40.放射線治療
俺は、とうとう放射線治療の日を迎えた。
今日から三日間、放射線治療科に通うことになる。マスクをしっかりとして病室を出て、補助師のオバちゃんに放射線治療科まで付き添ってもらった。
「よろしくお願いしますっ!」
「よろしくね、颯斗くん。怖いことはないから、リラックスしようか」
放射線治療科の先生は日下っていう名前だ。看護師さんも大勢いて、全員穏やかに迎えてくれる。
放射線治療の手順は、事前に一度ここへ来たから知っている。放射線を照射する位置なんかを決めるために、頭とか胸囲とか腹回りとか腕とか足首とか色々測られたんだ。
もっと無機質で冷たい所かと思っていたけど、治療する部屋の途中は絵が飾られてあったりして、温かな雰囲気だった。
「DVDあるけど、なんか見たいのある? トライモーたんとかあるよ」
おお、DVDなんか見られるのか! でもトライモーたんは幼児向けだからな……守や祐介なら喜んだだろうけど。
「うーん、他にはどんなのがあるんだ?」
「キューブルマンとか、ペチャパイヒロイン奮闘記とかどう?」
「んじゃ、ペチャパイヒロインで」
「おっけー」
そう言って、看護師さんがセットしてくれている。どこにモニターがあるのかと思ったら、天井に大きく映し出された。プロジェクターだ。
「わ、すげー」
「じゃ、こっちに寝てくれる?」
放射線治療専用の台に乗せられ、位置を細かく調整される。狙った所と違う所に当たると大変だからな。
体の部位で薄いところは少なく、厚い所は多く照射するんだろう。だからあんなに細かく測定してたんだ。さすがにちょっと緊張してきた。
「特に痛みもないから、心配しないでね。そして何度も言うけど、治療中は絶対に動かないこと。もしも咳き込みたいとかクシャミが出そうとか、そういうことがあったらすぐに言ってね。部屋には誰もいないけど、モニターでずっとチェックしてるから」
「うん、わかった」
やっちゃダメなことだって言われると、なんでかしてしまいそうになるんだよな……頼むから咳もクシャミも出るなよ。
俺は今のうちに喉をンンッと鳴らしておく。わぁ、ドキドキしてきた。
「大丈夫かな?」
日下先生が苦笑していてちょっと恥ずかしかったけど、「大丈夫」と答える。
「じゃあ、閉めるからね」
そう言って先生たちは出ていき、広い治療室に俺一人となった。部屋は薄暗くなり、天井にペチャパイヒロインがクッキリと映し出される。
『今から始めるよ。動かないでね』
姿の見えない日下先生の声がどこからか響いてきて、体に緊張が走る。リラックスって難しいよな。
照射点を決める赤外線が俺の体を見定めている。目だけで追っていたけど、もしかして頭も動いちゃってるかもしれないと思い、天井に集中することにした。
ペチャパイヒロインは割と好きなアニメだ。小学校の時は結構ハマっていた。久しぶりだなー、懐かしいなという思いで見ていたら、『終了でーす』という声が響いて来た。
え、もう終わり??? と俺は一応動かずにジッと待った。
部屋が明るくなって、先生や看護師さん達が続々と入ってくる。
「颯斗くん、お疲れ様。今日の午前の分は終わったよ。また夕方ね」
「ええ? 呆気なくない? ずっとこんな感じ?」
「そうだよ。動くなって言われるのがつらいだけで、なんともないでしょ」
「うん、全然なんともない……」
「じゃ、とりあえず診察室に来てくれるかな」
俺は治療台から降りると、先生の後について診察室に入った。診察室も子どもが喜びそうなイラストや物が置いてある。放射線治療科なのに、子どものことを意識してるのがわかる部屋だ。
「よく頑張ったね、お疲れ様。動かないでいてくれたおかげで、今回の照射は上手く行ったから安心してね」
いや、お疲れ様って……俺、寝てただけだし。しかもアニメ見ながら。
「どう、気分悪いとかない?」
「いや、全然……いつもと変わらないけど」
「なら良かった。でもこれから吐き気とか出てくることもあるから、注意してね。今、補助師さんを呼んでもらったから、必ず補助師さんと戻るように」
「わかった」
しっかりと返事をした俺に日下先生はにっこりと笑って、「あれを颯斗くんに」と言った。
うん? なんだろう。
すぐに看護師さんがなにか袋を持ってきて渡してくれる。
「なにこれ?」
「頑張ったご褒美!」
「え?」
中を見ると缶ジュース一本と、ちょっとしたお菓子が入っている。
「わ、いいの?!」
「どうぞ。部屋に戻ってから食べてね」
「ありがとうっ!」
お礼を言うと、先生も看護師さん達もニコニコと嬉しそうに笑っている。
放射線治療科って、すっごくほのぼのしてる所だ。最初に想像していた怖いイメージとは全然違った。自然と顔が笑顔になる。そんな場所。
「颯斗くん、お迎え来てくれたよ」
振り向くと、補助師のオバちゃんが迎えに来てくれていた。俺はもう一度お礼を言って、オバちゃんと一緒に小児病棟へと向かう。
「どうだった、ハヤトくん。気分は悪くない?」
「気分悪いどころか、すっげー良いよ! プロジェクターでアニメを見られるし、寝てるだけだし、ジュースももらえるし、めっちゃ楽しかった!」
俺の言葉に、オバちゃんは声を上げて笑っていた。
いや、本当にこんな治療なら何度だってやれるよな。また行くのが楽しみだ。
俺は自分の病室に戻った後、もらったジュースの缶を開けて、お菓子を食べながらゴクゴクと飲みほした。




