45.骨髄移植
ブクマ26件、ありがとうございます!
とうとうこの日がやってきた。
ドナーとなってくれた人の骨髄が、無事この病院に届いたんだ。でもだからと言って、俺はなにをするわけでもない。その骨髄液を、中心静脈カテーテルを使って、点滴と同じように流し込まれるだけだ。
別に痛みがあったり、手術をしたりするわけじゃないらしい。
母さんには来なくていいって言ったのに、やっぱり来ちゃったらしく、病室の外で突っ立っているみたいだった。そこにはコーディネーターの赤井さんもいて、「ありがとうございました」と母さんがお礼を言っているのが聞こえる。
確か、提供してくれたのは関東在住の二十代の男性だ。血液型は、O型。
俺の血液は、今からこの提供してくれた男の人と、同じものになっていくんだ。
「では、今から移植をしますよ」
「うん」
小林先生が骨髄液を確認して、俺のカテーテルと繋いでくれた。少しずつ、骨髄液が俺の中に流れてくる。
緊張したけどなんてことはない、ただの点滴と同じような感じだ。
「どこか、気分が悪くなったりはしてないですか?」
「うん、大丈夫そう」
「そうですか。なにかあったらナースコールを押してくださいね」
「わかった」
「あとこれ、移植コーディネーターの赤井さんから預かっています」
そう言って、小林先生が一枚の手紙を差し出してくれた。
もしかして、これって……!
俺は急いでその手紙を手に取る。宛名の所には、『レシピエントの方へ』と書かれていた。
やっぱりドナーさんからだ!
「これ、見てもいい!?」
「もちろん。君への手紙ですよ。ドナーさんが、一度目の手紙は骨髄液と一緒に渡してほしいと赤井さんにお願いしていたようです」
俺はその手紙を急いで開ける。でも破らないように、慎重に丁寧に。提供者とのやりとりは一年以内、しかも二回ずつしかやりとりできないんだ。移植が終わってある程度元気になったら手紙を書こうと思っていたけど、先にドナーさんの方が書いてくれていた!
広げるのももどかしく目を走らせると、落ち着いた大人の文字が綺麗に並んでいる。でも中学生って聞いてなかったのかな。ちょっとひらがなの多い手紙だった。難しい漢字にはふりがなを振ってくれているし。向こうも俺の詳しい年齢を知らされていないのかもしれない。
『ぼくの骨髄液を受け取ってくれる君へ』と書かれた出だし。俺はドキドキとしながら、その先を読み進める。
『はじめまして。君のドナーとなった者です。
君は、たくさんの治療をがんばってのりこえてきたんだと思います。
それは、ぼくには想像できないような、苦しいこともあったでしょう。
君は、十代の男の子だときいています。そんな若い君がここまでがんばったことを、まずはほめたたえたい。
そしてまだこれから続くであろう治療を、強い気持ちでのぞんでほしい。
それが、骨髄を提供する、ぼくの気持ちです。
君を応援してくれている人は、たくさんいる。ぼくもそのうちの一人。
それを忘れないでいてくれると、とてもうれしいな。
はやく体がよくなるよう、心からおいのりしています。
君のドナーより』
読み終えた後、俺はぐっと下唇を噛んだ。そして真っ赤な骨髄液を見上げる。
俺の体重から計算された骨髄液の量は、八百ミリリットルだそうだ。それを、たった一人の提供者さんが提供してくれた。この量を見るだけで、どれだけ大変なことだったのかわかる。
提供者は数日間入院して全身麻酔、その前には検査やらなにやらで時間も体力も削られてるはずだ。なのに、そんな愚痴は一言も書かずに、ただただ俺の事を応援してくれている手紙だった。
しまった、先生たちの前で読むんじゃなかった。有り難くって、ちょっと泣きそうになる。
俯きになりながら、チラッと目だけで小林先生の方を確認してみる。俺の目の端に溜まっている涙に気付いたのか、先生はニヤッと笑っていた。くそ、ドS先生め。
「返事はいつ書くんですか?」
「え? うーん……」
返事……どうしよう。今すぐにありがとうっていっぱい書きまくった手紙を送りたい。
けど、俺から送れる手紙もたった二通だけだ。今すぐお礼の手紙を書くと、あとは元気になったって報告の手紙を出したらもうやりとりは終わりだ。
悩むけど……やっぱり今回は出さずに、ある程度元気になってからの方がいいかもしれない。
「一ヶ月後……くらいに書こうかな、多分。今回はやめとくよ」
「そうですか」
小林先生は特になにも言わず、片付けが済むと病室を出ていった。扉の外で、やっぱり母さんの「ありがとうございました」という声がする。
その後すぐにコンコンというノックの音とともに、母さんの俺を呼ぶ声がした。
「颯斗、大丈夫?」
「うん、なんともないよ。大丈夫」
俺の言葉で、扉の向こうにいる母さんのホッとする顔が頭に浮かぶ。
「良かった……もうちょっとお母さん、そばにいようか?」
「んー、いいよ。ベッドでゆっくりしとくし」
「そう……」
母さんは病室に入れないしな。そんな残念そうな声を出されても困るんだけど。
「じゃあ、お母さん帰るわね」
「うん。……あ、母さん!」
「なに?」
「俺、絶対にもう弱音吐かないからな! 安心してくれよ!」
そう言うと、母さんは扉の向こうで。
「弱音を吐いてもいいの! 治療をやめるなんて言わなきゃね! わかった!?」
そう、頬を膨らませて言っているであろう声が飛んできた。
そっか……弱音は吐いてもよかったんだな。
今さらこんなことに気付いて、俺は苦笑いを向ける。
「うん、わかった!」
俺の答えに満足したのか、母さんの足音は去っていった。
一人になった俺は、もう一度、提供者からの手紙を読む。
文面から、優しい人柄だってことがなんとなくわかった。
いい人そうでよかったな。もし手紙の内容がドナーになった際の苦労とかを延々と書かれていたりしたら、素直に感謝できなかったかもしれない。
全身の血がこの人と同じになるんだ。好感を持てる人の方が俺も受け入れやすい。
会えないっていうのはわかってるけど、いつか会ってお礼を言えたらいいな。まぁまずは手紙だ。一ヶ月後、体に異変もなく、元気だったら、ありったけの感謝を手紙に込めて送ろう。
俺はそう決めて、移植の日をほくほくと過ごしたのだった。




