35.サプライズ
「最近調子良さそうだな、ハヤト!」
「うん、まぁ悪くはないよ」
オンコビンの影響もそこまで酷くなかった俺は、できる限り院内学級に通っている。
寒くなっても相変わらず暑苦しい山チョー先生と、今日はマンツーマン授業だった。
「悪くないんだったら、もうちょい自分で勉強しとけよ?」
「勉強嫌いな俺がここまで頑張ってんだから、ちょっとは褒めてくれよ」
「いやいや、もうちょい頑張れんだろー!」
「頑張れない!!」
「ガハハハ、胸張って言うな!」
山チョー先生が小突いてきて、俺も歯を見せて笑った。院内学級で体育の授業があれば、凄いって言わせる自信があるんだけどなー。
「今度テスト問題作ってやるから、ちゃんと勉強しとけよ」
「げ、マジで」
「テストあるって思った方が、真剣に勉強するだろ?」
「そうかもしれないけどさー」
テストか……今の実力を数字で出されるのって、キツイな。やっぱ母さんに見せなきゃいけないんだろうと思うと、今から気が重い。ちょっとは真面目に勉強するか。
院内学級が終わって小児病棟に戻ってくると、部屋に帰る前にプレイルームを覗く。
「は、ハヤトくんっ!!」
志保美先生の慌てた声がして、それと同時に守や祐介、それに斎藤さんと木下さん、沙知先生までもが手元にあったものを隠すようにして俺を警戒している。
……なんだ? 感じ悪いな。
「院内学級終わったの? プレイルーム、寄ってく?」
「うん、どうしよっかな……」
「あ、そういえばさっき、塚狭先生が来てたよ! また後で来るって言ってたから、部屋で待機しておいた方がいいかも……?」
志保美先生の言葉に、なんとなくプレイルームに来てほしくないんだろうなってことがわかった。
まぁ正直ちょっとムッとしたけど、嫌がられてるのに入って行く気も起こらず、素直に病室に戻ることにした。
塚狭先生とのリハビリの後は、テスト勉強だ。やる気は出てこないけどやらなきゃ、学校に戻った後が怖いからな。元々そんなに頭の出来は良くないから、やれるところはやっとかないと。
その日、俺は珍しく、頑張って遅くまで勉強していた。
***
「おはよう、颯斗くん。まだ寝てたの?」
そんな園田さんの声で起こされる。もう検温の時間かと、俺はあくびをひとつして起き上がった。
「おはよう、園田さん……」
「どうしたの、どこか気分でも悪い?」
「いや、大丈夫。ちょっと遅くまで勉強してただけ」
「へぇ、珍しい。じゃあカーテン開けても大丈夫?」
「うん、いいよ」
俺がそう言うと、園田さんと一緒に入ってきたもう一人の看護師の徳澤さんがシャッターカーテンを開けてくれた。
「急に勉強頑張っちゃって、どういう心境の変化?」
「山チョー先生が今度テストするって言い出したんだよ。やっぱ悪い点は取りたくないしなー」
「へぇ、テスト? 何点だったか教えてね!」
「……いい点数だったらな」
「何点でも教えてよ。その方が勉強にも張り合い出るでしょ」
「えーー……」
これはいよいよ真面目に勉強しなきゃいけなくなってきたぞ。大人って勉強勉強ってばっかで、いやんなるよな、まったく……。
朝食を食べた後、院内学級に行く準備をしているとノックの音が響いた。
「ハヤトくん、ちょっといい?」
斎藤さんの声だ。なんかあったのかな。
「なに? 斎藤さん」
「ちょっと今から、プレイルームに来てもらえる?」
「え? うん、良いけど……」
いきなりなんだろう。昨日は来てほしくなさそうにしてたのに、勝手だなぁと思いながら斎藤さんと廊下を歩く。
「守は?」
「プレイルームでハヤトくんを待ってるよ〜」
