49.メッセージ
ユーザーネーム、マツバ。
間違いない、マツバからのメッセージが入っている。送られた日付は、今日。ついさっき送られてきたばかりみたいだ。
どういうことだ? やっぱり死んだっていうのは、タチの悪い冗談だったのか?
まさか、幽霊があの世から送ってきた……とかじゃないよな?
俺は手を震わせながら、マツバからのメッセージをタップした。
最初に飛び込んで来たのは、『初めまして』という文字。
「松原、仁志……」
そこには、マツバの本名が記されていて。差出人はマツバのアカウントだけど、これを書いて送って来たのは……。
「松原敬吾……」
マツバの、弟だった。
マツバは弟から骨髄の提供を受けていたからその存在は聞いていたものの、俺との接触は今までなかった。
メッセージの全文は、こうだ。
『初めまして。
兄マツバのアカウントで失礼します。僕はマツバの弟です。
兄がいなくなって、三週間が経ちました。
まだ僕たち家族は、悲しみを拭えていません。
でも兄は最期まで泣き言を言いませんでした。
兄の最期の言葉は「俺、頑張ったよな?」です。
僕たち家族が「頑張ったよ、もういいんだよ」と言うと、苦しまずに穏やかに目を瞑って逝きました。
最期の最期まで、兄は立派だったと思います。
今日、兄の携帯を見ていたら、このアカウントのIDとパスワードを、メモアプリの中から見つけました。
もしかしたらなにか兄が書いた遺書のような物があるかもしれないと思ってログインしてみたら、ハヤトさんからのメッセージを見つけました。
勝手に見てしまってごめんなさい。
でも、兄を心配してくれていて、とても嬉しかったです。
兄は生前、ハヤトさんとのやりとりでいつも元気をもらっていました。このメッセージを見ていたら、きっとすぐにでも電話を掛けていたんじゃないかと思います。
兄マツバの本名は松原仁志。
ハヤトさんには本名を知っておいてほしかったんじゃないかと思うので、どうか心のどこかに留めておいてやってください。
ハヤトさんも同じ病気で闘っていることは知っています。
どうか、頑張って、こんな病気に負けないで下さい。
絶対に、治して下さい。
心から応援しています。
松原敬吾』
全てを読み終えた俺は、下唇をぎゅっと噛み締めた。
マツバは……やっぱり、もうこの世にはいなかった。
代わりに弟の敬吾がわざわざ連絡をくれたんだ。確か、マツバの弟は俺と同じ中学二年生だったと思う。
実の兄を失った敬吾の気持ちを考えると、苦しくて苦しくて……
俺はすぐに返事を書いて送った。
『連絡ありがとう。
マツバのことは、松原仁志のことは、絶対に忘れない。
最期まで頑張って闘った、俺の大事な仲間で友人だ。それは一生変わらない。
いつか、絶対にマツバの墓参りに行く。
だから待っててくれって伝えてくれ。
いつか会おうっていう約束は、必ず果たすから。
島田颯斗』
俺も本名を添えてメッセージを送る。
少ししてチェックしてみると、もう受信箱に返信があった。
そこには『兄も喜びます』の文字と、『会いに来てくれた時のために』と敬吾の携帯番号が書かれてある。
俺はどうしようかと悩むこともなく、すぐさまその番号に電話を掛けた。メッセージのやりとりなんかじゃもどかしい。
呼び出し音が二回なったところで、向こうの息の吸う音が聞こえた。
『……はい』
「敬吾、か? 俺、島田颯斗」
相手はなにも言わず、俺の言葉を待つように黙っている。
いきなり『敬吾』なんて呼び捨てにして悪かったかな。でも初めてコンタクトを取るのに、昔からの知り合いのような、そんな気持ちになっている。
「敬吾? 聞いてるか?」
『……び、びっくりして……』
そう言うと同時に、敬吾はしゃくり上げた。
やっぱり……泣いてたんだ。
「大丈夫か? いや、ごめん……大丈夫なんかじゃ、ないよな……」
いても立ってもいられなくなって思わず電話を掛けてしまったけど、どう慰めていいのかわからない。
マツバが死んでつらいのは、俺なんかよりも敬吾の方なんだ。なにもしてやれないのに、なにかしたいという気持ちばかり溢れる。
「敬吾も、頑張ったな……ありがとう……っ」
マツバが最期まで頑張った理由……。
それは、家族のため……特に弟である敬吾のために頑張ってたはずなんだ。妹がいる俺にはわかる。香苗が応援してくれているから、信じてくれているから、かっこいい兄ちゃんでいようって頑張れるんだ。
俺はマツバを支えてくれた敬吾に、心から感謝の気持ちを伝えた。けれど敬吾は電話の向こうでもっとしゃくり上げ始めてしまう。
『でも……っ、僕のせいで……僕が骨髄を提供したせいで、兄貴が……っ』
言い終えた途端、わぁああ、と敬語は声を上げて泣き始めてしまった。
敬吾はずっと苦しんでるんだ。
自分のせいでマツバが死んだと。そう思い込んで。
「敬吾、それは違うって! マツバは骨髄を提供してくれた弟にすっげー感謝してた! 敬吾のせいだなんて、絶対思ってない!!」
『う、ううう〜〜……っ』
「それに、弟の骨髄で駄目だったんなら、他の誰に提供されたって合わなかったはずだ……だから、敬吾のせいじゃない……っ!」
俺のこんな言葉が慰めになるのかは、さっぱりわからなかった。でも言わずにはいられない。
絶対に絶対に、敬吾のせいじゃないんだから。もし俺がマツバの立場だったとしても、弟のせいだと思ったりはしないだろう。敬吾が苦しむのは、マツバだって望んでないはずだ。
「敬吾はできることをやったんだ。兄貴のために骨髄を提供するとか、すげぇ偉いよ。頑張ったんだな……」
『ううっ、ふぅぅ……っ』
「だからもう、苦しまなくていいんだ……。もう、いいんだ」
『ううう……ああああ……兄貴ぃ……っ』
敬吾はそう叫ぶと、電話の向こうでしばらくの間泣いていた。
人はいつか死ぬ。
そんなことは誰もが知っていることだけど、まだ十七歳だったマツバの死は俺にも敬吾にも重くのしかかって。
納得しようとしてもしきれないなにかが、胸の奥にわだかまりのように残る。
耳には途切れることのない、台風の雨のような敬吾の泣き声。
俺は敬吾に気付かれないように、声を殺すと。
マツバのことを思って、ともに泣いた。
どうか。
どうか、敬吾の心が、少しでも落ち着くようにと願いながら。




