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再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


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24.病院で秋祭り

 病室に戻って勉強をしていると、しばらくして志保美先生が呼びに来てくれた。待ってましたと俺は池畑さんの携帯を鳴らす。もちろん、ビデオ通話でだ。


『は、はい? 何でビデオ通話??』

『あ、ハヤトお兄ちゃんー!』


 池畑さんの困惑した声と顔、そして横からリナが顔を覗かせる。


「リナ、そのまま見てろよ」

『へ? 見てればいいの? わかったー!』


 俺は清潔室の扉を開けて、廊下を映した。この画像は池畑さんの携帯に映し出されているはずだ。


「隣には志保美先生もいるぞー」

「はぁーい、リナちゃん! 今からお祭りだよー!」


 志保美先生を映すと、茶目っ気たっぷりに手を振ってくれた。俺の携帯から『お祭りー?!』とリナの声が聞こえてくる。志保美先生に向けていた携帯を自分に戻して確認すると、リナは目をパチクリさせて驚いていた。


「このまま祭りの実況中継してやるから、一緒に楽しもうな!」

『本当!? わーい、やったぁ!!』


 リナの喜ぶ声を聞けて、俺も志保美先生も満面の笑みだ。

プレイルームに着くと俺の他には誰も子どもはいなかった。本当に一人一人順番にやってるんだな。

屋台の番をしている先生や看護師さんたちに「いらっしゃい!!」と温かく迎えられて、一番奥の方へと案内された。


「じゃあ、金魚すくいからやってもらおうかな〜」

「え、金魚すくい!?」

『金魚ー!?』


 志保美先生の言葉に俺たちは驚いた。だってここ、病院だぞ?!


「じゃーん、ここでーす!」


 目の前の子ども用プール。そこに入っていたのは……


『見せて見せてー!』

「おお、金魚だ」


 携帯のカメラをプール向けて見せてやる。中にあったのはおもちゃの金魚だ。それだけじゃなく、カブトムシやクワガタのおもちゃまで入っている。押すとピカピカ光るタイプのおもちゃまであって、かなりの量のおもちゃが水に浮いていた。


「いらっしゃーい! ポイですくってねー!」


 看護師の園田さんが担当していて、ポイを渡してくれた。志保美先生がその様子を撮ってあげると言ってくれて、俺の携帯電話を持っていく。

 俺はポイとお椀を持って、金魚すくい……もとい、おもちゃすくいに挑戦だ!


『ハヤトお兄ちゃん、いっぱい取ってねー!』

「おう、任せとけ! リナ、どれがいい?」

『んじゃあ、ピンクのトンボとー、赤い金魚!』

「よしゃ!」


 リナのリクエスト通り、ピンクのトンボと赤い金魚をすくい上げる。そんな破れないもんだな〜。


『ハヤトお兄ちゃんすごぉぉおい!!』


 ガバガバすくっていると、携帯からそんな声が聞こえてきた。俺はさらに調子に乗って、あれこれとすくい上げる。


「こらこら、ちょっと! 子供用に破れにくいポイにしてるんだから、中学生は考えてすくってよ?」


 遠慮容赦なくすくっていると、園田さんに怒られてしまった。つまり、あんまりすくい過ぎるなってことか。俺は仕方なく水を搔きまわすようにして不自然じゃないようにポイを破る。


『あー、破れちゃった。ざんねーん』

「でも結構取れただろ?」

『うん! さっすがぁ!』


 携帯中のリナは満足そうに笑っている。お椀いっぱいになったおもちゃは、園田さんが袋に入れてくれた。


「次は輪投げでーす!」


 志保美先生に連れていかれ、今度は輪投げのところに行く。するとそこには驚くべき人が立っていた。


「え、こ、小林先生!?」

「やあ、颯斗くん!」

「なんて格好してんだよ、小林先生〜っ!!」


 金魚すくいをしている間に小林先生が後ろに立っていた。

 その小林先生が、なんとサンバの格好をしてるんだ! 一人だけリオ・デ・ジャネイロから抜け出してきたようなド派手な衣装に、俺は目を丸くさせた。


『小林先生すごーーい!!』


 携帯の向こうのリナも感嘆の声を上げている。いや、まぁ驚くよ。だってすっごい衣装だもん。しかもそれを、小林先生が着てるとか!!


「すっげぇ、この衣装作ったのか!?」

「私と沙知先生で作ったのよ〜」

「志保美先生も沙知先生もすげー!!」


 孔雀のような円状の羽は、よく見ると色画用紙で作ってある。保育士さんって本当にすごいな。こんなので衣装を作れちゃうんだから。


「はい、輪投げしてね! 入ったらいいことが起こりまーす!」


 プラスチックの輪を渡され、俺は一番奥にあった点数の高い棒に向かって投げる。それは見事命中して、輪は中にスッと入っていった。


「よっしゃっ!」

「最高点、十点入りましたー!!」

『ハヤトお兄ちゃん、すごぉぉおい!!』


 志保美先生もリナも絶賛してくれる。

 任せろ、こういう事は得意だ!

