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再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜  作者: 長岡更紗


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21.リハビリ開始

 外泊中、智樹の他には誰も訪ねて来なかった。

 というより、来たいという真奈美には遠慮してもらった。前回の外泊とはあまりに違う俺の姿を見せたくなかったんだ。

 好きな子の前では、やっぱりかっこいい姿のままでいたかったってのが大きいかもしれない。

 せめて普通に立って歩ける姿で会いたいからな。布団に寝たままで会いたくなかった。真奈美は気にしないって言ってくれてたけど。


 結局俺は二日間寝たきりで過ごした外泊を終えて、また病院に戻ってきた。今日から三クール目だ。二ヶ月が終わって残り六ヶ月。

 ……うーん、長いなぁ。

 目の前のドS先生は相変わらず嫌らしい顔で笑っている。


「じゃあまた今日から抗がん剤使っていきますね」

「まさか、またオンコビン……?」

「ああ、あれは今クールはないから大丈夫」


 今回はないと聞いてホッと息を吐く。あんなのがずっと続いたら本当にヤバかった。きっと途中で根を上げてたと思う。


「足の様子はどう?」

「うん、相変わらず……右足が特に、上手く地に足が着けないっていうか」

「じゃあ今日からリハビリテーション科の先生に来てもらうようにしましょうか」

「リハビリ?」

「ええ。体を動かした方が戻りが早いですからね、頑張って」

「うん!! ありがとう、小林先生!!」


 リハビリって聞いた時はちょっとびっくりした。だって、動けなくなった爺さん婆さんが付き添われて歩いてるイメージがあったし、事故かなんかで動けなくなった人のためのものだと思ってたから。

 でも思えば病気だって同じだよな。よし、リハビリ頑張ろう。

 しばらくすると小林先生の言った通り、初めて見る先生が入ってきた。


「こんにちはー! 颯斗くんかな?」

「はい!」

「リハビリテーション科の塚狭(つかさ)俊明(としあき)です。よろしくね」

「ツカサ? なんかカッコイイ名前だな。よろしくお願いします、塚狭先生!」

「はは、さすが体育会系! いい挨拶するね!」


 塚狭先生は嫌味のない顔で朗らかに笑った。三十歳は越えてないだろうな。きっちり一本芯が通った感じの、男らしい感じがありつつも爽やかな先生だ。


「じゃあ早速リハビリしようか。小林先生に聞いたけど、足が動かないって?」

「動かないってわけじゃないんだけど、上手く歩けないっていうか」

「ふんふん。ちょっと布団めくらせてね。ああ、寝たままでいいよ」


 上布団を塚狭先生にめくられ、外気に触れた足を掴まれた。そして足首を回すようにクルクルとしている。


「動きは悪くないね。痛くはない?」

「うん、大丈夫」

「よし、じゃあ先生に向かって左足蹴ってみて」


 そう言うと俺の左の足首と足の裏を手で固定される。俺は言われた通りに左の足を蹴り出した。俺の足が先生の手を押し返す。


「おっけ、もう一回。もっと強く。もっと! よし、オッケー。今度は右足ね」


 何度か蹴ると左足から右足に持ち替えられた。塚狭先生はさっきと同じように俺の足をギュッと掴む。


「はい、こっちも蹴って」


 言われるがまま、俺は足を蹴った。

 蹴った、つもりだった。先生の手は押し出されることはなく、少しだけ揺らぐ程度だ。


「よし、もっかい行こう! 蹴って!」

「っく!」


 膝は動くから押し出せはするものの、足首や爪先に力が入らない。さっきよりは先生の手は動いたけど、ただそれだけだ。


「押してっ! もっかい! そう! もいっちょ!」

「っく! っふ! このっ!」

「よし、オッケー。うーん、右足の方が大分弱くなってるね」


 ちょっと足を押し出すだけで、なんか疲れてしまった。たった二ヶ月でどれだけ体力落ちてるんだ、俺……。


「気分は大丈夫? まだ続けられそう?」

「うん、昨日と比べて吐き気もかなりなくなってるから大丈夫」

「まぁ最初だから無理しない程度にね。じゃあ今度は寝転んだままお尻を浮かしてみようか」

「え? ブリッジする感じ?」

「そこまでしなくていいよ。ちょっとお尻を浮かせるだけ」


 そんなこと、簡単だ。赤ちゃんだってできるよ。こんなのが本当にリハビリ? と思ってお尻を上げようとしたんだけど、ビックリだ。思ったほど腰が上がらない。


「っう」

「ああ、無理しないでいいよ。すぐ戻して」


 言われて俺はすぐにお尻をベッドに着けた。足の踏ん張りがきかないって、こういうことなのか。

 こんな、赤ちゃんでもできそうなことができなくて……俺はなんだか涙が出てきた。

 こんなの俺じゃない。俺、頭はそんなに良くないけど、スポーツに関しては自信があったんだ。運動会も体育祭も必ずリレーの選手に選ばれてたし、マラソン大会だって毎年上位に入ってる。基本はサッカーばっかやってるけど、球技系はどれも好きだ。

 なのに……今の俺の脚力はゼロ。鍛えてたはずの足の筋肉がいつの間にかごっそりとなくなってる。あるのは骨と皮。それだけだ。

 俺は直視しまいとしていた現実を突き付けられた気がして、耐えられなくなる。


「……う……っ」

「ん!? 颯斗くん、どした!?」


 俺の目から、透明なものが溢れ落ちてしまった。泣いちゃダメだって思ったのに、この足を見てると急に不安になって。塚狭先生もいきなり俺が泣き出したもんだから、めちゃくちゃ驚いてる。


「ごめ、塚狭先生……俺……」

「うん」


 塚狭先生を見ると、まっすぐ真剣な表情で頷いてくれた。こういうのって真摯な態度っていうのかな。あぁ、言っても良いんだ……俺はそう思った。

 涙を飲み込むようにごくんと音を鳴らし、ようやく思いを言葉にする。


「俺の足、治る……? 俺、サッカーしてるんだ……」

「ああ、それでこれか」


 視線が病室の端に置いていた白と黒のビーチボールに向けられた。俺は寝転んだまま、止まらない涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらコクンと頷いてみせる。


「サッカー、したいんだ……プロのサッカー選手になりたいんだ……」


 俺は号泣したまま塚狭先生に訴えた。初対面でいきなり泣きながらこんなことを言われて、きっと困ったはずだ。でも、止まらなかった。松葉杖を使うようになってから徐々に積もっていた不安。それが今、一気に吹き出してしまった。


「大丈夫」


 そんな俺の不安の闇を掻き消すかのように、病室に力強い声が灯る。俺の心にも、暖かな光が差す。


「ちゃんとリハビリを続けて行けば、元に戻る」

「……本当?」

「もちろん! 若いんだから戻るのも早いよ。大丈夫、僕もできる限りのことはするから頑張ろう!」


 元に戻る。

 塚狭先生の保障を得た俺は、不安から一気に安心へと転じた。ホッとしたせいか、今度は別の涙が溢れてくる。


「あり、がと、先生……っ」


 涙で途絶え途絶えに伝えると、そこには優しい笑顔があった。

 俺、多分、病気になってからこんなに泣いたの初めてだ。

 本当はすごい怖かった。病気が治っても、今までみたいに暮らせないんじゃないかって思うことが。

 その恐怖を、塚狭先生は蹴り飛ばしてくれた。


「颯斗くんがサッカー選手になったら、僕がリハビリして治してやったんだって威張るんだから、頼むよ!」


 塚狭先生はそう言って笑い、涙が止まるまで付き合ってくれた。

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