木下さんや祐介も一緒にいるのかな、と思いながらプレイルームを覗いた瞬間、俺は仰け反った。
やられた。プレイルームにすごい飾り付けがしてある。
大きな画用紙に綺麗な字で書いてあったのは。
「お誕生日おめでとう、ハヤトくん!!」
「ハヤトお兄ちゃん、おめでとー!!」
「たんじょび、おめれとー!!」
窓のところに画用紙で、『ハヤトくんお誕生日おめでとう』の文字。
守と祐介とリナ、斎藤さんに木下さんに池畑さん、志保美先生と沙知先生、園田さんや忙しいだろうのに小林先生までいた。
「え、ちょ、みんな揃って……なんだよ!?」
確かに今日、十月三十日は俺の誕生日だけど……まさかこんなことをしてもらえるなんて思ってもなかったから、頭は真っ白だ。
「なにって、今日誕生日でしょ?」
「みんなで準備したんだよー!」
少し前から清潔室を出られるようになったリナが、嬉しそうに笑っている。
「ほら、上がって上がって!」
志保美先生が俺の点滴ポールを持ってくれて、中へと入れてくれた。
そこで改めて見回すと、みんなはニコニコ顔で俺を見ている。志保美先生が「せーのっ」と言うと同時に、「ハッピバースデートゥーユー」と手拍子しながら歌ってくれる。
うわ、なんかちょっと恥ずかしい。
「ハッピバースデーディアハヤトくーん! ハッピバースデートゥーユー!」
画用紙と折り紙で作ったケーキが出てきて、紙で作ったロウソクの火を消すように促される。
言われた通りにフーッと吹くと、ロウソクの上の赤い折り紙はヒラヒラと散っていった。
「十四歳おめでとうー!」
「おめでとう、ハヤトくんー!」
「ハヤトお兄ちゃん、おめでとう〜!!」
パチパチと拍手をされると、めっちゃくちゃ照れた。
誕生日を病院で過ごさなきゃいけないってわかった時から、なんの期待もしてなかったから。
「ハヤトおにちゃ、ぷれれんとー!」
「僕もプレゼントあるよー!」
「リナもリナもー!」
祐介と守とリナがそう言って、それぞれにプレゼントを持ってきてくれた。
祐介は金色の折り紙にリボンをつけた金メダル、守は画用紙に絵を描いてくれていて、リナのプレゼントは折り紙で作った花束だった。
「金メダル……? なんで?」
「ハヤトおにちゃ、がんばってうから、きんめだうー!」
「守のこの絵は、もしかして……」
「これがハヤトお兄ちゃんで、こっちが僕とリナちゃん。これがユウくんー」
「ああ、やっぱりサッカーした時の絵か!」
「ハヤトお兄ちゃん、リナのプレゼントはどうー?」
「すっげー上手に折ってるな! リナが一人で作ったのか?」
「うん! 全部一人で折ったんだよー!」
ヤバイ。なんかちょっとじわっと来た。
どれもこれも上手いとは言えないプレゼントだったけど、一生懸命作ってくれたのがよくわかる。
まさか、こんなチビ達にプレゼントをもらえるとは思ってもみなかった。
「……っ、ありがとな、守、祐介、リナ……ッ」
病院での誕生日を、こんなに多くの人に祝ってもらえるだなんて。
今までこういうのをしているのを見なかったってことは、多分長期の入院患者にだけしているんだろう。
先生たちだけでなく、こうやってみんなに祝ってもらえたことがすごく嬉しい。
「ハヤトお兄ちゃん、泣いてるのー?」
「な、泣いてないっ」
リナの言葉を即座に否定するも、周りの大人達はクスクスと笑っている。
顔が熱くて耳まで熱いから、多分俺、真っ赤になっちゃってんだろうな。
でも、病院で過ごす誕生日も悪くない。
俺は三つのプレゼントを、大切に大切に病室へと飾っておいた。




