42.絶対うそ
俺は飛び込んで来た永眠という文字に、目の前が真っ白になりながらも目を走らせた。
皆様、いつも息子マツバを応援してくださり、感謝致します。
息子は皆様の応援をとても喜んでいて最期まで頑張っていましたが、十一月二十五日に永眠致しました。享年十七歳でした。
ずっと支えてくださっていた皆様に、心より御礼を申し上げます。
今まで本当にありがとうございました。 マツバの母。
「なん……だよ、これ……っ! 誰が書いたんだよ!?」
俺は悲しみよりも先に怒りが湧いてきた。
これは、きっと誰かのいたずらに違いない。コメント欄は誰にだって書き込みできるようになっているんだ。マツバがしばらく更新をしていないのをいいことに、タチの悪いいたずらをしただけなんだ。
だって、マツバが……マツバが、死ぬわけないじゃないか……っ
「ふざけんなよ……っ」
イライラしながらページを更新すると、新たなコメントが書かれてある。
いわゆる、お悔やみの言葉だった。一件だけじゃなく、二件。更新するたびに三件四件と増えていく。
「うそ、だろ……みんな、騙されるなよ……っ」
マツバくんよく頑張ったね、とか、心中お察しします、とか、ご冥福をお祈りします、とか。
葬式の時のマツバの写真について触れている人もいた。この人は、確か……マツバのリアル友達だ。
まさか、本当、なのか……?
もう葬式も終わって、本当にマツバはこの世にはいない……?
なにかの糸がぷつんと切れたみたいに。
俺の頭は真っ暗になって。
「うああああああああああっ!! ああああああああああああああああーーーー!!!!」
気が付くと、俺は喉が潰れるんじゃないかと思うくらいの叫び声を放っていた。
誰か嘘だって言ってくれ……実はいたずらでしたって言ってくれって……
頼むから……頼むからっ!!!!
「うあああああああ!!」
マツバが、死んだなんて……
絶対うそだ、うそだ、ウソだ!!
「どうしたの、ハヤトくん!! 大丈夫!? ナースコールは押した!?」
木下さんが俺の病室の前で叫んでいる。俺は溢れ出る涙もそのままに、木下さんに訴える。
「マツバが、マツバがぁぁあ!!」
「え、マツバくん??」
しゃくり上げながら伝えると、木下さんは驚いた声がした後しばらく無言になった。きっとマツバのブログを確認してるんだ。
「ハヤトくんになにかあったの? 木下さん」
「それが……ハヤトくんと仲の良かった白血病の男の子が、亡くなったみたいで……っ」
扉の向こうで斎藤さんの声がし、木下さんの言葉尻が歪んだ。言葉が詰まり、鼻のすする音が聞こえる。
そのせいか悲しみはよりリアルに倍増されて、俺の口からは意味をなさない言葉が漏れ続ける。
「木下さん……ハヤトくんも、大丈夫?」
「ひぐはううぐうんぐう……ひくっううう〜〜」
斎藤さんの問いかけに何も答えられない。いきなりのことに追いつかなくて、頭が驚くほど熱い。
そしてまたひとつ、お悔やみのコメントが更新された。俺はスマホが壊れるんじゃないかと思うほど、ギリギリと握り締めながらそれを読む。
私たちはマツバ君を忘れません。
なんだよ、その言葉。当たり前じゃないか。
マツバを忘れるなんてこと、あり得ない──
今までありがとう?
ふざけるな、俺とマツバはこれからだったんだ。
退院して、会いに行って、色々話そうと思ってたんだ。
俺はサッカー選手になって、マツバは看護師になって、それぞれの夢を叶えるはずだった。
ずっとずっと、未来は続くはずだったんだ!!!!
それなのに──
行き場のない怒りが、俺に涙させ続ける。
神様はなんて残酷で意地悪なんだろうかと。
俺は天の上の存在を、恨むしかなかった。
しばらくして、園田さんが病室に入ってくる。
斎藤さん達はこの病室に入れないから、俺の状態を心配してわざわざ呼んでくれたんだろう。
「颯斗くん、大丈夫? とりあえず熱いタオルを持ってきたから、これで顔を拭いて」
目の前に差し出されたタオルを見ても、動く気力は起きなかった。
園田さんが代わりに顔を拭いてくれたけど、後から後から涙がこぼれ落ちてくる。
「颯斗君……」
「園田さん……俺……死にたくない……っ」
同じ急性骨髄性白血病だったマツバが、死んだ。
悲しくて悲しくて悲しくて……、でもそれ以上に怖かった。
死という現実が、目の前に迫っている気がして。そしてその可能性が十分にあることに、俺は恐怖した。
「……うん、そうだね。死にたくないし、死なせたくない。だから……前を向いて、頑張ろう?」
前を向いて頑張る? なにを? 治療を?
マツバは骨髄を移植したからGVHDで死んだんだぞ。
骨髄を、移植した、せいで! 苦しんで苦しんで、苦しんで死んだんだ!!
「……嫌だ」
「颯斗……君?」
俺は覗き込んでくる園田さんをキッと睨んで。
「俺は骨髄移植なんて、しないからなっ!!」
そう、言い切った。




