63.こっそり計画!
俺はせっせとオモチャを綺麗にしていた。
ずーーっと昔に遊んでいた、消防車のオモチャだ。片手に乗るくらいのそんなに大きな物じゃないけど、作りは結構しっかりしてる。
もう俺は使わないし、香苗も興味はないので、少し前に母さんに持ってきてもらっていた。それを今日まで大事に手元に置いていたのには理由がある。
込み上げる笑みを抑えながら、アルコール消毒したそれを、そっと紙袋の中に入れた。そして、志保美先生たちが用意してくれていた方の紙袋も持って、病室を出た。
「ユキ、ユキ!」
足を忍ばせて廊下を歩き、ユキの病室の扉を叩くとユキと田内さんが出てきてくれた。ユキも心なしか、含み笑いをしている。
「だきたか? 」
俺の問いにコクコクと頷くユキは嬉しそうで。
うん、やっぱりこういうのって、ドキドキワクワクするよな!
「よし、じゃあ、そーっと……静かにな?」
ユキは満面になった笑みを隠すように、口元を押さえながら廊下に出てくる。田内さんもその後ろから楽しそうに軽やかな足取りで出てきた。
「じゃあ、今から廊下を飾り付けな。九時半の予定だから、それまでに済まそう」
小声でそう伝えると、二人はコクコク頷きながら俺の渡した紙袋を覗いている。そこには保育士の先生が作った折り紙の飾りがあった。もちろん俺もいくつか簡単なものを作って入れてある。折り紙を細く切って、輪っかでつないだやつとかな。
俺とユキと田内さんの三人で、セロハンテープを使って次々に廊下を装飾していく。そのうちに、志保美先生と沙知先生がマスクやキャップやエプロンを装着して、清潔室に入ってきた。
「あらー、いい感じにできてるわね!」
「志保美先生、シーッ」
人差し指を口に当てて注意してやると、志保美先生は「ごめーん」とすまなさそうに苦く笑っている。沙知先生は「他にも夜なべして作ってきたよ」と、持っていた紙袋から折り紙の飾りを取り出して見せてくれた。
また大量に作ったな。さすが沙知先生。
「よし、気付かれる前に早く終わらせようっ」
俺たちは手分けしてあっちこっちと廊下を華やかに飾った。
そしてもちろん、最後はこれだよな。
一枚につき一字書かれた、色とりどりの折り紙。
『お』『た』『ん』『じょ』『う』『び』『お』『め』『で』『と』『う』『ゆ』『う』『く』『ん』
今日、二月十二日は裕介の五歳の誕生日だ。
俺の時はプレイルームで祝ってもらったけど、裕介はまだ出られないから清潔室で祝うことになった。あの時、先生達がコソコソしてたり慌てたりしてた気持ちがわかるな。サプライズする側って、めちゃくちゃ楽しい。
すべての準備が整うと、お互いに小声のまま「おっけー」「オッケー」と言い合う。ユキも嬉しそうに、手でオッケーサインを作ってくれた。
「じゃあ、裕介を呼んでくるな」
おお、結構ドキドキする。みんなの顔を見ると、やっぱりほっぺの肉が盛り上がるほどの笑顔になっていて、気持ちは同じかと嬉しくなった。
裕介の病室の前まで来ると少しだけ深呼吸をし、その扉を叩いた。「はい」という木下さんの声がする。
「ゆ、裕介! ちょっと、出てこられるか?」
ほんの少しどもりながら伝えると、「ハヤトおにちゃー!」と声がして、ベッドを降りた音がする。そして裕介はすぐに扉を開けた。廊下がしっかり見えるよう、すぐにその場を避けてあげた。
「わぁあああっ!!」
その瞬間に響いた、裕介の大きな声。
いつもと違う、色とりどりの折り紙でたくさん飾り付けられた廊下は、どこか眩しさすら感じたことだろう。そこに保育士の先生やユキ、田内さんがいるんだから、この驚きの声は当然のものだ。後ろから出てきた木下さんも、「ええ??」と目を丸めて驚いている。
その直後、沙知先生の「せーの!」って声に合わせて、手拍子と歌が始まった。ハッピーバースデーから始まる、あの歌だ。もちろん俺も大きな声で歌う。裕介のビックリした顔が面白い。
「ハッピバースデーディアゆうくーん! ハーッピバースデートゥーユー!」
歌い終えると、パチパチという少人数ながらも大きな拍手が裕介へと注がれる。
「おめでとー!」
「ゆうちゃん五歳おめでとうー!」
「お誕生日おめでとう、ゆうくん!」
「裕介、おめでとうー!!」
俺達が口々に祝いの言葉を発すると、裕介は目がなくなるんじゃないかってくらい笑いながら。
「ビックリしたよー、もー!」
って、キャッキャと笑ってくれた。
そりゃー、驚かせるためにやったんだからな。こんだけ嬉しそうにしてくれたなら、やった甲斐があった!
木下さんは様変わりした廊下を見て、目を白黒させている。
「本当にびっくりした! 呼ぶまで部屋から出ちゃダメってメッセージが来た時は、なにかしてくれるんだろうなとは思ってたけど、まさかここまで……」
俺もまさか、飾り付けがこんなに多くなるとは思っていなかった。俺も先生達もユキも、頑張っていっぱい作ったからだな。
みんなは手に持ったプレゼントを、それぞれ裕介に渡している。
「はい、プレゼント。シールね。いっぱい貼って!」
「じゃん! 手裏剣作ってきましたー! 投げて動いて、いっぱい遊んでね!」
「これ、ユキが描いたゆうくん。それと、私の折った朝顔」
「わー、ありあとー!!」
ユキは恥ずかしそうだったけど、自分のプレゼントを受け取ってもらえたことが嬉しそうだ。あんなに歯を見せて笑うのユキを初めて見た。やってよかったなぁ。
「ハヤトおにちゃはなにくれうのー?」
「こら、裕介っ」
「あ、大丈夫、木下さん。ちゃんと用意してるから」
そう言って俺は紙袋から赤い消防車を取り出した。その瞬間、裕介の目がキラキラと輝きだす。
「しょうぼうしゃーーーー!!」
「あ、触るのは、お母さんに消毒してもらってからにするんだぞ」
「わかったー!!」
そのオモチャの消防車を、木下さんの手へと渡す。すると木下さんは少し複雑な顔になった。
「ちょっと、これって結構するんじゃないの? いいの? もらっちゃって……」
「いいよ、俺が昔遊んでたやつで、もう使わないから。誰かに使ってもらった方がよっぽどいいし」
「……そう? じゃあ、遠慮なくもらっちゃうね」
「うん! 一応アルコール消毒はしてるけど、もう一回ちゃんとしてから遊ばせてあげて!」
そう言うとようやく木下さんは笑顔になって、「ありがとう」と言ってくれる。
「ありあと、ハヤトおにちゃー!」
「おー!」
裕介の笑顔を見られて、みんな大満足の誕生日会になった。
と言っても、飾り付けはこの後すぐに撤収しちゃったんだけどな。衛生上、このままにしておくわけにはいかないから、仕方ないんだけど。
でもみんなの心の中にも、そして写真にも。たくさん残ったから、これでいいんだ。




