られるようになったのー!?」

「よかったね、ハヤト君!」


 まったく、大袈裟だなぁ二人とも。志保美先生なんか、涙でウルウルしちゃってるし……。うん、有難いな。俺のことでこんなに喜んでくれるなんて……照れ臭くも嬉しい。


「今日、入院してきたばかりの子がいるから、もしよかったら一緒に遊んでいってくれる?」

「うん、いいよ」


 俺は先に手を綺麗に洗ってから、沙知先生と遊んでいる女の子のところに行った。


「おはよう!」

「おはようございます」


 俺が声を掛けると、女の子は礼儀正しく頭を下げる。小学校三年生くらいかな? ツインテールとキリッとした目が特徴の、しっかりした女の子だ。


「このお兄ちゃんはハヤトお兄ちゃんね。ハヤト君、この子は桃花ちゃん」

「よろしくなー、桃花!」

「よろしくお願いします」


 またもペコリ、と綺麗にお辞儀する桃花。俺が小学校低学年の時って、こんなしっかりしてなかったぞ……。


「今、桃花ちゃんのお母さんは入院の手続きに行ってるから、その間、先生とハヤト君とで遊ぼっか」

「はい」


 沙知先生の言葉にハッキリした声で返事をする桃花。

 しっかりはしてる……けど、やっぱ緊張してんのかな? 肩がガチガチだ。母親が隣にいない病院って、結構怖いものだしな。


「桃花、なにして遊ぶ?」

「なんでもいいです」

「んじゃあ、ウノでもするか」


 勝手知ったるなんとやらでウノを取り出すと、シャッシャと音を立ててカードを切る。


「ウノ、やったことあるか?」

「あるけど、あんまり覚えてないかも……」

「おっけー、やりながら教えるよ。だいじょぶ、簡単だから」


 他にもやりたいっていう子がいて、みんなで一緒にウノをした。

 しばらく遊んで終わろうとした時に、桃花の母親らしき人がプレイルームに声を掛けてくる。


「遅くなってすみません……っ! すっごく混んでて……っ」

「大変でしたね、お疲れ様でした。桃花ちゃん、楽しそうにお友達と遊んでいましたよ!」

「ああ、本当ですか? ありがとうございました。桃花!」


 母親に呼ばれた桃花は立ち上がり、母親のところへ行っている。俺も病室に戻ろうと立ち上がると、沙知先生が点滴ポールを持ち上げて廊下まで運んでくれた。


「ハヤト君、ありがとうね!」

「うん、久々にカードゲームできて面白かった」


 チビ達ばっか相手にしてたから、ウノとかトランプはやらなかったしな。してもババ抜きとか簡単なものだったし。

 沙知先生に礼を言って靴を履く。前を向くと、桃花たちが看護師の徳澤さんに連れられて清潔室の方に向かっていた。もしかして、と思いながら後を追うようについて行くと、やっぱり清潔室の扉が開かれる。


「ここが清潔室になります。マスクは必ずしてくださいね」


 徳澤さんの説明に「はい」と答えている桃花の母親。


「俺も入らせて」


 開けられた清潔室の扉の隙間から、俺も中へと足を踏みいれる。


「ハヤトお兄ちゃん」

「俺の病室、そこなんだ。よろしくな……って言っても、もうすぐ退院なんだけど」


 俺と桃花のやり取りを見て、桃花の母親は『誰?』って顔をしていた。


「さっき、桃花とウノやってた、島田颯斗です」

「あら、そうだったの、ありがとう。今崎(いまさき)です、よろしくね」


 桃花はきっと母親似だな。キリッとしていてキャリアウーマンみたいな感じのお母さんだ。桃花も大きくなったらこんな感じになりそう。

 そんなことを思いながら、俺は手前右側の部屋を指差した。


「病室選ぶならこっちの方がいいよ。日当たりも景色もいいから」


 俺が部屋を勧めると、今崎さんは徳澤さんの顔を見ている。


「こちらにします? 今は部屋が空いているので、どこでも構いませんよ」

「じゃあ、彼の言った部屋にします」


 なんせ俺は、病院にいる間に四部屋も経験してるからな。今勧めた部屋が、俺的には一番よかった。

 今崎さんと桃花が徳澤さんに連れられて病室に入っていったので、俺も自分の部屋に戻った。

 きっと今頃、この病院での過ごし方を色々聞いているはずだ。一通りの説明が終わったくらいに、また桃花のところへ行こう。ユキを紹介してやるんだ。

 俺も退院だし、裕介もそろそろのはずだ。俺達が退院したら、清潔室はユキだけになると思うと申し訳なかったけど、友達がいればきっと病院での生活もやっていけるだろう。

 ユキと桃花が仲良くなれるといいな。

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