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再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


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55/92

55.部屋の外へ

 今年に入ってから、三日が経った。

 ちょっとは勉強もしたけど、ほとんどは寝て過ごした。文字通り寝正月だ。

 スマホでゲームアプリをしながら時間を潰していると、小林先生が入ってくる。


「おはよう、颯斗君。具合はどうですか?」

「うん、いいよ。どっこも悪くない」


 俺がゲームを終了させながらそう答えると、小林先生はニヤッと笑った。


「じゃあ、今日はアイソレーターを片付けてしまいましょう」

「……え?」


 唐突の発言に、俺の目は点になる。

 アイソレーターは病室に置かれている巨大空気清浄機みたいなもので、この病室を準無菌室に保つための大事な機械だ。それを取り払うってことは……


「もしかして、外に出ていいのか!?」

「清潔室までならね。そこから出てはいけませんよ」

「うん、わかってる!! 大丈夫!! よっしゃーーッ!」


 俺は思わずガッツポーズを決めた。一ヶ月と一週間くらいだったか、この病室から一歩も出られなかったのは。

 狭い病室で、しかもでっかい機械(アイソレーター)を入れられて、身動きをとるのも大変だったこの生活からようやく脱却できる。

 そりゃあ清潔室までっていう制限はついてるけど、ベッドの上でしかいられない生活に比べればよっぽどいい。とにかく早く歩きまわりたい。


「体が衰えていると思うので、またリハビリをしてもらいますよ。塚狭先生にお願いしていますから」

「ホント!? やった!!」


 ようやく病室から出られる! そしてリハビリ再開!!

 下痢や口内炎や味覚障害のせいで、また体重落ちちゃったからな。ちゃんと食べて、がっつり運動して、筋肉も体重も体力も取り戻さないと。

 先生が出ていった後、すぐに看護師さんや補助師のオバちゃんが入ってきて、アイソレーターを撤去してくれた。あのデカイ機械がどれだけの圧迫感を生み出していたか、なくなって初めてわかる。頭を押さえつけられていたような感覚が消えて、部屋の中がスカッとした。

 そして部屋の外に出てみると、なんだかホッとした。冬眠から目覚めて穴蔵から出てきたばかりの熊って、こんな気持ちなのかもってちょっと思った。


「あ、ハヤトおにちゃだー!」


 隣の部屋から出てきた裕介が、俺の姿を見て喜んでいる。


「おー、おはよう裕介!」

「わ、ハヤト君、部屋を出てもいいんだ?! よかったねー!」

「うん、ありがとう木下さん!」


 そんな会話をしていたら、アイソレーターを片付けた看護師さんが戻ってきた。


「颯斗君。あ、木下さんもちょうどよかった。颯斗君は明日中に部屋を変わってもらいたいの」

「え、部屋を変わる?」


 俺が首を傾げると、看護師さんはコクンと頷く。そして今度は木下さんの方へと顔を向けて言った。


「明後日、清掃業者が入るから、その後で裕介君は今颯斗君のいるシャワーのある部屋へ移動してもらいます」

「はい、わかりました」

「わかっちゃー!」


 ああ、そっか。次は裕介が部屋を出られなくなる番なんだ。折角一緒に遊んでやれると思ったのにな。


「颯斗君はどこの病室にする? 今、清潔室は全部空いてるから、どこでも好きな所を選んでくれていいよ」


 そう言われて俺は、迷わず自分の向かいの病室を指差した。元のリナのいた部屋だ。


「そこにする」

「わかった。じゃあ、キープしておくね」


 今の俺のいる部屋は、いわゆる一番大変な時期の患者が入る部屋なんだ。状況によっては、部屋から出られなくなるくらいの。

 でも小窓を覗けば、向かいの扉が見える。あっちも覗いてくれていれば、お互いに顔を合わすこともできるから、俺は向かいの部屋を選んだ。

 これから裕介は孤独な闘いが始まるんだ。俺の様子を知ることで、ちょっとでも元気を分け与えられればいい。

 もしかしたら、リナもそんなことを考えてあの部屋にいたのかもしれないな。本当のところはわからないけど。


「木下さん、裕介の放射線治療はいつから?」

「一月七日からだから、本当にもうすぐ」

「そっか。じゃあもう七日には部屋から出られなくなっちゃうんだな……でも、声掛けてやるからな! ここから絵本でもなんでも読んでやるよ!」

「わーい、えほんーっ」


 裕介は絵本って言葉に反応して、無邪気に笑っている。わかってんのかな、一ヶ月上も部屋から出られなくなるってこと。俺は部屋にいてもゲームや勉強をして過ごせたし、我慢もできる年だからまだよかったけど、こんな小さな子どもが外に出ちゃいけないのはきっと暇を持て余すに違いない。

 少しでも気が紛れるように、俺もなにか手伝えるといいな。


「ねぇ、颯斗君。放射線治療ってどうだった? やっぱり気分悪くなるもの?」


 木下さんはそんな先のことよりも、目先の放射線治療の方が気になるみたいだ。俺も気になったから、当然だけどな。


「俺は放射線治療、なんてことなかったよ。治療中も治療後も、なんにも悪くならなかったし。あ、リナは気分悪そうにしてたけど。人それぞれだと思うけど、そんなに気にすることないよ。放射線治療室って、寝転がって見る映画館みたいで楽しかったし」

「あ、そうなんだ」


 俺の言葉にホッと胸を撫で下ろしている木下さん。初めてする治療って、不安で心配だよな。

 放射線治療も臍帯血移植も、苦しいことなんか起こらなければいい。こんな小さい子を見てると、そう願わずにはいられなかった。

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