表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/92

26.地獄、再び!?

「もしもし、真奈美?」


 俺が電話を掛けると、向こう側で嬉しそうに『颯斗!』と声がした。


『どうしたの、なにかあった?』

「うん、外泊の日程が決まったから、伝えとこうと思って」

『ほんと? いつ?』

「十月の二日と三日」


 当然のことながら、真奈美は喜んでくれると思った。今回の外泊は真奈美に会うつもりだ。俺の体調も随分と良くなったしな。

 けど真奈美は俺の予想に反して、明るい声は返ってこなかった。


『ごめん、颯斗……その日、ちょうど修学旅行なんだ……』


 修学旅行。

 そういえばすっかり忘れてたけど、そんなものがあるんだった。

 そっか、修学旅行か……俺もみんなと一緒に行きたかったな……。


「気にすんなって、楽しんでこいよ!」

『うん……ねぇ、なんかお土産に欲しいものある?』

「え? うーん、そう言われてもパッと思い浮かばないなぁ……別になんでもいいよ」

『じゃあ、颯斗のために一生懸命選ぶからね!』

「うん、楽しみにしてるな」


 俺はそれだけ伝えて、そうそうに電話を切った。

 正直言うと……やっぱりちょっとツライ。

 中学の修学旅行は一度っきりのものだ。それに参加できないのは仕方ないこととは言え、やっぱり悔しい。みんなとの思い出が、どんどん欠けて無くなっていく気さえする。


 病気さえしなければ。


 今頃はクラスの連中と、修学旅行の話題で盛り上がってたことだろう。みんなで知らない土地を散策したり、泊まった宿でギャーギャー騒いで先生に怒られたりするのかもしれない。

 そこに俺がいないということが寂しかった。

 卒業アルバムに、俺の修学旅行の写真はないんだろう。


 そこまで考えたところで、醜い感情に蓋をするように俺は思考を止めた。せっかくの外泊をこんな感情で過ごしたくはなかったから。

 修学旅行の日の外泊を、俺は家族と過ごした。確かに旅行に行けなかったのは残念だったけど、家族と過ごせるって時間が幸せなんだってことを忘れちゃいけない。絶対に。

 三度目の外泊は、俺の希望で鍋料理にして貰った。

 まだ鍋の季節にはちょっと早かったけど、みんなで一つのものを分け合うってことをしたかったんだろうな。今頃智樹や真奈美達も、こうやってみんなで飯を食ってんのかなって、そんなことを考えながら鍋をつついた。



 三度目の外泊が終わると、四クール目が始まる。

 家でエネルギーを充填して帰ってきた俺に、小林先生は淡々と言った。


「今クールの治療は、オンコビンを使いたいと思ってます」


 俺と、そして俺を病院まで送ってくれた母さんの体は同時に固まった。

 抗がん剤は色んな種類があって、色んな副作用がある。斎藤さんは、キロサイドって抗がん剤を入れた時が一番守の調子が体調が悪いって言ってて、逆にオンコビンの時は平気だったと言ってた。人それぞれなんだろう。

 なにを隠そう、俺の天敵はこのオンコビンだ。

 気分悪くて、吐き気ばかりで、なにも食べられなくなって、足が動かなくなって、便まで出なくなって、看護師の仲本さんに何度も摘便でお世話になってしまった。

 またあれが……あの地獄が、始まるのか……?


「……いやだ」


 俺の口は勝手にそんなことを呟いてしまっていた。あれだけは駄目だ。名前を聞くだけで拒否反応を起こしてしまっている。俺の言葉を聞いて、小林先生は困ったように眉を下げた。


「颯斗くん……」

「あの、先生、他の薬で代用はできないんですか?」


 母さんが縋るように先生に尋ねてくれた。あんなガリガリで動けなくなった俺を、母さんはもう見たくないんだろう。

 俺だってようやく戻ってきた体重や筋力を、また失うのは嫌だ。けど、小林先生の答えは非情だった。


「前回のことを知っているので、使わなくてもいいなら使いたくかったんですが……この治療は、どうしても必要な物なんです」


 治療に必要なこと。

 わかってる。わかってはいるけど、それでもどうしても、簡単に答えられない。


「……あの苦しさは、経験した人にしかわからないよ。小林先生は簡単に言ってくれるけどさ、抗がん剤とかやったことないんだろっ!」

「颯斗……っ」


 俺の物言いに、母さんの目は少しだけつり上がった。その後すぐに先生に向き直り、「すみません」と謝っている。


「颯斗くん。確かに僕は抗がん剤のつらさを味わったことはありません。でも、今の君に最善の治療がなにかということは、僕が一番わかっている」


 つまり……最善の治療が、オンコビン……。

 目を見られない俺に、小林先生は続ける。


「薬量はできるだけ落として、他のもので代用できるところは変えた。だから……少しだけ、オンコビンを使わせて下さい」

「せ、先生!?」


 母さんの声に驚いて見てみると、小林先生が俺に向かって深々と頭を下げている。

 先生、なんで俺にこんなことしてんの?

 頭を下げる必要なんて、これっぽちもないのに。

 ただの俺の、わがままなのに……。


 俺だって、本当はわかってる。嫌だって言っても、使うしかないんだ。

 でも、またあんな状態になるのかと思うと……つらくて怖くて仕方なかった。


「颯斗くんの病気を治すために必要なことなんです。わかってほしい」

「颯斗……」


 先生は俺のためにここまで言ってくれてる。

 なのにガキみたいに嫌がって……。やらなきゃいけないってわかってるのに。でも、怖くて……。

 俺はギュッと拳を握る。

 この治療を拒んだらどうなるのか。それを想像した時の方が、遥かに怖かった。


「……ごめん」

「颯斗くん?」

「わがまま言ってごめん。受けるよ……オンコビンの治療」


 そう言うと、小林先生はホッと息を吐いていた。先生は先生で色々と考えてくれてたんだろう。マニュアル通りでない、俺専用の治療計画書が渡された。

 前回のオンコビンを投与された時の計画書と比べると、確かに量は半分にまで減っていた。


「これだけ減らせば、前回のような酷い副作用は……多分、起こらないはずです」

「酷い副作用は? じゃあ、やっぱり酷くない程度には副作用出るんだな」

「出るでしょうね」


 小林先生はあっさりと言ってくれる。まぁそれが小林先生らしいっちゃらしいけど。


「頑張れますか?」

「耐えるしかないだろ」


 やけ気味にそう答えると、この先生らしくニヤッと笑った。

 ……やっぱSだよなぁ。


「じゃあ、四クール目も頑張っていきましょうね」

「あ、先生」


 くるっと扉へと向かった小林先生の背に声を掛けると、「ん?」と振り返ってくれる。

 俺はそのドS先生に向かって。


「ありがとう……ございます」


 そう伝えると、小林先生は満足そうに声なく笑って病室を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