表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/92

28.母は強し

 吐き気も吹っ飛ぶくらいの嬉しい情報を得て、三日目のことだった。

 小林先生が見知らぬ誰かを連れて、病室に入ってきたのは。


「颯斗くん、こちら移植コーディネーターの赤井さんです」


 移植コーディネーター? と俺は首を捻らせた。

 父さんと母さんが説明に呼ばれたのは明後日だ。その時に話し合うんじゃなかったのか。

 赤井という少し年配の女の人は、なぜか眉を下げながら「赤井です。よろしくね」と挨拶をしてくれる。


「島田颯斗です。よろしくお願いします……っ」


 なんだか怖かった。小林先生と赤井とさんの表情が、どう見ても強張っていて。


「颯斗くん、ドナーの件なんですが……」

「小林先生、私から」


 小林先生を制し、赤井さんは真っ直ぐこちらを向いてくる。その目が哀れみを含んでいる気がして、俺の不安は膨張し始めた。


「……なに?」

「颯斗くん、ドナーさんの事なんだけどね」


 ああ、もうその出だしは嫌な予感しかしない。

 耳を塞ぎたくなった俺に、容赦のない赤井さんの声が響いてくる。


「あの話、先方の都合で駄目になってしまったの」

「……」


 俺の頭は一瞬、真っ黒になった。

 息が止まって指先すら動かせない。


「本当にごめんなさい。でもドナー側にも事情があって、仕方なかったの」

「……事情って、なんだよ……」


 赤井さんの言い訳に、沸々と怒りが湧いてくる。

 嬉しかったんだ。感謝してたんだ、すっごく。

 それなのに。


「会社が休めないとかそういう言い訳? まさか家族旅行に行くからとかいう理由じゃないよな!! それともただ単にびびった!? 面倒臭くなったとか!? 」


 なんだよ、それ。

 急にキャンセルとかどういう事情だよ? 人の命をなんだと思ってんだよ!!

 俺は奥歯を噛み締めながら赤井さんを睨む。この人が悪いんじゃないとわかっていても、他に怒りをぶつけようがなかった。


「ごめんなさい、相手方の事情は言えないようになってるの」

「ふざ、けんなよ……」


 握り拳を作って睨み続ける俺に向かって、小林先生は半歩前に出た。


「颯斗くん、ドナーというのは完全なボランティアだ。もちろん最終同意を交わして以降は断れないことになっている。今回は、止むに止まれぬ事情があったんでしょう」


 そんな事情なんて知らない。同意って、約束ってことだろ? そんなに簡単に破っていいのかよっ!


「約束、交わしてたんだろ!? 無理矢理にでも骨髄もらえねぇの!?」

「颯斗くん……」

「骨髄提供は、ボランティアの善意で成り立っていることですから、無理にというわにはいかないんですよ。最終同意後の辞退は稀ですから、よほどのことがあったんでしょう」


 坦々とした小林先生の説明に、やっぱり俺は怒りしか湧いてこなかった。

 ボランティアの善意? 一度オーケーしといて断るなんて、俺には悪意としか思えない。

 人を絶望に叩き落とすのが、ボランティアのやることなのか!?


「颯斗くん、まだドナーの候補者はいるのよ。その人にお願いしてくるから、もう少しだけ待っててほしいの」

「もう少しって……いつだよ? 移植すんの、もう次のクールだろ!?」

「ギリギリまで、できることをするから……」


 喉の奥から、嗚咽が漏れそうになる。

 他の候補者がいるからって、また断られるかもしれないんだ。ドナーが決まったとしても、移植までに怪我や病気を患ったりしたら、提供はしてもらえなくなるんだろう。

 そこまで考えて、俺はようやくドナーになにかあったのかなというところに思い至った。

 けど、それでも断られてショックを受けたんだ。今でもまだふざけんなって思ってる。ああ、喜んでくれてた父さんと母さんになんて言えばいいんだよ……。


「落ち込むなと言っても無理な話ですが、あまり気に病まないように。前にも言いましたが、もしもドナーが決まらなくても他に方法はありますから」


 小林先生の言いたいことはわかる。けどそれは『最善』じゃない、二番目の方法だ。

 俺は最善の治療を受けたかった。誰だって、自分の生死に関わる治療の妥協は、できないと思う。


 また、待つしかなくなった。

 次のドナー候補者が引き受けてくれると信じて。


 小林先生と赤井さんの説明が終わった後、病室を出て行くのを目の端で見送る。そしてようやくスマホを手に取ると、重い指を動かして通話先を選んだ。

 トゥルルル、と虚しい音が三回した後、その音が途切れる。


「母さん? ごめん……」

『颯斗? どうしたの?』


 いきなり謝った俺に、母さんは不思議そうに……でも優しく声を掛けてくれる。

 その声にたまらなくなって、俺は。


「ドナー……ダメだって……っ」


 ボロボロと勝手に涙が溢れ出る中、そう伝えてしまった。

 母さんは泣き虫だから、俺が涙を見せちゃダメなのに。そう思ってても、いつの間にかしゃくり上げるまで声が上擦っている。


「ちが、ドナー、探すって……ひっく。けど、う……見つからない、かも……ひいっく」


 しばらく俺の言葉を黙って聞いていた母さんから、ひとつ息を吸う音が聞こえてきた。


『だいじょうぶっ!!』


 思わず持っていた携帯を落としそうになるほど、大きな声が耳に飛び込んでくる。


『きっと、その人じゃないって神様が言ったのよ! もっとずっといい人を颯斗のドナーにしてくれる! お母さんは、そう思うよ!』


 断言するように言った母さんの言葉に、俺は少し呆気にとられた。

 なんだ、母さんって強いんだなって。俺、母さんの前で強がんなくてよかったのかなって。

 その瞬間、びっくりするくらい簡単に涙がピタッと止まっていた。


「うん……そうだな。きっと、その人じゃなかったんだな」


 母さんの言うことなら、なぜだかスッと聞き入れられた。赤井さんや小林先生の言葉には、反発しか出てこなかったのに。

 俺のドス黒かった気持ちが嘘のように、明るい光が差してくる。


「母さん、たまにはいいこと言うなぁ」

『なんですってぇ?』


 俺が憎まれ口を叩くと、母さんはそう言いながらも楽しそうに笑っていた。

 今、先のことで悩んでも仕方ないか。ドナーが見つかるも見つからないも、神様思し召しってやつなのかもしれない。

 そう思うと少し楽になれた気がして、俺は母さんと一緒に笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