 俺は手に持っていた五つの輪っかを、次々とあちこちに入れて行く。


「颯斗くん、合計37てーん!! おめでとう〜」

『37点、すごいー!!』

「で、なにくれるんだ?」


 わくわくして志保美先生を見ると、志保美先生は俺から小林先生へと視線を移した。


「37点取った颯斗くんには、37秒間、小林先生からダンスをプレゼントしてもらえまーす!」

「ブハッ!! マジかーーっ」


 CDが掛けられ、音楽が流れると同時に小林先生がノリノリで踊り始めた。

 いや、小林先生ってこんなキャラだったっけ!?


『きゃはははははっ!!』

「なんだその踊りーーっ!! あはははははっ!!」


 どう見てもサンバに見えないコミカルな踊りを披露してくれる小林先生。あのクソ真面目なドS先生が、こんな格好でヘンテコな踊りをするなんておかし過ぎるっ!! 俺もリナも、息ができない程声を上げて笑い続けた。


「オ・レ!!」


 そういうと同時に小林先生はビシッと決めてフィニッシュだ。

 いやそれ、ブラジルじゃなくてスペインじゃね!?

 駄目だ、その天を仰ぐようなキメキメポーズ、腹がよじれるほど笑えるっ!


「あははははっ! ひー、ひーーっゲホゲホゲホッ」


 咳き込むほど笑って、目には涙でいっぱいだ。こんなに笑ったの、いつ以来だ? おかし過ぎて息が上手く吸えないくらいだ。


『きゃーーははははっ! 先生おかしーっ』


 リナの笑い声も小林先生にまで届いていて、先生は満足そうだった。


「はい、輪投げはおしまいでーす!」

「えっ!! 小林先生の出番、こんだけ!?」

「そうでーす!」


 先生の踊りが景品とか、すごいこと考えるな〜。これを考えて提案した人、勇気あるよな。


『小林先生、面白かったね、ハヤトお兄ちゃん!』

「本当だなっ」


 次は空気砲を使って紙を倒したり、くじ引きしてガチャのおもちゃをもらったり、たくさんのうちのひとつの紐を引っ張ってお菓子を取ったり、色んなことをした。どれをしても、リナはキャーキャーと喜んでいる。


「ラストはわたあめ作りでーす。普通のとイチゴ味とミカン味のわたあめがあるけど、どれが良い?」

「俺は普通ので良いかなー」

『リナはね、イチゴ!! イチゴが良い!!』

「おっけー、わかった!」


 割り箸を渡されて、わたあめに元となるものを入れてもらう。すぐにもわもわとした糸が出てきて、俺はそいつをクルクルと絡め取った。白とピンクのわたあめが完成すると、スマホ向けて見せてやる。


「できたぞ、リナ!」

『早く食べたーい!!』

「すぐ行くからなっ、一旦切るぞ!」


 色々ゲットしたおもちゃは紙袋に入れて貰い、左手に点滴ポール、右手にわたあめを二つ持ってリナの待つ清潔室へと急ぐ。清潔室への透明な扉は、リナの息で真っ白になるんじゃないかと思うほどしがみついてこっちを見ていた。


「持ってきたぞ!」

「ハヤトお兄ちゃん、ありがとーーーー!!」


 リナと池畑さんが俺の帰りを待ちわびていて、俺は手の中のイチゴ味わたあめを渡してやった。


「ふわふわー、おいしーっ」

「ハヤトくん、ありがとうね」

「うん。あ、これ色々取ったおもちゃとかお菓子」


 そう言ってリナの分を池畑さんに渡すと、池畑さんはアルコール消毒用のティッシュでおもちゃをひとつひとつ拭いてからリナに渡している。


「うわぁ、いっぱーい!」

「俺の分もやろうか? 俺、 別に使わないし」

「駄目だよ! 香苗ちゃんにあげるために持っておかないとー!」

「あ……そっか」


 すっかり忘れてた、なんて言ったら怒られるかな。

 普段、妹になんにもしてやれないもんな。このおもちゃは今度香苗に持っていってもらおう。

 そう考える俺の顔を、リナはニコニコと満面の笑みで見ている。


「お祭り、面白かったね!」

「そうだな! 小林先生すごかったしなぁ!」

「若い先生だし、みんなにやらされちゃったのかしらねぇ」

「でもノリノリだったけどなっ」

「ねーーっ!」


 俺とリナが声を上げて笑うと、池畑さんも「人は見かけによらないわね」とクスクス笑っていた。


 病院の『秋祭り』が、こんなに楽しいものだとは思わなかった。病院側も色々考えてくれてるんだな。

 俺も、そして多分リナも、こんなに笑ったのは久しぶりだった。

 志保美先生や沙知先生、小林先生や園田さんたち看護師さん。いつもの仕事に加えてこんなことまでするって大変だと思うけど、楽しそうだった。俺たちが笑うと、みんなも本当に嬉しそうに笑ってくれた。


 なんでだろう。

 俺は不意に泣きそうになった。


 小児科の先生たち、看護師さんたちがこういうことをするのは、ただ業務の一環なのかもしれない。

 でも、それでも、俺たち患者に楽しんでもらおうって、笑ってもらおうって気持ちがありありとわかった。それがすごくありがたいなって、心の底からそう思ったんだ。


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